第二百八十話 さようならレゼレントリブル
店長、松本君と、異世界に来てしまった人間はこの世界で生きる選択肢を選んだ。それ以外に選択肢が無いというのもあって実に難しい選択だったが、僕としては一緒に生きる同郷の人間の存在は思った以上に心強いものがあった。
迷宮が侵入不可能の施設へと戻るまで僕とダニエラは迷宮内を闊歩するモンスターの討伐を行った。レイチェルにも手伝わせたかったが、何でも大事な用事があるようで参加してくれなかった。彼奴の強さを見るチャンスだったが、仕方ない。
寝泊まりはカルマさんが構わないと言ってくれたので中枢の部屋、通称『カルマの部屋』ですることになった。
『御用の際はお呼びください』
そう言ってカルマさんは四角い石碑、コンソールの中へと消えていった。あれは古代エルフが開発した魔道具だそうだ。現代日本でいう管理PCのような役割だと教えてくれた。勿論、そう解釈したのは僕だが。
そうして数日が経過した。ミノタウロス、アラクネ、ラミア。ゴーレムにゴブリン、コボルト、インプ、ウェアウルフと、青春時代を共にしたモンスターのオンパレードだったが、張り切りすぎてカルマの部屋周辺のモンスターをほぼ討伐した時点で遺伝子組み換え動物実験室の修復が完了し、排出が止まった。それからは各部屋、通路のモンスターを倒していった。たっぷり未知の生物の素材を回収出来たのは僥倖だった。
その中で、何人かの巻き添えを食らった商人や冒険者を救出した。それでも少数だったが、聞けばまだまだ居るそうだ。それを聞いたのが中枢へ来てから2日後。翌日には軍が到着し、予定していた通り、人海戦術に拠る救出作戦が実行された。店長の知り合いが割と軍でも上の方に居る人物だということ、そして僕の書いた手紙が功を奏したと、後からテムズさん本人に聞かされた。自己責任とは言え、救える命を目の前にして動かない訳にはいかないだろうと、訴えた僕の手紙が軍部の人間の心を動かしたらしい。最終的にそれは皇帝様の目にも留まったのだろうな……後で呼び出されるかもしれないと思うとちょっと胃が痛い。
そうした出来事があり、レゼレントリブルで起きた迷宮災害に巻き込まれた人間……生きている人間は全て救出された。運悪くモンスターに出会い、救えなかった人も大勢居たのがとても悔しかった。
軍の人間と僕、ダニエラで《気配感知》を使って漏れがないかを確認したのが昨日。そして明日が7日目だ。今日は最後の日ということでカルマさんに色々と聞ける事を聞いていた。
「……なるほど、つまりこの施設が迷宮化したのは、元々侵入者が居て迎撃する為に作り変えられたと」
『肯定します。今より589年前に人族が侵入しています。何らかの地殻変動、天候の影響で生じた亀裂より侵入されました。その際に施設は防衛モードへと移行しました。そして先日、再度侵入。施設が迎撃モードへと切り替わり、今現在の造りへと変化しました』
つまりレゼレントリブルという迷宮は、既に防衛モードとして、侵入者を拒んでいたようだ。そんな中、人が来たらもう攻撃してくるのは当然だった。しかしそんなのは分かるわけがない。
この災害は、起こるべくして起こった災害だった。
そんな裏話を聞いた時にはもう外は暗くなっている時間だった。そろそろ此処を出なければいけない。明日、つまり日付の変わるタイミングで此処は更地になる。迎撃モードとなり地上へと露出した古代エルフの施設は解体され、龍脈付近に建設した重要施設は常時防衛モードとなり、再びの侵入を許さない。カルマさんと話せるのは今日が最後だった。が、もうお暇する時間だ。
「じゃあ、そろそろ僕達は退去します。色々聞けて良かったです」
「私もエルフとして、貴女に会えたことを嬉しく思う。ありがとう」
『感謝されるような事はしていません。エルフの人格をコピーされたとはいえ、私は魔道具。そのように出来ていますので』
素気無く返されてしまう。AIとは、そういうものなのだろう。
『ですが……私個人、という思考を許されるのであれば、貴方方を召喚した事、帰還が出来ない事は申し訳ないと思います』
「!」
驚いた。魔道具でありながら、自己の感情が……いや、それこそ、AIなら出来て当然だろう。AIとはそういうものだろう?
「ありがとうカルマさん。この世界に来てしまったのは不幸な出来事だったかもしれないけれど、僕は今、充実してます」
「私もノヴァのお陰でアサギに会えた。幸運という他、ないだろう」
僕は、この世界に来なければ死んでいた。それを救ってもらえたという捉え方もある。家族に会えないのは寂しいけれど、心は繋がっているはずだ。
『そう言って頂けると、嬉しいです。さぁ、退去を。さようなら、私達の子孫、そして異世界の優しい人』
カルマさんは優しく微笑んで、手を振り、消えていった。僕とダニエラはコンソールに頭を下げてから部屋を後にした。
道はレモンの地図と、一週間駆けずり回ったこともあって頭の中に大体の地図が出来上がっているので1時間もせずに外へと出ることが出来た。少し離れた所に軍が築いた野営地の天幕が見える。彼処に店長達が居るはずだ。
「行こっか」
「あぁ」
迷宮に残っていたのは僕たちが最後だ。軍が遠くで手を振っているのが見える。多分、一緒に《気配感知》した軍人だろう。なかなか高レベルの《気配感知》だったから僕達が出てくるのが分かったのかもしれない。最後に振り返り、夜の闇に佇むレゼレントリブルの町を見る。焚かれた篝火のお陰で、その姿ははっきりと見える。
「……これからも実験は続くのかな?」
「続くだろうな。カルマの管理していた施設は末端施設だ。龍脈から回収した魔素を本拠地である施設へと転送する為の施設……それら全てを潰さない限り、ノヴァの実験は続くだろう」
やっぱりそういうのを潰して回らないと古代エルフの実験は終わらないだろう。手っ取り早い方法としてはノヴァ本体を潰すという手段がある。しかし場所は聞けなかった。超機密事項だそうだ。
「……僕はもう、不幸な人間を増やしたくないな」
「それは私も同じ気持ちだ。ノヴァのお陰でアサギには会えたが、それは別としてノヴァは潰した方がいい物だな」
近い将来、ノヴァを倒す……壊す旅を始める必要がありそうだ。しかし情報が一切ないので開始日は未定だな。
「お?」
「むっ」
天幕を目指して歩いていると地面が揺れ始める。小さな振動だったそれはだんだん大きくなっていく。
「震度3くらいか……」
「う、わわわ……!」
全然平気なんだが、ダニエラは慌てて地面に伏せている。居るよね、日本に来たばかりで地震に慣れてない外国のこういう人。ちょっと微笑ましいやつ。しかし本人はめちゃくちゃ怖がってるやつ。
「あ、アサギ! 危ないぞ!」
「大丈夫だって。建物の中でもないし……」
崩れてくる物が無いのは安心出来る。あ、でも地面が割れる可能性が……いや、《神狼の脚》があるから割れても全く問題ない。
でもダニエラが怖がってて可哀想だったから寄り添うように隣に座った。十中八九、この揺れの原因はあの町だろう。
「落ち着けダニエラ。ほら、町を見てみろよ」
「えっ?」
起き上がり、ギュッと僕にしがみつくダニエラに苦笑しながらレゼレントリブルを指差す。ダニエラが振り向いたと同時に町の一番高い場所から塵になって崩れ始めた。まるで上から布で隠すように、屋根から壁へと崩壊していく。突き出た窓も、変な角度で生えた屋根も。窓も戸もなく、壁から生えたベランダもそして、町を囲っていた防壁も全て、塵になっていく。そうして町は風の吹くまま、サラサラと流れ、やがて目にも視えないくらいの細かさになって消えてった。あとに残ったのは草も生えない大地だ。しかしそれも今だけ。暫くしたら此処は何の跡形もない草原になるだろう。古代エルフの遺跡があるなんて、誰にも分からない草原に。
「圧巻だな……」
「なかなか見られないよな」
崩壊と共に揺れが終わる。後には何も残らない。振り向けば呆然と立つ軍人達。こうなると伝えていたはずだけど、まぁ、驚くよな。
こうしてレゼレントリブルでの迷宮災害は終わった。思わぬ真実と、潰えた帰還の未来。1つしか無い道を選択させられ、この世界で生きる事を決めたが其処から先の未来は各々の道だ。僕はダニエラと生きる。店長や松本君は……どうするかは分からない。
だけど自棄になる事はないだろう。なんせ、僕達は唯一の同郷の人間だ。誰かが間違った道を選択しようとすれば、止められる。助ける事が出来る仲だ。これから先、それぞれの道を進む事にはなるけれど、お互い、気にかけるようにはするつもりだ。レイチェルの部屋という便利な物があるんだから利用しない手はないだろう。
まぁ、多分、滅茶苦茶怒られるけどな。
迷宮災害篇、終わります。




