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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百四十五話 白露の本気

 貴族といえば羽振りがいいイメージだ。金に物を言わせてアレコレする……そんなイメージだ。

 アレンビアを見る限り、そうなんだろうなと感じた。ランクの低さにも関わらず良い装備を持ち、そして良い教師を雇ったのか、レベルの高い魔法を放つ。


「はぁッ!」


 今もまた8本の氷矢がレヴィを襲う。


「ふッ……!」


 が、レヴィはそれをいとも容易く突き穿った。『白露』の名は伊達ではない。その正確無比な突きは向かってくる氷魔法の尽くを打ち落とした。


「やはり駄目ですか」


 ギリ、と犬歯を剥いたアレンビア。貴族らしさを保ちながらも獰猛な一面に一部のファンが沸く。


 立派な杖の石突を舞台に突き立てて僕と同じ紺碧色の魔力を巡らせるアレンビア。レヴィはそれを見てワクワクした様子だ。だが、油断している様子はない。どんな攻撃が来るのか楽しみだ。そんな顔だ。


「これなら……!」


 杖の先へと魔力が収束する。それは魔素、空気中の水分の温度を奪い、魔法へと昇華する。生成されたのは直径1mはあるだろう氷塊だった。


「『隕氷石(フロストメテオ)』!!」


 出来上がった氷塊、『隕氷石(フロストメテオ)』は一直線にレヴィへと向かって飛んでいく。隕石って降ってくる物だと思うが……あれはアクセル全開の軽トラみたいだ。

 だが、それでも脅威は脅威だ。今までのように突きで破壊出来るものでは……


「アレンビアさんのその真っ直ぐな所は好きですよ。ですが……」


 独り言のように言うレヴィの眼前にまで『隕氷石(フロストメテオ)』が迫る。


「まぁ、まだまだですね」


 氷細剣を持った腕を上げ、顔の横で固定する。それから肘を引き、狙いを定めて、突き出す。僕が見た動作はそれだけ。ただの突きだ。ただの突きだが……。


「マジかよ……」


 向かってくる分厚い氷塊はたったの一突きで真っ二つに割れていた。半分になったそれは勢い良くレヴィの両サイドを通り過ぎて舞台の外へと吹っ飛んでいった。そのままガリガリと地面を削りながら客席の方まで進む。悲鳴が上がるが寸前で止まった。


 視線を舞台上へと戻す。そこには突きの姿勢を戻したレヴィと、信じられないものを見たといった表情のアレンビアだ。


「そんな……私の渾身の魔法が……」

「Cランクだと侮っていたらやられていたでしょうね」


 でもまぁ、とレヴィは続ける。


「私はアレンビアさんとの戦いが楽しみでしたから、全力で臨ませてもらっていたので一切の油断も侮りもしていませんよ。もっと本気になっていただかないと私には通用しません。ただ魔法を放つだけでは駄目ですよ。もっと戦略を組み立ててください。もっともっと奇を衒ってください。もっともっともっと、私を楽しませてください」


 静かな狂気が其処にはあった。戦闘狂。そんな単語が脳裏を過ぎった。ヒャッハー系の戦闘狂でない辺りが本当に狂気的だ。


「試合は50分。まだあと37分あります。さぁ、時間いっぱいまで楽しみましょう」

「ひっ……!」


 ニッコリと優しく微笑むレヴィと、顔を引きつらせて一歩下がったアレンビア。

 短気だと感じたアレンビアにはもう、怒気など欠片もなかった。



  □   □   □   □



 それからの戦闘は酷いものだった。まるで児戯だなとアドラスが呟いたが、まさにその言葉がぴったりだったと不覚にも同意してしまった。それ程の試合だった。


 十数本の氷矢を放っても突き落とされる。幾つもの氷塊を降らせても突き崩される。氷壁で囲んでも穿たれる。床を凍らせて動きを封じようとしても同じ魔力をぶつけられて対消滅させられる。砲台として機能しないのであればと杖の先に『氷剣(フロストソード)』を生成し、薙刀のように扱っての近接戦も完全に見切られて手も足も出なかった。

 これで最後だと叫び、全力の魔力を込めた吹雪をアレンビアが放ったが、レヴィはこともなげに対消滅させた。

 僕はアレンビアの出ていた予選の最後に決意を込めた顔をしたのを見て切り札があると思った。それが先程の吹雪だろう。あの物量でぶつけられたら僕でもビックリはするだろうが、まぁ、普通に避けるだろう。だが、レヴィはそれを正面から受け止め、対消滅させた。

 対消滅は同じ魔力量がぶつかると起きる現象だ。それを事も無げに行ったレヴィに、アレンビアは敗北を受け入れてしまった。全ての手段を使い、そして負けたアレンビアは力無く跪いた。それと同時に審判から試合終了の合図が出た。


 きっちり50分、レヴィはアレンビアとの戦闘を楽しんだのだ。第2試合はレヴィの判定勝ちだった。


 力無く立ち上がったアレンビアの元にレヴィが歩み寄り、抱きかかえる。魔力を消耗したのでその介添だろうか。僕にはそう見えるが……アレンビアは心底怯えた目で床を見つめていた。目も合わせられないのだろう。


「ふふ、楽しかった」


 僕達の居る待機席に戻ってきたレヴィはそう言って席に着く。抱きかかえられていたアレンビアもその隣に座らせられるが、居心地は悪そうだ。まぁ、僕が気にすることではないな。

 それよりのさっきの試合だ。色々と僕の見たことのない魔法は沢山あった。単純に大きな氷塊をぶつけるというのも逆に参考になった。その発想は無かったからな。最後の吹雪も……。どんどん気温を下げて動きを鈍らせてやれば面白いことになりそうだ。

 レヴィの氷細剣も見事だった。氷塊を突き穿つ鋭さと氷矢を打ち落とす靭やかさ。その相反する2つの特性は見ていて勉強になった。実に為になる試合ではあった、かな。《器用貧乏》先生と相談していきたい。


 さて、次の試合は……


「き、貴様!!」


 と、トーナメント表を思い出そうとしていた所で誰かが怒鳴り込んできた。


「よくもアレンビア様を……クインゲリアの人間を辱めたな!!」


 よく見るとそれは予選の時に居た護衛の選手だった。確か火魔法使いの……バズの魔法からアレンビアを庇って場外に落ちた男。

 その男がレヴィ相手に牙を向いている。勿論、選手を守る軍の人間に阻まれているが。


「貴方が誰かは分かりませんが、アレンビアさんは全力で私に挑んできました。それを全力で迎え撃っただけの事。貴方にとやかく言われる筋合いは……」


 先程の試合にケチを付けられ、顔を顰めたレヴィ。そのの言葉を、護衛の男は喚くように遮った。


「嘘を言うな! 貴様、全力では無かっただろうが!!」

「……」


 スッと、レヴィの表情が消えた。まるで今までの怒りは偽りだったかのように。そして音も無く立ち上がり、右手に魔力が集中し、


「やめなさい、ザッカス。私も彼女も全力でした。先程の試合にケチを付けるのであれば、私にも考えがありますよ」

「あ、アレンビア様……」


 ぐったりとしながらも、その目は鋭くザッカスと呼ばれた護衛の男を睨んでいた。ザッカスはアレンビアとレヴィを交互に見るが、諦めたように頭を下げた。


「……私の勘違いでした。申し訳ありませんでした」

「追って沙汰は下します。下がりなさい」

「……ハッ」


 不承不承と言った感じだが、ザッカスは引き下がった。軍の人間に連れられていく姿を見たアレンビアはやはり力ない声で言う。


「皆様、すみませんでした。しっかり教育しておきますのでお許し下さい」


 そう言って席に着くが、誰も何も言わない。


 そんな事はどうでも良かった。あの瞬間、レヴィから感じた氷のような冷たい殺気で頭はいっぱいだった。まさか二つ名持ちのような選ばれた冒険者が一般人に対してあれ程の殺気を放つなんて……。


「……あの男はアレンビアに救われたな」

「ですね……」


 ポツリと呟くハインリッヒさんに同意する。あのアレンビアの言葉が無ければ正確無比、神速の突きでザッカスはもうこの世には居なかっただろう。


「……」


 レヴィは先程から黙って席に座っているだけだが……二つ名持ちにも色んな人間が居るようだ。ただ分かるのは、彼女は戦闘狂で、戦いを侮辱されるのが大嫌いということだろう。僕も気を付けないとな……。まぁ、レヴィが全力では無かったのは間違いないが。あれだけ涼しい顔であの戦闘だ。戦闘狂の本気とはもっと恐ろしいものだと思う。


「……で、次の試合は誰と誰だっけ」

「あ……僕ッス」


 声がして振り向くと杖を抱いた線の細い男が右手を挙げていた。そうそう。さっきの護衛を舞台の外へと追いやった火魔法使いの男、ニュート=エランギュートだ。対する相手は……。


「と、俺様だな!」


 青いバンダナを巻いた男が立ち上がる。姑息な手で予選を勝ち抜いた今大会最下位ランクのバズ=ロックウェル。

 2人は待機席から出て舞台へと向かっていく。

 一見するとニュートの火魔法は脅威に見える。バズの戦法は乱戦でこそ真価を発揮出来るものだ。一対一での試合で、どう立ち回るのか……非常に気になるところだ。

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