第二十七話 合宿終了
その後は会話らしい会話もないまま、食事は終わった。会話しながらっていう空気でもなかった、というのもあるが……。だがいつまでも落ち込んだ空気じゃいられない。何か、気分転換が必要だ。
「ダニエラ、散歩でもしよう」
「散歩?」
「あぁ、フォレストウルフも居なくなったし、平和な森の景色を見て歩くのも悪くないんじゃないかと思ってさ」
そう言いながら辺りをぐるりと見回す。すっかり朝になってしまった森はキラキラと朝露を陽の光が照らしている。青々と茂った葉の隙間からは木漏れ日が差して幻想的だ。徹夜だが不思議と睡魔はない。あれだけの戦闘だったから体が火照っているのか興奮しているのか、兎に角眠気はなかった。ダニエラもあくび一つせずに椅子に座っていた。逆に言えば歩いて気持ちを落ち着かせれば眠気も来るんじゃないか? とか提案してから思っていたりする。
「そうだな……一応武器は持っていこう」
「だな」
ダニエラの返事に頷きながら鉄の剣を装備する。これで準備良し。振り返るとダニエラも形見の剣を下げていた。
「行こうか」
「あぁ」
火の始末をしてから僕達は連れ立って歩き出した。
□ □ □ □
澄んだ空気が森の中を満たす。大きく深呼吸すると新鮮な空気が草や土の匂いと少しの水分を含ませながら僕の中へ流れ込む。非常に清々しい気持ちになる。
二人の散歩を邪魔する輩は居なかった。どうやらすっかりフォレストウルフの大移動は終わったらしい。そもそも数を減らしていた訳だし、今頃ゴブリンの森はてんやわんやとしている頃だろう。魔物の事情は魔物に任せるに限る。
「気持ち良いな、アサギ」
「そうだなー……朝の森は好きだな」
「森が好きなのは良いことだ。古代エルフは森を増やして版図を広げたと言われている。あの武具を使うのに森が関係してくるのは必然だろうな」
「そうなのか。……やっぱりダニエラはあの武具を使うことに躊躇いがあるのか?」
隣を歩くダニエラがぐぐ、と両手を上に上げて伸びをする。
「んんっ……はぁ。あの剣と弓は母の形見だ。あの武具だけを頼りに生きてきた。きっとこれからもきっと手放すことはないな」
「そっか。悪かったな……貰ってくれとか、事情も知らずに押し付けて」
「良いんだ。アサギが言うように知らなかったんだ。悪いことじゃないさ」
ダニエラが笑って僕の肩を叩く。ダニエラを元気付けるつもりが僕が励まされている。解せぬ。
「古代エルフの武具、人間の僕に扱えるんだろうか」
「問題無いだろう。君のユニークスキルもあるし、何より武具は使ってこそだ。どんな武具も器用に扱える君にぴったりなんじゃないか?」
そういうものなんだろうか。何だかレベル低いのにチート武器を与えられたみたいで落ち着かない。主人公補正なんてあるはずないなのに。
「じゃあしょうがない。有難く貰うしかないか。まぁすぐに使うって訳じゃないけどな」
「まずは基本、がコツだろう?」
宝の持ち腐れな気もするが、急いては事を仕損じるっていうしな。コツは守らねば成長しない。
二人で歩く森の上からチュンチュンと鳥の鳴き声が降ってくる。あぁ、夜勤明けみたいだなぁとか馬鹿なことを考えながらしばらく歩き、そして野営地へ戻った。
良い感じに睡魔がやって来たので二人で少し仮眠をしていたつもりが気付けば昼過ぎだった。慌てて帰り支度をしてお世話になった空き地を見る。たった3日だったが色んなことがあったなぁ。
「行くぞ、アサギ」
「あぁ、今行く」
ガチャガチャと増えた武具を揺らしながら後を追う。昼過ぎの日が照らす森を抜けて僕達はフィラルドを目指す。森を断つ轍を歩いている時、ゴブリン達がお引っ越ししている姿を見た。子供を連れて走る2匹のゴブリンはそれはもう必死に走っていた。彼らが北の森に住み、定着したらベオウルフは旅に出るのだろう。いずれまた会う時、僕は彼を殺すのだろうか。殺せるのだろうか。そんなことを考えながら歩く。夜になったら野営をし、来た日数より1日早く森を出た。
僕の目の前にはあの日見た門が変わりなく開いていた。
古代エルフの武器はギルドで管理してもらうことにした。僕の固有登録を魔法と血液で行い、金庫に入れてお終いだ。もしこの町を離れる時は忘れずに持っていかないとな。採取したフォレストウルフの牙も報酬として引き渡し、代わりに3日分の狩りの成果である金貨4枚と銀貨を少し貰った。相場的にも品質的にも良い感じ! とのフィオナのお墨付きだ。勿論それは二人で分けた。最後にフィオナが何か言いたそうな顔をしていたが無視して酒場へと足を運ぶ。帰還祝いというか、合宿お疲れ様会というか、ささやかな宴を二人で行った。僕は魚料理と、ダニエラは好きな肉料理を食べながらちょっと辛めの酒を流し込む。染みるなぁ……。昼間から飲む酒は背徳感と共に味わうのが礼儀というものだ。
さぁ報告も無事に済んだし腹も満たした。では宿へ戻ろう。としたところで後ろから攻撃された。背中を平手でバッシィーンと。良い音がした。
「なんすか……」
「なんすか、じゃないよアサギくん! 何あの武器!!」
「あー、はい。拾いました」
フィオナが後ろから睨んでくる。さっき言いかけてたことだろう。それにしても相変わらず気安い。そう言えば急に気安い対応になったけど何でだろう。気になる。
「ちょっと、距離近いですよ。職員の立場考えてください」
「んぇー、だって今のうちに唾つけておかないと……」
「はぁ?」
「アサギくん、どう見たって原石だし、捕まえられれば将来玉の輿じゃん?」
なんて女だ……怖過ぎる。
「僕はそんな逸材じゃないですよ」
「3日であれだけの牙を納品してあんな武器まで拾ってくるなんてどう考えても逸材でしょ?」
「ダニエラがいたお陰ですから」
「それもあるかもしれないけどぉ」
ゆっさゆっさと揺らしてくるフィオナ。勘弁してくれ……疲れてるんだ……うわ、酔いが回る。助けをダニエラに視線で求めてみた。
「いや、確かにアサギはすごい奴だ。将来は良い冒険者になれるぞ」
うんうんと頷くダニエラ。違う、そうじゃない……。
「ほーらやっぱりそうじゃんか! ダニエラさんの言う通り!」
「まぁまだアサギも駆け出しだ。慢心せずに頑張るんだぞ」
勘違いコンビに挟まれて僕は天を仰ぐ。さてこの状況をどうやって切り抜けよう。僕は疲れた頭と体で算段しなければいけないことに自然と溜息が漏れてしまった。




