第二百九十五話 神狼剣域
本日6月22日、『異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする』が発売されました。
此処まで来られたのも応援してくださった皆々様のお陰です。
本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。
そして書籍も、よろしくお願いします。
では本編をどうぞ。
「手抜き無しだ!」
「来いよォ!」
《神狼の脚》の風速を10段階目の暴風まで引き上げて走り出す。後方に白い雪の竜巻を引っ提げながらクイーンズナイトゴブリンへと黒帝剣を振り下ろす。真っ直ぐに脳天を狙っての兜割り。しかし流石に頭は重要部位なのか、大剣で防ぐ。この速度に対して重量のある剣を動かし、間に合わせる。それだけでもう驚異で脅威だ。
「遅ェぞ!」
「僕が、遅いだって……?」
甲高い金属音を鳴らしての鍔迫り合い。空を踏みつけて上から押さえつけようとするが、ゴブリンが更に力を込めて振り切る。
「ッラァ!!」
せめぎ合う均衡が崩れ、《神狼の脚》で踏ん張っていた推進効果で吹き飛ばず、逆にゴブリンへと突っ込んだ。
「くっ!」
首を狙う大剣を、背中をギリギリまで反らせて紙一重で躱して膝から雪に着地し、反撃とばかりに黒帝剣でゴブリンの膝裏を切り裂くが、大したダメージにならない。すぐにしゃがんだまま《神狼の脚》で逃げて距離を取る。その際に氷矢を生成し、その背に向けて射出。痛みがなくても小さなダメージにはなるはずだ。その証拠に血は流れている。
「なんだなんだ、ウロチョロしながらチクチクと……蝶のように舞い蜂のように刺すってかァ? ミツバチちゃん!」
「口だけは達者だな!」
ゴブリンを中心に円を描くように移動し、間合いを図る。この吹雪だ。少し離れれば姿は見えない。《気配感知》と《神狼の眼》だけが頼りだが、如何せん眼の方を使いすぎていて疲労が激しい。でも此処で休憩している暇はない。
「なら俺の凄さってもんを見せてやるぜ!」
「ッ!」
吹雪を突破する身体能力で僕に突っ込んでくる。移動しながらだっていうのに先を読まれたのは単純移動過ぎたからか。
「うらァ!」
僕の進行方向からバットのように横スイングされた大剣を跳んで躱す。更に後ろから返す刀で大剣が追ってくるが、《神狼の脚》と《器用貧乏》に拠る姿勢制御で予備動作無しの宙返りで更に躱す。ガクンと内臓が揺れる感覚に耐えながら逆さまになりながら剣を振る。
「ふんッ!」
「甘ェ!」
首を傾けて躱すゴブリン。切っ先が鎖骨付近を切り裂くが、痛覚が遮断されているであろうゴブリンには大したダメージにはならない。しかしならないからと言って攻撃しない理由にはならない。《神狼の脚》で速度を上げた蹴りを頭に入れて、もう片方の足も風速を上げて蹴り込む。
「更にもう一発!」
「うぜェんだよ!」
足を振り上げたところで大剣が迫ってきたので、これを躱す。空中で側転するように躱し、ぐるぐると回る視界を《神狼の眼》で制御する。角度を無視した眼ははっきりとゴブリンの姿を捉える。そのゴブリンが此方に手を伸ばす。何をする気だ……?
「食らいやがれ!」
「ッ!?」
手に集まるのは魔力。色は山吹色。初めて見る色だがダニエラから聞いている。雷魔法だ。回転する体をピタリと止め、氷の障壁を展開する。その瞬間、分厚い氷の向こう側で鋭い閃光が放たれた。
「うわッ!」
耳を劈く大音量と共に障壁が粉々に破壊された。大小様々な氷がぶつかってくる中、後方へと避難しているとまた魔力を感じる。咄嗟に降下するが、どう足掻いても風の速さでは雷には勝てない。何とか避けようとするが、1本の矢と化した雷が僕の大腿部を貫いた。
「いってぇぇぇぇえええ!!!」
同時に麻痺するような感覚に剣を取り落としそうになる。それでも何とか握り直し、散々暴れた所為でぐちゃぐちゃになった雪原に軟着陸する。
「うっ……く……」
舞う雪と荒れる風。肩と足から出る血も凍りそうな寒さだ。こんなにボロボロになったのは久しぶりだ。いつ以来だっけ……。ルーガルーかな……。
「もう諦めんのか?」
いつの間にかクイーンズナイトゴブリンが目の前にまで接近していた。見上げると此奴もボロボロだ。痛みを感じなくても血は流れる。赤い皮膚から流れ出た青い血が幾つもの線となり、或いは面となって染め上げている。
「此処でお前が諦めたら叩っ斬る。さっきの黒い女も叩っ斬る。いけ好かねェキザ男も、白い女も叩っ斬る」
白い女、にピクリと体が反応する。
「そしてクイーンが動き出す。もっと南のデカい町を喰い荒らす。そしたら其処が、俺達の国だ」
「そんな事は、させない……」
手の平の上の黒い柄を握り締める。
「ハッ、お前に何が出来る? そんな体じゃあ何も出来ない。人間の体じゃ、出来ない」
「人間の……?」
「俺は国を手に入れる……安住の地を……そして……」
意味不明な言葉の続きを待っていたが言葉はなく、溜息が続いた。
「はぁ……お前に話しても意味はない。お前はもう終わりだ」
「いや、まだだ……!」
足掻く僕を見下ろしたゴブリンが大剣を持ち上げる。幅広で長大な刃の切っ先は雪に隠れて見えない。それでも、僕は諦めない。そもそも諦めてない。ちょっと休憩していただけだ。
「まだ、終わってない!!」
「死ねェ!!」
振り下ろされた大剣を体を捻って躱し、雪に手を付きながら水面蹴りをお見舞いしてやる。《神狼の脚》付きだからミキサーのようにガリガリと削り、血が吹き散る。
「効かねェなァ!」
「はぁっ!?」
信じたくない光景だった。《神狼の脚》ごと掴まれた。勿論掴んだ手は足同様に削られていくが、やはり痛みを感じないのか、凶悪な笑みを浮かべたままだ。
「うらァ!!」
そのまま振り上げ、振り下ろされた。下は雪原とはいえ、とんでもない力で背中から叩き付けられ、息が止まる。
「今度こそ死ねやァ!」
次いで大剣が振り下ろされるのを、霞んだ視界で捉えながら何とか黒帝剣で剣閃の間に持ってくる。
「……ッ!」
「オラオラオラァ!! あっははははっははははは!!!」
重い。岩に押し潰されるかと思う程の重さだ。咄嗟に構えた黒帝剣をどうにか両手で支えるが、刃に添えた手は剣が沈み込み、押し切られて血が滲む。
「……っはぁ! ぁあぐ……ッ!」
「死にたくねーって顔だなァおいィィィ?」
そりゃそうだ。こんな吹雪の中で死んでたまるかって話だ。押さえつけられ、雪に沈みながら剣越しにゴブリンを睨む。
「死ね、ない……んだよ、まだ……!」
「ハハッ、でもお前は死ぬぜ」
更に重みが増す。ニタニタと笑うゴブリンの口端から溢れた血混じりの唾液が剣を濡らす。悔しいが押し返すのはもう不可能だ。このまま雪に埋もれ、首を斬られて死ぬだろう。
でも僕は死なない。選んだ武器が黒帝剣で良かった。別に他の武器が悪い訳じゃないけれど、今回ばかりは相性が良かった。
だって、この剣は剣を壊す為の剣だから。
「ハァァァア!!!」
「なにィ!?」
無理矢理剣を動かし、背に刻まれた櫛状の切れ込みに大剣の刃を滑り込ませ、一気にへし折った。重みを利用して此方の力を添えれば、如何に大剣と言えど、真っ二つは不可能では無かった。
「ぐあッ……っそがァ!!」
砕けて半分になった大剣が、止めていた黒帝剣をすり抜けて僕の肩に食い込むが無理矢理体を動かして屈伸の要領で縮め、一気に両足を伸ばしてゴブリンの腹を蹴り飛ばす。そして出来た僅かな隙間を後転で抜ける。
「ってぇ……」
如何に風龍装備とはいえ、圧倒的な物理攻撃なら貫通もする。それだけあの大剣が業物で、ゴブリンが強いということだ。ある程度の攻撃なら弾くし、魔力を乗せた攻撃でも弱ければ効かない。それを膂力だけで……まったく恐ろしい相手だ。
今もダラダラと血が流れるのを見て歯を食いしばる。痛いのは苦手なんだ。
「……あーぁ、女王に貰った剣が折れちまった」
「そうなったらもう使い物にはならないな。捨てちまえよ」
「ハッ、馬鹿かてめェ。重さが半分になって速度が増したぜ!」
だがリーチも半分だ。もう大剣特有のリーチは無い。片手剣のリーチなら、僕の剣域だ。
十分血も流させた。剣も折った。僕も傷だらけだけど、仕留めるなら今だ。
「《器用貧乏》」
「はぁ?」
構えを解き、愛すべき我がパートナーであり先生であるスキルの名を呼ぶ。脳内に広がる勝ちへの道筋。
「《神狼の脚》、《神狼の眼》」
師であり、盟友であるレイチェルから授かったスキルを発動させる。僕を何処までも運ぶ白銀翆の風を纏い、視界は全てを見通す。
「さっきから何言ってんだてめェ」
「お前を殺す為のスキルだよ」
「なにィ……?」
「そしてこれが最後の技だ!」
痛む肩や足は今だけは忘れる。正眼に剣を構え、必殺の呪文を唱える。
「『上社式・空間機動剣術』……改め」
「『上社式・神狼剣域』!!!」
やっぱ長いタイプの中二病より短いながらも格好良い単語使ったタイプの中二病が好みだぜ!
「なん……ッ!?」
流石クイーンズナイトゴブリン。折れた大剣でも最初の一撃は防いだ。だけどこの必殺剣は一撃防いだだけでは生き残れない。
《神狼の眼》をゴブリンの挙動を全て見定め、《器用貧乏》が脳内演算で相手の隙を見つけ出し、《神狼の脚》が其処へ僕を最速で運ぶ。それを目にも留まらぬ速度で繰り返す。神狼の力で組み上げる絶対剣撃空間。白銀翆色の球状の死がゴブリンを包む。
「クッッ、ソ、がァァァ!!」
僕の連撃を幾つか防いでみせるのは店長もやった。だけどこのゴブリンは店長以上に僕の剣を防いだ。斬られても痛みはない。だから無闇矢鱈に剣を振り回しても目に見える支障はないから自由に動ける。普通は斬られれば体は痛みに怯む。だから一瞬硬直する。其処を僕のスキルが隙として見出し、更に攻撃する。それがこの必殺剣が必殺剣たる所以だ。
それに折れたことで半分になった大剣も、武器としては役に立たないが盾としては申し分なかった。其処は僕の計算ミスだった。幅広の動かしやすい剣はそれだけで盾になっていた。
「くそォッ!」
振り返ってまで斬ろうとするので『氷槍』で足を片方ずつ地面に縫い付ける。だがそれでも此奴は止まらない。
「は、はっは、っはァ! そんなもんかァ! 人間ンンンン!!!」
「……っづゥ!?」
更に高速で動く僕に剣を当ててきた。浅く横っ腹を斬られるが速度は落とせない。盾は盾でありながら剣でもあるから、タイミングよく触れば武器になる。此処でまた鋭い反射神経が邪魔してくるとは……ならば、反射出来ない速度まで引き上げるしか無い。
「……ぅぅぅうあああ!!!」
暴風から颱風へ。最大風速である颱風を制御するのは非常に難しい。それでもレイチェルとの修行で身に付けたこの力全てを使わないと此奴には勝てない。《器用貧乏》先生もそう言ってる。
「はっ……消え……」
ゴブリンの視界からは完全に僕は消えただろう。それでも剣撃は消えない。先程よりも遥かに激しい剣の嵐に体を膾切りにしていく。最早身動きが出来ないゴブリンは折れた大剣で体の正面だけを守る。もう全身を庇う反射神経も、攻撃に転じる余裕も無い。
それでも僕の攻撃は止まらない。殺すまで、止められない。例えこの剣撃が5分しか維持出来ないとしても、吐いてでも殺す。昏倒してでも殺す。でないと帝都が、ダニエラが危ない。
「ぐァア!!」
がら空きの背中に氷剣を突き立てる。
「はぐゥ!」
動かせない足を深く切り刻む。
「ぎゃァアア!」
背中は氷の剣山になった。
吹き荒ぶ白銀翆の風は降り積もった雪をも吹き飛ばす。体を回転させ、遠心力を乗せた斬撃を叩き込み、凍った土の上に叩き付ける。更に氷剣を放ち、空いた剣盾の隙間へと捩じ込んだ。
湧き出る殺意を剣に乗せて、風圧とダメージで血を吐き戻しながら氷剣を突き立て、脳の処理が追いつかなくて鼻血を流しながらそれでも斬り続け……
「ぐ……ゥ」
ついにゴブリンが己の血で染まった地面に膝をついた。




