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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百九十二話 迫る危機

 《神狼の脚》で空へと駆け上がり、眼下を見下ろす。


「ほうほう、よく見える」


 白い雪原の中、冒険者達が其処ら中に散らばってゴブリンと戦闘をしている。雪原とは言っても雪は脛程の高さだ。しかし歩き難い。膝まで積もればもう歩けない。その状態でのゴブリン殲滅だ。多くの危険が付きまとうし、だから此方に人数を割いた。数に拠る人海戦術ではなく、1パーティーの数を増やすというのがアドラスの提案した作戦だった。


 上から見るに、総パーティー数はそれ程ではない。しかしある程度の人数が固まって動いているのは理想的だ。アドラスの作戦が浸透しているのが見ていてよく分かる。その中で店長の居るパーティーを探す。《神狼の眼》を使い、時短で探すと村のやや北側に居るのが確認出来た。其処へ向かいつつ、危険に陥ってるパーティーが居ないか確認するが、皆順調に殲滅しているようで安心した。


 店長の傍まで来ると、ちょうど一つのゴブリンパーティーを潰したところだった。


「店長」

「アサギ君か。そろそろ来る頃だと思ったよ」


 ふわりと雪を舞い上げながら着地すると店長が短剣を鞘に仕舞って此方を向く。


「ナミラ村の水壁が消えたからね。あっちは終わったんだろう?」

「はい。こっちも調子良いですね」

「まぁ、ゴブリンだからね。環境的なハンデはあるが、此方も精鋭揃いだ。遅れは取らないよ」


 そう言って振り返ると翡翠達が剣を掲げて力強く笑う。それ程長い時間、一緒に戦ってないはずだが、随分と打ち解けているようだ。思えば、店長は新人と仲良くなるのが誰よりも早かった。相手の様子とかを見るのがとても上手い。観察眼というのだろう。僕にはないものだった。


「村内戦闘を行っていた翡翠達はダニエラが率いて現在は村外のゴブリン殲滅に参加してます。アドラスもそろそろ動き始めますね」

「ならば此方もほぼほぼ終わったようなものだね。君も、まさかただの伝令ってわけじゃないんだろう?」

「勿論ですよ。全域カバーします」


 パンパンと己の足を叩いてみせるとクスクスと笑う店長。


「君しか出来ない事だ。任せたよ」

「はい!」


 それからは本当の残党狩り。殲滅戦だった。その場を離れた僕は翡翠達が遭遇してないゴブリンを積極的に狩る。雪の積もった茂みに隠れて機を伺うゴブリンに奇襲を掛ける。両手の剣で蹂躙し、すぐに離脱して次を探す。或いは、小規模なゴブリンパーティーが合流し、中規模になって苦戦している翡翠達に加勢し、殲滅する。


 日が傾き始めた時、天候が悪化した。風が強くなり、地吹雪が発生、冒険者・ゴブリン共に動きが緩慢になる。どんどん体温を奪われていくからだ。それから程なく雪も降り始め、やがて吹雪になった。僕はアドラスの下へ行き、作戦の中止を訴える。アドラスもこの状況での作戦決行は困難と感じていたようで、すぐに中止が決定された。遭難を恐れて固まっているパーティーの下へ赴き、作戦中止を伝え、撤退の手伝いをする。避難場所はナミラ村だ。まずはそうして何組かを避難させた。その間もいくつかのパーティーはゴブリンと戦闘をしていたみたいだ。


 全ての避難が終わった時はもう日も暮れて、伝令係に斥候パーティーが村の家を借りた翡翠達にアドラスからの指示を伝えていく。


「今夜は此処で夜を明かす。無断で家を借りたことは私が直接村長に謝罪するし、補填もするので自由に使って構わない」


 それがアドラスからの指示だ。緊急時とは言え、無断での使用はあまりしたくなかったが、背に腹は代えられない。ゴブリン殲滅で押し入ったのもまぁ、問題ではあるが仕方のないことだ。


 斥候組が指示を伝え終わった後は僕が定期的に《神狼の眼》で周囲を警戒した。勿論、翡翠達も見張りはローテーションで行っているが、この吹雪だ。全域をカバーするのは難しい。戦闘も見張りも、この《神狼の眼》があればカバー出来る。今日は特に酷使しているので、流石に疲れてきたが、無理をしてないと何かあってからじゃ遅い。


「大丈夫か? アサギ」

「あぁ、問題ないよ」


 ダニエラがスープを持ってきてくれる。虚ろの鞄に入っていた物だ。借りた家にはマーセルとシルケットも来ている。家に駆け込んだ時には2人がもう既に居たのだ。他の家に行けるほど数もないし、そのまま4人で借りている。その2人も、僕が準備してきた屋台飯を食べていた。


「ダニエラさんて甲斐甲斐しいですよね」

「そうか?」

「うん、見ててほっこりした気持ちになる」

「そうか」


 3人が仲良さげに話してて安心した。まぁ、ダニエラも僕が浮気するなんて思ってもないみたいだし、問題ないだろう。僕も浮気なんてするはずがない。


「旨いな……」


 食べ慣れた屋台スープも労働の後なら普段の3割増しで旨く感じる。ゴロゴロと入った肉もよく煮込まれてて柔らかく、一緒に入った野菜もとろける程だ。でも何よりも芋だ。味が染み込む程に煮込まれながらもホクホクしてて食べごたえがある。おでんもジャガイモが一番好きだし、これはおかわりが欲しいくらいだ。


 あっという間に食べ、ついでに2杯もおかわりした僕は定期的にしている《気配感知》と《神狼の眼》により自主警戒を行う。ナミラ村を中心とした広範囲の索敵と、眼に拠る不審者の確認。こうして村に避難してからは何回かしているが、ゴブリンが何回か引っ掛かった。しかし、この吹雪で身動きが取れずに固まっているか、もしくは遭難して右往左往しているかのどちらかだ。それ程知恵がないから、村にも辿り着けない。村周辺はさっさと駆逐したから引っ掛かるのは遠方のゴブリンだけだ。


 そんな索敵に、初めてゴブリン以外の気配が引っ掛かった。


「何だ此奴……」


 ゴブリンのような弱い反応じゃない、非常に強い気配だ。分かる人間には分かるかもしれないが、まだまだ距離がある。この村からは離れているのだ。

 なのに、この村へ一直線に向かってきている。吹雪で前後不覚になることもなく、足を取られることもなく、一定の速度で、真っ直ぐだ。


 慌てて《神狼の眼》をそちらに向ける。吹雪でホワイトアウトし、見え難いがその姿は確認出来た。


「ゴブリン……か?」


 体のパーツはゴブリンだった。しかし姿形は今日戦ってきたゴブリンとは全然違う。ドス黒い赤色の皮膚に、大人の人間のような骨格。体躯は引き締まり、華奢とは程遠い。手にした武器は巨大な剣だ。僕の持つ藍色の大剣に近いフォルムをしている。それを肩に担いで此方へ向かってくる。どう考えてもやばい雰囲気しかなかった。


「あっ……」


 そのゴブリンが、このまま行くと吹雪で身動きの取れなくなったゴブリンのパーティーとぶつかる。固唾を飲んでそれを見ていると、1分もしないうちに合流した。ゴブリン達はまるで助けが来て喜ぶかのように腕を伸ばす。赤黒いゴブリンはそれに対して歯を剥いて笑い、剣を振るった。手を伸ばしたゴブリン達はそれに耐えられるはずもなく、雪を血に染めて沈む。赤黒いゴブリンはまた剣を担いで此方へ向かってくる。


「ダニエラ、紙とペンを」


 振り向いたダニエラは首を傾げるが、僕の眼が《神狼の眼》になっているのを見てすぐに虚ろの鞄から僕がお願いした物を持ってきてくれる。


「何を見た」

「やばい奴だ。赤黒くて人間みたいな体付きのゴブリンが吹雪の中をまっすぐナミラ村に向かっている。途中で遭難してたゴブリンと合流したが、持ってる大剣で切り払った。残虐な顔でな」

「ふむ……」

「心当たりは?」

「ないとは言い切れない。黒いゴブリンならハイゴブリンだ。赤いならレッドゴブリン。特殊な個体で普通のゴブリンと体躯は一緒だがとても残虐な性格で滅多に出現しないユニーク個体だ」


 視界は今も赤黒いゴブリンを捉えているのでダニエラの声だけが聞こえる。その情報から、もしかしたら此奴はレッドゴブリンの上位種ではないかと推測する。


「ハイレッドゴブリン……ってとこか?」

「可能性はある」

「よし……ちょっと待て」


 《神狼の眼》をオフにした僕はじっくり観察した赤黒いゴブリンの容姿を紙に描く。絵なんて描かないから下手くそではあるが、特徴さえ捉えれば伝わるかもしれない。


「こんな奴」

「下手だな……」

「やかましいわ」

「しかし特徴は捉えてる。体付きはハイゴブリンだな。残虐性はレッドゴブリン程。彼奴は同じゴブリンも殺して食うからな」

「でもその赤黒いのは食わなかったぞ?」

「腹いっぱいなんじゃないか?」


 てことは此処に来るまでに居たゴブリンを食ったってことか……?

 そうなると本当にやばい奴が向かってきている。理由はさっぱり分からない。もしかして討ち漏らしが伝令となって巣に帰った……? しかしこの吹雪だ。他のゴブリンは遭難するか、固まるだけだ。それだっていずれは体温が下がって死ぬ。ゴブリンはこの領域から出られないはずだ。


「考えても仕方ない。まずはアドラスに伝えよう」

「あの……どうかしたんですか?」


 ダニエラに手を貸してもらい立ち上がったところでシルケットが声を掛けてきた。彼女は《神狼の眼》を知らない。部屋の隅で座っていた僕がダニエラを呼んで、緊張した顔で家を出ようとしているようにしか見えない。


「ちょっとな。《気配感知》に変な反応があったんだ。危ないかもしれないから家からは出ない方がいい。この件は紅玉が引き受けるから」

「分かりました。他の翡翠達に伝える時間はありますか?」

「ある。頼んでもいいか?」

「任せてください!」


 吹雪でも村内であれば翡翠でも動けるはずだ。伝令は斥候組が率先してやっていたが。シルケットは寝転んでるマーセルを叩き起こしてそのまま伝令に連れて行った。


「私達も行くか」

「あぁ」


 虚ろの鞄を背負い、家を出る。外の吹雪は日暮れ前より強い。この吹雪の中をまっすぐ向かってくるなんて、一体どういう奴なんだ?

 先を歩くダニエラの背を見つめながら、僕は迫りくる脅威に立ち向かう為、気合を入れるのだった

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