第二百七十三話 上社朝霧は諦めない
ホブゴブリン達から左耳を切り取って適当に振って血を落としてからレモンに渡す。それを受け取ったレモンが鞄から出した革袋に入れて収納する姿を見て、なんだか怖いことしてるなぁと改めて思う。耳切って仕舞うとかね。今更ではあるが、何となくホブが人型に近かったから思うのかもしれないね。
さて、今やった戦闘を《器用貧乏》で再生しながら学習する。狭い空間での戦い方だ。僕自身の持ち味を活かしつつ、どう立ち回るか。おなじみとなった4分割の映像の中では先程の戦いが4つの角度で再生されている。まったくどういう仕組かは分からないが、これが僕の、僕だけのスキルだ。今の戦い方から見る僕の反省点は……うーん。馬鹿だから分からない。かっちょよく倒してるシーンがループ再生されているが……と、見ていて思い出した。剣のリーチが長いから天井で逆さまになって切ったんだっけ。狭い空間ではそれもまた足を引っ張る要因になり兼ねないということか。
とはいえ、武器を選ぶにも悩みどころだ。短剣である足切丸を取り出してもそれが良いのかと問われると良いとも言い切れない。極端に短いリーチとやり慣れてない戦い方。《器用貧乏》で戦い方自体は分かるし、スキルが体捌きをアシストしてくれる。しかしそれも付け焼き刃だ。スキル無しでやれないのが《器用貧乏》の弱点であり、僕の限界だ。咄嗟の判断に頭が動いても体がついてこない。片手剣、大剣は片手剣術、大剣術のスキルが上がったことで漸く《器用貧乏》無しでも戦えたが、それは僕自身が戦い続けてきたからだ。それも最初の頃は《器用貧乏》のお陰だったけれど。
「んー……どうしたもんか」
「悩み事かい?」
「片手剣を振り回せないってのがこれ程辛いとは思ってもいませんでした」
「広いフィールドでは一番スタンダードな武器だが、こういう空間では振り方一つで変わってくるものだね。でも私も片手剣は使えるよ」
そういうと店長か影の片手剣を生み出す。僕の剣よりは細身だ。ダニエラの細剣と僕の鎧の魔剣の中間くらいのサイズ。女性用の片手剣、という感じだ。
「振り方にコツがある。振るというより突くんだ。だけどそれだけなら限界がある。というとダニエラに怒られるかもしれないが、切るという動作もダンジョンでは大切だ。こういう感じだな」
突きはそのまま、肘を引いて、真っ直ぐ突き出す。振る動作は脇を締めて最小限の範囲での振りだった。僕はド素人だったし、魔物との接近が怖かったから腕を伸ばして遠心力に任せて切っていた。タイミングさえ合えばそれで大体片が付く。
店長の振り方を《器用貧乏》でトレースしながら、黒帝剣を振ってみる。うん、通路の中心に居ればそれなりに戦えるかもしれない。
「流石だね。見ただけでものにするのは君くらいだよ」
「スキルのお陰であって僕の自力ではないですよ」
「スキルだって君自身の力だよ」
店長はそう言うけれど、僕はそう思わない。スキルの力に依存してスキルの上に胡座を掻けば、この先生き残ることは出来ないと考えている。いつだって努力の積み重ねが生きていく上で大事なコツなのだ。
「ま、君がそう思うのは悪いことじゃない。もう少しスキルを信用してもいいんじゃないかってこと」
「スキルを信用」
「そう。スキルに頼らないと生きていけない世界だ。ならば、もう少し歩み寄ってもいいんじゃないかな」
「此方から歩み寄る、ですか」
《器用貧乏》先生には全幅の信頼を置いているつもりだ。このスキルのお陰で何時だって生き残ってきた。しかし何処か、器用”貧乏”ということで一歩引いていた所があったかもしれない。あの冒険者達に馬鹿にされたのも心の何処かで引き摺っているのかもしれない。そうした思いが、無意識にセーブをかけていたのかもしれない。
かもしれない、かもしれない、かもしれない。自分の気持ちなんて冷静に推測なんて出来るもんか。でも、気付けた事は無意味じゃないはずだ。此方から歩み寄り、スキルを信用する……対人関係ではないから難しい事だ。でも、意識すれば簡単かもしれない。これからの僕の戦い方のテーマとすることにしよう。
「切っ掛けさえあればものにすると言ってたっけ。流石だな」
後ろで見ていたダニエラが褒めてくれる。天にも昇る気持ちだ。僕は褒められて伸びる方なのだ。木にも登るぜ。
「足引っ張っちゃったからな。ふっ……!」
汚名返上名誉挽回。何時だって僕は恥の上塗りからの大逆転をしてきた男だ。この迷宮災害だって無事に乗り切るさ。
□ □ □ □
ある程度進んだ所でレモンからの提案で一時休憩をすることになった。
「そろそろマップを確認してもらおうと思いまして」
そういうとレモンが手作りのマップを広げる。其処には手書きで基本的に直角で描かれたマップが拡がっていた。カーブは角度によって違いが出てくるからこの書き方は分かりやすい。斜めなんかも四角を縦2個、隣に縦2個で描かれている。ぶっちゃけドット絵だな。
「此処が最初に休憩、作戦会議した場所ですね。で、此処がホブゴブリンを倒した場所です」
「なるほど、分かれ道を気配のある方に向かって歩いていたが、地図に起こしてみるとこうなっていたか」
皆で囲んで見る地図は面白い形になっていた。円を描くように中心へと向かう形だ。僕達はまだその途中に居るが、前後を考えると簡単に予想が出来る。
「中心に、何かモンスターが現れる道のような物があるのかもしれないな」
「確かにモンスターの反応はずっと中心だ。其処から周囲に拡散されている気がする」
分かれ道はそれこそ沢山あるが、気配を見てちゃんと選べば実は単純な道筋らしい。奇妙な造りと初めて潜るダンジョンということで気圧されていたが、少し安心したな。そして改めてマッピングの大切さを身を以て知った。同時に《気配感知》の有り難さもだ。それは店長も同じようで……
「うーん、今まで魔物の探知をちゃんとしてなかったのが仇となったかな。パーティーを募集する時は《気配感知》を持った人間を選んでいたからね」
「コツさえ分かれば結構簡単ですよ。僕も覚えるだけなら早かったですし」
「立派な先生の元での指導は効率が良いというわけか」
めちゃくちゃ機嫌悪かったけどね。
「リンドウくらいの冒険者ならコツを掴めば伸びるのも早い。良いか、考えるな。感じろ」
「立派な指導だねまったく」
その後、店長は《気配感知》を覚えていた。初心者は僕だけですかそうですか。レモンは仕事柄、《気配感知》はお手の物だった。高年齢で経験豊富だからね。そんなこと言ったらぶっ飛ばされるが。
「これがモンスターの反応か……近くにあるのは少し違う反応に思えるけど」
「それが人間の反応だ。覚えておいて損はないぞ」
「ふむ……モンスターが近いね」
「それもあって此処で確認しようかなと」
助けるか、助けないか。レモンはその判断を皆の相談で決めようとしている。
「僕としては助けられる命は助けようと思うけど」
「私はどちらでも良い。避けたいのは無駄な消耗だな」
「私は助けたいかな。だけど助けた相手が牙を剥く可能性を忘れちゃいけないね」
「此処に居るのが冒険者だけどは限らないですからね……」
後先考えない火事場泥棒が居る可能性も高い。なんたって今、この町は誰も取り締まる人間が居ないからな。居るのは住人だった商人か、冒険者。元々衛兵が居たかは知らない。まぁ、居ないとは思えないが、今は分からない。考えるのは今、助けられる命を助けるか、助けないかだ。
「まぁ、助けた相手が盗賊で此方に剣を向けるならやり返せばいいんじゃないか? 僕としてはやりたくないけどね。でも背に腹はかえられない」
「確かにそうだ。まぁ、助ける前から助けた後の事を考えても仕方ないな。まずは行動してみようか」
「賛成だよ」
「賛成です!」
と、僕達はモンスターに近い人間を助けることにした。それが偶然の再会になることを僕はまだ知らなかった。




