第二百四十七話 カプリコーン=シュタイナー
「お疲れ」
「あぁ、楽しかった」
戻ってきたダニエラと軽い挨拶をする。側にいるネイティも憑き物が落ちたような、晴れやかな顔をしている。
「ダニエラさんのお陰でもっと上を目指す気持ちが湧きました」
「それは良かった。さて、次は僕だな」
嬉しそうなネイティと言葉を交わし、どっこらしょと立ち上がった。振り返ると僕の対戦相手であるカプリコーン=シュタイナーも立ち上がるところだった。ジッと僕を見つめてから、歩き出す。
「アサギ、大丈夫か?」
「まぁ、何とかなるよ。負けたって此処で死ぬ訳じゃないからな」
「それはそうだが……あの選手、どこか不思議な雰囲気がある。気を付けろよ」
「あぁ、ありがとう」
心配してくれるダニエラの肩を叩き、剣を手に舞台へと向かう。今日の僕の装備は片手剣だ。あれやこれやと手は出しているが、今日みたいなガチの日は一番使い慣れた物を用意している。手に馴染む鎧甲石製の両刃片手直剣、『鎧の魔剣』。鋼鉄製の剣よりも重く、そして頑丈な剣だ。今まで色んな敵を切ってきたが、未だに刃毀れ一つ無い。森の宿場町『ヴァドルフ』に住む鍛冶師カシルの腕は確かだったと改めて思う。
さて、舞台上までやってきた。腕を組んだままジッとしているカプリコーンが目だけ動かして僕にピントを合わせた。
「待たせたな」
「いや、いい。これくらい遅刻のうちには入らないよ」
「寡黙ですって見た目の割にはよく喋るんだな」
「まぁ、な。久々に饒舌になっているようだ。君に逢えたからかもしれないね」
「はは、それは嬉しいことだ」
まるで昔からの知り合いのような会話が口から溢れる。
「さて、これからは試合だ。お互い、全力で戦おうじゃないか」
「あぁ、よろしく」
「此方こそ」
差し出された手をぎゅっと握る。握った感じ、やはり女性っぽい。背丈は僕と同じくらいだが、モデルっぽい雰囲気だ。
「では、これより第5試合を始めます」
審判の声に僕は腰に下げた鎧の魔剣を抜く。ずっしりとした重さは今ではもう慣れたもので、自身の体の延長のように感じる。カプリコーンは何処から出したのか、組んでいた腕を下ろした時には既に予選の時に見たのと同じように左右の指の間に漆黒の短剣を挟んでいた。片手に3本。両手で6本。親指と人差し指の間はフリーだ。
「試合開始!!」
審判の合図と共に僕は両足に《神狼の脚》を発動させて突っ込む。まずは小手調べということで風速は雄風。実際の風速レベルで言えば割と強い。船の上に居たなら酔うだろう。まぁ、僕の《神狼の脚》に照らし合わせたレベル設定だから、実際の風速とは異なる。これも全て未だに青春時代を引きずる僕とレイチェルの所為なのだ。仕方なかったのだ。
雄風は《森狼の脚》で言えば割と本気を出していた時の風速に近い。スピリスに行く際にワイバーンから逃げていた時の速度が近いかもしれないな。
カプリコーンはそんな僕の速度を見ても表情を変えない。目元しか分からないが。これ幸いと剣を振り上げ、そのまま振り下ろした。
「……えっ!?」
ガツン! と剣が舞台を叩き、破片が飛び散る。振り下ろす寸前まで居たカプリコーンが一瞬の内に消えてしまった。
その時、不意に背後から嫌な気配がした。感覚だけで僕は前へと転がると、今まで立っていた場所に2本の短剣が刺さった。
「流石だな」
いつの間にか背後に立つカプリコーン。僕は嫌な汗が止まらなかった。僕以上の速度で動く存在なんて、それこそレイチェルくらいだと思っていた。あの黒化したルーガルーだって僕よりは若干遅かった。
だが、何か引っ掛かる……。本当に速かったか? 速いとかそんなものじゃない、ような。分からない。聞くか。
「どういう仕組なんだ?」
「それを答えてしまったら面白くないと思うんだ」
そりゃそうだ。僕だって教えてもらえるとは思ってない。まぁ、仕組みは何一つ分からないが、それでも一つだけ分かったことがある。
これは小手調べとか、舐めて掛かったら確実に負ける相手だ。
「君こそとても速いな。その脚、有名だが実際に目にしたのは初めてだから驚いたよ」
「嘘つけ。全然動じてなかっただろ!」
会話に気を取られることに注意。と心のメモに書き加えながら横薙ぎに剣を振る。今度はカプリコーンは消えずにバックジャンプでそれを避けた。そこに更に踏み込んで切り下ろそうと剣を振り上げた所で短剣が飛来した。
「うわっ!」
慌ててそれを剣で叩き落とす。お陰でまたカプリコーンと距離が空いてしまった。
あぁ、凄く緊張する。こんな手練と正面から戦ったのは初めてだ。対人戦の経験なんてゼロに近い。殆どスキル任せの蹂躙か、スキル任せの不意打ちだった。こうしてお互いに睨み合いながら剣を握るのがこんなにも緊張するとは思わなかった。身代わりの魔道具があるからといって、まったく安心出来ない。
「……ん?」
剣を握りながらカプリコーンの一挙手一投足を逃すまいと睨んでいると不自然な事に気付いた。カプリコーンの両手。其処には6本の短剣が握られている。
「……は?」
ジリ、と後退し、足元を確認する。僕に向かって投げてきた短剣。確か3本だ。だが僕の傍に、そんなものはなかった。
「ふふ」
「……どういう仕組なんだ?」
「言わぬが花というやつだよ。アサギ君」
「秘密が多いな」
「秘密の数だけ女は魅力的になるもの、さ!」
カプリコーンが女と確認出来た所で、今度は彼女から攻撃してきた。短剣を投げず両手に持ち、腕を十字にクロスさせながらの前進だ。
秘密だらけの彼女の攻撃を見逃すまいと剣の腹で身を守りながら迎え撃つ僕。
「ハァッ!」
突進からの前宙。回転力を上乗せしながら左手を振り下ろしてきた。
「ふっ……!」
予想以上に重いそれを構えた剣で防ぐが、カプリコーンの攻撃は終わらない。流れるように蹴りが繰り出される。それを後方ジャンプで交わしそのまま地に降りず、お返しにと銀翆の風で制御した前宙から剣を振り下ろす。
「……そこだ!!」
だが、またそれも躱される。まるで消えたかのようにその場から消え失せ、僕の側面から短剣が飛来する。
しかし、警戒していた僕はその短剣を叩き落とす。そしてよく分からないままだが、消える瞬間だけは分かった。
「あんたの技、仕組みは分からないが、消える瞬間は見たぜ」
「ほう……?」
「他の人間なら見間違いで片付けただろうが……」
僕は1回目の攻撃の瞬間、瞬きなんかしていなかった。だが、一瞬で消える彼女がとてつもない速さで動いた訳ではないとは薄々勘付いていた。引っ掛かっていたところだ。それが、やはり速さじゃない事は今の攻撃で分かった。
それと、あの予選。彼女は何処にも居なかった。
「影、だな? あんた、自分の影と僕の影を行き来している」
「……君のような勘の良い人は嫌いじゃないよ」
「それはどうも」
両手を挙げてやれやれといった風なジェスチャーと共に頭を振る。気障ったらしいが、嫌味を感じないのが羨ましい。
「君くらいじゃないかな。その発想に至れるのは」
「煽てたって、そう簡単には木に登らないぞ」
「ははっ、心からの賛辞だよ」
樹上は僕のホームグラウンドだが、おいそれと登るものではない。
カプリコーンは短剣を構え直しながら小さく、でも何処か嬉しそうに言う。
その言葉はこの世界に来た僕が今まで聞いてきた言葉より、とてもすんなりと耳に入ってきた。まるで生まれた時から聞いていたような、馴染みのある言葉。彼奴等以外から聞くなんて、思いもしなかった言語。
「影に潜る。そんな漫画的な発想なんて、まずこの世界の人間には思い付かないだろうね」
「ねぇ? 朝霧君」




