第三百三話 作戦会議(4回目)
翌朝、木から降りた僕は野営地へと向かう。喰い荒らされた2匹のゴブリンの亡骸を横目で見ながら、雪の森を進む。
野営地に到着するまでは特に誰ともすれ違うことは無かった。《気配感知》が冒険者達の気配が入り込み、暫くすると此方に向かってくる気配が1つ。感じ慣れた気配は一瞬でそれが誰かを見抜く。ダニエラだった。
「おかえり、アサギ」
「ただいま、ダニエラ」
走ってきた勢いのまま僕に抱き着いてくる。それを受け止め、抱き返しながらそっと白金の髪を撫でる。
「無事で良かった」
「ありがと。そっちは何も無かったか?」
「あぁ、特に問題はない。何か発見はあったか?」
僕より少し身長が高いダニエラは腕の中ですっぽりと、とはいかない。殆ど同じ目線で見つめられるのはまだ気恥ずかしい。照れ臭さを感じながらも、聞かれた事には答える。それが僕のモットーだ。
「色々とな。アドラス達と一緒に話すよ」
「分かった。すぐに戻ろう」
離れたダニエラは流れるように僕の手を握る。約1週間の間はダニエラと会わなかったからちょっと甘えているのかな。可愛い奴め。
□ □ □ □
野営地が見えてきた。この辺まで来ると翡翠達も視認で僕を見つけている。雪壁の上から手を振る数人に繋いでいない方の手を振り返すと冷やかすような笑いが返ってきた。うん、気持ちに余裕があるみたいで安心した。それはそれとして後で覚えとけよ。
雪壁の一部は丸太で出来た扉になっていた。前はただの切れ目の前に雪壁を置いて遠目からはカモフラージュのようにしていたが、ちょっと見ない間に本格的になっていた。勿論、その丸太の扉の前には雪壁が築かれている。その丸太を隠すようにコの字で、でも簡単に入れるように段を作ってあった。やはり少し離れれば分かり難い作りだ。凝ってるなぁ。
「おかえりなさい、アサギさん」
「ただいま、アニス」
扉を開いて迎え入れてくれたのはアニス達だった。拳を伸ばすイジェルドに拳をぶつけ、長い前髪の隙間から僕を見て頷くウルジオに頷き返す。
3人の案内で野営地を歩くが、やはり何というか、生活感が出てきている。一部のテントの中では洗濯物が干されているのを見て凍らないのか不安になるが、乾燥用に魔道具なんかがあるらしい。世の中には色んな魔道具があるなぁ……まぁ、照明の魔道具以外は集める気はないけどね。
「戻ったか」
「あぁ、早速会議だ。報告したいことが沢山あるんだ」
大きなテントから出てきたアドラスをテントの中に押し返しながら僕も中へと入る。中には机と椅子、簡素なベッドだけだ。椅子には店長が座っていた。
「やぁ、元気そうで良かった」
「店長も。じゃあ早速報告しますね」
真ん中にある机の上に書き記したメモを広げる。アニス達、ダニエラやアドラスが席についたのを確認してから1つずつ報告していった。
「……とまぁ、こんな感じだ。僕ならまずは単独で実験施設へ潜入して繁殖用ゴブリンを始末して兵糧攻めにしたいが、どうだろう?」
「ふむ……数が多いからそれを減らす目的だな」
「あぁ、共喰いなんてしてる連中だ。食用が無くなれば身近な食料に手を出すのは馬鹿でも分かる」
報告し終えてからずっと調査しながら思い描いていた作戦を提案する。皆、内情にドン引き気味だったが作戦会議になった途端に真面目な顔付きになる。この辺りは真面目で好感が持てるね。
僕の作戦はアドラスにも話した通り、兵糧攻めだ。あの気持ち悪いゴブリンを始末してしまえば、施設を可動出来るゴブリンは居ないはずだ。だってあればクイーンズナイトゴブリンだけが使えていたのだから。
つまり、だ。共喰いを推奨していたのはクイーンズナイトゴブリンということになる。彼奴はゴブリンでありながら共喰いを繰り返していた。自分が元人間だという意識があったから出来たのかもしれないが、本能に逆らえなかったのもあるだろう。強烈な飢えが、共喰いという行為に駆り立てたのかもしれない。
「ある程度減るまでは店長に入り口を塞いでもらう必要があります」
「魔力は保つから大丈夫だよ。潜れば影を通して出入り口の数も調べられるだろう」
地下空間の範囲が2km程度だとは既に伝えている。此処からナミラ村まで影を伸ばす事が出来る店長だ。地下空間を支配するのは容易いだろう。とは言え、影を使って1匹1匹潰すのはキリがないから無理だという。細かい操作は魔力を消費するから仕方ないね。
「そうやって数を減らしていけば残るのは強い個体だ。平ゴブリンなんかはきっと食料にされてしまうだろうからな。其処を叩く」
「数で攻めていた連中を、逆に数で攻めるということか……なるほど、面白いな」
ダニエラがジッと考えながら呟く。沢山考えたから認められるのは嬉しいな……。
「だが1つだけ問題がある」
「うん?」
アドラスが腕を組みながら僕を見て言う。
「此方の兵糧にも限界がある。もう帝都を出て2週間近い。各々が持ち寄った携帯食も残り少ない。奴等に兵糧攻めをするのであれば、最低1週間は待たないといけないからな……その間、約50人を率いる我々の食料はどうする?」
ゴブリンを倒すことばかり考えていた僕は呆然としてしまった。どれだけ考えなしなんだと呪いたい。
「う、うー……どうしよう……」
「私とアサギが溜め込んだ食料を提供するにしても、限界がある。狩りをするにもこの辺りはゴブリンが狩り尽くしたのか、獣1匹見当たらないな」
「困ったね……」
さっきまでドヤ顔で説明していたのが途端に恥ずかしくなる。椅子に腰を下ろした僕は萎縮したように縮こまる。その僕の頭の上では食糧問題の議論が飛び交う。それを右から左に受け流しながらボーッと僕も考えるが、打開策は見つからない。
「此処から帝都に戻り、ナミラ村まで補給物資を届けてもらい、それをこの野営地まで運ぶくらいしか出来ないだろうな」
「しかし誰が……」
「うーん……」
現実的な意見としてはアドラスの提唱する補給物資しかないだろう。それを誰がやるか、という話だ。
そんなもん、僕しか居ないじゃないか。この作戦を思いついた責任もあるし、脚の速さで考えるなら僕だけだ。
「僕がやるよ。帝都へ行って誰か商人に頼み込んで物資を用意してもらう」
「有り難いが……時間的余裕がな」
「それなら問題ない。僕なら最短ルートで行けるし、虚ろの鞄に入ってる食料を此処に置けば物資を詰め込められる」
食料と言っても屋台飯が大半だからダニエラの腕輪に詰め込んでもらう必要がある。僕の鞄からは照明の魔道具と野営に必要な物をテントに置かせてもらい、ダニエラの腕輪からは食料以外の物を出して、代わりに僕の食料を詰め込む。それしかないだろう。
「何事も速いことに越したことはない。考える暇があるなら動いた方がいい。そうだろう」
「う、む……お前には働かせてばかりだな。すまない」
いつかのようにアドラスが頭を下げるが、肩を掴んで無理矢理戻す。
「良いって。僕がやりたいんだ」
「……分かった。よし、すぐに取り掛かろう」
テントのにある物を端に寄せて鞄の中をぶちまける。野営に使うテントや端切れ、が散らばるが、それらはアニス達が管理してくれる。照明の魔道具を再び並べる。
「貸し与える時は一筆書かせるつもりだ。それと保証金もな」
「別に其処までしなくてもいいよ。大事に扱ってもらえれば」
壊されるのは嫌だけど、戦えば多少の破損はあるだろう。其処は大目に見るつもりだ。
「大事な物なんだろう。ちゃんとしておくべきだ」
「んじゃあアドラスに任せるよ」
「あぁ、任せてくれ」
アドラスにお願いしておけば問題ないだろう。
僕の装備以外を鞄から出して、食料は手渡しでダニエラに渡した。手に取った瞬間に腕輪の中に消えていくのを見て手間がなさそうで良いなぁといつものように思いながら作業していたらすぐに終わった。
「朝昼晩と全員に最低限渡して大体3日程だな」
「よくもまぁ食べ物だけで其処まで用意したね……」
「大半はダニエラが食べる為ですけどね」
「余計なことは言わなくていい」
「いって!」
店長とダニエラのやり取りに口を挟んだらローキックをお見舞いされた。解せぬ。
「んじゃあ行くとしますか……」
「気を付けてくださいね!」
「あぁ、危険はないから大丈夫」
心配そうに見つめるアニスに安心しろと親指を立ててやると、安心した顔で荷物整理に戻った。それを見届けてからテントから出ようとするとアドラスに肩を掴まれる。
「この補填は必ずする。貴重な食料を分けてくれて感謝する」
「全部合わせれば結構な金になる。手間賃も入れてくれよ?」
「任せろ。じゃあ気を付けてな」
「おう」
金銭面もこれで安心だ。改めてテントを出るとそのまま《神狼の脚》で空を踏み、木々を抜けて空へと飛び出る。うん、調子も良さそうだ。天気も荒れてないし、日暮れまでには帝都に着くだろう。
向こうに着いたら補給物資を買い集める。信頼出来る商人を見つけて食料と、それ以外の物資も集めないと。それも大急ぎでだ。ゆっくり休めるのは何時になるか……いや、此処が頑張りどころだ。しっかりしろ、朝霧。
頬をパシンと叩いて気合を入れる。思った以上の痛みに少し涙目になりながら、一路、僕は帝都へと向かった。




