第二十四話 遺跡と巨狼
幸いにも謎の建造物に来るまでベオウルフの強襲はなかった。どこかで僕達を見ているのかもしれないが。
今は兎に角目の前の建物だ。ダニエラと二人で見上げるその建物は石造りで、見るからに古そうな遺跡だった。所々蔦が這い、組んだ石を隠している。その大きな入口に扉は無く、暗闇が奥へと続いていた。
「でかい建物だな……」
「アサギ、これは古代エルフの遺跡だ」
「えっ?」
古代エルフ?
「大昔に生きたエルフの先祖だ。今の私達のような色毎の部族はなく、ひとつの種族として確立していたらしい」
「らしい、ということは……」
「あぁ、すでに絶滅している。ともいえるな」
ダニエラが此方を見てクスリと笑う。
「私達がいる。部族として分かれはしたが、古代エルフの血は綿々と繋がっている」
確かにそうだ。古代エルフ自体が滅んでいてはこの世界にエルフはいない。古くから続く歴史の証明が、この遺跡だった。
「よし、ならご先祖様に挨拶しに行こう」
「あぁ、行くぞ」
お互いに頷き、連れ立って僕達は古代エルフの遺跡へと入っていった。
□ □ □ □
遺跡の中は暗い。と、思っていたが奥に進むに連れて少しずつ明るくなっていった。穴の空いた天井から差す月光が主な光源だ。流石に長い歴史を持つ建物は劣化が進んでいる。朽ちた扉や崩落した天井が目につく。
「ふむ、結構形が残っているな」
「そうなのか? ボロボロに見えるが……」
「そうでもない。古代エルフが滅んだとされるのは今から1000年も昔だ。そんな大昔の建物が形として残っているんだ。もしかしたらまだ生きているのかもしれない」
「生きてる?」
「古代エルフが生きたのは超魔導時代と言われている。つまり、この遺跡自体が……」
「魔道具、ということか」
「そうだ」
つまり表向きは寂れた遺跡だが、内部はオーバーテクノロジー的なことになっている可能性があると。だとすればベオウルフを撃退、もしくは討伐出来る何かがあるかもしれない。
「よし、探索しよう。奴を退治出来る何かがあるかもしれない」
「僕もそう思ってたところだ。よし、なら……」
「待て」
そっとダニエラが人差し指を口の前に立てる。
「……奴が来たようだ」
「マジかよ……」
どうやらゆっくり探索している時間はないらしい。素早く辺りを見回す。すると右奥に部屋らしき空間への入り口が見えた。
「ダニエラ、こっち」
ダニエラの背を軽く叩き、右奥を指差す。小さく頷いたダニエラとその入口を潜ると、そこはやはり部屋だった。しかし普通の部屋よりは広く、しかし大ホールとまでは言えない適度な広さの空間。
「よし……ここなら奴の巨体で暴れることは出来ないだろう」
「考えたな」
「すぐに距離を詰められるかもしれないが、広い空間を見えない速さで暴れまわられる方が厄介だ」
部屋の隅に身を隠し、すぐに作戦会議を始める。
「ベオウルフは巨大な狼だ。狼である以上、4足歩行、匂いに敏感、そして素早い」
「ダニエラならどう戦う?」
「土魔法で足場を崩し、そこを叩く」
「なら僕はそこを水魔法で泥にして動きを止めて、余裕があるなら氷魔法で固めよう」
ダニエラの魔法に僕が乗っかる形だ。素人の作戦より成功率は高いはずだ。
「氷魔法まで使えれば最高だが大丈夫か?」
心配そうにダニエラが見つめる。
「魔力を使う機会が無かったからな……正直分からない。だから僕がもし途中で駄目になったら構わず逃げてくれ」
「馬鹿、そんなこと出来るか」
ダニエラが目を細めて睨む。
「出来れば二人で助かりたいが、出来なければ一人で助かるべきだ」
ダニエラは僕を睨むように見つめる。僕は何となく目を逸らせずに見つめ返した。するとダニエラが視線を外す。心なしか彼女の頬が赤い。
「馬鹿、二人で助かるぞ……」
「ん、あ、あぁ……そうだな。じゃあ僕が囮になるから、奴が来たら魔法を頼む」
そう言って陰から飛び出す。後ろでダニエラが待てとか叫んでいるが待たない。こうするのが最善だ。
その時、ミシミシと軋む音がした。ハッとして気配感知を使う。入り口の向こうにはっきりと狼の姿を感じた。僕は意を決して大声で挑発する。戦闘開始だ!
「来いよ! 僕はここだぞ!!」
返事は轟音だった。入り口の石組みが吹き飛ぶ。腕で顔を庇いつつ状況を確認するが舞った砂埃で視界が悪い。しかし何かを考える暇もなく、砂埃を突き破って何かが飛んできた。
「なん……ッ!」
何かが僕の腹にぶつかる。酷い痛みが僕を襲う。勢い良く後方に吹き飛ばされ、壁にぶつかって地面に転がる。その視線の先にあったのは石だ。この遺跡を構成する石。それが砲弾のように飛んで、僕の腹に突き刺さったらしい。クソ、一身上の都合で腹は僕の弱点だ。砂の味をする空気を吸いながら血の味のする唾を吐き捨てて立ち上がる。すると突風が吹き、砂埃が消し飛ぶ。ダニエラだな。流石としか言い様がない。
お陰で視界も晴れた。僕はジッと其奴を睨む。
「てめぇ……よくも良いのをくれやがったな……」
部屋の中央には白銀の体毛と三本の尾を持つ巨大な狼が悠然と立ち、此方を見下ろしていた。僕の怨嗟の声にベオウルフは咆哮で応えた。
「ルロオオオオオオオ!!!」
空間がビリビリと振動する。ベオウルフは僕を襲おうと四肢に力を込める。その一瞬の間。
「今だ!!」
ダニエラへの合図。巨狼の足元が一瞬にして崩れる。それに巻き込まれた巨狼は魔法によって出来た穴に呑まれる。そこへ僕の魔法だ。
「イメージだ……イメージ!!」
簡単だ。ダムの放流。それを穴の中へ流すイメージ。簡単だが魔力消費量は半端ない。調整なんて細かい事は出来ない僕はただ、渦巻くようにだけ操作する。するとダニエラが崩した穴の中の土と僕の水が混ぜ合わさり、濁流となってベオウルフを襲う。幸運にも奴が崩した石も大なり小なり混ざっていたみたいで、それが勢い良く流され奴の体に傷をつける。どんどん血が流れる様を見て勝てると思った。が、魔力が少ないのを体で感じた。酷い風邪の時のような気だるさが全身を覆う。
「ダニエラ! 氷は難しい!」
「任せろ!!」
ダニエラが飛び出し、いつの間にか手にしていた死生樹の弓から続け様に矢を放つ。暴れるベオウルフの背や脇腹に刺さる。
「食らえ……っ!!」
強く引き絞った渾身の一撃。微かに光を放つ矢は風魔法の力だろう。矢を小さな竜巻が覆い、導かれるようにベオウルフの右目へ突き刺さった。
「ルロオオォォオォォォオォォ!!!!!!」
狂ったような叫び声が僕の耳を劈く。




