第二百四十二話 ラディリア・シュヴェイン闘技場へ
総合評価が10000ポイントを突破しました。ありがとうございます。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。
ダニエラの武器の秘密を聞かせてもらい、お礼に僕の阿呆だった頃の話をした。
「んでな、悔しかったから1人で練習してる時に失敗して骨を折ったんだ」
「あっはっはっは! 本当に馬鹿だな!」
「いやあれは痛かったんだよ……ん? あぁ、もうこんな時間だ。そろそろ明日に備えて寝ないとな」
「あぁ、もうそんな時間か……はぁ、お腹痛い……」
目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながらベッドへと移動するダニエラ。自分でも馬鹿な子供時代だったと思うが、こんなに笑ってもらえるのであればよくやったと褒めてやりたい。
そんな楽しい時間もおしまい。外はもう真っ暗で時計の針は夜10時を示していた。僕は1人、お手洗いに行ってからベッドへと戻ってきた。ダニエラはもう布団を頭まで被っていた。
「そんなに被っても僕も入るんだから……」
結局剥くことになってしまう。ぐっすり寝ようと被ってる所悪いが僕もベッドに潜り込む為に剥ぐ。するとダニエラの白い肩が視界に飛び込んできた。
「なんで脱いでんの?」
「今日はそういう気分だ」
「明日早いって言ってるでしょ?」
「ちょっとだけ。な?」
「まったく……」
本当に奔放な奴だ。結局ダニエラに流されるままに2回戦して眠った。
□ □ □ □
心做しか、すっきりとした朝だ。寝る前の運動で程よく疲れたからだろうか。目覚めは良いが、まずは風呂だ。
「あれ?」
ダニエラが居ない。僕より早く起きたのか……。
「……はっ!? 寝坊したか!?」
ダニエラが僕より早起きなはずがない。ならば僕が寝坊したとしか……いや、時計を見たら朝の6時だった。
「本当に早起きしたのか……」
信じられない。と言えばダニエラに怒られるが、これも日頃の行いだろう。もしかして彼奴は遠足の日だけ早起きするタイプか?
ベッドの上でダニエラの早起きの仕組みについて考えていると風呂場からダニエラが出てきた。濡れた髪を拭いているが、首から下は惜しげもなく晒されている。
「起きたか。おはようアサギ」
「おはようダニエラ。ちょっとは隠そうね」
「ん? 別に減るものではないだろう」
「僕の理性が減っていく」
「私は一向に構わない」
「僕が構うの」
安っぽいポーズで誘うダニエラだが、そんなことをしてる暇はありません。とっとと体を綺麗にして闘技場に行かなくては。遅刻して失格なんて笑えない。
体を清め、気を引き締めた僕は新品の防具を身に着ける。サイズはピッタリ。竜種特有の魔力の感覚が心地良い。体に馴染んだ感覚というか、それでいて洗練された感覚というか……言葉では表せない感覚だ。
「竜種装備も長いもんなぁ……」
最初はコンビニの制服だった。でもそれもボロボロになって、なけなしのお金で中古の革鎧を買った。それを身に着けてからは結構危険なことをしてきた。お陰でレベルはガンガン上がり、ランクも上がった。そして運の良いことに格安で竜種装備を手に入れられた。松本君のお陰というのが引っかかるが、これも運ということにしておこう。
それからはほぼほぼ無敵の防具として活躍してくれたが、遂に僕の新しい力に耐えられず壊れてしまった。しかしまた運の良いことに、その素材が現れてくれた。お陰で今は僕の防具。身に付けていた期間は短いが、今までで一番着心地が良い。
「これなら勝てそうだ」
初めて着た時も思ったが、力が溢れてくる。神狼の眷属と竜種装備は相性が良いのかな?
「アサギ、まだか?」
「あぁ、今行くよ」
ダニエラも新しい装備を身に包んでいる。以前、イヴが召喚したウィンドドラゴンの素材から編まれた装備。染織して僕と同じ翡翠色ではないが、性能はほぼほぼ同じ。僕はウィンドドラゴンの力を使い、最速で突っ込むだけ。魔法を使える癖に突っ込む。突っ込んで魔法を撃つ脳筋っぷりだ。
対してダニエラはウィンドドラゴンの力を魔法に使う。風属性は本当に相性が良いらしく、ダニエラも力が漲ってくると漏らしていた。ダニエラはそれでいて細剣、弓と前衛も後衛も熟す万能型だ。まぁ、僕はアイスドラゴンの軽鎧も身に着けている。氷魔法との相性は抜群に良いのでやろうと思えば後衛も可能だ。
今回の相手は正体不明の短剣使い。姿がまったく確認出来なかった理由のうち、思いつくのは《気配遮断》。高レベルのそれであれば誰にも気付かれることなく戦える。もしくはユニークスキルか。
「ま、その辺は戦ってみないと分からないんじゃないか?」
「それもそうだな。あぁ、今日も人が多いな……」
「本戦だからな」
ラディリア・シュヴェイン闘技場は今日も賑わっている。待ちに待った本戦だ。帝都市民や観光客もおめかしして会場へと向かう。小さな子達は僕達を追い越してどんどん先に行く。元気良いなぁ。
微笑ましく見てると、好奇の視線が突き刺さる。何だろう。何か面白い格好してるかな。
「この会場にフル装備で来る人間なんて本戦出場選手以外居ないからな」
「あぁ、なるほどね」
確かにそうだ。皆、おめかしはしているが鎧を着てるような奴は1人も居ない。護身用の剣はちらほらと見えるが、僕みたいな戦闘用のガチ装備なんて何処にも居ない。
「手でも振ってみるか?」
「良いな。一緒に振ろうか」
帝剣武闘会というお祭りだ。多少は浮かれても許されるだろう。ということでダニエラと2人で周囲の人達に手を振ってみる。すると思いの外本気の声援が返ってきた。男達の野太い声援に女達の黄色い声。
「ちょっと引くくらいの反応で内心ビビってる僕が居る」
「安心しろ。私もだ」
いやぁ、お祭りですな。今まで祭には参加する側だったが、今回は賑わわせる方だ。
気合い、入った。
□ □ □ □
今回は会場に向かう訳ではないので、係の人に連れられて闘技場の舞台へ続く通路へと通される。
「では此処で暫くお待ち下さい」
「はい」
説明もなく部屋に通される。扉を開けると其処には出場選手が居た。此処は待合室か……。一番奥にはフードを被った僕の対戦相手、カプリコーン=シュタイナーも居る。
中に入ると一気に視線が集まる。その中で1人、席から立ち上がり僕達の方に進み出てくる者が居た。室内だって言うのに眩しい格好だ。何の意味があるのか、身に付けたマントも真っ白で目に痛い。でもきっと宗教上の理由があるんだろう。下手に突けばキレるかもしれない。触れないに越したことはないな。
「おはようダニエラ。今日も綺麗だ」
「アサギ、彼処の席が空いたみたいだ」
「そうだな。でも一つしかないしダニエラが座っていいよ」
「そうか? 悪いな」
眩しい柱を避けて待合室の中央に置かれたテーブルに向かう。空いた椅子にダニエラが座り、ふぅ、と人心地ついた。テーブルの上には飲み物やお菓子が置かれている。
「アサギ、これ旨そうだぞ」
「見たことないな。一つくれ」
「ん」
少し行儀悪いがテーブルに尻を軽く載せてダニエラから受け取ったお菓子を食べる。ん……甘い。これは良いな。何処かで売ってたら買い占めよう。
「……此処まで私をコケにした人間はお前が初めてだ」
「ん?」
目の前のマントがプルプルと震えている。
「お前は一度殺してやる」
「ははっ」
怒りに顔を歪ませたアドラスが振り返る。あまりにも面白い顔をしていたので思わず笑っちゃったけど、誇りある白エルフ様なら許してくれるだろう。
アドラスはそれだけ言うと壁際まで移動して腕を組んで大人しくなった。最初からそうしておけば気分が悪くなることもないのにね。
「いやぁ、おっかない雰囲気だ」
と、また1人、僕の傍にやってくる人物が居た。ん? 見たこと無い人だ。
「アンタ、アサギさんだろ? ダニエラさんの恋人」
「まぁ、はい。そうですけど……」
「あぁあぁ、すまない。自己紹介がまだだったな。俺はハインリッヒ=アズシルフ。アンタと同じ推薦枠さ」
「貴方がそうでしたか。アサギ=カミヤシロです。よろしく」
「こちらこそ!」
差し出した手をがっちり握ってくれるハインリッヒ。うん、これくらい社交的だと印象良いね。
「俺は帝都の南西の町、ダイブから推薦されてきたんだ。推薦ってほっとんど居ないから凄いんだぜ?」
「そうなんですか……あの、間違ってたらごめんなさい。ハインリッヒさんってエルフ?」
青い髪と長い耳が気になって仕方ない。
「お、流石エルフの彼氏。分かっちゃう? そう、俺は青エルフだよ。ちなみに今年で338歳」
「やっぱり。あ、じゃあ10歳程年上ですね」
「ははっ! 対応早いな! そうそう、人間で言えば30歳半ばってところだな!」
ちらりとダニエラを見るとなんかちょっと嫌そうな顔をしている。ちょっとウケる。
「運が良かったら2回戦はアサギさんとだ。ま、彼奴、結構強いから駄目かもしれんけどね」
「へぇ……眩しいだけじゃないんだ」
「ぶふぅ……! ちょ、アサギさん、笑わせないで……!」
さっきの恥ずかしい姿は待合室の人間全員に見られている。アドラスは強いかもしれないが、ちょっと残念な人という印象を与えてしまった。まぁ、どういう評判かは分からないが、僕にとってはカス以下の人間だ。戦う前から悪印象を植え付けてやれば気分も良い。
「ん……」
ダニエラが顔を上げ、扉の方向を見た。程なくしてガチャリと扉が開かれた。扉を開けたのは先程の係員さんだった。
「お疲れ様です皆さん。会場の準備が整いました。一度全員で選手紹介をさせてもらいます。それからルール説明、そして今回の優勝賞品の発表があります」
優勝賞品の発表? そういえば賞品があるかもーみたいな話はダニエラとしたが、何かは知らない。内緒だったのか……。そりゃ聞かない訳だ。
「では移動してください」
その声にぞろぞろと立ち上がり、移動を始める選手達。僕達も行くかと歩き出した所で横から貴族女、アレンビア=エフ=クインゲリアが近付いてきて話し掛けてきた。
「あの、アサギ様」
「様?」
「あ、いえ……えっと、その……お互い、頑張りましょう」
「あ、はい」
貴族相手になんて会話したことがないから敬語になってしまう。迷子の幼女はノーカンだ。アレンビアはそれだけ言うとさっさと走って扉を出て行く。
「何だったんだろう?」
「ファンじゃないか?」
「ははっ、まさか…………ッ!?」
そっと、後ろ髪を撫でられた。
ゾクリと背中が泡立ち、慌てて振り返るが、誰も居ない。慌ててキョロキョロと辺りを見るとカプリコーン=シュタイナーが扉を出て行く姿が見えた。
「……どうした?」
「いや…………何でもない」
そっと髪を触る。あの感触……。最近あった突き刺さる視線と似ていた。それが触感として伝わったというか……。
有りもしない考えが頭の中を埋めていく。まさか、そんな。いや、でも。取り留めの無い妄想で埋め尽くされるが、考えても仕方ない。今はとりあえず、会場へ向かおう。




