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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百五十七話 身勝手な戦いの結末

 改めて気合いを入れ直して気配を遮断する。小さく、だが確かにダニエラの舌打ちが聞こえた。


 ダニエラの《気配感知》は高レベルだ。常に行使しながら今まで生きてきたのだから当然だ。それでも僕の《気配遮断》はダニエラの感知を誤魔化すことが出来る。それはこの霧の魔法のお陰でもある。

 この魔法は僕の魔力が霧の形をとって場を支配している。つまり、僕の思うままなのだ。魔法とはイメージだ。つまり、霧自体が僕の姿を隠してくれる。魔法的な力で光の屈折とかそういうのがなんやかんやで出来るのだ。イメージを言葉にするのは難しいです。


「ふ……ッ!」


 ダニエラが魔法を行使する。風の魔法で霧を飛ばそうとするのだろう。勿論、対策済みだ。僕の大剣から発する藍色の魔力が濃霧を更に濃く、そして魔力の伝播によって風の魔法を飲み込んだ。霧が魔素を繋いでくれるから周囲の魔素は支配下に置ける。


 魔法行使が出来ないと分かるとダニエラは弓での攻撃に変更した。先程まで僕が居た場所に矢を射るが、風の上乗せがないのでただの弓矢だ。勿論、僕は《神狼の脚》で移動済みなので当たらない。地面にも接してないので足音もしない。霧が僕を包んでくれるから風による位置バレもしない。


 この霧に飲まれた時点で、ダニエラに勝利の可能性は無くなった。


 とは言え、それは時間的な勝利の可能性が潰えたというだけで、対面しての勝利の可能性はまだまだ十分ある。僕もまた、座して待つ訳でもない。ダニエラとの約束もあるしな……僕の全力でダニエラを超えるんだ。


 霧に氷属性の魔力を流す。氷竜の鎧の効果もあって負担は少ないが、そろそろ残量を気にしないといけない。これ程までの魔法を展開したことは殆ど無いから感覚が難しいが、やはりちょっと辛い。


 周囲の温度がガクンと下がるが、僕への影響はない。これもまた氷竜の鎧の効果だ。そして風龍の装備は僕の風の力、《神狼の脚》の行使をスムーズに行わせてくれる。風速の上昇が早いから行動もそれだけ早くなる。そしてAGIに補正が掛かるから更に速度が上がる。僕に風属性の適正があればまた違った使い方が出来るんだけどな……。


 と、そんなことはどうでもいい。今は目の前のダニエラだ。ダニエラは隙あらば魔法を行使しようとしているのが分かる。ダニエラの魔力がダニエラの中で練り上げられているからだ。周囲は支配したとはいえ、ダニエラの中まではどうにも出来ない。出来るのは夜だけだ。

 ダニエラを狙って『氷矢』を放つ。周囲が水分で満ちているので生成が本当に簡単だ。霧を矢の形にに凍らせるだけだ。矢は音も無くダニエラへと到達する。が、当たらない。細剣で切り落とされた。


「それならば……」


 続いてダニエラの周囲の霧を矢の形に変えて同時に放ってみる。これなら避けることは出来ないだろう。


「ふんっ!」


 しかしダニエラはそれを細剣と体術で切り抜けた。ダニエラの蹴りで矢が折れるなんて……これもまた武闘会を見て学習したことだろうか。何も、見て覚えるのは僕だけではないということだ。


 だがこうなってしまっては離れての攻撃が出来ない。じゃあどうするか? 霧に紛れての接近戦しかない。そっとフードを被り、隠密性を高めてみる。意味があるかは分からないが、気分の問題だった。


 基本は一撃離脱。速度と手数で勝負だ。


「……ッ!」

「ッ!?」


 まずは一撃。ダニエラの背後から大剣を横薙ぎに振る。ダニエラは咄嗟に姿勢を低くして躱すが、それに対して追撃はしない。基本に忠実にが確実に勝つ為のコツだ。掻き消えるように霧に紛れて姿を消し、別方向からの攻撃。ダニエラもそれに合わせて細剣で防ぐが、大剣相手に防ぎ切ることは難しい。後方に飛ぶことで威力を軽減させる。その判断は見事だが、退いたところで逃げ道はない。舞台の上は全て霧だ。


 また一撃。そして一撃。ダニエラはギリギリではあるものの、一瞬の判断で防ぎ、躱し、隙あらば反撃してくる。左足は傷ついているはずだが、それを感じさせない動きは驚異でもあり、脅威でもある。


「くっ……!」


 攻撃の際に反対方向から氷矢を飛ばし、小さな傷を増やしていく。


「これが、お前のやり方か!」

「僕に出来ることはなんでもするさ」


 卑怯と思われてるのかもしれない。確かに、僕がこの戦法をされたら思うところはあるかもしれない。でもそれは、それだけ相手が脅威であると感じているからだ。実際、ダニエラは強い。あの弓矢を防ぐにはこれしか無かった。


 じわじわと攻撃し、霧の温度を下げて動きを奪う。陰険なやり方かもしれない。でも、これも僕の器用貧乏な戦い方だ。


「いいだろう……ならば私も本気でやらせてもらう」

「……?」


 ダニエラの本気? 今、この状況から覆せることなんて……と、考えたところでハッとした。ダニエラの真骨頂。それは《新緑の眼》。拙い!


「はぁッ……!」


 風の精霊を呼んでこの霧を吹き飛ばすつもりだ!


「精霊よ……私に力を貸してくれ!」

「させない……!」


 ダニエラの周囲で翡翠色の魔力、風属性の力が爆発的に増大した。あれ全部が風の精霊だなんて……どうにか周囲の魔力で押さえ込もうと、全神経を稼働させて自身の魔力を伝播させる。氷竜の鎧の全力だ。


「ぐ……ぅぅ……!」


 だが悲しいかな、この場には氷山も川もなかった。あるのは澄んだ空気とそれを運ぶ風。氷の精霊も、水の精霊も居ないこの場で、風の精霊の力には勝てなかった。藍色と紺碧色の魔力が、翡翠の色へと書き換えられていく。


「くそっ……くそっ……! もう少しなのに……っ!」

「これで終わりだ! 『翡翠竜巻・全力展開(ブラストハリケーン・フルバースト)』!!」


 普段、魔法名を言わないダニエラの詠唱。それは形となって現れる。


「あぁ……」


 舞台に居るダニエラを中心に翡翠色の竜巻が発生した。最初は細く、しかし一気に膨れ上がって舞台全体を飲み込む程の規模となる。一体何人の精霊が力を貸したのか、考えたくもないレベルだ。スキルレベル10なんてとうに越えたその威力は僕の霧を巻き上げ、逃げる暇さえ僕に与えず、飲み込んだ。


(あぁ、漫画みたいだな……)


 竜巻に飲まれて宙を舞うなんて経験、滅多にない。上も下も、右も左も分からない。もみくちゃにされ、風の刃に切り刻まれながらそんな事を考えてしまった。《神狼の脚》を発動させても、風の制御が出来ない。それ程、この場の風の密度、ダニエラの力の密度は高かった。


 結局僕はダニエラの魔法に抵抗出来ないまま、宙を舞い、そして地面へと叩きつけられた。




「う……」


 背中の痛みに一瞬、気絶していたようだ。目を開けるとダニエラが僕を見下ろしている。


「気分はどうだ?」


 僕に細剣を突きつけて、勝ち誇った笑みを浮かべて。


「あぁ……なんだろうな……よく分からないが……」

「分からないが?」


 小首を傾げて、すぐにそんな笑みを引っ込めて普段のダニエラの顔になる。それがなんだか可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。


「ふふっ、なんか、凄く気持ちいい」

「変態じゃないか……」


 ドン引きされるが、本当に気持ち良かった。負けて気持ちいいなんて変態そのものだったが、全力で挑んで、そして負けた。気持ちいいくらいの完敗だった。

 僕が今出来る全力と、ダニエラが身に付けた全力。あれ以上の事は僕もダニエラも出来ないだろう。それが証拠に、僕は立てない。ダニエラもフラフラだ。このまま戦い続けるなんて、出来やしなかった。

 ならば、終わらせ方はこれしかないだろう。


「降参。降参だ」


 観客の皆には申し訳ない事をしたと思う。帝剣武闘会、その一番の盛り上がりを霧で覆い、そして竜巻で終わらせた。何も分からなかっただろう。


 だけど、僕とダニエラの戦い。これまでの旅の結果の再確認は果たされた。最高の舞台で行われた、身勝手な戦いだったけれど。まぁ、許してくれるだろう。


 そう思えるほどの歓声が、雨の如く僕達に降り注いでいたのだから。

次回は11月23日21:00の予定です。

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