表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

297/403

第二百九十七話 尽きない謎

 2日が経った。昨日の朝にはある程度は動けるようになったのだが、ダニエラが大事を取って安静にしていろと言って聞かないので仕方なく休んだ形になった。

 しかしお陰様で走ることに関しては問題ない。そう、走ることに関しては。


 問題は《神狼の眼》だった。


「う……ぐ」

「やはり駄目か?」

「まだちょっと目の奥がズキズキする……」


 この2日間の休養だけでは眼の再使用は叶わなかった。どういう理由かは明らかだ。酷使し過ぎたのだ。クイーンズナイトゴブリンを削り切る為に放った技、《神狼剣域》で最も使うのは《器用貧乏》だが、次に酷使するのは《神狼の眼》だ。そしてその全ての負担は脳にいく。酷使した視神経が痛みを訴えているのが分かる。


「眼は使うな、アサギ」

「そうしたいのは山々だけどな、ダニエラ。このままじゃスタンピードは必ず帝都を襲うぞ」

「しかしだからと言ってお前が完全に潰れてしまっても帝都は危険に晒される。完全な状態を待てる程の時間は無いが、わざわざ抱えた爆弾に火を灯す必要はないだろう」

「……」


 まったくの正論だった。ぐうの音も出ない正論。そしてダニエラが何よりも僕を心配してくれているのが伝わってくる。伝わってしまえば、抵抗することは不可能だった。僕は両手を上げて降参の意を示す。


「分かればいい」

「はいよ、相棒」

「《神狼の眼》は暫く封印だ。便利だが、危険は何処にでも潜んでいるものだから、なっ」

「いって!」


 バチンと額にデコピンを食らう。赤くなったであろう額を指先で擦って痛みを消し去ろうと努力してみるが、じわりと涙が染み出してくる。僕はそれをこっそり袖で拭った。



  □   □   □   □



 すっかり人の居なくなったナミラ村を後にし、まっすぐ北へと向かう。ゴブリンがやってきた方向だ。薄く広く前方に広げた《気配感知》がうっすらと何者かの気配を察知してくれているので此方で間違いないと思う。何分遠すぎて人か魔物か違いが分からないのが不安だが、人であれ魔物であれ、出会えるのであれば問題ない。人なら良し、魔物なら斬るだけだ。


 今日の天気は快晴だ。昨日一昨日と曇っていたし、何回か吹雪いていたから今日も天気が悪いのではないかと危惧していたが、そんな事はなかった。あれだけ戦闘して踏み荒らされた雪原もだいぶ均されているので、アドラス達の痕跡を注意して探さないといけない。


 何に注意すべきか考えながら家の外へと出て明るい日差しに照らされるが、風は冷たい。出る前に防寒着を着たのは正解だったな。


「しかしこうお互いに白いと雪に紛れて見えなくなりそうだな」

「それはそれで好都合だろう。私達はお互いに《気配感知》を持っているから、離れ離れになっても問題ないしな」


 それもそうか。魔物が現れた際は伏せて身を隠せば上手くやり過ごせるかもしれない。

 だが、魔物の気配は北にしかなく、周辺には影も形もない。きっとアドラス達が上手くやっているお陰だろう。此方に一切寄せ付けず、数を減らしているのだと信じたい。

 まぁ、あれだけの数の優秀な冒険者が手を取り合っていればゴブリンくらいなら問題ないだろう。


「でもまたクイーンズナイトゴブリンのような存在が現れないとも限らないぞ」

「其処は警戒しておかないとな……もう、居ないと良いが」

「……そうだな」


 ダニエラには事の顛末は全て伝えた。クイーンズナイトゴブリンが元人間の転生者だった事。魔物の本能には抗えず、しかし最期には人として死んでいった事。あの大剣が、彼の形見だという事。


 休養を取りながら、色々な事をダニエラと話した。人間が魔物に転生する可能性はあるのかとか、魔物として転生した人間は他にも居るのだろうかとか。でもいくら話したところで答えは見つからない。ふらりと現れた魂がたまたま人間で、それが何らかの偶然で魔物の器に入ってしまったのかもしれない。はたまた、これらが古代(エンシェント)エルフが残していった自立思考魔道具『ノヴァ』が呼んだのかもしれない。


 そして一番の疑問。それは異常進化個体が人間の魂を得た魔物の進化系かもしれないという事だ。僕がフィラルドに住む老人、マクベルの元で聞いた『魔物研究録』、その禁書指定にされている後編では、『脆弱な魔物に高濃度の魔素を与えてみたところ、死滅する中で稀に生き残る個体がいることが判明』 と記されていたと聞いた。


 これが間違いだったら……なんて事まで疑い始めると全てにおいて疑心暗鬼になってしまう。しかしこれが正しい事であると全面的に信じるのは難しくなってしまった。


「王都での研究に選ばれた魔物が偶々、人間の魂を宿した魔物だったとは思えない」

「もしかしたら脆弱な魔物、人の魂を持った魔物、その両方が異常進化個体に成り得る存在なのかもしれないな」


 議論しても埒が開かず、仕舞いには僕も疲れてきたのか、少し具合が悪くなってしまったところで話は打ち切りになった。それ以降は、まぁ出会ったら考えようという結論に至った訳で……。


 人であったという可能性が浮上してしまった今では異常進化個体だからと言って無闇に攻撃は出来ない。今後、そうなんじゃないかという存在が出現したら『すみません、もしかして元人間ですか?』と尋ねることにしよう。ベオウルフやアーサーは元人間なんだろうか。アサルトゴブリンやルーガルーは元人間だったんだろうか。考えても考えても、やはり答えは見つからない。


 上手く話し合えば殺し合わなくても済むかもしれないな。人だったと気付いてない奴だったら、もしかしたら思い出してくれるかもしれない。


 それでも駄目だったら……その時は、ダニエラの命と自分の命を守るしか無い。




 尽きない謎に思考を割きながら歩いていると隣を歩いていたダニエラがふと立ち止まる。それまで自分が無警戒に歩いていた事にハッとして慌てて振り返るが、ダニエラは剣を抜いてはいなかったし、矢をつがえてもいなかった。何事かと首を傾げる僕を見てダニエラが笑う。


「アサギの悪い癖は考えすぎてしまうところだな」

「え?」

「私が立ち止まるまで考え込んでただろう?」


 なんてことはない。僕が無意識に考え込んでたのをダニエラが気付かせてくれただけだった。しかしそれなら声を掛けてくれてもいいのに。少し意地悪なダニエラに八つ当たりのように拗ねる僕。


「悪かったな……」

「はは、でも悪いことばかりじゃない。そうやってちゃんと考えるところ、私は好きだぞ」

「お、おぅ……」


 八つ当たりをしたら惚気けられた。こんな不意打ち、顔が赤くなってしまうのは不可抗力だ。


「あんまり体温を上げると冷えてきた時に辛いぞ」

「うるっせぇ。お前の所為だ、馬鹿」


 照れ隠しで少し口が悪くなるが、ダニエラは気にもしていない。気にしているのは僕だけだった。


 そんなやり取りの中、歩き続けたがその日の内にアドラスとの合流は果たせなかった。休み休みの雪中行軍となった所為か、日が傾き始めてもまだ雪原の途中だ。大凡の位置は分かっているし、ダニエラもしっかりしているから遭難の心配はないと言っていいだろう。でも深夜の行軍は危険だ。


「今日は此処までだな」


 立ち止まり、ポツリと呟く。


「いや、もう少し行こう。日暮れまでは歩きたい」


 しかしダニエラが続行を提案する。これ以上歩いても森までは行けないと思うが……。


「もしかしたら、もう少し進めばアドラス達の野営跡があるかもしれない」

「……あ、なるほど」


 彼等もこの道を通ったはずだ。それも大所帯で。

 僕は日が傾き始めた時点で除雪して、その雪を使ってかまくらでも作ろうと思っていた。氷魔法を使えば簡単かもしれないが、こんな雪原のど真ん中で魔力を消費するのは避けたかったし、行軍同様に休み休みの作業になるだろうとも予想していた。なんだかんだで僕も怪我人だからな。無理はしたくない。


 でももしアドラス達が同じ事を考えたとしたら。僕達は2人。あちらは沢山。物の数が違う。そうなれば作業量は分散されるし、ギリギリまで行軍してから設置しても時間的猶予は十分にあった。


「しかしあちらは沢山の人間が居るからな。必然的に速度も落ちる。ギリギリまで進んでも、私達が日暮れより少し前まで進んだ程度だろう。ならば、もう少し進めばもしかしたら……」

「そういう事か。なるほど、納得した」


 もしアドラス達が強行軍をして1日で森まで辿り着いていたら……なんてことは考えない。そんな無茶はしないはずだ。だって僕達が後から来るのだから。


「まぁ、万が一の時は私が風魔法で除雪するから安心しろ」

「僕も手伝うよ」


 《神狼の脚》は一応、今の所問題なく使える。だが眼のように痛みが走るかもしれないのでリハビリ以外には使っていない。除雪程度なら問題ないだろうとは思うが、これも万が一という事があるから《神狼の脚》での移動は避けていたんだよな……。




 それから休み休み歩くこと約2時間。ダニエラの読み通り、アドラス達の野営跡を発見した。半分雪に埋もれたかまくらの付近を掘り返すと焚き火跡も見つけた。2日間の間に降った雪に覆われて見つけづらかったが、他の平らな雪原に比べればギリギリ違いが分かる状態だった。もう1日、あと1回、吹雪になっていたら見逃していたかもしれない。


 安堵の息を漏らし、僕達は軽く除雪して夜を明かした。かまくらには蓋がしてあり、きっと此処を見つけるだろうというアドラスの気遣いが伺えた。お陰ですぐに中に入り込んで休憩することが出来た。

 そして氷雪期の太陽はあっという間に沈む。昼間同様に雲のない夜空は、とても綺麗だった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ