第三百一話 地下空間へ
斥候の何たるかを教わりながら、ニセユグドラの木まで歩く。今回はアニス率いるいつもの斥候翡翠組+僕の4人パーティーだ。3人とも身軽で、聞けば普段から斥候、隠密、不意打ちを主体とした戦闘をしているらしい。道中、勉強ということで何度かゴブリンと戦闘を行ったが、いやまぁ、見惚れる程の手際の良さだった。
「ああやって戦うのも良いな。事前準備や気遣う事は沢山あるけれど、剣を打ち合う回数や力の入れ具合が違うな」
「私達って戦闘に特化した人間ではないので、それ以外の分野で戦うしかなくて……」
照れ臭そうに頬を掻くアニスの言葉に、仲間の1人である陽キャ系男子のイジェルドが続く。
「俺達も最初は他のパーティーで斥候とかしてたんだけど、まぁ、ゴリ押しの脳筋が多くて外されたんだよなぁ」
「うん……」
悲しい顛末にもう1人の陰キャ系男子のウルジオが頷いた。陰陽の極端な性格にアニスが上手く馴染んでいるので割と3人の仲は良い。
「まぁ勝ちゃ良いって考えの人間は多いな。僕は何でも出来るようになりたいから色々勉強してるけど」
「だからアサギさんって隠密系の装備も整えてるんですか?」
「まぁね。《気配遮断》のスキルがあるからそっちに特化した装備も揃えとこうかなって」
「はぁー……本当に多彩なんだな」
「二つ名持ちは違うね……」
別に自慢するような事でもないが、こうして畑違いなスキル獲得が可能なのも《器用貧乏》先生のお陰だと思っている。
そんな会話をしながらでも、3人の探索、追跡能力は衰えない。的確に雪の上の痕跡を見つけて、方向特化した《気配感知》で居場所を見つける。そうしたら極力自身の痕跡を残さずに獲物を追う。離れた場所から確認し、周囲の気配や其処にある物等を入念に観察してからすぐさま作戦を立てて、一気に殲滅する。本当に凄いと思った。
「痕跡を追うっていうのが難しいな……」
「雪の上はまだ簡単な方ですね。足跡が残るので」
「一番きついのは平原だな。森なら落ち葉や木に痕跡が残ったりするが、平原は草で隠れちまう」
「風を遮る物がないから風で匂いが飛んじゃうしね……」
なるほど、と頷いてみるが難しい話だ。それでも簡単そうに話すからやはり勉強になる。幸いにも僕には《器用貧乏》があるので、見取り稽古が可能だ。見て盗んでものにする。それだけが僕の強みだ。
「……あ、これ、足跡じゃないか?」
「そうですね。猪の足跡です」
「ゴブリンじゃないのか……」
やっと第一発見者になれたのに猪とは。斥候というのは難しいな……。
□ □ □ □
「これがニセユグドラの木です」
「でけぇな……」
見上げていると首が痛くなってきた。目の前にそびえ立つ大きな木は、日本で見た御神木を思い出す。注連縄は無いが、この木の元になったユグドラシルというのも神樹に近い扱いだったらしいので、似たようなものかもしれないな。
「彼処を見てください」
「うん、あれがうろか」
アニスの指差した場所には縦に亀裂が入ったようなうろがあった。その周囲はゴブリンに拠って踏み荒らされた汚い雪原。うろの周辺は体が擦れたのか、木の皮が捲れていた。
それに一番の痕跡として、動物の骨が散らかっていた。此処のゴブリンが生きていく為に周辺の動物達を狩ったのだろう。ただ動物を追い回すだけでは狩るのは難しい。何か入れ知恵があると見て間違いないだろう。
「ふむ……木の下に気配が集まってるみたいだな」
「分かるのか?」
「あぁ、下方向の気配感知はめちゃくちゃ練習したからな」
勿論、《器用貧乏》のお陰だ。アニス達も下方向の感知は得意ではない。
下にはうようよとゴブリンの気配がある。1560匹まではいかないにしても戦慄する程だ。そして、やはり上位種も沢山だ。
「強い気配もある。油断したら即死だ」
「……ッ」
死という言葉にウルジオがピクリと反応する。
「それくらいの気持ちで行った方が良いだろうな。ま、大丈夫だ。僕が行くからな」
「いざという時はお願いします」
「まかせてくれ」
戦闘特化ではないと言っていたから、僕が此処で頑張って守らねば。体の事が脳裏をよぎるが、なに、見つからなければ問題ないのだ。
「3人は周辺を警戒していてくれ。中を見てくる」
「気を付けてな……俺達も途中まで潜ったが、とんでもない数だった」
イジェルドの注意に頷き、《気配遮断》を発動させる。身に纏った装備がそれを底上げしてくれるので通常のスキルレベル以上の効果を出してくれる。
いきなり気配が消えた事に3人が驚くが、すぐに散って警戒を始める。それを見て安心した僕はうろへと向かった。
□ □ □ □
うろ周辺は何だか汚かったので触れずに中へと入った。すぐに外の光は入り込まなくなったので《夜目》を発動させる。うん、かなり見やすくなった。安心して中へと進める。
大人1人分くらい入れる程に広がった穴は途中から急な坂になった。ていうかほぼ崖だ。だいぶ道がボロボロだし、此処を降りるのは難しいだろう。いざ逃げる時を考えると別の道を見つけたいが……其処は店長に任せることにする。
《神狼の脚》を使って降下しているとざわめきのような音が聞こえてくる。耳を澄ましていると、それが沢山のゴブリンの鳴き声だと気付いた。
「やべぇな……」
声だけ聞けば、まるで繁華街の傍に居るようだった。それだけの数がこの下に居るのだろう。
道は途中から根が絡んだ土になる。そしてそれ程しないうちになだらかな坂になり、洞窟のような道となる。先程の声はこの道を反響して聞こえてきたのだろう。
洞窟を警戒しながら歩く。しかし驚く程に1本道だ。横穴からいきなりゴブリンが出て来て奇襲、或いは挟み撃ちなんて事がなさそうでそっと胸を撫で下ろした。《気配感知》で探るが、隠し扉のような物があって、向こう側にゴブリンが……なんて事もなかった。
「ん……拙いな」
広げていた《気配感知》しているエリアに、洞窟を登ってくるゴブリン達が入り込んできた。1本道だからまず間違いなく遭遇する。此処で始末しても良いが、血の匂いが籠もるかもしれない。それはさらなるゴブリンを招く呼び水になりかねない。
「……」
「ギャウ、ギュギュ」
「ガウガウ」
なので、《気配遮断》をして《神狼の脚》で洞窟の天井に張り付いて誤魔化すことにした。水平を維持するのが難しいので剣を天井に突き刺して張り付く。幸いにもゴブリン達は背丈が低いから僕に触れることもない。外の3人には驚かせてしまうかもしれないが、この程度の相手なら問題ないだろう。
ジッと息を潜め、ちょうど良いとばかりに上からゴブリンを観察してみて気付いた事が1つあった。
このゴブリン達、革鎧を装備している。以前ナミラ村を襲ったゴブリン達と同じ感じだ。しかしこのニセユグドラ周辺に居たゴブリン達は革鎧なんて身に着けていなかった。
「(数が増えすぎて放り出されたとかか……?)」
色々と考えを巡らせるが、答えは出ない。そうこうしている内にゴブリン達は洞窟を抜けていった。あの急な坂も爪を引っ掛けて登るのだろうな。なるほど、だからボロボロだったのか。アニス達によろしくな。
姿が見えなくなったところで土の上に降りて、また遭遇しないうちに抜けようと歩く速度を上げる。
そして何度かの曲道を過ぎ、だいぶ下まで降りると突然、道が広くなった。その道の先に天井はなく、近くまでは土の壁が広がっていた。この先が地下空間だろうと睨んだ僕はそっと中を覗き込み、息を呑んだ。
「これが、地下空間の正体か……」
あのニセユグドラは、意味もなく植えられた訳じゃなかった。きっとこの空間を隠す為の木だったのだ。あれだけ大きな木に成長するのなら、この地下空間を隠蔽出来るのは容易だ。
ただ1つ欠陥があったとすれば、あのうろだ。あれの所為で道が出来てしまい、ゴブリンに此処が見つかってしまった。
「此奴は厄介だな……古代エルフめ。なんてものを残してやがったんだ」
ニセユグドラの地下に広がる空間。
其処には廃墟となった都市群が広がっていた。




