第二百五十六話 上社朝霧対ダニエラ=ヴィルシルフ
「試合開始!」
その声を皮切りに、周りの声が聞こえなくなった。自身の集中力がどんどん高まっていくのを感じる。それはダニエラも同じようで、僕を見据えて細剣を構え、そしてお互いに合図することもなく同時に駆け出した。こういう時に考える事ではないけど、息ピッタリだなと思う。
「ハッ!」
「ラァッ!」
ダニエラの風の勢いが乗った突きを体を捻って躱し、その体勢から大剣を振り上げる。ダニエラは細剣で防ぎながら態と体を浮かし、剣の勢いのまま後方へとジャンプする。それを目で追うと、なんとダニエラは空中で細剣を手放す。しかし、細剣に纏わせた風が細剣を浮かし、ピッタリとダニエラの傍に付いていた。風魔法の制御をあそこまで……。
「驚いている暇はないぞ!」
「ッ!?」
細剣を手放したダニエラがすぐに弓を手にし、細剣と同じく風を纏った矢が放たれる。一瞬、嫌な予感がした僕は《神狼の脚》で後方へとスライドさせて移動した。その直後、ズガン! と、まるで銃の弾丸でも撃ち込まれたような音とともに、僕の居た場所に矢がめり込んでいいた。
「それもう弓矢じゃない!」
「いいや、弓矢だ!」
周囲に細剣同様、矢を浮かせたダニエラが、自身すらも風で浮かせて空から矢を撃ち込んでくる。慌てて避けていると僕が通った後を綺麗に矢が点線のように付いてくる。正直、かなり怖い。
どうにか反撃出来ないものかと逃げながら隙を伺うが、なかなかその隙がない。俯瞰で僕を見ているダニエラだからどんな場所へでも矢を撃ち込めるし、同じ舞台へ上がろうとしてもやはり上から矢で抑え込まれる。うーん、僕対策が凄い。しかしこのまま封殺されるのは気に食わない。
「これなら……ッ!」
「むっ!?」
一瞬だけ風速を上げてダニエラの感覚を狂わせ、一気に真下へと潜り込む。氷魔法、ただの氷柱を発動させた。これは異形の巨人、グレンデル相手に使った魔法だ。名前はまだない。
突如現れた氷の柱を避ける為、体勢を崩したダニエラに向かって氷柱を駆け上がる。大剣を引き、空を踏んで更に駆け、下から上へと振り上げる。
しかしそこはダニエラも猛者だ。更に体を捻って躱す。
「まだまだッ!」
《神狼の脚》の制御で振り上げた大剣の切っ先を支点に縦に回転。振り切った勢いを殺さず、更に白銀翆の風の速度を上乗せして今度は振り上げた大剣を、一気に振り下ろした。変則的な動きに、それでもダニエラはギリギリで反応し、引き寄せた細剣でそれを防いだ。が、空中戦なら僕の舞台だ。更に風速を上げて押し込み、氷柱ごと切り砕いてダニエラを地上へと叩きつけた。
「がはッ……」
女子らしくもないうめき声をあげて転がるダニエラ。位置関係が逆になったので今度は此方の番だ。
切っ先をダニエラに向け、藍色の魔力を練り上げる。装備に水属性の補正はないが、藍色の大剣はそれだけで伝導率が良い気がする。瞬時に水刃化した大剣から、アドラスがやってみせたように畝る水流を発射する。とりあえず5本だ。
「くそっ!」
転がるように、飛び込むように避けるが、水流のうちの1本がダニエラの左腿を掠めた。アドラスの技もなかなか使えるようだ。嫌いな奴だが、技には罪はないのだ。使えるものは使っていくのが生きていく上で大事なコツだ。
追撃とばかりに剣を肩に担いで強襲する。太腿から溢れる血を押さえていたダニエラだったが僕の姿を見るなり、押さえていた手を払う。
「ッ!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。視界が塞がれ、バランスを崩した僕は舞台を結構な勢いで転がっていったことだけ理解出来た。痛みに呻きながら顔を抑えるとヌルっとした手触り。
「血か!」
あの一瞬で僕の顔に向けて血を払ったのだと気付いた。慌てて水球を顔にぶつけて血を洗い流す。焦りながらも張り付く髪を掻き上げて周囲を見るが、ダニエラの姿はない。また上かと顔を上げるが、姿は見えない……。何処なんだ……?
「……? ……ッ!!?」
嫌な予感がした。したが、駄目だった。気付いた時には右足を射抜かれていた。いつの間にか僕の後方上空に居たダニエラが放った矢が、血塗れになって僕の足元に突き刺さっていた。
「いってぇぇぇえ! あぁ、くっそ……ッ!」
ブシュッ、ブシュッと吹き出る血を、震える手で押さえて前後の貫通した穴を氷で塞いだ。この傷の処置はワイバーン戦の時に行った。あの時は折れた剣が突き刺さった。普通のズボンだったし、まぁ仕方ないとは思ったが今は風龍装備だ。竜種装備を貫通する程の魔力と威力……手を抜いていた訳ではないけど、気を抜くと本当にやられる。
「油断し過ぎだ」
「うぐ、そんなつもりは、ないんだけどな……」
振り返り、見上げてダニエラを見据える。弓を手に、幾つもの矢を浮かせて準備しているダニエラが視界に入った。左足は血に染まっているが、空中に居るのであれば動く事に問題はない。痛みで集中力が欠ける程、ダニエラは弱くない。
《神狼の脚》で加速することは簡単だ。だが、それはこの戦いの目的じゃない。この戦いは、ダニエラに僕も強くなったことを認めてもらう為の戦いだ。ダニエラ自身の強さ。僕自身の強さ。それを確認する為にはあの手この手で戦わないといけない。ダニエラだって新しい力を得て、今まで考えているだけだった魔法を行使している。ならば、僕も今までの力と新しい力。その両方でダニエラに見せつけないといけない。
僕が思いついた秘策と技、そして編み出した新魔法を試す時だ。
「ハァァアッ!」
藍色の大剣に水属性の魔力を流す。それは水刃化の過程だ。しかし、今回発動させるのは水刃ではない。藍色の大剣を媒介として空気中の魔素を水分へと変化させる。急速に湿度が上昇するのが分かった。
「な、何を……!」
ダニエラは焦り、僕の行動を阻止しようと弓を構えるが、それよりも状況は変化した。空気中の水分を、氷属性の魔法で一気に冷却する。この手に握る藍色の大剣による水属性魔力の放射。それを属性変換の技で氷属性へと変化させた。
つまり、周囲は突然の霧に包まれる。
「これが僕の、僕だけの魔法『朝霧』だ」
「くっ……!?」
この魔法は貴族、 アレンビア=エフ=クインゲリアの魔法を原案に考えた魔法だ。猛烈な吹雪を元に、僕が出来る魔法をと《器用貧乏》先生としばらく相談した。オークション中も、頭の中はこの魔法を作る為の演算を行っていた。とはいえ、材料は元々僕の手の中にある。後はそれをどう料理してやればいいか……その答えだけを求めた結果だった。
更に言えばこの霧は自然現象ではなく魔法としての現象だ。つまり、この霧自体を更に冷やして相手の動きを奪うことが出来る。周囲に満ちた僕の魔力のお陰で相手の魔法もある程度阻害出来る。見た目以上に充実した内容の魔法なのだ。
ボフン、と霧がダニエラを受け止める。ダニエラの魔法を阻害したからだ。周囲の魔素を利用した魔法の発動は、この霧のお陰で邪魔できる。
そして更に、僕は身に付けたスキル《気配遮断》を発動させた。
「やはりそう来たか……この霧を見て、気配を消すとは思っていたよ」
ダニエラの声が霧の中から聞こえる。《気配感知》のスキルでダニエラの位置は丸わかりだ。だが、ダニエラは僕の位置を感知出来ない。やりたい放題だぜ……。
「……む!」
と、余裕ぶっこいてたら矢が跳んできた。慌てて避けたが、死ぬかと思った。
「雑念はスキルの精度を落とすぞ。折角の魔法なのだから本気を出せ!」
「ごめんなさい!」
試合中に怒られて謝る僕だった。締まりがない……。あっちの締りは良いが、更に引き締めていくしか無い。心を入れ替えた上社朝霧なのでした。




