第二百二十六話 職人街へ
「アサギにはアサギの持ち味というものがある。異世界の知恵というのも大きい。だがそれと同時に異世界では禁忌とされていた行為。それに対する耐性が殆ど無い。まぁ最近は慣れてきたかなとは思うがな」
一通りダニエラに論破されてから今後の方針を決めていた。異世界の知恵か……正直、此処に至るまでに結構その辺の知恵は使ってきた……ような、使ってないような、といった感じだが。所詮、僕はコンビニ店員なのだ。
「私も私で人より長く生きてはいるが、ただ生きてきただけだ。恥ずかしいが正直、経験といえるものはあまりない」
「いやいや、でも知識は豊富でしょうよ」
「ふっ、年寄りなんだ。知恵だけでもと足掻いたのさ」
自虐するダニエラがだ、僕はその知恵に何度も助けられてきた。いつも言ってるが、ダニエラが居なかったらと思うとゾッとするね。
「だから、突拍子もない作戦なんかはアサギ、お前に任せる。もしそれで精神的ダメージを負ったなら私に任せろ。ケアしてやる」
「ん……そこは任せるよ」
まったく、イケメンだよな。ダニエラに甘えてばかりではと思うが、『これも助け合いだ』と言われてしまえば言い返せない。なら、もっともっとダニエラを助けて行動で示そう。僕達はパーティー、コンビなのだから。
さて、そんな事をベッドの上で語り合う僕達ではあるが、今の時間はもう夜中。あとは寝るだけなのだがダニエラは何か用事があるみたいで……。
「さ、ケアの時間だ」
「ケアって何するの……」
「そりゃお前、ココロとカラダのケアだ」
ペロリと舌舐めずりをするダニエラが僕の上に跨る。ケアって、そういうことですか。
「……ふふ、アサギのカラダはケアしてもらいたがっているみたいだ」
「馬鹿、ココロもだ」
反応した一部を撫でて笑うダニエラを抱きしめ、僕はじっくりケアしてもらった。
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翌朝、あんな単純なケアでも心地良い朝を迎えられる辺り、僕って結構単純なんだなと賢者的思考のままベッドを降りた。
備え付けの風呂場で体を綺麗にして歯も磨く。軍から至急された備品は自由に使っていいとのことなので安心して使っている。
着替えを用意していなかったことを思い出した僕は風呂場から出てそのまま鞄の中を探る。今日は防具が出来上がるから着替えやすいラフな奴を……うひゃあ!
「えっ!? なに!?」
「ん……なんだ、そんな顔をして」
「ダニエラ、お前どこ舐めてんだ」
「此方に尻を向けていたから……」
「着替えるんだよ馬鹿野郎」
此奴寝惚けてんのか……あ、寝惚けてる顔してる。まったく、油断も隙も無いな。
首から下げていた布でダニエラが舐めた場所を拭いてから着替える。ついでに朝食もテーブルに出したら、その匂いにダニエラの目も覚めたのか、ムクリとベッドから這い出てくる。そのまま風呂場の方に行ったので僕はダニエラが出て来るまで待つことにした。
さっぱりしたダニエラが出てきた所で朝食を食べ始める。今日は肉と野菜をパンで挟んだサンドイッチだ。僕達はそれに齧り付き、咀嚼して水で流し込みながら今日の予定を話し合った。
「今日はいよいよ僕の防具が完成するんだ。だからそれを受け取りに行こうと思うけど、ダニエラはどうする?」
「そうだな……私も行こうかな」
ダニエラは優しく微笑みながら応える。今日はダニエラと一緒だな。僕もそれが嬉しく、微笑み返してサンドイッチを平らげた。
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宿泊施設事務担当のハイペリカムさんに外出の旨を伝えて僕達は東区の商業区へとやってきた。北区の宿泊施設からは西区も東区も行きやすくて非常に便利だ。
此処、東区は服飾や装備関係の職人が多く住んでいて互いに高めあっている地区だ。なので、割と騒がしい。鉄を打つ音は当たり前として、良く聞こえるのが怒鳴り合う声。それらは自分の腕が一番と信じているからこそであって、嫌い合っているからではないと僕は知っている。夜になり、店仕舞いをした後は互いに誘い合って飲みに行ってるからだ。
そんな職人達のお陰で此処は賑やかな訳で。こうして僕はただ、自分の服を取りに行こうとしただけで絡まれたりする。
「おうおうおう。此処はてめぇみてぇなひょろい装備の人間が通って良い場所じゃあないんだよ」
「とっとと回れ右して帰んな!」
「そうだそうだ!」
職人達に当てられた冒険者だろうか。僕が見るに装備はまぁ、それなりだ。だが無駄に豪華で金ピカなのは頂けない。これじゃあ魔物に一発でバレてしまうし、傷ついたら悲しくなってしまう。まさか、傷つかないという自信の表れか!? なら油断出来ないが……。
「このBランク冒険者、ゴズ様の前からさっさと消えろ!」
「はぁぁ……なんだB級品か」
焦って損したぜ……。
「行こうぜダニエラ」
「そうだな」
用事は済んだので僕はダニエラを連れてゴズサマの横をすり抜けて商業区へと入っていく。
が、肩を掴まれた。
「おい、てめぇが行くのはそっちじゃねぇよ。分かってやってんのか?」
「此処に入ることは許可されてねぇんだよ、雑魚冒険者が!」
別に痛くも何ともないが、離してくれないしそろそろ鬱陶しいのでちょっとお話する必要があるみたいだ。掴まれて振り返られないので首だけ回してゴズサマを見る。
「あのさ、何で此処に入るのに許可がいるの?」
「はぁ? それは俺が此処で一番の冒険者だからだよ。Bランク、鉄槌のゴズ様だぞ!」
「ダニエラ聞いたことあるか?」
「ないな」
「ハッ、田舎者が。じゃあしっかり叩き込んでやる、よォ!!」
ゴズサマが掴んでいた右手で僕を固定して思いっきり振りかぶった左手で殴ってきた。でも肩を掴まれてたからと言って動けない訳じゃない。難なく振りほどいた僕は後ろ回し蹴りでゴズサマの側頭を蹴り飛ばした。
蹴られたゴズサマは地面に熱いキスをしながら滑っていく。それを見ていた取り巻き君がゴズサマを見送ってから僕を見た。
「許可、これで下りただろう?」
「う、ぁ……」
コンビニ店員をやっていて良かったのは営業スマイルが身についたことだな。僕は貼り付けた満面の笑みで取り巻き君を見つめてやる。
「ほら、ゴズサマのところに行ってあげなよ。すっごい血出てるよ」
「ひ、ひぇぇ……!」
「わぁぁぁ!」
まるで化物を見たような怯えっぷりでゴズサマの元へ駆けていき、連れて逃げようと持ち上げるが、鎧が重いのか、ガリガリと引き摺りながら走っていった。自慢の鎧も、あれじゃあお釈迦だろうな。
「はぁ、行こうぜ」
「アサギはやはりその格好がいけないと思う」
「まーたその話題か! もう勘弁してくださいよ先輩!」
「舐められないように気を使わないといつか死人が出てしまうぞ」
ファッションリーダーのお説教を聞きながら服を受け取りに行く。まるで拷問だ。周りでは最初こそ僕達の事を見ている連中が居たが、解決したら興味を失ったようで各々、自分の仕事に戻っていったようで更に絡まれることが無くて安心した。その辺、やはり職人気質って感じだ。好感を持てるね。
再び喧騒に包まれながら金属を打つ音がする商店街を抜けて少し落ち着いたエリアに来た。此処が服飾専門の職人達が居る場所だ。別に防具職人と服飾職人の仲が悪い訳ではない。寧ろ防具に合う服、服に合う防具は大事ということで仲は良い方だ。ただ、金属を打つ音が煩くて集中出来ないということで住み分けられているそうだ。仲良くなった店員さんから聞いたから間違いない。
月に一度、会合があってそういう話題は出るらしい。会合では最近のトレンドを研究したり、ちょっとしたレクリエーションや飲み会もあるというのだから良い関係なのが伺える。
「お邪魔しまーす」
「おぉ、来たかアサギ君!」
そんな話を教えてくれた『ソリチュード服飾店』、ただ1人の店員さん兼職人さん、アマリリスが僕とダニエラを迎えてくれた。




