第二百三十七話 赤い悪魔
会場を出た僕とダニエラとレモンの3人は昨日と同じく祭気分の帝都を散策する。また的当てをやったり、昨日食べなかった屋台飯を食べたりとまぁ、それなりに楽しんだ。
日も暮れて、レモンを宿まで送った僕達はまた外食となった。
「さ、今日も行くぞ」
と、当然のようにダニエラは言う。此奴が外で食うと肉ばかりだからな……今日は僕が店を選ばないといけないな。
「という訳で今日は此処だ」
「昨日の店が良い」
「やかましい」
僕が選んだのは『ランブルセン料理の店』という看板の店だ。ランブルセンと言えば僕がこの世界に来た時に来た最初の国だ。とは言え、別に郷土料理っぽいものはなかったが……マリスさんの宿の食堂では普通の食事しか出てこなかった。
「フィラルドはランブルセンでも端の方だからな。首都の方へ行くと賑わっているし、郷土料理としては首都の反対側、北の方では一般的だ」
「なるほどね……ランブルセンは広いんだな」
僕がこの世界に来た場所。霧ヶ丘の東に最初の町、フィラルドがある。北と南を森に挟まれた町だ。その南にはアレクシア山脈が東西に伸び、越えればフリュゲルニア帝国だ。僕達はフィラルドを東に進み、平原都市、スピリスに向かった。其処から南に下ればアレッサ山があり、そこを抜けると帝国だ。
こうして考えるとだいぶ南の方に僕はやって来てたらしい。ランブルセンの北の方で有名なら、知らないのも仕方ないだろう。
ということで店内に突入だ!
「すみません、席空いてますか?」
「空いてますよー。どうぞー」
見たことのない衣装に身を包んだお姉さんが案内してくれる。極彩色というか、綺羅びやかというか、でも細かい意匠が凝っていて民族衣装っぽくてちょっとエキゾチック。長い髪に赤いバンダナ。そのバンダナの上から三つ編みの紐飾りが巻かれている。格好良いな……。
「はい、此方へどうぞー」
「ありがとうございます。衣装、素敵ですね」
「ふふ、どうもです。ランブルセンの古い民族衣装なんですよ」
と、お姉さんはその場でくるりと回る。ふわりと浮いたロングスカートが美しい。
「いや素晴らしいです。綺麗です」
「褒め上手ですね。後でサービスしてあげますね?」
こそりと耳元で囁いたお姉さんは嬉しそうに奥へと帰っていった。
椅子に座り、メニュー表を広げてダニエラと覗き込むが、あんまり分からない。
「そんなにあの女性が綺麗か」
「ん? 衣装凄く良いなって。服の事は詳しくないんだけど、ああいう民族衣装とかって結構好きなんだ。向こうでもそういうのは沢山あったから」
ヨーロッパの民族衣装とか可愛くて綺麗だった記憶がある。ダニエラに似合いそうだ。アジア系も意外と良いかもしれないな……。
「アサギはああいうのが好きなのか……」
「好きかな。ダニエラの服装も好きだけどね。デート用の時とか」
「ん……そうか」
照れるダニエラを撫でてやれば円満解決。嫉妬するダニエラも可愛くていいね!
それから機嫌を良くしたダニエラからランブルセン名物等を聞いて注文をした。すみませーんと声を掛ければ先程のお姉さんがやってくる。
「ご注文ですか?」
「はい。えっと、この……なんだ。パヴェリヤーニ……? をください」
「え、パヴェリヤーニですか……?」
お姉さんがドン引きとしか表現出来ない顔をしている。え、なに、ダニエラのオススメなんだけど!?
「此奴はランブルセン料理は初めてなんだ」
「あぁ……なるほど、畏まりました」
ダニエラの声に頷いたお姉さん。途端にニヤリと、まるで獲物が罠に掛かったハンターのような顔になった。
「では私はエレフィラッセをバケットで」
「あの、すみません僕もそれで」
「では注文を確認しますね。パヴェリヤーニがお一つとエレフィラッセをバケットで。ではもう少々お待ち下さいねー」
「あの、変更……」
僕の声が届かないのか、お姉さんはさっさと引き上げてしまった。何だろう。この外国人に山葵を食わせようとする雰囲気。嫌な予感しかしない。
「ほらアサギ、大人しくしないと他の人に迷惑でしょ」
「お前は僕のお母さんか! くそ、騙された! 絶対騙された!」
喚く僕をダニエラはニヤニヤと見つめる。僕の嘆きにひょこっと顔を出したお姉さんもニヤリと笑い、引っ込む。あぁ、これ確実に地雷だ。
そうして溜息ばかり吐く僕の目の前に赤い皿が置かれた。
皿が赤い? 馬鹿言うな。
これは料理か? とんでもない。
「これは拷問器具だ。だってもう鼻が凄く痛い」
「パヴェリヤーニ、お待たせしましたー」
唐辛子を食べた方がまだマシだ。だってこれはもう唐辛子の圧縮ファイルみたいなものだもん。鼻に刺さる匂い。既に舌はヒリヒリする。目に入ったら流水ですぐに洗わないといけないタイプのやつに違いない。
「ほら、アサギ。これがランブルセン名物だ」
「嘘つけ。見たことないわこんなん」
「いいから騙されたと思いながら食え」
「後悔しかねーよちくしょう!」
溜息も吐き飽きた。食うしかないのか……匙を握る手が微かに震えている。防衛本能みたいに溢れる唾液を飲み込みながら赤い地獄に匙を差し込む。入れてから初めて気付いたが、これはスープらしい。赤しか見えなくて遠近感狂ってた。
「う……」
「早く」
「急かすな馬鹿野郎。心の準備が……」
「えいっ」
「はぐっ」
口元で息を整えていたらお姉さんが僕の手を押して匙を口の中に押し込んだ。
僕の記憶はそこで途絶えた。
□ □ □ □
翌朝。目を覚ませば軍用宿泊施設だった。おかしいな……帰ってきた記憶がない。昨日は確か……クソみたいなイケメンに絡まれて、それから予選で凄い槍使いを見て……それから屋台を楽しんで、レモンを送って……ハッ!?
「口が痛い!!」
「んんぅ……」
思い出したように口内がヒリヒリしてきた。隣で眠るダニエラがうるさいと言わんばかりに呻きながら布団を被った。
僕はベッドから抜け出して洗面所へ向かう。水魔法で口内を洗い、うがいとか色々して何とか頑張るが、ヒリヒリが無くなるのは一時だけだ。暫くすればまたヒリヒリしてくる。
「嘘だろ、やっぱり拷問器具じゃねーか」
後引く辛さと言うには可愛げがまったくないあの料理、パヴェリヤーニと言ったか。もう二度と食わんぞ。
しかしあのえげつない料理の所為で結構早く起きてしまったな……窓の外はまだ薄暗い。これならレモンに頼らずとも最前列を確保出来るかもしれない。気分は始発組だ。
僕は寝間着から外用の服に着替える。それから朝食の屋台飯を食べるが、味が分からなかった。やはり拷問器具だと思い返しながら味のない麺料理を胃に詰め込んだ。
「ダニエラ、起きて。今日くらいはレモンに良い所見せようぜ」
「んんー……今何時……?」
「5時過ぎだ。ほら、レモンの為に席取ってやろうぜ」
「そうだな……今起きる……」
珍しく聞き分けの良い寝起きだ。やはりレモンに任せっぱなしなのが後ろめたかったか。
もぞもぞとベッドから抜け出たダニエラはボサボサの髪を掻きながら風呂場に行く。顔を洗うくらいなら髪も洗って、ついでに体も洗って目を覚ます。そんなところだろうか。
暇だなーと思いながら窓の外を見る。朝日が顔を出して帝都をゆっくりと照らし始める場面だ。
「そうだそうだ」
ちょうどいいから《神狼の眼》の訓練をしよう。僕は銀の眼で帝都を眺める。《器用貧乏》で感覚を共有し、ピントを調節しながら右へ左へと視線を動かす。やはり早朝ということで人は疎らだが、今日はAランク冒険者の予選ということで既に闘技場へ向かう人間が少し見える。
「おっ」
そんな少ない人通りの中に昨日の料理屋の処刑人ことお姉さんが歩いているのが見えた。私服は普通だな……それもそうか。
「ふむふむ」
だいぶ慣れた感じはあるが、なんかこう、ずっとパソコンの画面を眺めていたような疲れを感じた。眼精疲労? 異世界でか?
ちょっと疲れたので近場を眺めてみる。近くを見てから思ったが、遠い程疲労感はあるみたいだ。近いとそんなにでもなかった。
そんな近場を眺めると軍事施設ばかりではあるが、やはり夜勤をしてる人間は居るようで、何人かの兵が行き来していた。お疲れ様だな。
「アサギ、服」
「お前、それくらい自分で……」
と、急に後ろから声を掛けられて振り向いた。ズームしっぱなしだった視界には薄ピンク色のナニかが映る。頼んでもいないのに《器用貧乏》先生が良い感じにピントを合わせてくれる。体が覚えてる感じだ。
「アサギ、ナニを見てるんだ?」
「なんだろう。凄く素敵なものだと思う」
「レイチェルに言いつけるぞ」
「事故ですごめんなさい」
慌ててスキルをオフにした僕は鞄からダニエラの下着を引っ張り出して頭を下げるのだった。
Dクループ予選が始まる。
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