第二百七十九話 生きる上での大事なコツ
少し、店長関連で嫌な事実があるかもしれません。
ので、先に謝罪しておきます。
すみません。
では本編をどうぞ。
それから暫く、僕は松本君が来る前に古代エルフさんに実験施設について色々質問を繰り返した。
「……なるほどね。世界に点在する施設……龍脈付近に設置したダンジョンから、龍脈を使って魔素を必要最低限回収し、実験施設のある都市跡へと転送。その魔力を使って召喚実験を繰り返していると」
『肯定します。しかし現在反応のある施設は4箇所のみとなります』
「その実験を行っているのは古代エルフ本人なのか?」
『否定します。各都市に設置された自立思考魔道具『ノヴァ』が実験を引き継いでいます。私はノヴァの端末となります』
「貴女に名前はあるのか?」
『肯定します。カルマと命名されています』
古代エルフさん改め、自立思考魔道具ノヴァの端末のカルマさん。聞けば何でも教えてくれる凄い魔道具さんだ。それにしても何故こんな機密事項のような事まで教えてくれるんだろう。
『エルフ族がこの場に居る事で私の規定ロックが解除されています』
それって割とザルなのでは……。
『尚、敵対勢力との繋がりがあれば施設ごと爆破します』
割と過激派だった。
と、そんな話をしていると空間が開いてレイチェルと松本君と、店長も出てきた。
「朝霧先輩……レイチェル師匠に連れられて来たんですけど、此処、何処ですか?」
「何故か私も引っ張られてきたんだけど。軍の人と会話中だったから早く戻りたいんだが」
「ふん、この世界に居る日本人を集めた方が話も早いじゃろうが」
「え? 日本人?」
松本君が店長とレイチェルを交互に見る。
「……あ、この人、日本人だ! え、じゃあ師匠も?」
「なんじゃ、知らんかったのか?」
「聞いてないですよ! ていうか朝霧先輩以外にも日本人が居たんだ……うぅ……っ」
心細かっただろうに……だけど、これからもっと辛い思いをすることになる。
「松本君、店長、悪いけど大事な話があるんだ。ちょっと聞いてくれないか」
「何か、分かったのかい?」
「先輩?」
「…………」
心が痛い。だが、隠す事の方がきつい。何度か逡巡し、意を決して僕は真実を二人に聞かせた。
□ □ □ □
それからは最悪の気分だった。あの店長の、泣く姿なんて見たくなかった。
「私は……死ぬ思いで、か、体を売ってでも生きて帰ると……旅をし、してきたのに……っ! こんな、こんな……」
女性が1人で旅をするという事の大変さを甘く見ていた。そんな事までしなければ旅が出来ないという現実に、目を覆いたくなった。
「あぁぁぁ……嫌だ、嫌だぁぁぁ……おかあさん……っ、おとうさん……! うぁぁぁぁぁ……っ」
勇者と言われていても、松本君はまだ子供だ。どんなに強くても、彼はまだ10代の青年だ。精神はまだ幼い。
「朝霧君は……なんでっ、そんな平気な顔をしてるんだ……! 帰れないんだぞ……! 日本に、家族の元に……っ!」
「僕は……僕だって……本当は、帰りたい……でも、ダニエラと生きると、決めたから……」
「……私は、縋る、相手が……居ない……君は、狡い」
「……っ」
何も言えない。僕だけが、恵まれた環境で生きていた。それでも……それでも。
「ごめんなさい……僕は貴女と一緒には歩けません」
「あっ……う、悪いのは、私だ……八つ当たり……だね……」
そう言って俯く店長。僕にはどうする事も出来ない。今此処で彼女を肩を抱く事は簡単だ。けれど、それは店長の好意を知って、それを受け入れなかった僕には出来ない事だ。何よりも店長を傷つけるし、侮辱することになる。
「ダニエラ……」
「何も言わなくていい。アサギはヤスシを」
「……うん」
こうなると、分かっていたんだけどなぁ……。言わなければ良かったと、心底後悔している。でも、この瞬間しか『もしかしたら帰れるかも』という幻想を打ち砕くことは出来なかった。
放心したように床を見つめ……いや、視点は床へと定まっていない。床を見ているようで、何処も見ていない松本君。
「松本君」
「……ぁ、先輩……」
僕の呼び掛けに顔を上げたが、また力なく項垂れる。そんな松本君の傍に座り、一緒になって俯き、僕だけ床を見つめる。
「……帰れないって、知りたくなかったか?」
「俺は……いつか、帰れると思ってました。異世界転移なんて、帰れるのもセットなのが定番じゃないですか……」
「まぁ……そういうもんだよな」
「でも、これが……現実ってやつなんですね……」
現実はいつだって非情だ。見たくもないものを見せつけ、聞きたくない事を聞かせ続ける。
「僕ももう、家族には会えない……最初に聞いた時は、絶望したよ」
「先輩も……俺と一緒ですもんね」
「あぁ。立場は違っても、環境は一緒だ」
ある日突然、異世界に呼ばれた。前兆も理由もなく唐突に有無も言わさず、理不尽に。そして慣れない土地で右も左も分からないまま、失敗ばかりしてきた。
そしてお互い、好きな人が……自分の事を好きになってくれた人が出来た。
「家族には会いたい。会いたいよ。でも会えない……そうなった時、僕を支えてくれたのはダニエラだった。僕が好きな、僕を好きな人だ。君にも居るだろう?」
「俺が好きな人……俺を、好きな人」
「そうだ」
松本君が助けてきた子達。異世界だからって張り切りやがってと思った時期もあったが、あぁして沢山の人間を救い、絆を深めるのは並大抵の人間には出来ない。松本君の人の良さが成せる事だった。
「その人の為に生きようと、僕は決めた、松本君も、どうするか決めるしかない」
「先輩……」
僕が年上だっていうだけで彼は僕の事を先輩と呼んでくれる。異世界に来たのは彼が先だし、潜在的な強さも彼の方が上だ。なのに、こうして慕ってくれる。店長も松本君も、どうにか助けたい。けれど僕に出来ることなんて高が知れている。選択肢を提示することくらいだ。けれど、道を無くした人へそれを与えられるのは選択した僕だけだ。僕だけが、彼女等を助ける事が出来る。
「勇者として生き、愛した人達の為に生きるのは、家族を裏切る事にはならない」
「……う、ぅ……」
帰る事を諦める事に罪悪感を抱くのは間違いだと、松本君に言い聞かせる。僕の勝手な思い込みかもしれない。本当は諦めるべきではないのかもしれない。それでも、僕は彼に前を向いて生きてほしかった。
□ □ □ □
それから暫くして松本君はレイチェルに連れられてランブルセンへと帰っていった。
「先輩……俺、皆と一緒に生きます。まだそれが正しい答えかは分からないけれど、まずは生きる事から始めようと思います」
そう言った松本君はとても柔らかな笑みを浮かべていた。泣き腫らした目は痛ましかったが、それを乗り越えた笑みは、とても力強く感じた。
やっぱり心の強い子だと思った。いや、今、その強さを手にしたように思う。泣き腫らした先刻とは打って変わって、今は前を見ようとしている。心の強さは、生きる上で常に必要なものだ。僕はそのコツを掴むのがとても大変だった。松本君は凄いな……だから勇者、なのだろうな。
店長はと言うと、ダニエラに泣きつき、あろうことか泣き疲れて寝てしまっていた。僕もダニエラもどうすることも出来ず、暫くその場で座っていた。ダニエラは店長を膝枕していたが、程なくして店長は目を覚ました。
「ん、ぅ……」
「あ、起きた」
「…………あぁ、やっぱり異世界だね……」
夢であって欲しいと願ったのだろうか。
「やっぱり現実か……はぁ、仕方ないな」
「仕方ない?」
ダニエラが店長の呟きを拾う。仕方ないって、何が仕方ないんだろう?
「生きるしかないだろう。生きているのだから。この世界で」
「……ですね」
「だな」
寝て起きた店長は松本君と同じく泣き腫らした目を擦りながら微笑む。今だけは、縋るようにダニエラに抱き着いていた。
良くも悪くも、この世界で生きていくには切り替えの早さが大事だ。悪いことじゃない。
生きていく上ではとても、大事なコツなのだ。




