第二百九十九話 アサギの性分
ナミラ村を出た後、曇天の中アドラス達は北へと向かった。それはクイーンズナイトゴブリンがやってきた方向だ。それだけの理由だが、それ以上の理由が無かった。
途中、吹雪に見舞われながらも何とか森に辿り着いたアドラス達。《気配感知》を広げるとゴブリンの反応が多数あったらしい。この時点でアドラス達は気付いて無かったが、進路が少し東にずれていたらしい。吹雪の所為だろうな。僕達が歩いていた時は天候に救われた。
その森の中を進みながら幾つかのゴブリンの群れを駆除していく。そうして見つけたのが巨大樹だ。僕は種類に詳しくないが、ダニエラに言わせると『恐らくニセユグドラの木だな』との事だ。大昔にこの世界を実質支配していた古代エルフが育てた木、『ユグドラシル』という木から派生した種類らしい。実物はもう存在しない。
しかし過去の勇者が何処からか枝を見つけてきたとか。それを挿し木して植えたそうだ。
ともかく、その木の下にゴブリン達の巣があるという。うろが何年も掛けて雨水などで削られ、それが大地にまで浸透して地下空間を作ったのだろうとアドラスが言っていたっけ。それでも木は死んでいないらしい。さすがユグドラシルの挿し木だ。
「斥候が得意な奴を何人か潜らせたが、それはもう沢山のゴブリンが居るらしい」
「クイーンは1週間で沢山の子を産むからね……これは厄介だよ」
一体どれくらいの期間をニセユグドラの下で過ごしたのだろう。仮に1年としたら52週か。
「クイーンは一度にどれくらいの子を産むんだ?」
「ギルドでは約30匹と公表されているな」
「マジかよ……」
じゃあ単純に考えて1年で1560匹? 冗談じゃない。その中から進化した個体も居るとしたら……考えたくもない。
「こういうのはどうだ? うろから油を流し込んで火をつけよう」
「ニセユグドラは貴重な木だ。燃やすわけにはいかん」
アドラスが首を横に振る。
「それに大量のゴブリンがひしめき合う地下空間だ。出口がうろ1つとは限らない。逃げられたらそれこそ被害が拡大してしまう」
「正面切って突っ込んでも結果は一緒じゃないか?」
侵入者から逃げても、火から逃げても結果は一緒だ。複数ある出口から逃げ出し、散らばってしまう。
「そうだ。だから困っている。火以外で圧倒的な殲滅力を持つ人間が欲しかったところだ」
そう言って僕を見るアドラスだが、今度はダニエラが首を横に振る。
「アサギなら上手くやれば可能だろう。だが今は駄目だ。思った以上に怪我とその負担が酷い。パーティーメンバーとして許可出来ない」
「しかしそうも言ってられない。お前達なら分かるだろう。地下空間に大量の魔物。そしてスタンピードはすでに始まっているんだ」
過去にアドラスは僕達のしてきた行動を調査したことがある。だから知っている。坑道跡で僕達がスタンピードを未然に防いだことを。今があの時と似た状況だが、あの時よりも危険な状況だと。
「……分かった。やろう」
「おいアサギ、待て」
「でもダニエラ、今やらないと意味がない。きついが、やらないと危ない。分かるだろう?」
「……」
その顔が、坑道の奥深くでの事を思い出しているのはすぐに分かった。
「僕達はスピリスを守った。帝都を守らない理由がない」
「理由は分かる。納得も出来る。だけど私の気持ちがそれを承諾出来ない。アサギは今、ボロボロだ。なのにそんな体に鞭を打つような事は認められない。認めたくない。お前が大事なんだ」
ダニエラが僕の腕を掴んで離さない。まるで離したら僕が何処か遠くへ行ってしまうかのような……そんな必死さが腕を通して伝わってくるようだった。
「確かに僕は今、体の中がボロボロだ。与えられたスキルを使い過ぎた代償で十分に戦えない状態にある。だけど、少しは戦える。十分じゃなくても、皆が居る。アドラスが居るから心強いし、店長が居るから頑張れる。そしてダニエラが居るから安心して戦えるんだ」
「……」
「それに此処まで来て何も出来ないのは嫌だ。僕に出来る事があるなら、やりたいんだ」
今までだってそうしてきた。そうやってこの世界を生きてきた。まだ少しの期間だけど、今までの人生よりも濃い生き方をしてきた。
その中で僕みたいな人間でも誰かを守れるのだと知った。初めて人を斬った日、小さな女の子を救えた。辛い経験だったけれど、でも何よりも救えた事が僕は嬉しかったんだ。
「……そうだな……分かった。思えばアサギは何時だってそうしてきた。救える命を目の前で無視することが出来ない奴だって、私が誰よりも知っていたっけ……」
そっと腕を離したダニエラが僕を見て諦めたように笑った。
「そういう性分……らしい。今まで生きてきてそんな事を実感したことは無かったけど、どうやらこれが僕みたいだ」
「そうだな。それがアサギだ。アサギがアサギらしく生きるのが、私の幸せだ」
こみ上げてくる気持ちを我慢出来なかった。気付けば僕はギュッとダニエラを抱き締めていた。
「ありがとう……ダニエラのお陰で僕は戦えるんだ」
「アサギ……」
「ダニエラ……」
腕の中のダニエラがそっと僕の背中に腕を回す。僕よりも強く僕を抱き締め、そして近付く唇と唇。ゆっくりと白金の睫毛に縁取られた翡翠の眼が閉じていき、薄い桃色の艷やかな唇が、僕の唇に……。
「よし、じゃあ作戦会議を始めるぞ」
アドラスの声に弾かれたように離れた僕とダニエラだった。
□ □ □ □
仕切り直しに2分程の時間をもらい、漸く席につく。と言っても野外だし立ちながらだ。雪で出来た円卓の周りには7人の騎士。アドラス、店長、ダニエラ、僕、それと斥候パーティーの3人だ。以前からアドラスに買われているパーティーだな。
「よし、アサギ達に改めて報告してくれ」
「分かりました」
短髪のリーダー系女子、アニス(アドラスから名前を聞いたのだぜ)がキリッとした表情で此方を向く。釣られて此方もキリッとした表情になってしまう。
「ニセユグドラの木の根本に大きなうろがありました。《気配感知》で調べてみたところ、このうろの下に魔物の気配がしました。うろ自体も沢山の魔物の行き来があったみたいで爪痕や色々な汚れがあったのでまずゴブリンの巣であることは確定です」
ふむ、とダニエラが頷く。
「ゴブリンの姿は見たのか?」
「はい。外からの観察での確認、そして中での確認を行いました」
「中はどういう状況だった?」
「それが……」
眉を下げてシュンとした表情になるアニス。
「私達は《夜目》スキルを所持していないので詳しい状況確認は出来ませんでした。ただ、《気配感知》では大量のゴブリンの反応がありました。間違いありません」
「なるほど……じゃあ其処でまず僕の出番という訳か」
首を傾げるアニスを《夜目》で見てやるとハッとした顔になる。表情豊かだな、この子。
「幸いにも《気配遮断》に特化した装備もあるから、状況確認は可能だ」
「何でも出来るのですね……」
今度は落ち込んだ顔で僕を見てくるが、首を横に振る。
「器用貧乏ってやつだよ。専門の人間には敵わない。後で斥候の何たるかを教えてくれないか?」
「私に出来ることならっ」
ビシッと姿勢を正すと90度の礼をするので慌てて此方も頭を下げる。教わるのは僕なのに、面白い子だ。
「何やってるんだ、まったく……」
それをアドラスが冷めた目で見ている。アニスと一緒に少し顔を赤らめた。
「しかし十中八九、中は酷い有様だろう。そう仮定した上で作戦を考えよう」
全員が頷き、ディスカッションが始まる。
それは暫く続いた。時間も忘れ、差し出された夕食を食べながらの会議。今回は僕も踊らされることなく、ああでもないこうでもないと頭を悩ませ、時々休憩して、でも頭の中は作戦のことばかりで……。
気付けば夜の見張り当番の翡翠に『いい加減寝てください!』と怒られる始末。すっかり日も落ちて月すら真上を過ぎて傾き始めた時、慌てて僕達は床についた。
翌朝、起き抜けから昨夜の議論を整理し、意見が出尽くしたところで精査をする。




