第二百七十四話 再会した転職冒険者
石造りの壁に木の床という組み合わせになった通路を進むこと数分。道の関係からモンスターの反応に出くわすより先に人間が居るフロアへと辿り着いた。《気配感知》持ちが居たら既に気付かれているが……。
「まずはノックしてみるか」
「モンスターはノックしないから人として認識してもらえるだろう」
通りの角から人が居るであろうフロアへと続く扉を見ながら考える。もう向こうから開けてくれたら嬉しいんだが。
誰がノックするかはじゃんけんで決まった。ダニエラがグー。店長がグー。レモンがグー。僕がチョキだ。余談だがじゃんけんがこの世界で広まっているのは勇者の影響だそうだ。
自分のチョキに恨みの視線をぶつけながら腰の剣の具合を確認し、いざ襲われた時は反撃出来るように気持ちだけ準備しておく。
「行ってくるわ……」
「気を付けてな。何が出てくるか分からないぞ」
「じゃあ行くか?」
「此処で見守っているよ」
「……」
ダニエラの爽やかな笑顔に見送られながら通路へと出て、わざと足音を立てながら扉へ近付いていくと扉の奥で小さな物音がした。一瞬、足が止まるが此処で立ち止まっていても仕方ない。鬼が出るか蛇が出るか……溜息を吐いてから締まりのない顔を締めて扉の前に立ち、ノックした。
「こんちは」
無反応。
「人が居る気配がしたんで立ち寄りました。争うつもりはないです」
それでも反応はない。どうしたもんか……。
「……アサギ?」
「ん?」
名前を呼ばれたので通路の方から顔を出している3人に振り返るが、きょとんとした顔を並べている。呼んでないって顔で僕も首を傾げていると、僕の前にある扉がそっと開いた。其処から顔を覗かせた赤みの強い茶髪の男。以前見た時よりも幾分老けたような気がするが……。
「やっぱりアサギじゃねーか!」
「レックス! おい、久しぶりだなぁ!」
其奴は平原都市スピリスで別れた冒険者のレックスだった。当時、竜種装備が欲しくて森に出稼ぎに行っていた時にワイバーンを討伐しようとしていたパーティーを率いていたのがレックスだった。タンクのダニーがワイバーンのブレスにやられ、パーティーが瓦解した所を割り込んで助けたのが切っ掛けで仲良くなったんだよな。
「あ、待て。近くにモンスターが居る。でかい声は拙い」
「そうだ、俺達は其奴から逃げてきたんだ。ダニエラは居るのか? とりあえず中に入れよ」
素早く周囲を確認するレックス。僕は通路の方に居たダニエラ達を手招きして呼ぶ。ダニエラはレックスの顔を見て安心したようだが、店長とレモンはまだ警戒している。
「大丈夫、知り合いです。昔助けた冒険者です」
「うお、美人さんだな! レックスだ。アサギとは知り合いだ」
「ふむ……リンドウだ。よろしく頼む」
「レモンフロストです。よろしくお願いします!」
部屋へと入りながら簡単な自己紹介をする店長とレモン。部屋の中には冒険者らしき女が1人と一般人らしき人が2人。どちらも商人だろうか。それにしてもダニーやダリウス達が見当たらない。
「ダニエラも相変わらず美人だな」
「レックスも元気そうで何よりだ。それよりダニー達は何処だ?」
「あー……」
僕と同じ疑問を感じたダニエラがレックスに問うが、レックスは何故か気拙そうに頬を掻く。その頬に以前はなかった斜めの傷に、激戦を乗り越えてきた事に気付いた。ひょっとして、彼等は……。
「彼奴等とは別れたんだ……ちょっと冒険性の不一致でな……」
「冒険性の不一致……」
何処のバンドの解散理由だ。
「俺はもうワイバーンみたいな大型の魔物と戦うのは嫌だったんだよ。ほら、お前ならよく分かるだろう? あんな、ダニーの傷付いた姿はな……だから、多少は生存率の高いダンジョンをメインにやっていきたいって提案したんだが、彼奴等は大型魔物の討伐こそが冒険者の浪漫だって言ってな。あんな目に遭ったのに果敢に攻め込むんだ。俺はちょっと怖くなっちまった。いや、だからと言ってダンジョン探索を舐めてる訳じゃないぞ? だけどあんな大立ち回りを演じるよりは、地道に罠を解除してマップを埋める方が性に合ってる気がしてな……」
レックスの気持ちもよく分かる。ダニーの大量出血を見た時は僕も焦った。あんな大怪我を見たのは初めてだったし、あの時のレックスの悲痛な叫びも耳に残った。ウェズリーのポーションや、ダリウスの膂力が無ければダニーは死んでいた。そして僕が居なければ……なんて言い方はしたくはないが、レックス達もそう遠くない未来、死んでいただろう。
それがワイバーンに挑んだ事が原因だと感じれば、立ち向かうのは難しくなる。無謀と勇気は履き違えてはいけないとよく聞くが、実際、レックスには身の丈を越えた魔物と対峙する無謀さはなく、堅実な道を選ぶ勇気があったという事だ。反対にダニー達には今まで歩み進んできた道を捨てて転身する無謀さは無く、しかしレックスとは道を違えても進む勇気があったという訳だ。誰が悪いとか良いとか、そういう天秤は存在しない。だからこその、冒険性の不一致だった。
「……ま、そういう訳で俺はこうしてダンジョン探索をメインに転職した訳だ。小さなダンジョンを幾つか探索して、ノウハウが掴めたからちょっと足を伸ばしてレゼレントリブルに来てみれば、これだ。人生ってのは儘ならねぇよなぁ……」
彼は彼で冒険をしてきたってことだな……こうして災難に巻き込まれている辺り、割と冒険者をやっている。
「色々と大変だったな」
「まぁな。っと、身の上話をしてる場合じゃなかったな。簡単に今の状況を説明させてくれ」
ワイバーンと対峙していた時の真面目な表情に戻ったレックスに頷き、ダニエラ達に確認をとる。彼女等も準備はいいようだ。
「俺がこの迷宮災害に巻き込まれた時に保護したのが彼等だ。武器商人のリリックと食料商人のライムだ」
「よろしくな」
「よろしくです」
細身で吊り目の武器商人リリックと恰幅のいいおじさん食料商人ライム。
「迷宮都市に住む人間には避難命令が出ていると共に被害は自己責任なのは知ってるな? 俺は知っているが見捨てるなんて事が出来なかったから、彼等と共に出口を探して探索していた。が、やべぇモンスターに出会っちまった」
「今は其奴から隠れているってことだな?」
「そうだ。奴の特徴は長い脚だ。それが8本もある。おまけに毒の牙がある。毒液が滴ってたからな。間違いない。床も溶けてたからやばい毒だ。まぁぶっちゃけ毒蜘蛛だな。その毒蜘蛛の背中から人の上半身が生えていたんだよ。おぞましいったら『男か? 女か?』……はぁ? いや、女だったけど」
よし。
「とりあえず何がやばいってあの動きだな。糸を使った立体的な動きとトリッキーな攻撃。ちょうどこの先がその辺の通路より広くなっているからやばい。独壇場だな、ありゃ」
「大体理解した。やばい蜘蛛型モンスターが居座ってて脱出出来ないってことだな」
「そういう事だ」
ついでにレックスの説明も下手という事が判明した。やばいくらいしか情報がない。しかしなるほど、これだけの人数が揃って多少の騒がしさがあっても此方に来ないのは巣を張っているからか。
いやしかし僕が追い求めていた女性型のアラクネがダンジョンに潜んでいるとは。これは運命なのかもしれない。人外娘をこの目に出来る日が来るとは夢にも思わなかった。
「そういえば君は店にそういう本を取り置きしていた事があったね」
「シーッ!」
店長、それは言わぬが花というやつですよ!




