第二百七十五話 アラクネ退治
店長がいらん事を言うから微妙な空気になってしもうたやんけ……ほんまそういうんは空気読んで発言していってほしいわ……。
「ほんまにもう……」
「どうしたアサギ、言葉が変だぞ」
「いや、大丈夫」
あまりの衝撃に関西弁になってしまったがもう大丈夫だ。僕は正気に戻った!
「さて、ではその蜘蛛型のモンスターを退治して……いや、待て。レックス達は外を目指しているのだろう?」
「あぁ、そうだけど……」
「ならそっちは逆方向だ。私達が向かってきた方向が外だ」
「マジか……じゃあ俺は無意識のうちに中心に向かっていたのか?」
それはそれで才能溢れる事だが今は必要のない才能だ。彼は助けた商人と共に外を目指す。僕達はダンジョンの中心へと向かう。道は此処で分かれている。しかし、だからといってモンスターを退治することはレックスの安心に繋がる。何時、背後から襲われるかは分からないからな。
「じゃあこの地図を持っていってください!」
「地図? もう地図を作成したのか……いいのか? こんな貴重な物」
「描いた地図は頭の中に入っていますので問題ないです!」
流石レモンさん、優秀です。
レモンのマッピングした地図を手にレックスは何度も頭を下げる。
「正直言えば、もう駄目なんじゃないかって思ってたんだ。でも彼等だけはどうにか助けたくてな……あの時、アサギが身を挺して助けてくれたのが効いてるのかもな」
「誰だって、目の前で困ってる人間が居たら助けるだろう? 僕だけじゃないさ」
「そうだな……そうだな!」
バンバンと僕の背中を叩くレックス。ダニー達とは道は違えてしまったが、彼は彼なりに冒険者として生き、人として生きてきたのだろう。冒険性が変わってしまっても、レックスという人間が変わってない事に自然と頬が緩んだ。
「アサギさん、本当にありがとうございます。貴方のお噂は耳にしております」
「あぁ、凄腕の冒険者で武器マニアらしいな」
恰幅のいい丁寧語おじさんのライムとワイルドなタメ口兄さんリリック。彼等に向き直り、しかしちょっと恥ずかしさを隠すように頬を掻く。ていうか武器マニアってなんだ。
「その腰の剣は見たこともない剣だ……さぞかし名のある武器なんだろうな。流石は武器マニアだ」
「まぁ、その辺にある剣ではないですね」
「俺の店にもまぁまぁ良い剣はあるんだが、この災害でペシャンコさ……ダンジョンの宝箱に入っちまってる可能性もあるかもしれないけど、探しようがないしな」
「私の店も跡形もありませんよ……ギリギリの所で資産は鞄に詰めてきましたが」
迷宮都市に住む人間は迷宮災害に関しては自己責任ではあるが、だからといって自業自得だと思うかと言われればそれは全くない。むしろ心が痛む。今まで頑張って広げてきた店が跡形もなくペシャンコなんて悲しすぎるだろう……稼いだお金で建てた家だってあったはずだ。漸く買えた欲しかった物なんかもあっただろう。それがもう手に入らないなんてな。僕には考えられない。
「ま、元々無一文から始めた商売だ。またやり直せばいいだけだな」
「ですね。私もまた1からのスタートです」
「……へ? あ、前向きなんですね」
意外とポジティブで拍子抜けだった。
「俺もライムさんも元々冒険者なんだ。剣1本あればまた売り物は用意出来るってことだ」
「あー、リリックさんの店の商品はダンジョン産なんですね」
「そういうこと」
元々宝箱から出た物を売っていたと。なるほど、それならまた潜れば、或いはクエストをこなして稼いでまた商品を集めれば商売は可能だろう。
「私も冒険で各地を放浪して出来た伝手がありますので、其処からまた商品を入荷して販売すれば問題はありませんね。それまでは久しぶりに魔物討伐で稼ぐつもりですよ」
皆、前向きだ。どんなに大きな被害にあっても命さえあればまたやり直せると。見習わないとな……僕もいつか心の剣が折れた時、挫けずに前を見て立ち上がって進む努力をしよう。隣にはダニエラも居るし大丈夫だろう。勿論、ダニエラが膝をつけば僕が支える。助け合い、支え合いながら生きるって決めたからな……。
「よし、じゃあまたやり直す為にまずはレックスの不安を排除しようか!」
「悪いな……」
「良いよ。こういう時くらい助けさせろよ」
「……あぁ、じゃあ任せた! また格好良いところ、見せてくれよ!」
立ち上がったレックスに頷き、ダニエラ達に振り返る。彼女等も既に準備は終わっている。
「いつでも行けるぞ」
「腕が鳴るね」
「私も戦いますよっ」
「じゃあちょっくらモンスター退治と行きますか!」
モン娘の顔でも拝んでくるか!
□ □ □ □
部屋を出て通路を進むとモンスターの反応が大きくなってきた。もう少し進むと通路が折れ曲がる。その先に居るようだ。
「蜘蛛型のモンスターということは基本的に糸に拠る攻撃と牙等の毒攻撃だ。それは分かるな?」
ダニエラ先生の講義に頷く僕達。
「しかし此処はダンジョン。外界の動物を基本とした魔物と違い、もっと異形の姿をしたモンスターが相手だ。現にレックスは蜘蛛の背に人の形をした姿を見ている。ならば、手があり、物を扱える。対人戦でもあることを意識しよう」
僕が身に纏っていたスノーアラクネのマント。その生みの親であるスノーアラクネは外界の生物だ。スノーというだけあって雪原に住むそうだが、原始生物でありながら適応出来たのは寒さが原因かもしれない。あと蜘蛛はめっちゃ子供産む。
「対人か……一応、経験はあるけれど、怖いね」
「あるんですか、店長」
「まぁね。私の手はあまり綺麗じゃない」
この世界で生きるというのは、そういうことだ。綺麗なままじゃいられないということだ。僕の手も、だいぶ汚れてしまった。
「……行くか」
見つめていた手にダニエラの手が重なる。その手をギュッと握り、強く頷いた。戦陣は変わりなく店長が斥候。僕が中衛。ダニエラが司令塔兼後衛、レモンがサポートしてくれる。
通路からそっと顔を覗かせる店長。僕はすでに剣を抜いて飛び出す準備は出来ている。
「あれだね……」
ちょいちょいと手招きするのでそっと後ろから顔を出してみると、そこそこ広い空間が蜘蛛の巣で覆われていた。あちこちに大きな蜘蛛の巣が広がり、部屋の中心に其奴は居た。蜘蛛型モンスター、人外娘。アラクネだ。
「ほほぅ……」
「こんな時くらいは自重しないか……」
「こういう時だから叶う性癖もあるんですよ」
蜘蛛の方は女郎蜘蛛に近いカラーリングだ。警告色の黄色と黒のボディ。赤い複眼は見えているのだろうか。此方に左半身を向けてボーっとしている。その蜘蛛から生える体はレックスの言葉通り、女性のものだ。いい感じに括れた腹回りが艶めかしい。血の気を全て失くしたかのような白い肌。胸は大きい。モンスターだからかその先端が見当たらないのが非常に残念だが、それもまた趣があって良い。顔立ちは幼く見えるな……しかし整っている。童顔というのだろうか。だけど何処か達観した、オトナというものを知る表情をしている。豊かな黒髪には黄色のメッシュが入り、なるほど、蜘蛛の体とカラーリングが統一されていてとてもバランスが良い。メッシュというのもまたパンク系が好きな僕としてはポイントが高い。なんだろう、少し幼い顔立ちに大人びた体。ファッション。背伸びした少女のようなアンバランスさがあって心にグッとくる。あぁ、ちくしょう。何で僕はスマホを事務所に置いてきたんだ! どうして画力がないんだ! あの姿を永久保存出来ないなんて!!
「気付かれた!」
「何!?」
「アサギ君の荒い息遣いでバレた!」
「アサギィ!!!」
「僕は悪くない!! 僕は悪くない!!」
誰が見ても全面的に僕が悪かった。
「くそ、行くぞ!」
「悪くないもん!! 悪くないもん!!」
「先輩うるさい! 早く行ってください!」
「レモンが反抗期だぁぁ!!」
レモンに背中を押されながら通路から部屋へと飛び込むと、既に多足で此方へと向かってきているアラクネと目が合った。勿論上半身とだ。ぶるんぶるん揺れるそれにも目が行ってしまうが、あの赤い瞳から目が離せない。何か意思のようなものを感じる。ひょっとしたら対話出来るかもしれない。
「待て、戦うつもりはぶへぇぁ!!!」
同時に繰り出された2本の脚で思い切り蹴られた。
「馬鹿かお前は! もう引っ込んでろ!」
ゴロゴロと転がり通路の壁にぶるかる僕。ダニエラに罵倒されて心が痛い。だが今なら分かる。さっきの意思は普通に殺気だった。アラクネは殺す気満々だったのだ。今の一撃で目が覚めた気分だ……夢からも覚めた。僕にはダニエラが居るというのに、浮気性な自分が許せない。そしてアラクネは、紛うことなくモンスターだった。
「夢は夢だった。それも覚めた。もう僕は正気に戻った!」
「よし、アサギは蜘蛛の巣をどうにかしてくれ!」
「任せろ!」
ダニエラの指示に僕は剣を突き立て、両手いっぱいに藍色の魔力を集める。先程からの流れで脳内物質的な物がドバドバ出ていてテンションが上がり気味の僕は今こそアレをやるべきだと魂で感じた。
魔力を宿した手を勢いよく鳴らし合わせる。パァン! と大きな音が鳴り、一瞬皆の動きが止まった所で両手を地面に叩きつける。そうして発動させる魔法は『氷縛り』だ。氷結が広まり、感染し、地面から伸びた蜘蛛の巣はどんどん凍っていく。
「錬金術じゃなくて申し訳ないけどな!」
「君は本当に自重しないね!」
店長の声が聞こえるが、今は戦闘中だ。自重している場合じゃない。地面に置いた手に再び魔力を宿し、立ち上がりながら地面から生えるように『氷剣』を生成した。店長の溜息が聞こえる。生成した氷剣を左手に握り、突き立てていた黒帝剣を右手に握る。黒い剣と青白い氷剣の二刀流だ。黒いコートじゃないが、そこまでは求めてはいけない。いけないのだ。求めたい気持ちは正直、ある。
「よぉし一気にけりをつけてやる! 蹴られたしな!」
謎の気迫に数歩下がるアラクネに向かい、駆ける。ダニエラや店長が剣を手に向かおうとしているのを追い越すのは簡単だ。何故ならば僕には《神狼の脚》がある。床の上を走る僕の足を覆う白銀翆の風は僕をどこまでも運んでいってくれるような安心感がある。
一気に踏み込み、更に空を踏みつけ、天井まで駆け上がり反転。天井に着地し、踏み込み、飛び込んだ。風龍装備をはためかせ、両腕を上げて背中へと振り上げた2本の剣を勢い良く振り下ろした。
「せぇぇい!!」
咄嗟に身を守ろうと腕を上げたアラクネの右腕を3分割にした。それで正気に戻った僕の攻撃は終わらない。まるで其処に壁があるかのように足を着け、逆上がりのように半回転、その綺麗な顔に黒瞬豹の革靴で覆った足を蹴り飛ばした。たたらを踏むアラクネ。軸足から風のブーストを放ち、スライド移動で側面に回り込んで蜘蛛脚を切り飛ばす。一振りで2本。両の剣で4本。バランスを保てなくなったアラクネが僕の方向に倒れてくる。やけにゆっくり向かってくるように見えるのは戦闘中だからだろうか。氷剣を捨て、黒帝剣を両手に握り、《器用貧乏》による補正を加えた一切の無駄のない動きで剣を振り上げた。そして、アラクネは上半身と下半身を切り分けられ、地面へと倒れ込んだ。
「ふぅ……」
剣を鞘に戻し、一息。レックスを追いかけたアラクネはこれで無事に討伐された。その時、こっそり通路から此方を眺めていたレックスが視界に入った。と、同時に彼のぼやく声も耳に届いた。
「もう全部彼奴に任せとけばいいんじゃないかな……」




