第二百九十三話 会議は踊らず、アサギが踊らされる
前回までの訂正のお知らせ。
蒼玉→紅玉
に訂正しました。すみませんでした。考えた設定を勘違いしていました。
借りていた家を出てアドラスの下へと急ぐ。ダニエラは店長を連れて合流する。吹き荒ぶ吹雪の中、真っ直ぐ歩くだけでも大変だ。視界を邪魔する雪のお陰で家の明かりも見え難い。こんな中を真っ直ぐ此処に向かってるだって? 信じられない。
家伝いに歩き、何とかアドラスの居る家へと着いたら扉を叩く。すると中からは斥候組が出てくる。作戦会議でもしていたのだろう。驚いた顔の短髪女子のリーダーに先程見たゴブリンの事を伝える。とは言っても、気配だけだが。
「この吹雪の中、真っ直ぐ此処に向かってるゴブリンが居る。どう考えても普通じゃない。アドラスと話し合うし、この件は紅玉が対処する。それを他の翡翠に伝えてくれるか?」
「任せて!」
「家からは絶対出るなとも!」
家に引っ込もうとした背中に追加注文をして僕も中へ入る。距離にすれば50mもないはずなのに体中が雪まみれだ。それを払いながら奥へ進むと、斥候組とすれ違う。リーダーと目が合った時に頼むぞという念を込めて頷いておく。彼女も頷いたからきっと無事に伝えてくれるはずだ。
「どうかしたか?」
驚いた様子のアドラスが地図を広げた席から立ち上がろうとするが、それを手で制止する。
「ちょっと拙い事になった」
「聞こう」
僕は簡潔に先程見た光景をそのまま伝える。ダニエラに描いてみせた絵もだ。
「下手くそだな……」
「言うな」
「で? 見たと言ったな。どうやって見た?」
僕の大事な秘密ではあるが、アドラスには伝えるつもりで見たと伝えた。此処まで来たんだ。縁もある。一蓮托生だと、僕は腹をくくった。
「この《眼》で見た」
「それは……」
「《神狼の眼》。距離・障害物を問わずに見渡せる僕のスキルだ」
「……そんな奥の手を隠していたとはな」
「奥の手だからな」
「なるほど。全域カバーの大手柄はその眼にあったか」
昼間の戦闘を思い出したのか、納得したように何度も頷くアドラス。
「消耗もあるから酷使は出来ないがな。けれどこんな吹雪だ。使わないと不安で眠れない」
「そのお陰で先手を打てるということか。よし、情報をまとめるぞ」
広げた地図に視線を移したアドラスの提案を黙って頷き、お願いする。
「お前が見たそのゴブリン。恐らくだがハイレッドゴブリン……のユニーク個体だ」
「ハイレッドのユニーク? ハイレッドがユニークではなく?」
ダニエラとの見解が異なってくる。僕はほぼほぼ納得していたが……。
「ハイレッドゴブリンはそれ程珍しい個体じゃない。戦いを経たゴブリンが血に染まり、更に戦いを求めた結果、進化する。広い世界で見れば大凡ありえる事だ」
「確かにな」
「そうして脅威となったハイレッドゴブリンは、人間に駆逐される。よくはないが、間々ある話だ。しかしお前が見たハイレッドゴブリンと世間一般でのハイレッドゴブリンには大きな違いがある」
「と言うと?」
「ハイレッドゴブリンは大剣など使わない」
アドラスの言葉に、自然と唾液を嚥下した。
「ハイレッドゴブリンが凶暴なのは其奴が抱える飢餓感にある。いつも腹を空かせているんだ。だから見つけた獲物を捉え、そのまま喰う。飢餓に蝕まれた奴に知恵なんてない。剣なんて不要だ。爪と牙が奴の武器だからな」
「じゃあ、あのゴブリンは……」
「ユニーク個体のユニーク個体……」
その言葉に、自然と僕の知っている単語が口から溢れた。
「異常進化個体……」
アドラスもこの答えに辿り着いていたのか、コクリと頷く。
「此奴は拙いな……」
「何が拙いんだ?」
その声に振り向くと雪まみれの女子が2人、パサパサと雪を払いながら此方へ向かってくる。ダニエラと店長だ。
「ダニエラ、さっき言ったハイレッドゴブリン、ただのハイレッドゴブリンじゃないみたいだ」
それから僕はアドラスと共に辿り着いた情報を共有する為に全部話した。ダニエラは納得したように頷き、店長は腕を組んで考え込む。アドラスは地図と睨めっこだ。
「アドラス。作戦を考えたい」
「よし」
早速ダニエラがアドラスと相談を始める。店長もそれに参加し始めたので慌てて僕も参加する。
「その前にアサギ、奴の位置は?」
「ちょっと待て」
机の上の地図を目安に視界を飛ばす。すると奴はこの村の北側、2km程の地点を吹雪などないかのようにザクザクと進んでいた。
「此処だ」
「ふむ……まだ距離はあるが、村に被害が出ないように戦いたい」
「出来れば全員で袋にしたいね」
「それには私達の力では難しい。お互いに被害が出てしまう」
「其処でこうしようと思う」
アドラスが考えた作戦はこうだ。
戦うのは僕。そしてサポートに店長。援護にダニエラとアドラスだ。アドラスが雪を、ダニエラが風を相殺し、夜の闇を魔法に変える店長が不意を打つ形でサポート。僕が正面からのカチコミ。単純ながらも難しい作戦だ。
「雪を水に変え、支配する。局地的にな」
「その局地を私が作る。風の魔法で吹雪を相殺する。精霊の力を借りてな」
「夜の闇なら私の出番だ。不意打ち足止め嫌がらせ、何でもござれの闇魔法だ」
「じゃあ僕は脳筋か。そういうことか」
皆がそれぞれの持ち味を活かして戦うのに僕は剣を振るだけだ。そりゃあ《器用貧乏》な僕は皆が驚くような魔法はないさ! でもこの扱いは悔しい!
「何を言ってるんだ。お前が一番大事なんじゃないか」
「……というと?」
「良いか、アドラスと私がお前の障害になる全てを排除する。まっさらにする。分かるか?」
「分かるけど」
「そしてリンドウが全てを闇に染める。分かるか?」
「分かるけど……」
ダニエラは一拍置いて、ビシッと僕を指差す。
「その闇の中で輝く光、それがお前なんだ」
「????」
「ただの闇なら誰もが震える。しかし其処に一点の光が差し込めば誰しもがそれに感謝し、其処に向かって走り出す。お前はその一点の光。闇を照らす希望なんだ! 分かるか!?」
「お、おぅ……」
普段物静かなダニエラが大きな声で僕を激励してくれる。
「この危険な状況で最後に残った一つの希望がお前だ。私達は言ってしまえばその希望を照らす世界のようなものだ」
「せ、世界……?」
また大きく出たものだが、ダニエラが僕を応援してくれる気持ちはよーく伝わった。今までにないくらいにやる気が出てきた。何だかやれそうだ。どんな敵が出て来ても正面からぶっ飛ばせそうな気すらある。体もポカポカしてきた。暑いくらいだ。えぇい、こんな防寒着なんて邪魔だ!
「よーし任せろ! 僕が倒してやる!」
「その意気だ!」
「うおおおおおおお!!!」
虚ろの鞄から取り出した黒帝剣を引っ提げ、扉へ向かう。その後ろではダニエラ達も出発準備を始める。まだ作戦会議なんてしてるのか? 僕は先に行かせてもらうぞ!
「本当に単純だな……」
「まぁ適材適所というやつだ」
「でも彼は昔からそういうところあったよ」




