第二百八十六話 侵入者との戦い
さて、目標は発見した僕と似たような黒尽くめの男達が6人だ。今はカルテラーザ家の塀の向こうにある別の邸宅の陰で此方の様子を伺っている。《神狼の眼》が捉えたのは此方を狙っている様子だけだが、乗り込んでくるのは時間の問題に思える。如何にもな格好をしているのは今夜が本番だからだろう。今までは深夜に彷徨く不審者を装いながら下調べをしていたに違いない。
しかしこうして上手いこと本番にぶち当たってしまうのは運が良いのか悪いのか……いや、仕事になるというのであれば運が良いのだろう。問題は6人全員をどう捕獲したら無事に仕事を完遂出来るかだ。腕を組みながらうんうん唸っていると男達が歩き出した。
「色々シミュレーションはしていたが……」
警護をしながら《器用貧乏》で複数人相手の体捌きや武器捌きのようなことは頭の中で繰り返し再生していた。殺す事はせず、動きを封じるには……。僕は《神狼の脚》で夜空へと飛び出し、奴等が居た邸宅の陰へと移動する。あっさりと背後をとれたのは装備に底上げされた《気配遮断》の熟練度と影蜥蜴のベルトに拠る消音機能と、血蜘蛛の靴の足音遮断機能のお陰だ。装備に助けられて今のレベルだ。普段から訓練してれば装備無しでも出来るようになる……と思いたい。
「……」
顔を見られるのは拙いと夜鳴き鴉のケープに付属されたフードを被る。実はこのケープも風龍のポンチョのようにフードが付いている。ぶっちゃけポンチョとケープの違いは分からないが、一つ違うと言えばこのケープには大きな襟が付いていることだ。僕の首はおろか、口元まで覆う立て襟は顔半分を隠す。さらにフードを被れば顔は見られないだろう。
さて、準備を終えた僕は無言で僕は掌に水球を生み、それを薄く引き伸ばす。それを維持しながら殿の男の背後に忍び寄り、素早く口元を水で塞ぎ、藍色の魔力から紺碧の魔力へと変換し、一気に凍らせる。ちゃんと鼻は露出させながら。そして大急ぎで《神狼の脚》で男を抱えたまま飛び上がる。
「ンーッ! ンンーゥ!」
「はいはい静かに」
そのまま男はカルテラーザ家の中庭の端にある守衛所の陰に連行する。勿論男は抵抗するが、再び水を生み出し、バシャリと掛けてから足元から凍らせてやる。
「ん、んぐ……」
「大人しくしとけ」
足元から氷結させ、首元まで覆って梱包したら次だ。その場を後にし、《神狼の眼》で男達を探す。周りを気にしている所為か、歩みは遅い。漸くカルテラーザ家の傍に来たところだ。だが周りを気にするのはいいが、味方も気にするべきだ。まだ気付かないとは、二流だな。
僕は再び同じ手口を繰り返して新たな殿を誘拐し、守衛所に出荷する。それを3回成功させて、さて4人目と腰を上げた所で《神狼の眼》が変化を捉えた。漸く3人消えた事に気付いてざわつき始めたようだ。慌てて周囲を警戒している姿が映る。気付かれた際のシミュレーションもしている。《神狼の脚》で夜空から機を伺う。
「何処だ? 何故居ない……!」
「しっ! もしかしたら感づかれたのかもしれない……!」
「クソッ! どうなってやがる!?」
他人の家の庭だというのに割と大きな声で喋っているが、危機感がないのだろうか。それと直接声を聞いて初めて分かったのだが、先頭に居た男は女だった。短髪ってだけで男かと思ったが……。まぁ、やるべき仕事は変わらない。捕縛し、カーミラさんに引き渡す。そしてクエスト完了だ。
そっと、藍色の魔力を流して僕の周囲の空間を水属性で満たす。水分を支配したら其処へ氷属性の魔力を練り込む。属性変換の応用だ。これもまた警護中に《器用貧乏》で構築し、編み出した僕だけの魔法だ。
「『氷雨』」
魔法名を呟き、詠唱として発動させる。ポツリポツリと降り出した雨は庭に降り注ぐ。突然の雨に3人は上を見上げるが、《気配遮断》を発動している僕は見えない。突然降り出した雨を不審に思いながらも仲間を探す素振りを見せる3人だが、その時点で敗北は確定した。すぐに逃げるべきだったのだ。何故ならば、この雨は氷雨。氷の雨なのだから。
「くそ、一体何処に……え?」
「なんだ、なんで雨が凍るんだよ!」
「ま、拙い! 皆逃げ……ッ!」
雨が当たった部分から凍り始めるのがこの魔法だ。ただの冷たい雨じゃない。不審に思った時点で逃げなかったから、服が凍り、身動きが取れなくなり、僕に捕まるのだ。しかし氷竜装備無しでの大規模魔法は骨が折れる……ちょっとクラクラする。雨を降らしながら深呼吸をして体調を整える。その間も侵入者達はどんどん凍っていく。窒息しては拙いと思ったのか先頭に居た女だけは口元を覆っているが、残りの2人は騒ぐだけでどんどん凍っていく。
そろそろキツくなってきたので雨を止ませてゆっくりと降りる。男2人は白く凍りつきながら目だけを動かして周囲を確認している。女隊長……多分隊長だと思うが、其奴はジッと目をつぶっている。不審に思って地上に降り立ち、ジッと見ていると魔力の動きを確認出来た。此奴、まだ諦めてない!
腰に装備した短剣を抜き、逆手に持ちながら警戒していると魔力が色づいたのが分かった。
「最悪……火魔法使いとか……」
紅色の魔力が体を巡り、白い湯気を立てて付着した氷を溶かしていった。どうしたもんかと思考しながら油断なく睨んでいると目を開いた女が真っ直ぐ僕を見た。
「この距離で漸く確認出来た。とんでもない《気配遮断》スキルの使い手だな」
「買い被りさ。装備のお陰だよ」
「ふん、油断させようたって無駄だ。何者だ?」
片刃の片手剣を抜いた女が問いかけてくるが、聞きたいのは僕の方だった。
「そっちこそ何者だ。8大貴族の邸宅に侵入しようとは大胆な賊だな?」
「賊ではない。これは……任務だ!」
剣を後ろに引き、突進してくるのをしゃがんで躱し、距離を取る。
「任務という割にはお粗末な精度だ。新人か?」
「精鋭だッ!」
振り返り、切り上げてくる剣を足切丸で防ぎ、押し返そうとするがするりと流される。押し引きの切り替えが早い。戦闘に関してはそれなりに出来るようだ。
「人の物を奪うのが任務か?」
「依頼主に従うのが仕事だ!」
今度は振り下ろしてくるのを左の小手で受け流し、右の短剣を握った手で殴る。武器を持っている相手に油断は出来ない。女の肩を殴り、再び距離を取る。相手が何者か判断出来ない内は身動きを封じて拘束出来ない。
カルテラーザは貴族だ。絶対に拷問や尋問をして情報を吐かせるだろう。けれど僕はそういうのは趣味じゃない。ダニエラにいじめられるのはちょっと気持ちいいがそういうガチなのは趣味ではないのだ。結末が分かっているのであれば、回避して情報を引き出すのが出来る男というものだ。
「お前等が狙ってるのは自動人形だろう。あれは正式に落札された物だ。奪っていいものじゃない」
「良いか悪いかは私達が判断することではない!」
「やめとけって! 相手はカルテラーザだ。あんたの後ろに居る奴よりも格上だろう?」
「……ッ! そんなことは関係ない! どけッ!」
声を荒げ、腰だめに構えて突っ込んでくるのを受け流して背後を取ろうとして慌ててジャンプする。突進に見せ掛けた切り込みだった。星明りに煌めく切っ先を目で追いながら紙一重で躱す。夜鳴き鴉のケープのお陰で体が軽い。《神狼の脚》を使わなくても高いジャンプが可能だ。この装備を選んで良かった……。
「チッ……」
「諦めろ。僕には勝てないぞ」
「まだ勝負が決まった訳じゃない。お前を殺し、仲間を助けて任務は成功させる!」
実に血気盛んで忠誠心に溢れた人だ。説得は難しいか……?
こうなったら圧倒的力で捻じ伏せて説得(物理)をするしかない。短剣を仕舞い、空いた手に『氷剣』を生成する。ノータイムで生成出来るのは氷竜装備を身に着けている時だけだ。それでも柄から切っ先まで生成するのに1秒程しか経っていない。
「……手を抜かれていたとう訳か」
「僕はやめとけって言ったぞ。応じないなら、力尽くだ!」
それからの戦いは圧倒的だった。疲労が激しい《神狼の眼》を《夜目》に切り替えるとはっきりと動きが確認出来た。剣を避け、弾き、敵わない事を体に分からせる。剣を弾き飛ばして漸く終わりかと思えば僕の氷剣のように火魔法で剣を作り出して斬り掛かってきた。『火剣』と言ったところか。氷剣では敵わないが、水剣ならば対応出来る。同じ魔力量や反属性をぶつければ魔法は対消滅する。ダニエラの魔法理論授業で習ったことだ。弱点属性でも約3倍の魔力を込めれば押し通せるが、そんな博打はやらない。
そうして相手の出す手札を切り返し、捻じ伏せて漸く膝を折ってくれた。
「観念してくれ。殺す気はない」
「お前に無くても……意味はない」
確かにそうだ。それでも僕は手は汚したくなかった。相手にも事情があるのかもしれないと思うと一方的に殺すなんて出来ない。僕はそういう弱い人間だ。
「なんとか掛け合ってみる。まずは事情を話してくれ」
「……信用して良いのか?」
伏せていた顔を上げた彼女は此方をジッと見つめる。如何にも事情がありますって顔だ。だけど僕にも出来る事と出来ない事がある。出来る限りは努力するつもりだが。




