第二百四十九話 これまでのあらすじ 店長篇
正直に申し上げますと、『流転』アドラスと『推薦枠』ハインリッヒさんの試合を見る余裕は一つもありませんでした。だって店長の事が気になり過ぎて……。
後からダニエラに聞いたところに拠ると、結果的にハインリッヒさんが敗退した。善戦したようだったが、『流転』の名の如く様々な形に変わる水流に対処し切れず押し流されたとのこと。アドラスのような性格の悪い人間なら、甚振るような真似をするのではと思ったが、そんな事は無かったようだ。試合に関しては正々堂々と戦うらしい。其処に関しては好感が持てた。
なんであれ、次の僕の対戦相手はアドラスとなった。ダニエラに手を出そうとした事。友人のレモンフロストを馬鹿にした事。僕に対して喧嘩を売った事。その落とし前をつける舞台は整った。
□ □ □ □
少し時間は遡り、ハインリッヒさんとアドラスが奮戦中の時……。
「で、何でこっちの世界に居るんですか?」
「だから散歩してたからだって言っただろう」
ブスっとした顔で背もたれに背中を預けながら腕を組んだ店長がそっぽを向く。ちなみにもう顔は隠していない。
「お前が消えて、暫くは私が夜勤もこなしていたんだが、流石に疲れてね……。朝方、発注の仕事を済ませた後に退勤して帰宅して休んでから散歩がてら店の様子を見に来たんだ。そしてたらちょうど店の裏辺りで意識を失ったんだよ。で、気付いたらこっちに居た」
「そんな偶然があるのか……」
「あるみたいだね。あの店周辺が特異点のようなものなんじゃないかと、こっちに来てから考えていた」
なるほど、特殊な磁場のようなものがあって、それが原因でこっちの世界に飛ばされると……。そうするとあの店の辺りの居る人間がこっちに来ることもあるのかもしれない。滅多にないことだと信じたいが……。
「お前が消えて、大変だったんだぞ」
「それは本当にすみませんでした」
「監視カメラのログを見ても、急に映像が乱れて何も分からなかったし……こっちに来て、有名な冒険者の名前がお前と一緒と気付くまでは8割くらいバックレたんだと思っていたが」
「後の2割は?」
店長が僕を見て言う。
「こっちの世界に居るんじゃないかと、探したよ」
そうか……突然、こんな世界に飛ばされたにも関わらず、僕のことを忘れずに探していてくれてたのか……。そう思うと、涙が出る。大変だったろうに。
「で、お前こそ何で此処に居るんだ?」
「話せば長く……は、無いですね。夜勤中に強盗に刺されて、死ぬかもって時に変な声が聞こえて気付いたらこっちに居ました」
「強盗か……あの野郎、金持って逃げやがったと思っていたが、強盗だったのか」
「酷すぎる!」
でも、証拠がないから仕方なかったのかもしれない。聞けば僕の血溜まりも消え失せていたようだし。引っ掛けて倒した煙草の棚も綺麗に戻っていたらしい。
それから、ハインリッヒさんの試合を見るともなく見ながらこれまでの境遇を話し合った。僕はダニエラを始め、沢山の人に助けられながら旅をしてきたと。店長は単独で研鑽を積みながら時々思い出したように僕を探していたらしい。
「ギルドで人の顔を見るくらいだったけどね。聞き込みとかは一切してない」
愛があるようでないような、そんな捜索。でも気にかけてもらえていたことは素直に嬉しかった。
「私は此処よりずっと遠い雪国に飛ばされたんだ」
店長はランブルセン共和国よりも更に北に位置する宗教国家『エレディアエレス法国』という小さな国の北端の町の傍で目が覚めたそうだ。
「綺麗な海が見えたんだ。海が見えたが、死ぬ程寒かった。あの時は夏が近かったからね。半袖に短パンだったから普通に死ねた」
そんな格好で雪の中に放り出されたら確実に死ぬ。だが、死ななかった。
「体の中の違和感に気付いた。それをジッと探ると、影が揺らめいたんだ」
闇属性という失われた系統の魔法。それに気付いた店長は、恐る恐る影の中に入ると、寒さを感じなくなったそうだ。それから影を移動しつつ、町を目指したらしい。
「町に着いてからはまぁ、色々聞かれたけど記憶喪失を装って暮らした。冒険者ギルドとかいう職業安定所みたいなのもあったしね」
確かに仕事を斡旋してくれるからそんな感じだ。店長は僕と違って色んな人とパーティーを組みながらレベルを上げた。ある程度のレベルになった時、大きなキャラバンの護衛クエストを受けて法国を出たそうだ。
「それからはランブルセンで暮らしながら、点々としたよ。そしてある時に立ち寄った町で君のことを知った」
町の名前はスピリス。平原都市、スピリス。フィオナの働くギルドのある、僕にとっても思い出深い町だった。
そこで店長はギルドに立ち寄り、クエストを受けようとしてギルド員さんに驚かれたそうだ。
「綺麗な黒髪だと。アサギ君みたいだと言われたよ」
くつくつと笑いながら言う店長。それに対して僕は肺の中の空気を溜息として全て吐き出した。
「はぁぁぁぁぁ……フィオナさんか……」
「ふふ、彼女には色々教えてもらったよ」
僕と出会った事。僕と話した事。それ以外の事も沢山教わったそうだ。僕の知り合いだと聞いて大層驚いたそうだが、意気投合してからは親友のような関係になれたそうだ。知り合い同士が仲良く慣れたと聞いて僕は嬉しくなると同時に、有る事無い事聞いてないだろうかと不安にもなる。
「夜勤で燻っていた君だったが、女泣かせになっていたとはね」
「勘弁してくださいよ……」
あんな修羅場は僕だって初めてだったんだ。乗り越えられたことが奇跡だった。忘れたことはないが、思い出したくない出来事だった。
居心地が良いということで暫くスピリスで暮らしていた店長に、フィオナ経由で驚きの情報が入った。
「『リンドウ、アサギ君、帝国に居るって!』と、泊まってる宿に押しかけてきたフィオナに聞いて、私は町を出たんだ」
それは僕が遺跡発掘の前夜に認めたお手紙だった。スピリスを出てからの簡単な経緯と現在地を記した手紙を、僕はこっそりギルド依頼で投函していた。何となくダニエラに見られたくなかったからだ。手紙を書くとは言ったが、僕自身、僕が手紙なんて似合わないと思い込んでたからな……。何となく柄じゃない気がした。書くと言った以上、義理は果たすけどね。
そんな手紙が暫くして無事にスピリスのギルドに届き、フィオナの手に渡り、店長が知るに至ったそうだ。それから店長は最速でこの帝国にやってきたそうだ。
「まずは帝都を目指す。と、意気込んではみたものの、金が無くてね。途中途中の町でクエストをこなして路銀を稼いでたが、耳に入る噂は君のことばっかりだった。単独で2頭のワイバーンを仕留めた新人冒険者。たった2人で未然にスタンピードを防いだ冒険者コンビ。そんなのはランブルセンで聞き飽きていたが、帝国に入ってからも凄かった」
嬉しくない噂だが、店長はどこか嬉しそうに語る。
「オークの軍団を鎮圧した冒険者連合一番槍。村を襲ったレッサーワイバーンを一撃で仕留めた冒険者。帝国すら手が出せなかった盗賊の町を浄化した冒険者。町を震え上がらせた巨狼をたった1人で氷漬けにした冒険者。全部、君だった」
改めて言われるとまぁまぁやらかしている感がある。尾鰭背鰭がついた噂が大半の中、ほぼほぼ的中した噂だけ抽出している辺り、かなり聞き回ったのが見て取れる。お恥ずかしいです。
「これはもう帝都に向かうしか無いと、俄然やる気が出てきたんだ。帝都に行けば、君に逢えると。たった1人この世界にやってきて、ずっと寂しかった。でも、知っている人が、1人だけこの世界に居ると。それだけを支えに、帝都まで来た」
会話を区切った店長が、僕をジッと見てから、僕を挟んで座る、物言わぬダニエラを見る。
「『白銀の風』というコンビを組んでいるとは聞いたが、まさか君に彼女が居たとはね」
「え、あ、はい」
「彼女が、居るなんて……」
店長は蚊の鳴くような声でそれだけ絞り出すと、静かに溜息を吐いた。
……此奴は、拙い。気がする。
祝・修羅場




