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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百九十八話 雪原を征く

 アドラス達と別れて3日目。朝から暫く歩いていると昼前には森が見えてきた。アレクシア山脈麓に広がる樹海だ。視界いっぱいに広がる広大な針葉樹林は漏れなく雪に覆われている。北の地によくあるタイガを想像してしまうが、この森の先はアレクシア山脈。その向こうはランブルセンだ。本格的なタイガはランブルセンより更に北にあるエレディアエレス法国辺りだろうな。この氷雪期のランブルセンはどうなっているのか、少し気になるな。


 この森は規模があまりにも大きいので山脈までは相当な距離がある。直線距離で考えれば、帝都から約2週間程歩き続ければアレクシア山脈へと辿り着ける距離だ。

 帝都からナミラ村までは約2日。ナミラ村から森の入り口まで普通に歩いて2日弱と考えてもらえば、この森の広さが伝わると思う。


 そしてこの森の何処かに、クイーンゴブリンとその眷属達が居る。


「さて、本番は此処からだが……アサギ、体の調子はどうだ?」

「昨晩飲んだポーションが効いてるな。肩も足も痛みはないよ」


 防寒着の下の破れた箇所から覗く怪我部分は少し痕が残ってしまったが、完全に塞がり、痛みはない。


「調子は良さそうだな。……暫く封印とは言ったが、《神狼の眼》はどうだ?」

「ん、ちょっと待ってくれよ……あーこわ……」


 あの痛みは結構きついが、確認は必要だ。何度かの深呼吸をして心の準備を整えてから、前方の森の少し奥を覗く感じで《神狼の眼》を発動させる。


「……ッ」

「どうだ?」

「う……く……あ、あれ、痛くない?」

「いや聞かれても……」


 それもそうだ。でも全然痛くない。あの刺すような痛みはなかった!


「痛くない! あー、安心した……もう一生使えないのかと……」

「あまり遠くを見たり酷使は避けた方が良いとは思うがな」

「そうだな。無理は良くない」


 でもあの時は無理してでも倒しておかねばならなかった。でないと酷い未来が待っていた。結果、今僕の身に少しだけ異変が起きているが、誰も死なないよりずっと良い。


 野営地は少し片付けておいた。特に手を加えるような事もない。雪を使ったかまくら程度しかないし、その他の便利グッズは鞄か腕輪の中だ。体の調子も良くなったし、すぐにアドラスを追いたかった。


「ちょっと眼を使う」

「分かった。何かあったらすぐにやめるんだぞ」

「分かってるって」


 痛いのは嫌だけど便利なことに変わりはない。それにこれは今の限界を知るにもちょうどいい。


「よし……」


 スッと意識を切り替えるように眼を切り替える。一瞬ブレた視界が僕とダニエラを俯瞰で見る。うん、痛みはない。この距離からずっと森の中へと進んでいく。《気配感知》も併用して少しでも反応のあった方向へと視界を移動させる。


「ん……」

「どうした?」

「ゴブリンだ」


 反応のあった場所には普通の平ゴブリンが固まっていた。何かから逃げてきたのか、怪我をしているようだ。青い血を流しながらギャアギャアと鳴いている様子だ。耳は神狼の耳じゃないから声は聞こえないので無音声映画を見ている気分だな。画質は良い方だが。


「怪我してるな……見た感じは切り傷に見える」

「剣の傷だろうか」

「多分な。森で彷徨いててあんなにガッツリ切る事なんてなかなかないだろう」


 木の枝に引っ掛けたとしてもあんなには血は出ないだろう。もし引っ掛けてたとしたら情けなさ過ぎるが……。

 思考を切り替え、視界も切り替える。更に反応のあった奥へと進んでいくと踏み荒らされた雪が見える。多少は雪が降り積もって見え難いが、足跡は靴のようだ。どうやら近そうだな。距離にしてみれば2kmくらいの感覚だが……。


「もう少し先に……うっ!?」


 2kmを過ぎて先に行こうとしたところで視界にノイズが走った。瞬間、眼球を刺されたかのような痛みが走った。痛みに体が強張り、慌てて《神狼の眼》をシャットダウンする。


「大丈夫か!?」


 フッと力が抜け、雪の上に膝をついた。ギュッと閉じた瞼の上から両目を抑えているとダニエラが肩に手を添えて心配してくれる。それに力無く微笑み返しながら大丈夫だと言うが、ダニエラの様子から全く信じてもらえてなかった。


「やはり封印するべきだな。私の考えが浅かった」

「いや、僕もいけると思ったし……」


 まだまだいけそうだと思った。が、突然視界が砂嵐みたいになったからびっくりしてしまった。大体2kmくらいか……。それも直線上の動きでだ。《神狼剣域》みたいな激しい動きは殆ど出来ないだろうな。実際に《神狼剣域》を使ったとしても5分もなんて絶対に出来ない。次に使ったらどうなることやら……。


「ありがとう、ダニエラ。はぁ……とりあえず移動しよう」

「場所は分かったのか?」

「方向は大丈夫。此処から真っ直ぐ行ったところに痕跡を見つけた」


 踏み荒らされた雪。靴跡。雪が降っていた事を鑑みても最近のもののように感じた。今から急げば間に合うかもしれない。《神狼の脚》を使いたいが……


「《神狼の脚》は駄目だぞ。眼だけじゃなくて足まで使えなくなったら目も当てられない」

「……ですね」


 《器用貧乏》だけじゃあクソ雑魚冒険者だと認定された瞬間だった。



  □   □   □   □



 ザクザクと雪を踏み固めながら森を進む。風に吹かれて枝葉に積もった雪が散らされて、それが日光に照らされて反射する風景は幻想的だ。

 幻想的な風景だが、今しがた傷ついていたゴブリンと愉快な仲間達に引導を渡してきた。白銀の雪原を青く染めて汚しているのは自分だと思うと何だか嫌な気分になる。


「ふぅ……もう少しだな」

「あぁ。《気配感知》にも反応が出てきたな」


 1kmを少し過ぎた地点でダニエラが《気配感知》を前方に広げたところ、多数の人間の気配を感知したのだ。多少は範囲を絞っているから人間だと感知出来たが、それが冒険者達かどうかは分からない。まぁ、此処まで来て冒険者以外の人間が居るとは到底思えなかったが。


 そんな事を話しながら歩いていると僕が《神狼の眼》で見た踏み荒らされた雪の地点までやってきた。膝をつき、実際に間近で見てみるとやはり靴跡だった。改めて見ると結構広い範囲で踏み荒らされてる。この場所に来るまで足跡は見当たらなかったが、確認してみると右方向からやってきたのが確認出来た。


「ふむ……私達はアドラス達の野営跡から真っ直ぐ来たが、彼等はどうやら一旦東に反れたようだな」

「何か理由があったのかな?」

「ゴブリンでも居たんじゃないか?」

「にしたって翡翠達を連れた大隊で移動するか?」


 言っちゃあ何だが相手はゴブリンだ。腐っても魔物だが、全員を連れて移動するような魔物でもない。そりゃあゴブリンの大群が居れば話は別だが。


「恐らくはそうだろうな。それか、何か痕跡があってそちらに移動したか……」

「……《気配感知》では人はどっちに?」

「北東だ。此処から北東の方向に行くと人が固まっている。なかなかな距離があるがな」


 ふむ。やはり此処にはゴブリンを仕留めに来ただけのようだ。


 多分、ゴブリンの気配を感知したアドラス達から派遣された翡翠達が、此処でゴブリンと戦った。しかし雪に足を取られ、仕留め損ねたのが数匹。其奴等は慌てて逃げ出し、翡翠達は仕方なく戻り、逃げたゴブリンは僕達が始末した。


 この場のシナリオはそんなところだろう。そうダニエラと当たりをつけ、進路を北から北東へと変更した。



  □   □   □   □



 北東へと向かう途中、踏み固められた雪道を見つけた。少し雪が積もっているのは木から落ちたものだろう。漸くアドラス達の歩いた道を見つけた。

 其処からは真っ直ぐ道を辿るだけ。西に落ちた太陽が完全に顔を隠す前にはアドラス達の野営地に到着することが出来た。


「ふぅ……何とかなったな」


 此方を《気配感知》で察知し、手を振る見張りの翡翠を《神狼の眼》で確認しながら手を振り返して一息つく。


「今日合流出来なかったら完全に野宿だったな」

「怖いこと言うなよ……いやでも本当にその可能性あったな……」


 今更かまくらを作って……なんて時間が無さ過ぎるし、気配は感知してるのだから必死こいて歩こうとダニエラが提案してそれに乗っかったが、安全策を取っていたら逆に凍死していたという可能性もあった。時には勢いに任せるのも生きる上で大事なコツだと学んだ。


 誰か氷魔法が使える人間が居たのか、立派な雪の壁が木々の間に出来上がり、魔物の侵入を防いでる。考えたな……魔力は消費するが、立派な要塞だ。がっちり氷で硬めてあるし、素材は雪だから消費も少ない。それに雪を使えば除雪にもなる。理に適った野営だ。


「お疲れ様です。ご無事で何よりです」

「ありがとう。怪我した人間は居るか?」

「いえ、全員無事です。アドラスさんが待ってますよ」


 雪壁の上から声を掛けてきた翡翠に状況を確認する。良かった。クイーンズナイトゴブリンのような異常進化個体は出てこなかったようだ。

 壁と壁の隙間を通って中へ入ると結構な敷地内に幾つものかまくらと篝火。炊き出しも行っているのは数本の煙も確認出来る。それらは木々の間を細々と伸びていき、遠目には見えない。


 声を掛けてくる翡翠達に適当に手を振りながら中心地へ行くと切り株の上に地図を広げたアドラスと店長を見つけた。


「遅刻だぞ」

「廊下にでも立たせるか?」


 ジト目で此方を見るアドラスにおどけてみせる。


「ふん、此処は学園じゃない」

「はは、そうだな」


 合わせてくれたアドラスと一緒に笑い、再会を喜ぶ。一時はどうなることかと思ったが、こうして怪我もなく合流出来て本当に良かった。


「リンドウ、大事ないか?」

「うん、平穏無事だよ。ダニエラは?」

「アサギのお守りでクタクタだ」

「おい」


 ダニエラも気が抜けたのか普段は言わないような冗談を言う。……冗談だよね?


「無事に合流出来て良かった。それに、タイミングも良い」

「タイミング?」


 アドラスの言葉に首を傾げる。その質問の答えは予想外だったが、ある意味本当にこの再会は奇跡的なタイミングだったと知る。


「クイーンゴブリンの居場所……ゴブリンの巣を見つけた。場所はこの先、巨大な木の中。その地下深くだ」 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「結果、今僕の身に少しだけ異変が起きているが、誰も死なないよりずっと良い。」 『誰も死なない結果』が悪い事のように書かれている。 「誰かが死ぬよりずっと良い。」かな?
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