第二百八十三話 貴族という人種
さて、僕がやって来た場所はギルドのある東区から真っ直ぐ大通りを歩いてやってきた貴族街入り口だ。帝都の入り口のような大きな門と高い壁に囲われた貴族街入り口。その門の両隣には帝国軍人が門番として立っていた。
「すみません、ちょっと中に入りたいんですけど」
「あぁ、アサギ様。どうぞ」
帝剣武闘会準優勝者であり、何度か皇帝陛下と謁見しているので顔バレしている。しているので、顔パスである。
「どうも」
一応ステータスカードは見せるけどね。気安いやり取りでも規則は規則だ。門番さんも一応、確認している。
そうしたやり取りの後、僕は貴族街へと入った。このまま歩けば帝城まで行けるが、今回は皇帝陛下に用事はない。ちょっと色々言いたい事はあるが、言う程のことでもないしな。
クエストの依頼人は貴族だった。それも帝国を築き上げた8大貴族の内の1つ、カルテラーザ家だ。これはクエストを受注した時点で教えてもらったのだが、8大貴族の中にも序列があり、カルテラーザ家は上から4番目だそうだ。依頼人の名前がミドルネームやらファミリーネームやらで偉い感じの人だとは薄々気付いていたが、まさかそんな上の人だとは思いもしなかった。
「えーっと、カルテラーザ家は……」
面白そうという理由だけで受けたクエストだったが、僕のスタンスとしては貴族には近寄らないつもりだった。権力とか、そういうややこしい関係は御免だったからだ。しかし準優勝した所為で貴族をすっ飛ばして皇帝と関係を持ってしまった僕に、そのスタンスは意味がなかった。とは言え、その辺の貴族に絡まれるよりは皇帝に絡まれ、その上で冒険者を束縛するつもりはないという言質を取った以上は貴族も手出しは出来ないはずだ。一瞬悩んだけれど、まぁいっかと考えを改めた。
流石に8大貴族とあって、少し歩いたところででかい家にぶち当たった。立派なお屋敷だ。ギルドで貰った地図に拠れば、此処がカルテラーザの邸宅らしい。あまりにも大きい家だったのでボケーッと眺めていると門番のおじさんに咳払いをされた。
「あ、すみません。ギルドで依頼を受けて来たのですが……」
「冒険者の方ですか。ではステータスの表示を」
「はい。ステータスオープン」
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:A)
二つ名:銀翆
LV:91
HP:867/867
MP:835/835
STR:475 VIT:494
AGI:958 DEX:491
INT:468 LUK:39
所持スキル:器用貧乏(-),神狼の脚(-),神狼の眼(-),片手剣術(9/10),短剣術(6/10),槍術(5/10),弓術(2/10),大剣術(7/10),気配感知(8/10),気配遮断(6/10),夜目(6/10)
所持魔法:氷魔法(9/10),水魔法(8/10),火魔法(2/10)
受注クエスト:邸宅警護
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-なし
腕-なし
脚-なし
足-黒瞬豹の革靴
武器-なし
-なし
-なし
衣服-風龍のシャツ
-風龍のスボン
装飾-なし
◇ ◇ ◇ ◇
「確かに。では中へ」
「ありがとうございます」
門を開けてもらい、そのまま中へ進む。門から家までが長い……。
表示していたステータスを見ながら歩く。レゼレントリブルでの迷宮災害。あれを乗り越えたことで僕のレベルが2つ上がった。流石に90を越えた所で停滞が始まった。それまでは苦難を乗り越える度にまぁまぁ上がっていたのだが、そろそろ頭打ちかもしれない。チート持ちならばどんどんレベルが上がりそうではあるが……生憎、僕に主人公補正はない。あるのは与えられたスキルと、《器用貧乏》な実力だけだ。これまでは上手くやってきたつもりではいるが……これから、どうなるんだろうな。
さて、そんな事を考えながら歩いていたら流石に家までは早かった。ただ歩くよりは有意義だったかな。
家の前にはこれまた門番さん。しかしその姿は所謂『執事』だった。
「アサギ様でしょうか」
「はい」
「此方へどうぞ」
面が割れてるようだ。先程の門番さんから何らかの手段で連絡があったのかもしれないが。執事さんが扉を押し開き、中へと案内してくれる。中々に大きく豪奢なと扉を抜けると、今度は家政婦さんだ。正統派メイドと言えば伝わるだろう。彼女が前に、その後に僕が続き、執事さんが殿を務める。メイドさんの案内で燭台に刺さった蝋燭の火が揺れる廊下を進む。それにしても静かだ。《気配感知》には沢山の人の気配があるのに。静かにしていないと怒られるのかもしれない。と、僕も自然と口を閉ざし、足音も出来る限り立てないように歩く。もしかしたら貴族の家ではこうしなければいけないのかもしれない。
「……ッ」
後ろで執事さんが息を呑んだ。やはりこれが正しいようだ。ふふん、僕くらいになれば容易いことよ……。
足音を完全に消し、ドヤ顔で歩いているとメイドさんが立ち止まった。傍には一枚の扉。
「此方になります」
メイドさんが扉の横に立ち、頭を下げる。そして執事さんがメイドさんの反対側に立ち、そっと扉を開けてくれた。僕は二人に会釈をして中へと入る。
「失礼します」
入室前に一言断りを入れて足を踏み入れるが、誰も居なかった。恥ずかしいんですけど……。
「……ご主人様は後ほど来られます」
「あ……はい。ありがとうございます」
メイドさんが後ろから教えてくれた。なるほど、此処は応接室なのね。それなら先にそう言ってほしかった。掻かなくてもいい恥を掻くのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
扉が閉じ、無人の応接室に取り残される。《気配感知》に拠ればメイドさんは離れていくが、執事さんは扉の横で待機している。そして周辺の部屋にはまぁまぁな数の人間が待機している。初めて貴族の家に来たので緊張していたが、僕の適応能力はそれなりに高いと自負している。環境に慣れた僕は本来のパフォーマンスを発揮出来る。そして気付いた。
「監視されてるな」
「あら、気付かれたわね」
「!?」
いきなり感知エリア内に人間が出てきた。慌てて振り向くとそっと開いた扉の隙間から誰かが覗いている。赤い髪の女性だ。この世界で派手な髪色と言えばエルフだが……耳は普通の耳のようだ。
「貴方が依頼を受けてくださった冒険者さん?」
「はい。アサギ=カミヤシロです。よろしくお願いします」
「私が依頼を出したカーミラ=ディー=カルテラーザよ。あら、貴方……ふふ、これって偶然かしら?」
「はい?」
扉を開けて入ってきたのは貴族感バリバリのお姉さんだった。けれど嫌味な感じもなく、お金持ちで育ちの良いお姉さんって感じだ。そんなお姉さんが僕を見て笑う。こんな普通の貴族のお姉さんが僕の《気配感知》を越える《気配遮断》スキルを所持している……?
ゆっくりと入ってきたお姉さんは椅子に座り、僕にも座るように促す。指示に従い、テーブルを挟んだ反対側に腰を下ろした。
「私、貴方と会っているのよ。少し前にね」
「そうなんですか?」
「えぇ。オークション会場でね」
こんな赤髪の女性、居なかったと思うんだけど……。そもそも見たら忘れないだろうな。
「まぁ変装していたので気付かないでしょうけれど」
「そうなんですか」
そりゃ分かるはずがない。高レベルのスキルを所持する人だ。変装もきっとばっちりキメていただろう。
「それで今回の依頼はオークションも関係しているのよね……」
「と言いますと?」
「貴方から落札した品の所為で変なのに目を付けられちゃっってね」
「え? それって……」
僕が出品した物って言えば、それは自動人形に他ならない。
「入ってちょうだい」
「はい。失礼します」
カーミラさんの合図で入ってきたのは、先程のメイドさんと同じ格好をした人だ。いや、人ではない。その人物とは僕が古代エルフの遺跡で発見し、オークションに出品した自動人形だった。
「動いてる……」
「そりゃそうよ。魔力で動くのだから」
確かにそうだ。しかし僕は自分で動かしたことが無かった。チェックもせずに出品したからな。動かしたら情が湧いて手放せなくなると思ったからだ。どういう反応をするか分からなくて怖かったというのもあったが。
そんな自動人形が今回の依頼の原因だという。確かに僕にも関係する話かもしれない。しかし落札したのはカーミラさんで、今回の事で僕に責任はないはずだ。
「貴方が此処に来たのは完全に偶然よ。そう怖い顔しないでちょうだい」
「……すみません。ちょっとどういう展開になるか分からなくて怖かったもので」
「ふふ。話は簡単よ。この子を狙う賊を捕縛、もしくは殺してほしいのよ」
殺しとはまた物騒な話だ。
「殺しの依頼なら断りますが」
「もしくは、と言ったはずよ。私だって殺しは嫌いよ」
そうは言うが、目は本気だ。面白半分に首を突っ込んだが、えらく物騒な展開になりそうだ。
カーミラさんは事の経緯を話してくれる。聞けば、落札して少しした頃から邸宅の周辺を嗅ぎ回る人物が現れたそうだ。それも複数だ。人を入れ替えながら監視のような事をしていらしい。時期的にも狙いは自動人形だろうという事で判断し、依頼を出したそうだ。
「しかし8大貴族の邸宅を嗅ぎ回るとは恐れ知らずですね」
「相手も貴族だから仕方ないわ」
「は?」
「賊も、貴族と言ったのよ。落札出来なかった貴族が、私の周りをウロチョロとしているのよ」
「あー、そういう……」
あの時は中々の盛り上がりを見せた。千単位の金貨が飛び交うオークションだったから、落札出来なかった事が悔しいのかもしれない。それで、カルテラーザ家を調べて自動人形を盗み出す算段をつけていると……。
「貴族相手に貴族が出るとややこしいのよね……そこで思いついたのよ。冒険者を使えば面倒な事がなくていいってね」
「冒険者は使い捨ての出来る道具じゃないですよ」
「あら、私達貴族から見れば冒険者は優秀な道具よ」
「……」
少々面を食らったが、これが貴族という人種の考え方なのだろう。まぁ、今まで会ってきた人間とはまた違った人種だ。新鮮味すらある。
「ま、依頼というのであれば頑張らせてもらいますよ」
「ふふ、期待しているわよ。これは前払い」
パチン、と指を鳴らすと自動人形が革袋を僕の傍に置いた。音からしてお金だ。まぁまぁ入っているようだが、これも貴族からしたら端金だろう。
「捕縛してくれればその倍を出します。殺したら追加で口止め料を払います。それで良いかしら?」
「殺しはしません。では今日の夜に」
「期待しているわ。銀翆さん」
金を受け取り、席を立つ。傍に立つ自動人形をチラリと見やりながら部屋を出ると控えていた執事さんが玄関まで先導してくれた。
面白半分、興味本位で始めたクエストだが、思いもよらない展開になった。8大貴族カルテラーザ家に絡む貴族の悪巧み。売った自動人形の絡むクエスト。
さて、ダニエラにはどう説明したものかな……。




