第二百六十一話 買い物は一期一会
準優勝したことは間違いなく自分の中で一定の自信に繋がったし、良い経験になったと断言出来る。が、こうして帝都で住み辛くなってしまったのは如何ともし難い。元々、あまり注目されるのが得意ではなかった。二つ名なんてクソ喰らえの精神だった。いつの間にか、浮かれていたのかもしれない。それが今回の出来事で自覚出来た。
「さっさと出たいな……」
周りの視線を感じて思わずポロッと本音が溢れてしまう。ちょっとネガティブになってるな……いかんいかん。楽しく生きる為にはポジティブに物事を考えないといけないな。
溜息一つ。心と思考を切り替えて旅の準備を進めていく。
□ □ □ □
雑貨屋さんでの買い物を終え、一悶着はあったがお目当ての魔道具屋さんへと到着した。
「『うさぎ魔道具店』……うさぎねぇ」
まだマイナス思考が抜けきってないのか、がっくりと項垂れる。が、道行くおばちゃんに良い魔道具屋さんはないものかと尋ねてみたところ、この場所を教えてもらったのだ。
お店の看板には薄いピンク色の小さなうさぎのイラストが描かれている。それはそれで可愛かった。
「いつまでも店の前に立ってちゃ迷惑だな。入るか」
意を決して扉を押し開く。チリンチリンと扉に備え付けられたベルが鳴り、僕の来店を告げる。店内は様々な魔道具が所狭しと並べられている。しかしどれも見た目がどことなくファンシーな雰囲気で、女性向けな感じだ。
と、キョロキョロ見ていると店の奥からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。店員さんだろうか。
「いらっしゃいませなのだ」
小さな女の子が出てきた。リボンで髪をツインテールに結った幼女だ。
「こんにちは。お店の人ですか?」
「はいなのだ。てんちょうのミルルなのだ」
「あぁ……店長さんでしたか」
ミルルちゃんはぐい、と胸を張って店長アピールをする。今まで色んな人間を見てきたが、見た目通りの奴も居た。見た目通りじゃない奴も居た。きっとこの幼女も実は実年齢以上のなんか人間やめた感じの生き物に違いない。僕の冒険者としての勘がそう言っている。
「こら、ミルル! 勝手に出てきちゃ駄目でしょ!」
自分の勘を信じてこの小さな店長さんに旅で役立つ魔道具について聞こうとしたらまた店の奥から誰か出てきた。此方はポニーテールの女性だ。ミルルちゃんが成長したらこんな感じな気がするが……。
「う……ミルルはてんちょうなのだから、おきゃくさまのあいてをするのだ……」
「店長はお母さんでしょ! 5歳に店長は出来ません!」
「うぅ……うぅぅ……!」
ミルルちゃんのように胸を張って店長アピールをする女性の威厳にやられたのか、悔しげにダンダンと地団駄を踏むミルルちゃん。
「こら、暴れないの! お客様の前でしょ! ほんとにすみません、うちの子が……」
「あ、いえいえ。お気になさらず」
「おきゃくさまはいいひとなのだ」
地団駄をやめたミルルちゃんは、お母さんらしき女性から逃げるように僕の後ろへと隠れる。
「ほら、こっちに来なさい!」
「いやなのだ」
「もう、この子は……」
「つーん」
ミルルちゃんは完全にへそを曲げてお母さんの言うことを聞かない。まぁ、このくらいの子にはよくあることだ。子供居ないから分からないけれど。
「あはは……僕は全然構いませんから」
「申し訳ありません……私が本当の店長のマルルです。何をお探しでしょうか?」
真の店長であるマルルさんに旅で役立つ魔道具はないかと尋ねる。僕としては今ある結界の魔道具よりも強力な魔物避けの魔道具なんかがあれば安心して過ごせるのだが……。
「そういうけいなら、こっちなのだ」
「あ、こらっ」
なんてことを伝え、マルルさんが何処だっけと思案している間にミルルちゃんが僕の手を引いて店の中を案内してくれる。意外にもミルルちゃんの方が有能でマルルさんの立つ瀬がない感じだが、気にしたら負けだ。マルルさんの。
ミルルちゃんに案内され、悔しげなマルルさんがついてきた先にあったのは四角い魔道具だ。うさぎのイラストが描かれていて実にファンシーだ。好みとしてはファンシー系よりナチュラル系なんだが……これは何だろう?
「これは、まものがはいれなくなるまどうぐなのだ」
「魔物が入れなくなる?」
「はい。従来の結界の魔道具を、より強力にした物です。魔物が入ろうとすると雷の魔法が侵入を拒みます」
「おぉ、まさにこういうのが欲しかったのだ」
ちょっと口調が感染してしまったが、欲しい物が今、目の前にある。
「これをこう、4つ置いて周りを囲うようにすれば結界が完成します。最低3個からで、円形に囲いたいのであればそれなりの数が必要です」
「4つあれば十分ですね。注意点はありますか?」
「魔道具と魔道具の間に障害物があると結界が上手く発動しませんので森での使用はご注意ください。茂みや枝程度であれば然程問題はありませんが、木などがあると阻害されてしまいます」
「なるほど……」
「それと、従来の物は魔道具自体から獣が嫌う魔素が発生していたので、使い道は似ていても使い方は変わります」
なるほど、思いもよらず結界の魔道具の具体的な効能が聞けたが、この魔道具はより目に見える形で結界を発動してくれるという訳か。此奴は良い物だな。いただくのだ。
「ではこれを4つください。……あ、予備で2つ追加で」
「ありがとうございますなのだ!」
手をブンブンと振ってミルルちゃんが喜ぶ。お兄さんの手もブンブンと振られる。子供は全身で感情を表現するから可愛いね。
「ありがとうございます。お値段は魔道具1つにつき金貨55枚と銀貨30枚となっております。3つセットで金貨160枚としておりますので、2セットで金貨320枚ですね」
「け、結構するんですね……」
見た目のファンシーさに高を括ってたら割とガチめな値段で変な汗が出てきた。金はあるけど無駄遣いはしたくない。でもこれ本当に良い物なんだよなぁ……。
いや、いつまでも悩んでいても仕方ない。男なら買う場面だ! よし、腹をくくろう。買い物は一期一会。迷ったら買え、だ!
「……ちょっとまけてもらえませんかね?」
しかし意気地のないアサギ選手は値切るという手段をとるのだった。
結局金貨300枚になりました。ありがとうございます……。
□ □ □ □
結界の魔道具の他には着火用の魔道具を良い物に買い替えた。それと水筒だ。この水筒は蓋の部分に水鉱石が埋め込まれており、空気中の水分を集めて水筒の中に貯めてくれるすぐれものだ。万が一、僕が魔法を使えない状況になってもこの水筒があれば飲水の心配がなくなる。着火器具と水筒を僕とダニエラの分で2つずつ購入し、それではそろそろとお店を出たらもう日暮れ前だった。意外と長居してしまったらしい。
「そろそろ帰るか……」
引っ越してすぐに出ることになった宿へと帰る為、進路を南へととる。てくてく歩いていると周囲から夜用の活気が湧いてくる。じわじわと夜が迫ってくるのが肌や目だけでなく、耳でも感じた。この帝都に来てからもう1ヶ月か……長いようで短いのはいつものことだが、今回は本当に濃い1ヶ月だった。
もう少ししたら旅立つ町を振り返る。もう帝剣武闘会は終わり、日常へと回帰したはずの帝都はそれまでと変わらずに賑やかだった。
次回の更新は12月1日21:00の予定です。




