第二百四十六話 ラッキーボーイの奮起
火魔法を使うDランクの男ニュートと、姑息な手で戦った青いバンダナの男、バズ。その2人の戦いは、ニュートの一方的な蹂躙……とはいかなかった。
意外なことにバズは1対1となったこの試合ではそれなりに戦えていた。相手の魔法を読む洞察力と、魔法使いを相手にした戦術。相手がニュートという典型的な魔法使いで、それでいてそれ程高ランクでは無かったのが幸いした。低ランクながらも勉強しているのが伺える。姑息だと感じた戦術も、よく言えば合理的だったしな。
しかし上手く立ち回っていたバズも、『火矢』を避けた所で不意打ち気味に食らった『火走り』に敗退してしまった。
「『火走り』というのは火魔法の亜種になる。大昔に誰かが考えたオリジナル魔法だな。あのように導火線のように火が相手に向かって走っていくのが特徴だ」
ダニエラ先生の解説にふんふんと頷く僕。
「高レベルになると火の勢いが増したり、導火線の数が増える。結構有用な魔法だ」
「なるほどな……ニュートは1本だったが、あれも鍛えれば化けるということか」
「鍛えればな」
はぁふぅと肩で息をしながら此方に戻ってくるニュートを見る。線が細く、我の弱い雰囲気だ。荒波に飲まれて鎮火してしまいそうな感じだが……研究職とかだったら大成しそうだ。
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続いて行われるのは我らがダニエラの出る第4試合だ。
「ダニエラ、頑張れよ」
「あぁ、油断はしない」
立ち上がり、コツンと拳を打ち合わせてから舞台へと向かうダニエラを見送る。その後ろをダニエラの対戦相手、ネイティ=ミニアドが小走りに追っかけていった。バンディ=リーが戦う中、たまたま生き残った予選通過者。頭打ちのBランク冒険者。だが、Bにまで至った。なら、油断は出来ないはずだ。
「よ、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
弓を手にしたダニエラと、剣と盾を持ったネイティが対峙する。
「試合開始!」
そして審判からの合図で試合が始まった。
ダニエラは距離を取る為に後方へとジャンプする。そのまま立て続けに矢を2本放つが、ネイティは手にした盾で上手くそれを防いだ。とは言っても、ダニエラの小手調べだろう。防げるように撃ったようだ。
「ふむ」
「うぅ……!」
ジッと見据えるダニエラ。対するネイティは盾を装備した方の手を握ったり開いたりしている。あの矢を防いだだけで痺れているようだ。
「あれじゃ持ちませんね」
「所詮、ラッキーボーイか……」
隣のハインリッヒさんと分析する。確かにダニエラの弓の威力は相当なものだ。物自体も良い。だが力を抜いた攻撃でも、ネイティにはとってはギリギリ受けられるぐらいの威力だ。ダニエラとネイティのステータス自体に大きな開きがあるからだ。
その後もダニエラは絶妙な力加減で矢を放つ。ネイティはそれを盾で弾いたり、転がりまわって避けるが、見ている側からしてみれば何とも言えない光景だった。時々距離を詰めて剣を振るが、ダニエラはまるで一枚の紙のようにひらひらとそれを躱す。完全に剣筋を見切っている。
「まるで児戯だな」
そう言ったアドラスの言葉に、不覚にも納得してしまう程の試合だった。
「さぁ、もういいだろう」
「……えっ?」
試合開始から約15分程経った頃、ダニエラが弓を下ろした。
「今までの攻撃で戦力差は把握出来たはずだ。お前じゃ私には勝てない」
「そん、な……手を抜いてたって言うのかよ……!」
「当たり前だ。私が本気を出せば最初に距離を取った時、お前が盾を構える前に一度死んでいただろうさ」
「く、くそ……!」
「降参しろ」
小手調べの攻撃すら必要ないと、ダニエラはネイティに告げる。今までの試合がお遊びだったと知らされたネイティはわなわなと唇を震わせながら膝を折った。
「……ぁぁぁぁあああああ!!!」
が、ネイティは絶叫した。ダニエラに屈したように見えたが、突然叫び出し、装備していた盾を投げ捨てる。突然の出来事に会場は静まり返った。
「なんで、いっつもこうなんだ! 俺は、今度こそ……今度こそ、Aランクに上がるつもりだったのに!!」
何度も地面を踏みつけて悔しがるネイティ。勝ち目のない戦いだと理解して、己の実力の無さに絶望しているのだろう。みっともなく見えるが、頭打ちと蔑まれたBランク冒険者には、高みに至れない悔しさがある。それは僕にはよく分かる感情だった。
かつての僕は、コンビニの深夜アルバイトを続けて燻っていた。いや、火の気なんてもう無かったかもしれない。先の見えない未来を抜け出せない深い穴の中でずっと探していた。
そんな『僕』を、僕はネイティに重ねていた。たまたま予選を抜けたラッキーボーイ。それはたまたま異世界に来た僕と一緒だ。そこから僕は右も左も分からないまま、生きた。生きて、たまたま力を与えられて、支えてくれる人が出来て、此処までやってこられた。
偶然に偶然が重なって、今の僕は存在している。だが、偶然から良い結果を得るには努力が必要だ。それこそが、生きる上で一番大切なコツなのだ。始めるのが遅くたって構わないんだ。大事なのは、それをすることなんだ。
今、ネイティはその分岐路に居る。偶然から良い結果を得る場面。此処で負けを認めて帰るか、或いは……
「くそ、くそ、くそ! だけど、だけど漸く掴んだチャンスなんだ!! たまたまでも、俺は此処に居る!! 引き下がれるかぁぁぁぁぁ!!」
叫び、己を鼓舞したネイティは手に残った剣を両手で握りしめ、ダニエラへと走り出した。今までのどこか一歩踏み込めない、躊躇いがちな動きではなく、ダニエラだけを目指し、ダニエラを倒す意思が篭った動きだった。
「私にも負けられない理由がある。悪いが、此処は通せない」
「俺だってやるんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
弓を手放し、細剣を抜いたダニエラは同じく走り出した。ぐんぐんと縮まる2人の距離。ネイティが剣を振り上げ、ダニエラが細剣を引いた。
「……っ!」
ネイティが剣を振り上げたまま、動きを止めた。ダニエラはしっかりと腕を伸ばしている。その手に握られた細剣は真っ直ぐ、ネイティの右肺を貫いていた。
「剣を、振り下ろすことすら、出来ないってか……」
「大事なのは、その気持ちだろう」
ネイティの腕に付けられた身代わりの腕輪がカタカタと震えている。今、ネイティの身を襲った一撃を肩代わりしているのだ。ダニエラが素早く剣を引き抜くと、腕輪はパリン、と小さな音を立ててバラバラに砕け散った。そしてネイティは今度こそ膝を折った。
「試合終了!!」
審判の沙汰に、静まっていた会場がワッと一気に爆発する。ただのラッキーボーイと見下されたネイティだったが、こうも会場を沸かせたんだ。二つ名相手に、挑んだんだ。あの時の気持ちがあれば、案外Bランク脱出も遠くないんじゃないかな。
細剣を仕舞い、弓を拾ったダニエラがネイティに手を差し出す。ネイティはその手を見て、ゆっくりと掴むと一気に引っ張られ、立たされた。ダニエラはネイティの背中を叩き、何かを言うと微笑んだ。ネイティは頷き、顔を上げて会場を見渡した。そしてダニエラと一緒に此方へ戻ってくる。その歩みは淀み無く、試合前の雰囲気なんて微塵もなかった。




