第二百七十六話 ダンジョンの秘密
やってきたレックスに独り占めの効率の悪さと皆が経験を積むことの大事さを語っている間に店長達がアラクネの解体を終えた。ぶっちゃけ人型魔物よりも人に近い体つきのアラクネの解体には参加したくなかったというのもある。斬っておきながら言うことではないが……。
「終わったぞ」
「ん……分かった。じゃあレックス、僕達は奥へ行くよ。地図があるとはいえ、油断するなよ」
「あぁ、迷うことはないだろうけど、モンスターは対処が必要だからな。此処まで来る間、あらかた倒してくれているのは正直有り難いぜ……気を付けてな」
拳を突き出すレックスに、僕も拳を突き合わせる。
「僕を誰だと思ってんだ?」
「ははっ、じゃあ帝都で!」
「あぁ、帝都で!」
いつかの別れを思い出す。あの時程絶望的な状況じゃない。また会える事を確信しつつ、出口へと向かう3人を見送った。
さて、これから僕達は再び道を進むのだが……おや?
「あれ何だ?」
「ん?」
僕が指差す方向をダニエラが見る。引っ掛かったらひとたまりもないであろう蜘蛛の巣は僕の錬金術(嘘)で凍りついている。無害となった巣のその向こう。一部床が抉れて剥がれている部分があった。
其処は石でも木でも、ましてやコンクリートでもない物質が見えていた。黒光りする下地のような、基礎のようなそれを確認しようと歩き出すと何事かと顔を上げた店長とレモンが僕とダニエラの後に追従してきた。
凍った蜘蛛の巣をパキパキと砕きながらよく見える位置まで進むとソレはよく見えた。黒い石のような基礎に引かれたラインを一定の周期で青い光が明滅する。右から左に流れるように。これから向かう先に向かって、だ。
「何だこれ?」
首を傾げる店長。レモンも頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。ダニエラは顎に手を当ててジッとそれを見る。見たことあるような、ないような。そんな顔だ。しかし僕だけがこれが何なのか知っていた。
「前に古い遺跡を探索していたら偶然、これと同じ物を見つけました」
「何だって……?」
「まさか……」
店長とダニエラが反応し、レモンはジッと僕を見て続きを待つ。
「其処は古代エルフの遺跡だったんですよ」
ずっとおかしいと思っていた。ダンジョンの反転。深層が上層に。
何故、一番大事な心臓部分が上層へと浮上するのか。
普通であれば深い位置に置いた本丸は最高の迎撃態勢で守るべきだ。いくら迷宮炉心を発見され、触れられたとしても、ブービートラップを仕掛けるくらいだ。万が一の事を考えていたんだろうな。だけどその結果が深層と上層の反転だ。おかしいじゃないか。トラップを仕掛けてでも守りたかった場所を、敢えて人目の触れる場所へと移動させるなんて。
「此処は……此処も、古代エルフの遺跡ということです」
「まさか……じゃあ、私達が向かってる中心というのは、偽りの炉心があると?」
「恐らく罠でしょうね」
遺跡を攻略された後に反転の被害を齎し、そして解決させるべく人を寄越す。そうして辿り着いたその炉心に誰かが触れた時、本当の罠が発動するんじゃないか……そう考えたら今向かおうといしている道の先が、地獄への下り坂に見えてきた。皆もそれに近い事を考えているのか、恐ろしい物でも見るかのように通路を見ている。
「守護者のような者が居るのかもしれない」
そう、ダニエラが言う。
「それだけの大掛かりの策を張り巡らせてるんだ。守護者、或いは管理者のような存在が居ても不思議はないだろう?」
「確かに……全て魔法、自動で行ってるとは思えないな」
とはいえ此処が古代エルフの遺跡であれば1000年前の物だ。いくら生きているとはいえ、それは無機質な遺跡であるからで、古代エルフ自体は滅んでいるはずだ。
「エルフは1000年生きるのか?」
「どうだろうな。1000年生きた事がないから分からないな……1000年生きたエルフも見たことがない。最高齢が昔、村に居た頃の長老が700歳ぐらいだった」
レイチェルが800年前に転生した事を考えると結構な高齢だ。のじゃロリ神狼系女子と、人間で言えば10歳違いという訳だ。
「AIのような存在も無きにしも非ずか……」
ポツリと呟く店長の声に、なるほど、そういう可能性もあるかと再考する。高度な魔道具が存在した文明、時代だ。魔法という枠で考えるから自動化は難しいと思えても、魔道具なら自立機能のある存在があっても不思議じゃない。
「まぁ、兎に角進むしかない。だけど、この道じゃない。目指すは……」
ジッと床の光を見る。
「以前のダンジョンと同じく、下だ」
反転させたと見せて全てを地下に隠す。それが確定ではないが、このまま進んで中心部を目指すことが正解ではないのは明らかだった。ならば僕達が目指すのは誰の目にも見えない地下深くだ。あのレプラントの遺跡も表層は擬態で本命はその地下にあったからな……。ただ、あの時は迷宮炉心はなかった。ひょっとしたらそれ以上の下層があったのかもしれないが、今は確認出来ない。
そして反対意見もなく、僕達は地下を目指すことになった。ただ、道は目の前に伸びる1本しかない。店長は『中心部から深層へ行く手段があるかもしれない』と言っていたが、踏み込んだだけでトラップが発動する可能性もある。あまり中心部には向かいたくないが……道が無いなら進むしか無い。
深層を目指し、まずは中心部へ。それが決定した頃にはダンジョンの切れ間からはもう日光は入らない時間となっていた。
□ □ □ □
上層が深層へと反転したのなら、潜るにつれてモンスターのレベルは下がり、弱くなる。それがこのダンジョンに潜る前の認識だ。勿論、反転したと言われればそれは当然で、誰もがそう考えることだ。例に漏れず僕やダニエラ含めて臨時パーティーを組んだ店長もレモンもその認識だった。
だが、潜ればそれが間違いだったとはっきりと理解出来た。
「ダニエラ、そっちに行ったぞ!」
「任せろ!」
中心部へは問題なく到着した。途中、ミノタウロスやゴーレムといったダンジョン産のモンスターと戦うも、問題なく討伐した。ゴーレムなんて初めて見た。が、ダニエラと店長があっさり片付けていた。何でもコツがあるそうだ。
「きゃあっ!」
「レモン! 今行く!」
そういったモンスター達を倒し、乗り越え、何処から湧いてくるんだとイライラし始めた頃、中心部付近へと到達した。其処は広間となっていて、奥に扉が見える。如何にもあの先が迷宮炉心のある部屋ですよと言わんばかりの設置だ。しかしそう簡単に事が運ぶ訳でもなく、扉の前には大きな大きな百足が横たわっていた。どう見てもガーディアンです。
「はぁッ!」
日も暮れて視界が悪くなりつつある中、急いでいた僕達は、というより僕が飛び込んでぶった切ってやったんだが、半分に切り離したら百足が2匹になった。何を言ってるかわからねーと思うが、僕は分かった。あ、これ面倒臭いやつだなと。
今もまた切った百足が分裂する。これで多分20匹目だ。切っちゃ駄目と分かっていてもレモンの危機には切らざるを得ない。氷魔法で全部凍らせるのは魔力的にちょっと……べ、別に調子に乗って部屋全部凍らせたのが原因で控えてる訳じゃないんだからね!
「何とかならないのか!?」
「私達は剣しか持っていない! 打撃武器があれば……っ!」
「打撃!? 大槌とかか!?」
「そうだ!」
なるほど、切るのではなく潰せばいいと。単純過ぎて気付かなかった。なんせこんなモンスター初めてだ。概念的に増えて面倒というのは感じたが。
しかしそうと分かれば話は早い。氷魔法でハンマーを作る。装飾なんて凝ってたら魔力が無駄になるのでシンプルなハンマーだ。重さはまぁまぁあるが、今のステータスとレベルなら難なく触れるだろう。そう思ってそれを4本用意する。
「此奴を使え!」
「よし!」
「お、重……い、です」
レモンにはちょっと重かったみたいだ。スレッジハンマーサイズの物に作り直して手渡してやると多少のブレはあるが、振れていた。大丈夫そうだな。
「頭潰していけ!」
僕の声に頷いた3人が散らばっていく。四角い広間に4人が散らばるなら自然と4分割され、僕も空いた場所へハンマーを担いで走っていく。うねうねと畝る百足は見ていると背中が痒くなってくるが奇虫は嫌いではない。タランチュラとかウデムシとか。今は置いといて……僕は目についた百足に振り上げたハンマーを思い切り振り下ろす。床が割れることもなく、氷のハンマーが割れることもなく、ブチュリと百足が潰れた。ハンマーが大きい所為で傍に居た百足の体も抉れるが、切り離されていないからか、増えることはなかった。
重いそれをもう一度振り上げて止めを刺そうとするが、千切れかけの百足の方が速い。振り上げる事を諦めた僕はハンマーを軸にして飛び、片手でスレッジハンマーを生成し、振り下ろすとグチュリと潰れる。でかいハンマーよりもスレッジハンマーの方が振りやすい。しかし面積が少ないから当てるのに技術が必要かもしれないな。
そう思ってレモンを見るが、手先が器用なのか次々と百足を潰していた。器用貧乏代表な僕はただただ羨ましかった。ため息が出るが、出たからと言って手先が器用になる訳ではない。出来るのはこうして脳内で《器用貧乏》を起ち上げてレモンの動きをコピーすることくらいだ。基本が分かれば応用が利く。なるほどね、腰が大事と。レモンは腰使いが上手いということか。参考にしよう。これはハンマーだけじゃなく、剣の振りにも影響するんじゃないかな。レベルが上がった気がする。
コツを得た僕はそれからビシバシと百足を潰していった。毒霧を吐くでもなく、魔法を使うでもなく、ただ増えるだけの百足。これが僕1人だったらキツかったかもしれないが、仲間が居たお陰で助かった。
処理を終えた所でハンマーを魔素に還元し、周囲を見回す。3人もそれぞれ倒し終え、ハンマーにもたれ掛かって休憩していた。怪我もなく、全員無事だ。ガーディアン相手だというのに優秀で素晴らしい。
それから流れで少し休憩してからモンスターの討伐証明を集めようかと動き始めたが、全ての頭が潰され、牙の入手は叶わなかった。かといって脚を集めるのは時間が掛かり過ぎる。
「背甲……というのだろうか。甲殻を剥げば何かの素材になると思うが」
「んー……もう時間も時間だし、甲殻を剥いで今日は休むか」
ダニエラの言葉に足元に転がっていた百足を裏返し、腹と背の間に足切丸を差し込み、梃子の原理で剥がしてみる。ベリベリと剥がす感触は最悪の一言に尽きるが、意外と綺麗に剥げた。足切丸の背でコツコツと叩いてみるが、割りと硬い。そりゃあハンマーで叩き潰されれば砕けるし、剣で斬れば切り離せる防御力だ。でも僕が用意したハンマーも剣も、手前味噌だがその辺の物より良い物だ。そんじょそこらの武器屋では買えない物だと自負している。そんな物で漸く倒せるモンスターの甲殻。量も多いし相場も値下がりするだろうし、なりたて冒険者の良い鎧になるんじゃないだろうか。
「じゃあ綺麗な物だけ剥いでいきましょう!」
「それが終わったら飯にしよう」
「剥いだらモンスターの死骸は部屋の端に寄せといてくれよ。真ん中にテント張るつもりだから」
レモンから虚ろの鞄を預かり、背負う。終わったらテントを張るし、いつまでもレモンに背負わせてるのは悪いと思った。再び四方に別れて今度はしゃがんで甲殻を剥いでいく。すぐということはないだろうが、放っておいたら魔素化してなくなってしまうからな……。




