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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百九十六話 クイーンズナイトゴブリンの最期

 殺す。絶対に殺す。そう心に言い聞かせて立ち上がろうとするが、浮かせた膝で地面を叩いただけだった。


「う、ゲホッ……!」


 青い血で汚れた地面に自身の赤い血が混じる。だいぶ無理をしたから、体の中がおかしい。それでも此奴はダニエラを叩っ斬ると言った。それだけで僕は此奴を殺さなくちゃいけない。


 なのに、剣が振れない。


「は、ハハハ……殺すなら早くした方が良いぜ……苦労して、痛覚無効と自己再生を手に入れたんだ……時間が掛かれば掛かるほど、俺は甦る……」

「何で、ゴブリン如きがそんな……」


 剣を杖代わりに立とうとするが、まだ膝が地面から離れない。


「……気付いているんだろう?」

「……ッ」


 ピクリと手が震えた。


「俺は……元人間だ」


 それが、僕が此奴を意識的に殺せなかった理由だった。首を刎ねて終わりが出来なかった。

 どうにも此奴には不可思議な点が多かった。多すぎたのだ。異常進化個体とはいえ、痛覚がないなんておかしい。斬っても斬っても倒れない。戦闘中は血の所為で気付けなかったが、よく見れば傷が塞がりつつあるのが確認出来た。

 そして極めつけはあの『人間の体じゃ』という言葉だった。その言葉は人間と魔物の体を区別して考えないと出ない言葉だ。普通の魔物は人間の体の事なんて考えない。


「気付いたのは2年くらい前か……俺はゴブリンになってた」

「なん、で……」

「んなもん俺が知る訳ないだろ……でも、人間にはなれない。俺は魔物だ……なら、魔物として生きるしかないだろう」


 それは、違う。レイチェルという魔物に転生していながら人間と共存出来る存在がある。


「僕の知り合いは、魔物だ。でも長い間生きて、人間と同じ姿で……」

「俺が……長く生きられる保証もない」

「そうかもしれないけれど……!」

「だったら、生きるには奪うしかない……与えられる物なんて、持ってないんだから」


 何で……とは言えなかった。此奴には此奴の事情があって、答えは出てて、完結していた。戦う事でしか、分かり合えなかった。


「殺さないと、止まらないのか?」

「あぁ……そうだな。今更止まれない。何人も、殺してきた。ゴブリンも、人間も。生きる為だったし、ゴブリンだって事にムカついて殺した事もあった。そんな自分が嫌になった事だって、何回も何回も、何度も何度もあった。ハハッ、狂った振りしても、どうしても人間だった事が忘れられないんだ……でも、魔物である本能に……支配されたりもする」


 魔物に生まれた彼には彼だけが抱えるものがあって、それは僕には理解出来ないもので……。


「今は、久しぶりに清々しい気分だ……全力で戦ったからかな。本能も満足してるのかもしれないな……」

「……」

「……お前、日本人だろう? 一目で分かったよ。頼みがあるんだ……」

「……何だ?」


 ジッと見つめる。


「殺してくれ」


 見つめ返され、耐えられなくて目を逸らした。


「今なら気持ち良く死ねるんだ。同じ、日本人のお前に殺されたい」

「……ッ!」


 逃げ出したかった。でも逃げたらきっと後悔する。此奴が今後、魔物の本能に支配されたら帝都までスタンピードを率いてくるかもしれない。遠い未来でダニエラが殺されるかもしれない。あの時殺していればと後悔するだろう。


「悩むなよ。スパンとやればいいんだ」

「う……でもッ!」

「此処で殺しておかないと、お前は絶対に後悔する」


 そう言われ、やっぱり先の事を考えてしまう。どうしても此処で殺すしか、選択肢が無くなってしまう。


 あぁ……いい加減、腹を括ろう。同じ日本人に殺されたいと言った。今、此処で此奴を眠らせてやれるのは僕しかしない。助けたいが、助けられない。僕は誰よりも何よりも、ダニエラが大事だから。大好きだから。


 その為に、殺す。


「最期に一つ聞きたい」

「何だ?」

「名前、無いのか?」


 震える体に力を込めて立ち上がり、剣を構える。


「クイーンズナイトゴブリン。それが俺の名称で、名前は無い」

「そうじゃなくて……」

「無いんだ。……もう、無いんだ」

「……分かった」


 《神狼の脚》を纏い、グッと地面を踏み込む。


「お前の事は忘れない」

「……ありがとう」


 最後の力を込めた一閃は、いとも容易くその首を刎ねた。痛みは、無かったと信じたい。



  □   □   □   □



「……倒したか」

「ん……あぁ、ダニエラ」

「リンドウは無事に村に運んだ。加勢に来たが……遅かったかな?」

「いや……そんな事はないよ。ありがとう」

「……泣いてるのか?」

「ちょっとだけな……大丈夫。大丈夫だから」

「そうか……帰ろう、アサギ」

「あぁ……。……いや、ちょっと待ってくれ」

「うん……?」

「剣を……剣を持っていく。此奴の、形見なんだ」

「……分かった。持っていこう」

「ありがとう……ありがとう」



  □   □   □   □



 吹雪も止んだ翌朝。ポーションを幾つか服用して動けるようにはなった僕はダニエラを起こしてアドラスの居る家へと向かった。簡潔な報告はダニエラが気を遣ってしてくれたが、僕も自分の口から詳しい報告をしておくべきだと思った。


「…………という訳で、クイーンズナイトゴブリンは無事に始末したよ」

「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ……と、言いたいところだが……」


 問題があった。クイーンゴブリンだ。此奴が居る限り、ゴブリンスタンピードは終わらない。通常、ゴブリンの雌は子を産むまでに1ヶ月掛かるらしい。しかしクイーンは1週間だそうだ。それも1匹1匹を生む訳じゃない。一度に沢山のゴブリンを産むのだ。この村を襲ったゴブリン達が先兵だとするならば、その倍は居てもおかしくない。更に時間が経てば……もっともっと数は増える。


「時間がない。幸い怪我人はアサギだけだから、隊列を組み直して出発する」


 幸いね……元気だったら引っ叩いてるぞ。


「場所は分からないが、クイーンズナイトゴブリンは北から此方に向かってきたので北へ向かう。恐らく行けば行くほどゴブリンも増えてるだろう」

「待て、場所なら調べられるかもしれない」

「ん、そうか。《神狼の眼》だったか。その眼であれば探れるかもしれないな」


 眼についてはクイーンズナイトゴブリンと戦う前にアドラスに教えている。得たばかりの情報で気付かなかったようだ。


「少し時間をくれ」

「分かった」


 僕はその場で《神狼の眼》を使う。……が、ズキリと目の奥が痛んだ。


「ぐッ……!」

「大丈夫か、アサギ!」

「大丈夫……大丈夫だから」


 心配して僕を覗き込むダニエラに力なく微笑む。


「悪い、眼を使い過ぎたかな……上手く使えないみたいだ」

「無理するな。場所は私達で探そう。私とリンドウとダニエラ、それに翡翠達で人海戦術を使えば……」

「悪いが私はアサギの下を離れられない。北には行けない」


 と、ダニエラが出発を拒否してしまう。


「待てよ、ダニエラ。今此処で叩かないと帝都が……」

「そうかもしれないが、私が行って、疲労困憊なお前は誰が守る?」

「自分の事は自分で……」

「駄目だ。お前を守るのは私の義務だ」


 腕を組んでジッと僕を見下ろすダニエラ。もう梃子でも動かないだろうな……。


「……悪い、アドラス。ダニエラは……」

「問題ない。いや、問題だが。大事な戦力が欠けるのは仕方ないが、お前が復帰してくるまではゴブリンを間引いて時間稼ぎをする。そうすればお前もダニエラも来るだろう?」


 勿論だ。此処で少し休めば、また眼も使えるようになる。なるはずだ。そうすれば後を追うのも簡単だし、万が一彼等が巣を見つけていないのであれば加勢も出来るだろう。


「急がば回れ……と、昔の勇者は言ったそうだ。よし、朝食を食べたら出発だ」


 ぽん、と僕の肩を叩いてアドラス達が家を出ていく。その場に残ったのは僕とダニエラ。それと店長だ。


「お疲れ、アサギ君。頑張ったね」

「ありがとうございます……怪我は大丈夫ですか?」

「はは、君のよりは100倍ましだよ。でもまぁ、油断したね……反省しないと」


 ほぼ完全な不意打ちを食らった店長だが、咄嗟に影で防いだそうだ。そのお陰で打撲程度で済んだらしい。とはいえ、強い衝撃で気絶してしまった。其処を店長は反省している。


「ま、今後に活かすよ。じゃあ行くね」

「無理しないでくださいね」

「君もね。待ってるから」


 ダニエラに『任せたよ』と言ってから店長も出て行った。先程までは斥候組の翡翠達も居たし、色々報告やら会議やらで騒がしかった室内が急に静かになる。勿論、外では炊き出しのような朝食タイムが始まっていて賑やかだ。家の中に居るというだけで、何処か別の世界に居るような気がしてくる。


 ゆっくりと背もたれに背を預けて、楽な姿勢を探す。体中が痛くて、探すのが大変だ。


「でも良かった。無魔法が使える人間が居たとはな」

「完全には治ってないけれど、気休めにはなったよ」


 僕がダニエラに担がれて帰ってきた時、翡翠の1人が無魔法による治療を行ってくれた。お陰様で肩と太腿の傷は塞がった。彼女もあまり得意ではないと言っていたが、それでも助かった事には変わらない。お礼を言って、休むことにしたのが昨夜の出来事だった。


 それからは節約しているポーションを少し飲んで治療に専念している。足と肩の破れた部分が気になる。


「また直さないとな」

「素材は余ってるんだろう?」

「もう残り少ないよ。何処かで素材が手に入ればいいんだけど……」


 この間は運良く風龍が近くに居たので倒したが、そうそう居るような魔物じゃない。市場で流れてくるのを待つしかないだろう。とりあえずは直せるだけの素材はあるが。


「金属鎧にするべきかなぁ」

「でもそうするとアサギの持ち味の速さが活かせなくなるぞ?」

「其処なんだよな……」


 破れない素材があればそれが一番なんだが、そんな都合の良い物はない。それこそ、風龍(ウィンドドラゴン)よりも上の翡翠風龍(グリーンドラゴン)でも居ない限りは、今の素材でやりくりしなくてはならない。翡翠風龍なんて伝説的存在には、生きてる間はお目にかかれないだろうな。


「まぁ、それも含めて帝都に帰ってから考えよう」

「そうだな。剣も直したいしな」


 クイーンズナイトゴブリンの、魔物になってしまった同郷の人間の形見。それを打ち直してもらうのだ。それを持つ事で戒めとするつもりだ。どんな時でも、ダニエラを守るという誓いを立てる。


「でもまずは休養だ。少し寝ておけ」

「そうするよ。ベッドは何処かな」

「リンドウがあちらで休んでたから其処を使うと良い」


 ダニエラが指差した扉を開くと大きめのベッドが一つあった。倒れ込むように其処へ転がると、店長の匂いがした。凄く気拙かったが、背に腹は代えられない。少し休んで、また頑張ろう。沢山、気になる事があるけれど、とりあえず、今度は怪我しないようにして、誰も傷つかないように……。


 そんな思いを胸に目を閉じる。ギシリと少しベッドが沈んで、ダニエラが傍に座ったのを感じた。それだけで心地良い安心感が僕を包み、ゆっくりと夢の世界へと落ちていった。 

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