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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百八十九話 ナミラ村解放戦線

 宿に戻った僕は早速虚ろの鞄を開いて中から武器と防具を取り出す。それと綺麗な端切れだ。それを水魔法で濡らし、一つ一つ綺麗に拭いていく。鎧の魔剣(グラム・パンンツァー)藍色の大剣(シュヴァルツ・テンペスト)足切丸(アシキリマル)霧氷石の槍(コキュートス・ランス)黒帝剣(ヴェルノワール)双頭の狼(オルトロス)

 そして風龍装備、氷竜装備。ついでに隠密装備も綺麗にしていく。じっくり時間を掛けて装備し、漸く全ての手入れが終わってふぅ、と一息ついた頃にダニエラは帰ってきた。


「おかえり」

「ただいま。明朝に集合、出発だそうだ。今日は早めに寝るぞ」

「分かった」


 気合を入れてさっさと帰ってきて装備の点検を始めたから集合時間と場所を聞きそびれていたことに、今更気付く。猪突猛進というか、何というか。ダニエラのさりげないフォローが嬉しい。

 フォローついでにダニエラが買ってきた夕飯を、テーブルの上に置いてそれを2人で食べる。今日は麺系屋台飯だ。健康のことを考えてか、野菜スープなんかも買ってきていた。容器さえ出せば格安で買えるから結構人気の品だ。ズルズルと麺を啜り、ズルズルとスープを啜る。此処にはテーブルマナーを気にする人間は居ない。だからと言って下品な食べ方をするつもりはないが……。


「偶には野菜スープも良い物だな」

「毎日食べとけ。健康に一番良いのはバランスの取れた食事だ。野菜食え野菜」

「ふん、葉っぱなんぞその辺のエルフにでも食わせとけ」


 次の食べ物を口に運ぶ合間に健康について語る22歳と300歳。年の差カップルがいつまでも健やかに生きるには健康は切っても切れない、人生において尤も大切なコツの一つだった。



  □   □   □   □



 翌朝。ちらちらと雪の降る中、ダニエラと並んで北門を目指す。軍部か置かれている区画ではあるが、今回はそうも言ってられない。わざわざ西か東から出て、それが致命的なタイムロスになっては意味がないという提案からだった。

 まだ日も出ないうちから、しかも氷雪期の寒い時間帯に外を歩く人間なんて居ない。居るとすれば、それは同じ目的の人間だけ。即ち、冒険者だ。


「ふむふむ……結構な人数だな」

「何人くらい居るんだ?」

「あー……50くらいかな」

「ふむ……」


 《神狼の眼》で周囲を見渡すと、防寒具を着込んだ冒険者が北を目指す姿が見えた。勿論、僕もダニエラも材質違いのお揃いマントを着込んでいる。本当に暖かくて素晴らしい。マントの下は風龍氷竜装備だ。虚ろの鞄も背負っている。グミちゃんは鞄の中に避難させた。腰に下げた武器は黒帝剣。ゴブリンと言えば雑な剣を持っている。それを破壊出来たらなとこの剣に決めた。

 一応、隙さえあればその他の武器も取り出し可能だ。背中に背負った剣を抜くように背中に手を回し、鞄の中に手を突っ込んで引き抜けば可能だと最近気付いた。しかしデメリットもあって、これが実は凄く体が痛い。関節的に。肩とか背骨が……ね。いや、年じゃない。体が固いだけだ!


 ブルブルと頭を振って嫌な被害妄想を振り払い、皆が待つ北を目指した。




「遅いぞ、アサギ君。君が最後だ」

「えー」


 すでに北門に到着していた店長に開口一番、遅刻宣言を食らう。周囲を見れば、先程見た人達が集まっていた。おかしいな……。


「あれ、レモンは居ないんですか?」


 店長の傍には誰も居ない。いつも一緒だったレモンも居なかった。


「レモンは私が置いてきた。長年衛兵をやってきてはいるが、スタンピードは特殊だからね。この戦いにはついていけないかもしれない」

「……そうですね。何が起きるか分かりませんからね」


 ニヤリと笑う店長を放置して門の傍で腕を組むアドラスの元へと行く。久しぶりに会うんだ。挨拶くらいは、な。


「……む」

「よう。久しぶり。今日はよろしくな」

「あぁ、来たか。今日は私がリーダーになった。扱き使ってやるから覚悟しておけ」

「はぁぁぁ?」


 開口一番、馬車馬宣言を食らう。聞けばこの冒険者達を束ねるリーダーを任されたらしい。帝都に置ける人気、地位等からの評価でだそうだ。僕は此奴より強いんですけどー?


「とは言ってもお前は他所の人間だろう。長く帝都に住んでいた私には敵わないぞ」

「ま、それもそうか。ぶっちゃけリーダーとか出来ないし、そこはラッキーかな」

「まったく……それだけの強さを持ちながらお前という奴は」

「ははっ、まぁよろしくな」

「あぁ」


 溜息をつくアドラスに拳を伸ばし、互いに打ち合う。ダニエラを狙ってきたあの時のアドラスとはまるで別人だ。いや、憑き物が落ちたような清々しさを感じる。今のアドラスは正直言って嫌いじゃない。良い友人になれるに違いない。


 この場に居るのはAランクである僕、ダニエラ、店長、アドラスの4人と他40人程のBランク冒険者達。中には頭打ちも居るだろう。しかし皆、帝都を守る為、ナミラ村を解放する為に集まった同志だ。アドラスの隣に立って周囲を見ると、全員がやる気に満ちた顔をしている。

 果たしてこの中の何人が生き残れるか……。なんて、それは被害妄想が過ぎるか。ポジティブに行こう。油断せず、ゴブリンを殲滅する。相手が何をしようが絶対に勝つ。勝って平穏をこの手に!


「よし、全員揃ったな。では行くとしよう。ナミラ村解放戦線を始める!!」


 アドラスの号令と共に門が開く。雪原が広がる帝都の北。この先に、魔物が居る。



  □   □   □   □



 雪原を歩くのは実は苦手じゃない。一時期、雪の降る町に住んでいたことがあるからだ。滑らずに歩くコツは体重を真下に落とすように足の裏全体で踏みしめるように歩くことだ。しかし意外とこの歩き方は汗をかく。20分も歩けば肌着の下は汗が浮かぶ。雪国で住んでいて風邪を引く原因は主にこれだ。暑くなって汗をかき、それが冷えて急激に体温が下がり、体内環境がバグるのだ。


「しかし楽ちんだな……」


 そんな歩き方なんて雪に埋めて春頃に出てこい。馬車最高だ。


「日暮れには湖に着くそうだ」

「結構速いな」

「軍が雪用の馬車を貸してくれたからな」


 そう。僕達は馬車に乗っている。氷雪期ということでそれなりに雪が積もっている状態だが、馬車は走る。車輪はなく、橇になっているから馬橇か。しかも、軍仕様ということで橇部分に火鉱石を仕込んでいるらしく、適度に溶けて進みやすい。馬はハーフユニコーンの軍馬。力強いからなかなか疲れることもない。


 アドラスの出発宣言の後、門から出たら既に馬橇が用意されていた。軍は帝都から動けない。ならば、遠出用の馬橇は冒険者に貸与するとのことらしい。これは本当に大助かりだった。


 そんなこんなでわざわざ足の裏に全神経を集中させて歩く必要もなく、僕達はスイスイと雪の上を進軍した。




 ダニエラの話通り、日暮れ頃には湖畔に到着した。見た感じ、広さは大体端から端までで300mくらいだろうか。それなりに大きな湖に思える。よく見ると湖からは幾つかの支流が出来ている。そのうちの1本は村へと向かっていた。多分、あの川が生活用水になっているんだろうな。


 そんな湖畔にアドラスは陣地を形成し始めた。水は生きていく上で重要な物の一つだ。此処に陣地を構えるのも納得出来る話だった。僕は虚ろの鞄から大量の照明の魔道具を用意する。オーク戦の時に回収した物が今も残っている。こういう時は役立つから常備してる。


「すまないな。しかしその量は流石にどうかと思うが」

「なら返せ。暗い中で飯を食え」

「冗談だ。寄越せ」


 軽口を叩きながら照明を天幕に吊るす。うん、明るいと気分も明るくなるね。

 照明が照らす天幕の中、用意された机の上には地図が広げられている。楕円形の湖と支流。そして赤いバツマーク。ナミラ村だ。


「……よし。飯の前に軽く作戦を伝えておく」


 地図から顔を上げたアドラスが周囲を見る。現在、この天幕の中に居るメンツはアドラス、僕、ダニエラ、店長の4人だ。レベルもランクも他の冒険者とは違うのでギルドからは作戦の立案を任されている。アドラスがリーダーだと言ったのも、それを含めてのことだ。


「この支流を進んでナミラ村を目指す。支流の両側は坂になっていて村からの視認は、まず出来ない。近寄って、見下さない限りはな。そして雑草も多い。流石に生活圏ともなれば多少は減るが、それでも発見は遅れるだろう」


 湖から支流へ、支流から村へと指でなぞるアドラス。


「川はどうやって進むんだ?」

「アサギの氷魔法で水上を歩く。川全てを凍らせる訳ではないから出来るだろう?」

「まぁ、出来るよ」


 堰き止めて全て氷漬けにしろと言われたら喜んでアドラスを凍らせるが、水上程度なら問題にもならない。


「で、村まで行く行程は問題ないな? 次に、村に到着したら私が川を媒介に水魔法を発動させる。村の周囲を包囲する」

「大丈夫なのか? そんな大掛かりな魔法」

「ただの壁だ。自動で近付く魔物を攻撃するような魔法じゃない。ただ、水を移動させて厚く高く設置する。それを維持する。それだけだ」


 その『それだけ』が大変なんだとダニエラは目で言うが、アドラスはキザに笑って受け流す。確かに帝剣武闘会での戦いを見ると、それくらいなら出来そうに思えるが。


「そうしたら村内のゴブリンを殲滅しろ。紅玉2人と翡翠が10人くらいいれば問題ないと考えている」

「残りの翡翠達はどうするんだい?」

「村外のゴブリンを殲滅してもらう」


 ナミラ村の解放だから、ゴブリンは村に居るものだと思っていたが、アドラスはそう考えていないようだ。聞けば、スタンピードを起こす魔物というのは総じて妙な知恵を持つ個体が出現するらしい。其奴の入れ知恵で、雑ながらも作戦めいたものを実行するそうだ。


「そして、この村の周囲は待ち伏せに最適な小高い丘や茂みが沢山あるとの情報だ。必ずゴブリンは其処に居る。それを殲滅する」

「なるほど、一気に全滅させれば危険も減るか」

「そういうことだ。何か質問は?」


 作戦概要の説明を終えた会議は質疑応答にシフトする。ダニエラがパッと手を上げる。


「村の殲滅を担当する紅玉は誰だ?」

「君とアサギだ。村外はリンドウに任せたい。リンドウであれば上手く指揮を執れると思っているが……」

「問題ないよ。上手くやってみせよう」


 僕とダニエラは村の中のゴブリン。店長は村の外。アドラスは壁の維持。そして翡翠達は僕達の討ち漏らしを掃除してくれると。


「他は?」


 またスッとダニエラが手を上げた。


「なんだ?」

「腹が減った。そろそろ飯にしよう」

「……」

「ふ……くくっ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 固まるアドラス。苦笑する店長。そして長く大きな溜息を、僕は天幕の中に吐き散らした。


「よし、解散だな」


 その様子を見て、どうやってそれを了承と捉えたのか、ダニエラはさっさと天幕を出ていった。ダニエラが居なくなってはもう会議は続けられないだろう。漸く復帰したアドラスが解散宣言をし、僕と店長は天幕を後にした。


 ダニエラは既に両手に食べ物を抱えていた。僕がもう一度溜息を吐いたのは、言うまでもない。

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