第三百六話 村を守る為に出来る事
フェルズを抱えてナミラ村の入り口から少し離れた場所に降り立ち、雪原の上にフェルズを降ろして、口元に人差し指を立てる。それを見たフェルズを首を傾げて、
「え、なに?」
「馬鹿野郎……ッ」
慌てて口元を抑えて雪の積もった茂みに隠れる。
「う、うわわっ!」
「静かにしろ……! ゴブリンだ……っ」
「ッ!?」
暴れるフェルズをどうにか大人しくさせる。そう、村の中にゴブリンが入り込んでいたのだ。暫く前線に居たから村は手薄だった。それでも帝都に帰る時は気配はなかったから大丈夫なんだと思っていたが、村に近付くにつれてゴブリンが感知エリア内に増えてきた。
と言っても、僕一人なら数分で殲滅出来る数だ。何も考えずに出会い頭に辻斬り御免、だ。
しかしフェルズが居た。此奴を抱えていたら、また話は別だ。だから村の外に置いて、1人で戦おうとしたのに……。
「始末してくるから、大人しくしてろ。な?」
「村は俺が守るんだ……俺が……」
「フェルズ?」
ジッと茂みの向こうの村を睨むように見つめるフェルズ。様子がおかしいが……。
「守るんだ!」
「あ、ちょ!」
と思っていたら突然走り出しやがった。走りながら剣を抜いて、少しよろめくも走り続ける。慌てて《神狼の脚》で空を踏み、フェルズの後ろから飛びかかるように雪原に押さえつけた。暴れるフェルズを組み敷きながら、スノーアラクネのマントで覆い隠す。僕もフードを被って雪原に伏せた。
《気配感知》では騒ぎに気付いたゴブリンが集まってくるのがはっきり分かる。数は全部で10匹程度だ。だが、この状況で囲まれたら少し拙い。
視認出来る距離に出てきたのでそっと顔を上げる。其処には剣を持ったゴブリン。斧を持ったゴブリン、それと弓を持ったゴブリンが居た。防具はどのゴブリンもしっかりしてるが3匹以外は手にしているのは太めの枝や角材だ。お粗末な感じだが、防具を見る限り廃墟都市郡のゴブリンだった。大方、別の出入り口から出てきたのだろう。うろから出てきてたらアドラス達に潰されているはずだからな。
「おい、フェルズ、お前何のつもりだ……?」
僕の下でまだ逃げ出そうとしているフェルズに小声で話し掛ける。
「剣もまともに振れない子供が、ゴブリンに突っ込んでいったって死ぬだけだ。村を守るのは結構だけど、守るには力が必要だ。分かるか?」
「ぐっ……でも、俺は……父ちゃんの、村長の子だから……村を守らなくちゃいけないんだ……」
それを聞いて驚く。フェルズは村長の息子だった。
「父ちゃんは、村の皆を守って死んだ……今は兄ちゃんが、帝都で皆を守ってる。だから俺が、村を守らなくちゃ駄目なんだ……」
村長は若い奴だと聞いた。そうか、フェルズの兄だったか。
「お父さんの事は残念だと思う。力があってもどうにもならない事もある」
「……」
「そういう時、周りで誰か助けてくれる人が居たら、絶対に助けてもらうべきだ。分かるだろう?」
「父ちゃんの時は……誰も居なかった。皆必死だった。兄ちゃんは……村の皆と助け合って、軍の人にも助けてもらってる」
「そうだ。じゃあフェルズは? 誰に助けてもらう?」
そっと、フェルズが顔を上げる。目にいっぱいの涙を浮かべて。
「助けて……アサギ兄ちゃん……!」
「任せろ!」
その悔し涙が溢れる前に、指で掬い藍色の魔力で氷の粒にしてみせる。驚いたフェルズの顔を見て、サプライズ成功だとほくそ笑む。
「此処で待ってろ。すぐに片付けるから」
興味を失ったゴブリン達が背を向ける。これ幸いとそっと立ち上がり、スノーアラクネのマントをフェルズに被せた。
そして走り出す。フェルズとの距離が十分開いた事を確認し、踏み出した右足に《神狼の脚》を纏わせる。更に踏み出した左足で空を踏み、一気に風速を上げてゴブリンの群れに突っ込んだ。
「ギャグァ!?」
「ギギゥ!!」
叩き付けるように振り下ろした黒帝剣でまず弓使いの上半身を斬り飛ばす。そして返す刀で傍に居たゴブリンの持っている剣をソードブレイカーで折る。
「ギャァア!!」
斧を持ったゴブリンが斧を振り下ろしてきたのを半身を引いて躱し、《神狼の脚》を纏った足で蹴り殺す。その際に放った白銀翆の鎌鼬は後方で群れるゴブリン達を切り刻む。
そして蹴り抜いた勢いのまま、呆然と折れた剣を持っていたゴブリンの首を刎ねた。
武器を持った危ない奴優先で片付けたのは正解だった。鎌鼬に斬られたゴブリン達は転がって呻いている。其奴等を一匹一匹、剣で止めを刺していく。
そして最後の一匹に剣を突き立てて、一息つく。
「ふぅ……」
剣に付いた血を払い、鞘に収めてフェルズが居る場所に向かって手を振る。すると白い何かが少し動く。勿論、僕の防寒着なのだが、此処から見ると本当にカモフラージュ度が高いなぁ……まるで雪で編んだマントだ。スノーアラクネにはまだ出会えてないが、見つけたらどうにか飼い殺しにして糸を大量生産させて……いや、モン娘じゃなくてモン息子だったっけ、スノーアラクネは……なら無しだな。
「ありがとう、アサギ兄ちゃん」
「良いってことよ。冷えただろう。村長の家に行こう」
村長の家に向かって歩く途中、家を少し使わせてもらった事をフェルズに話した。吹雪だったし、緊急事態だったからな……その補填は後々必ずする事を、とりあえず伝えておいた。
「俺達の村が無事だったのも、アサギ兄ちゃん達のお陰だよ。そんな事で文句を言う人なんて居ない」
「それでも勝手に使わせてもらったからな。感謝の気持ちも込めてお礼はしないとな」
切りよく話が終わったところで村長の家に到着した。閉じられた扉には雪がこびりついている。ちょっと吹雪いた時もあったからな……積もって扉に引っ掛かる雪を足で払って除雪する。
開くと中は出発前と一緒だ。色々使ったから綺麗に片付けたが、うん、荒らされてないようで安心した。
「……う……ぅ」
中へと1歩入ったフェルズが小さく泣いた。亡くなったお父さんの事とか思い出してるのかもしれない。こういう時、どうしたら良いか分からない。
「……」
分からないけれど、とりあえず頭を撫でてやる。僕が辛い時は、こうして欲しいと思ったからだ。
するとフェルズは僕の足にしがみついて本格的に泣き始めてしまった。やっぱりどうしたら良いか分からないが、僕にはそっと撫でてやるくらいしか出来なかった。
□ □ □ □
フェルズが落ち着いたところで僕達はアドラスが地図を広げていたテーブルを挟んで向かい合って座る。虚ろの鞄から、昨日買っておいた屋台のスープを2つ取り出す。
「これ飲めば温まるから」
「ありがとう……ぐす」
鼻を鳴らしながらスープを受け取ったフェルズはそれにゆっくりと口をつけた。
「……フェルズが辛い時にこういう事を話すのは正直言って自分でもどうかと思うけれど、僕はすぐに此処を出なくちゃならない。ゴブリンの住処の傍に仲間が居るんだ」
「……うん」
「其処に僕は戻らないといけない。ナミラ村を襲ったゴブリンを全部殺す為だ。今やらないと、帝都も危ない。分かるか?」
「分かるよ。俺、1人でも大丈夫だから」
力強くフェルズが頷くが、1人にするつもりはない。
「言ったろ? 何人かの冒険者で此処を守ってもらうって」
「でも大事な時なんでしょ?」
「その分僕が頑張るから問題ないよ。なんたって、Aランク冒険者だからな!」
「そうなんだ! 凄い!」
漸く僕の凄さが伝わったようだ。これにはアサギ選手も鼻高々である。
「戦ってる皆の為におつかいしてる人だと思ってたよ!」
「お前の目の前でゴブリンを一網打尽にしたんだけど、見てなかった?」
「見てなかった」
「……」
僕の勇姿を見られなかったとは、人生の8割くらい損してるぞ、少年。
「でもAランクになったら空も飛べるんだね」
「空を飛べるのは僕だけだからな。でも皆強いぞ」
「凄い人なんだ、アサギ兄ちゃん」
「そう言ってるだろう?」
くだらないやり取りだが、フェルズも元気になったみたいで安心した。やっぱり人間、お腹が減ってるとマイナス思考になるからね。悪い方に考えてしまう時は大体お腹空いてるからちょっと何か食えば元気になるってもんだ。ダニエラを見てみろ。元気で前向きだろう?
「もしかしたらまたゴブリンが出てくるかもしれない。だからフェルズは此処に隠れてるんだぞ。冒険者には合図させるからな。口笛が聞こえたら扉を開けるんだ」
「口笛だね、分かった!」
「よし、良い子だ!」
さっきとは打って変わってガシガシと撫でてやる。ついでに鞄から腹の足しにと幾つか串焼きを取り出してから家を出る為に防寒着を羽織る。
「いいか、息を殺して、大人しくしてるんだ。僕が出たらちゃんと戸締まりをするんだぞ」
「うん……ちょっと怖いけれど、俺の家なんだ。しっかり守るよ」
「よし。じゃあ、またな」
不安は残るが、僕が急げばそれだけ翡翠の到着も早くなる。しっかり戸締まりをしたのを確認した僕は先を急いだ。
最初に眼下にフェルズを見つけた時は面倒な事に巻き込まれそうだと思ったが、助けて良かった。勿論、最初から見捨てるつもりはまったくなかったが、気は進まなかった。パッと助けて、すぐに先を目指す。そんなつもりでの戦闘介入だったが……。
「村を守る、か……」
あの幼さで自分が何をすべきか分かっていたのだ。それが身の丈に合わないことだとしてもだ。あれくらいの時の僕は何をしていただろう。何を考えて生きていただろう。自分の命を脅かす存在に立ち向かえただろうか。
「無理だな……あぁ、出来る訳がない」
小さくたって死という概念は分かっていた。だからこそ、死ぬような事は絶対に出来ない。それは今もそうだけど、でもそれに立ち向かえる力を身につける事が出来た。出来たから、やる。出来ないうちは考えもしないだろう。怪我するのだって怖かった。
1人になると、どうしても自分の過去と、あの少年を比べてしまう。比べて考えた結果、僕はあの子に勝てる要素なんて1つもなかった。
僕はあの小さな勇者を、尊敬せずにはいられなかった。
□ □ □ □
漸く前線野営地が見えてきた。と言っても《神狼の眼》で見ているのだが。皆、見張りや道具の整理などをしているが、1人だけこっちを見ている人間が居た。勿論、ダニエラだ。手でも振ってやろうか。
「おかえり、アサギ」
「ただいまー。いやー疲れた疲れた」
野営地の入り口に降り立つと皆が集まってくる。その中にマーセルとシルケットの姿が見えたので手招きをすると一番前まで来てくれる。
「おかえりなさい、アサギさん」
「おかえりなさい」
「ただいま。シルケットのお陰で助かったよ。親父さんも心配してたぞ」
父親の話題を出したら少し嬉しそうな顔をするシルケット。お父さん大好きっ娘だからな。
「マルセラさんとはあたしも仲良いんだよー。名前も似てるし」
「そういえば……いや、それはちょっと置いといて、だ。二人に頼みがあるんだ」
僕はフェルズの事を二人に頼むつもりでいた。その事を二人に話すと、快く引き受けてくれた。
「村を守るのが今回のクエストだからね、任せて!」
「フェルズ君とマーセルと三人で皆さんのお帰りをお待ちしています」
「ありがとう。事後承諾になるけどアドラスには僕から言っておく。それよりも今は急いでほしいからね。それと合図がある。村長の家に着いたら口笛を吹いてくれ。そしたらフェルズが扉を開けてくれるから」
「了解!」
「了解しました!」
元気良く返事した二人はテントへと戻っていく。荷物を取りに行ったのだろう。その間に僕は見張りの人間に二人が村に行く事を伝えようとしたが、壁の上には誰も居ない。そういえばダニエラが立っていたような。
「今の当番は私だな」
「いや見張れよ! 隣に立ってる場合じゃないだろ!」
「アサギが帰ってきたのに彼処に立ってろと言うのか? 私も嫌われたものだな」
いやいや、見張りは大事でしょうよ……。
「おい、其処の。そろそろ交代の時間だったな?」
と、ダニエラが翡翠の1人を捕まえて、まるで脅すように有無を言わさない態度で問いかけている。
「いえ……さっき交代したばかり……」
「そうか。じゃあ交代しよう。後は任せたぞ」
「……はい」
酷い横暴を見た。ダニエラ先輩怖いッス……。
□ □ □ □
アドラスの居るテントへとやってきた。隣にはダニエラも居る。見張りを押し付けられた彼にはこっそり謝っておいた。
閉じられた入り口を開いて中へ入ると温かい。原因は何かとキョロキョロすると、ストーブのような器具が置いてあった。銀色の筒のような物だ。真ん中辺りに取り付けられた丸いガラスの向こう側で赤い光が輝いていた。あれも魔道具だろうか。
と、椅子に座るアドラスと目が合った。
「早かったな」
「誰に言ってるんだ?」
生意気な返事にもアドラスは笑ってくれる。お互い、良い出会い方ではなかったけれど、打ち解けてきた感じがして嬉しい。
「それで? ただ急いで帰ってきた訳ではないだろうな?」
「馬鹿は休み休み言え。すぐに荷物を出す。皆を集めてくれ」
「分かった。行くぞ」
いつの間にかアドラスの補佐のような役回りになっているアニスが返事をして後をついてくる。僕はすぐに踵を返して温かいテントの外へと出た。自分で言っておきながら少し後ろ髪を引かれるが、今はそれよりもやることがある。僕以上に後ろ髪を引かれているダニエラをテントから引きずり出して進む。
円形の野営地の中心に皆が集まってくるのが見えたからちょっと駆け足で向かう。さぁ、皆が待ちに待った食料だ。ダニエラに風の結界を張らせてバーベキューと洒落込もう。




