第二百七十八話 異世界に来た僕は
更新が遅れてしまいすみませんでした。
今回は大容量となっています。
区切る場所を決められなかった訳ではありません。
本当です。嘘ではないです。
では本編をどうぞ。
それは何処からどう見てもエルフの女性だった。しかし何か違う。こう……気品というか、清廉な雰囲気が漂うそのエルフ。ハッとして髪の色を見るが、白に近い金の髪だ。ダニエラの髪とよく似ている。ならあれは、白エルフなのか?
「いや……あれが、古代エルフ……」
ダニエラが、以前アドラスに言い寄られて僕がキレた後の話を思い出した。白エルフは古代エルフの直系という話だ。あの話が本当なら、この目の前の白金の髪を持つ女性は、古代エルフだということになる。状況的に、こんな場所、場面で白エルフが出てくる訳がないからな。
『中枢侵入者の中にエルフ反応を検知。迎撃モードから対話モードへと移行』
「え……?」
人の声だが、何処か機械的な声。
僕はこの声に聞き覚えが合った。
『此処は第百二十五番施設レゼレントリブルです。要件を述べなさい』
光の中の女性が尋ねる。耳に声が入るが、僕はそれ以外の事で頭がいっぱいだった。
「この迷宮……施設の構造が変わった事でモンスターが地上へと出てきている。それをどうにかしたい」
『現在、中枢への侵入が確認され、迎撃機構が作動中です。あと168時間の作動後、自動的に施設は初期化されます』
「モンスターの排出はどうにかならないのか?」
『調べてみた所、実験動物を管理する機能が故障しています。修復まで12時間掛かります』
実験動物、という言葉に意識が引き戻される。あのモンスター達は古代エルフが実験して生み出したものなのか?
『肯定します。種族の掛け合わせは食糧問題の解決に繋がる実験でした』
「やっぱり、貴女は古代エルフなのか」
『肯定しかねます。私達はエルフですが、古代を自称した事はありません』
「私達は、貴女達が生きていた時代の1000年後を生きる人間だ。私達から見れば、貴女は過去の存在だ」
『……なるほど、時間の経過を確認。確かに現在はA.D.1425年。私達がこの施設を設立した時期より約1000年が経過しています』
A.D.というのが、何時を基準とした年数なのかは分からないが、彼女は自分が生み出されてから1000年が経過したことを知った。
『良いでしょう。この時代に合わせて自称を古代エルフへと変更。貴女達の目的を再確認。施設の初期化。これは168時間後に自動的に行われます。その際、この場を中心として施設内部の構造が変化します。168時間以内に退去をお勧めします』
「分かった。速やかに退去しましょう」
聞きたい事はある。しかし今はそれどころじゃない。168時間、つまり7日、一週間もすれば此処は元通りになる。それまでに迷宮に囚われた人を逃がす必要がある。
『地上に隆起した施設は地下へと埋没し、現在地上に露出している部分は消失します。更に厳重な警備と防備の下、今後の一般人の侵入は拒絶します』
「なに……?」
「廃墟になるってことか……?」
『否定します。廃墟ではなく、更地という表現が適正です』
廃墟よりやばいじゃないか……! この、レゼレントリブルの町が更地になるだって?
「でも、私達にはどうすることも出来ない」
「それはそうだが……」
「今は人を逃がすのを優先するべきだ。違うか?」
「……違わないな。急いで帝国に戻って軍を呼んで、人海戦術でどうにかするしかない」
とは言ったものの、軍が動いてくれるかは分からない。迷宮災害における被害の全ては自己責任だ。目の前に救える命があっても、自己責任だ。
「そこは私が何とかしてみせるよ」
「店長が?」
「何だい、その目は。私を疑ってるのか?」
「いえ、そういう訳じゃ……」
「元冒険者の軍人が何人か知り合いに居る。掛け合ってみても、損はないだろう」
そういう伝手なら僕にもある。
「じゃあ僕もお願いしたいんですけど、後で手紙を書くのでそれを渡して欲しいんです。多分、その人に届くと思うので」
「ふむ……分かった。任せろ」
暗部の隊長、テムズさんだ。彼ならきっと助けてくれる。
一度、中心部から出ることにした。あんまり中に居るのも気が引ける。古代エルフさんの私室を踏み荒らしてるような気持ちになったのは僕だけではないようだ。それにしても中枢への道は中心部にあると踏んでいたんだが、違ったらしい。部屋に入った時に聞こえた声、『対話モード』という言葉からして、エルフであるダニエラが居なかったら罠が発動していたように思う。ならば、彼処が中枢ということなんだろうか。ホログラムの魔道具があの石碑のような物体なのだろうか。謎は深まるばかりだ。だからこそ、外へ出た。
「まずはリンドウが帝都へ戻る。万が一の事も考えてレモンにも付き添ってもらう。構わないか?」
「私は問題ないよ」
「私もですっ」
「よし、じゃあちょっと待っててくれ」
そういうとダニエラが僕に手を出す。なんだろう。向けられた手の平を見るが、何も乗っていない。
「ん?」
「レイチェルを呼ぶ。鍵を貸してくれ」
「あぁ、なるほどね。確かに最速は彼奴の空間か」
あの玄関空間なら帝都まで一瞬で戻れるはずだ。虚ろの鞄から鍵を取り出す。店長とレモンがそれを不思議そうに見ているが、ダニエラは説明もなくそれを空間に突き刺し、捻った。すると空間が歪み、見慣れた路地が出現した。
「うわ!」
「何ですかこれ!」
「次元魔法の魔道具だ。知り合いの居る場所に繋がっている。付いて来てくれ」
僕とダニエラは普通に入るが、二人は恐る恐る入ってくる。初めて此処に迷い込んだ時は怖かったよなぁ。意味わかんないんだもん。
路地へ入った僕達はすぐそこにある窓を開く。
「和室じゃないか……」
店長の呟きが妙に面白かったが、笑っている場合じゃない。
「レイチェルー? 居ないのか?」
「うん? なんじゃ、お前か」
「おう、師匠。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ワシも忙しいのじゃ。いつもいつもお前に構っておられん……ん? なんじゃ、結局お前もハーレムか? はは、アホみたいじゃのう!」
「いや違うから。マジで真面目な話」
「ふん、誂いがいのない奴じゃ。まぁ入れ。其処の灰エルフと日本人もな。まったくぽんぽんぽんぽん来おって……ワシが若い頃は来なかったというのに……」
日本人と言われてビクリとする店長。真っ先に入るダニエラに続いて僕が入り、店長とレモンも恐る恐る入ってくる。
「お、お邪魔します」
「失礼します……っ」
卓袱台を5人で囲むと、そっと湯呑みが置かれる。振り返ると狼族のレハティがそっと盆を持って微笑んでいた。
「久しぶり」
「はい、お久しぶりです」
そう言って微笑むレハティからは以前のような対人恐怖症のような雰囲気は微塵もなかった。レイチェルとの生活がそれを解消させたんだろう。久しぶりに見る狼耳もピンと立っていて実に可愛らしい。
「で?」
茶を啜るレイチェルが不機嫌そうに此方を見る。
「実は……」
それから今日まであった出来事を話した。迷宮災害の事。古代エルフの事。災害解決の期限の事。全てを話し、聞いたレイチェルはため息混じりに手を振った。何も起きない。
「玄関を帝都の近くに設定しておいたから、其処から行けばいい。ただし、一方通行なのじゃ。レゼレントリブルへは気張って走るんじゃな」
「有り難い。レイチェルさん、礼を言う」
「ふん、同郷のよしみじゃ」
「……やはり、レイチェルさんは日本人なのか?」
「元、な。今はただの魔物じゃよ」
「魔物……」
「レイチェルは800年生きた狼だよ。狼に転生した日本人だそうだ」
言葉足らずのレイチェルに変わって店長に説明する。あまり話したがらないレイチェルは不満そうにそっぽを向くが、数少ない日本人に出会えたんだ。店長とは情報を共有したい。
「ありがとう……貴女に会えて良かった。またゆっくりと話したい」
「機会があればな。はよ行け」
しっしと手を振るレイチェルだが、店長は満足げに頷くとレモンを連れて窓から出ていった。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
……二人分の叫び声が空へと消えていったのを聞き、僕はため息を吐いた。レイチェルはくっくっくと喉を鳴らして笑う。
「嫌われるぞ」
「ふん、知るか。で? まだ用があるのじゃろう?」
レイチェルは見透かしたように、つまらなさそうに僕を見ながら言う。
「あるにはある。まだ確定じゃないんだが、ちょっと付き合って欲しい」
「邪魔くさいのう……レゼレントリブルかのう?」
「うん」
まだ、あの古代エルフには聞きたいことがある。それは僕に関係すること。レイチェルにも関係することだ。店長にも関係する。そして今は居ない、彼奴にも。
僕とダニエラはレイチェルを伴い玄関空間からダンジョンへと戻る為に窓から出る。レハティはお留守番を任されていた。
「じゃあちょっと行ってくるのじゃ」
「はい……すぐ戻ってきてくださいね?」
「寂しがり屋め……大人しくしてるのじゃ」
それだけ言うとレイチェルも窓から出てくる。そのまま路地を少し歩き、途切れた場所からダンジョンへと戻ってきた。僕とダニエラはすぐさま扉へと向かうが、レイチェルは興味深そうに辺りをキョロキョロと見る。
「ふむ……ふむふむ。此処は龍脈に近いのう」
「分かるのか?」
「お前だって分かるじゃろう?」
「あー……龍脈の感覚は一度しか経験してないから忘れた」
「しょうがない奴じゃのう」
「アサギ、レイチェル、中へ行くんだろう? 時間がないから早く行こう」
レイチェルのおかげで大幅なショートカットが出来たが、それでも有限であることには変わらない。気を引き締めた僕の後をレイチェルが続く。僕とダニエラで扉を押し開き、前回同様まずはダニエラが中へと入る。
『まだ、何か?』
再び石碑が光り、ホログラムが投射されて古代エルフが出現する。『ほう』と後ろでレイチェルが感心していた。流石のレイチェルも古代エルフには会ったことがないだろう。
「聞きたいことがあるんだ」
『?』
「アンタが僕をこの世界に呼んだのか?」
心配そうに僕を見るダニエラが視界に入るが、無理矢理古代エルフに視界を固定する。
「異世界からの召喚を、していた記録はないのか?」
そう、彼女の声を聞いた時、僕がコンビニの中で聞いた声にそっくりだったのだ。あの時聞いた声、『召喚対象の希望を確認。ユニークスキル《器用貧乏》を付与』というあの声……。
『肯定します。私達古代エルフは、過去に異世界からの召喚実験を行っています」
「……!!」
それは、あっさりと、とても簡単に、何事もないかのように、聞かされた。
僕を、松本君を、店長を召喚したあの魔法は、古代エルフに拠るものだった。レイチェルは……1人だけ転生という形での召喚だったが、あれが古代エルフの実験に関係しているのかは、分からない。
が、そんな事よりももっと大事な、聞かなければいけないことがあった。
「その、実験について聞きたいんだが……帰還実験は行っていたのか」
『肯定します。しかし実験結果は失敗に終わっています。召喚は一方向でしか行なえませんでした』
「…………そう、か……」
足の力が抜けた。どさりと、膝を強く打った。何とか返事はしたが、それ以外の言葉が出ない。別に、帰る為に旅をしていた訳じゃない。強盗に刺され、死の間際で異世界へと召喚された事だし、ついでだから世界を見て回ろう。そんな軽い気持ちから始めた旅だった。勿論、ダニエラの存在がそれを後押ししたのもある。
しかし旅を続ける中で『いつか帰る手段が見つかるかも』という期待が無かったかと言えば嘘になる。この世界が素晴らしい場所だとしても、最愛の人が居たとしても、此処は僕が生まれ育った場所ではない。
どうしてもふとした瞬間、僕はあの雑多な国へと後ろ髪を引かれるのだ。
あの場所に、帰りたいと。出来れば、ダニエラを連れて。
「アサギ……」
そっとダニエラが寄り添い、肩を抱き締めてくれる。その温かさに行き詰まった思考が少し解ける。
『質問は以上ですか?』
「ま、待ってくれ……その、実験をしていた施設は何処にあるんだ?」
しかしまだ失意でいっぱいの頭を動かし、どうにかそれだけを聞こうと意識を総動員する。
『主な施設は4箇所になります。それは古代エルフの都市中枢です』
古代エルフは腕を動かし、右から左にスライドさせると四角いホログラムが出現した。再び腕を左から右へと動かすと、そのホログラムが半円の外周をなぞるように滑り、僕達の正面へと移動した。
それは世界地図だった。精一杯、目を動かして現在地を見つけ、それから施設の位置を逆算していく。4つのうち、1箇所は見たこともない孤島にあった。図らずも海の存在を知る。もう1つは南端に。3つ目は遥か北方。そして最後の1箇所は地図の中心からやや外れた位置。森は今の時代よりも多いだろう。古代エルフは森に住む種族だと聞いたことがある。しかし、山の位置までは変えられない。この大陸を横断する山脈はアレクシア山脈だ。その山脈からやや北に位置する施設。
「……霧ヶ丘だ」
僕が、召喚された場所だった。
「こっちは……エレディアエレス法国だ」
遥か北に位置した3つ目の施設を指でなぞるダニエラ。そうだ、店長は確かその法国の町の傍で目が覚めたと言っていた。
「ワシが、生まれたのもその近くじゃな」
レイチェルも北方出身らしい。つまり、古代エルフの実験に関わっていたことになる。全員が、一言も話さなかった。いや、話せなかったと言うべきだろう。今此処に、帰還の方法を見失った人間が二人。完全に行き詰った人間が二人も居る。
「まぁ、ワシは戻る理由がないがの」
「え……?」
「忘れたのか? ワシはもう人間ではない。魔物なのじゃ。魔物として800年を生きたのじゃ。獣を食い、人を襲い、そして生きる為に人を食った。今でこそ人間の姿をしておるが、本質は獣そのものじゃよ。長く生きた事で理性だけは発達してはおるがの」
800年を生きた狼。元は人間だったとしても、本質が変わってしまったのなら、それはもう人間ではない。
「そもそも生まれた時点で帰還の希望はさっさと切り捨てたよ。……そういう状況じゃ、なかったからな……」
そうレイチェルは簡単に日本を切り捨てた。800年という年月が、そうさせてしまう。僕には分からない感覚だった。
「僕は……」
「帰りたいのか?」
隣に座ったダニエラが僕の肩を強く抱く。まるで何処にも行かせないと言わんばかりに。
「私が居るというのに、お前は帰るというのか?」
「そんな事、ある訳ないだろう……」
「なら、良いんじゃないか?」
ダニエラは簡単に言う。でも僕は、ダニエラを連れて日本へ帰りたかった。
「だがな、アサギ。私はこの世界で生まれた。私に世界を捨てろと言うのか?」
「それは……」
「私はアサギに世界を捨てろと言いたくない。だが戻れないのであれば、諦める選択肢を選ぶべき……いや……違うな」
言葉を続けようとしたダニエラが黙り、首を振って苦笑した。
「これからの人生を、帰る手段を探す為だけに使ってほしくない。お前は私の為に人生を消費するべきだ」
「ダニエラ……」
「我儘だと言ってくれて構わない。だが、私はアサギを手放す気は毛頭ない。悪いな」
そう言って、ギュッと僕を抱き寄せるダニエラ。イケメンだなぁ……好きな人の人生を奪うくらいの気持ちの強さか……。僕も、そうあるべきだろうか。いや、あるべきなのだろう。僕は僕を好いてくれた人と、同じ目線で生きたい。
家族の事とか、友達の事。そういう未練を切って捨てる事はまだ難しいけれど、好きな人と共に生きることはとても簡単だ。隣に並んで、健やかな時も病める時も共に道を歩く。今までしてきた事の延長だ。道の長さは違うけれど、歩く時はいつも一緒だ。そう、決めたのがずっと昔の事のようだ。
「決まったかの?」
「……あぁ。僕はこの世界に生きる。ダニエラと一緒に」
「あぁ熱い熱い。氷魔法の使い手の癖に熱々じゃのう!」
レイチェルが冷やかしてくるが、僕には火魔法の素質もある。それに冷やかすのも冷やすのも僕の十八番だ。
「レイチェルも嫁との二人暮らしがあるしな。今更帰れないよな」
「や、やかましいのじゃ!!」
顔を真っ赤にして怒るレイチェル。それを見て僕とダニエラは笑う。古代エルフさんは首を傾げている。異世界召喚問題は、古代エルフの実験という一応の解決は見せた。
しかしそれは、僕とレイチェルだけには、だった。
「店長と松本君がどう思うか、だよなぁ……ダニエラは、どうするべきだと思う?」
「そうだな……帰れない事で悩むことより、伝えない方が酷いと私は思う。このままでは彼女らはいつまでも帰る手段を探して、帰れるかもという希望を抱き続けることになる。そうして長くない人生を使ってこの事実に気付いた時、彼女らは何を思う? そんな絶望を遠い未来に見せつけるなら、今、この場で、古代エルフが教えてくれる事実を伝えるべきだ。そうして絶望しても時間が癒やしてくれる。人が癒やしてくれる。何故ならば、私がそうだったからだ。長い苦しみをアサギとの時間が癒やしてくれた」
「ダニエラ……」
「リンドウもヤスシも心の強い人間だと私は思っている。彼女らなら必ず乗り越えられるだろう」
松本君はまだ高校生だ。遊び盛りだし、友達も沢山居るだろう。家族ともまだ別れるような年じゃない。女の子に愛されてはいるが、家族愛とは別物だ。
「でも、乗り越えられなかったら?」
「そんな不確定な未来を気にしていられるのか? この事実は、どんな犠牲を払っても知るべきだ。それが君達には必要な事だと、私は思う」
そうだな……辛い現実だが、現実は現実だ。伝えるべきだろう。これは異世界に来てしまった人間が、どんな犠牲を払ってでも知る必要のある情報だ。
「ワシを連れてきたのは、ヤスシを連れてくることも考えてのことじゃな?」
「悪いな……。きっとこういう話が出ると思ってた」
「良い。では連れてくる」
そういうと早速レイチェルは玄関空間に消えていった。共和国の勇者を引っ張り回せるのはランブルセン宮廷魔術師の強みだろう。




