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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百二十五話 果てに抱く気持ち

 こっそりと後を追うこと数分。男達と幼女が辿り着いたのは行き止まりだった。近道じゃなかったか……まぁ分かってたけどね。


「あれ……行き止まりですね」

「おい」

「あぁ」


 厳つい男がひょろい男に指示を出すと、ひょろ男はポケットから何かの石を取り出した。何だろうと見ていると、男はそれに魔力を送り始める。


「あれが鎖縛石の正しい使い方か……」


 石から伸びた鎖状の魔力が幼女に絡みつく。


「えっ、きゃあっ!?」

「よし。さっさとずらかるぞ」

「あいよ」


 これで人攫いは確定した。男達はちゃんと悪い人間だった。ならもう遠慮する必要は無い。


 《神狼の脚》を発動させ陰から飛び出し、その勢いのまま幼女を担ぎ上げようとしていたひょろ男の頭を殴り飛ばした。


「ぐぇっ!?」


 踏ん張りもせずに殴られた男は吹っ飛んで行き止まりの壁へ顔から突っ込んだ。それから脱力し、ズルリと落ちれば真っ赤な染みが軌跡を描いた。


「なんだ!?」

「この人攫いっ!」

「うぐぁ!!」


 慌てて僕を見た厳つい男の腹に膝を入れて、跪いて良い位置に来た頭を蹴り飛ばした。ひょろ男と同じく壁送りとなった。


「はい、おしまい」


 魔力が残り、今もまだ薄く光っていた鎖縛石を踏み砕いた。幼女を縛っていた魔法は消えた。ゆっくりと起き上がる幼女が恐る恐るといった感じに僕を見上げる。


「貴方は……?」

「通りすがりの冒険者だよ。こういう人間も居るんだから1人で行動するのはやめた方が良いよ」

「すみません……母とはぐれてしまって……」


 あの不安そうな顔はそういう事情もあったのか。変に疑うよりさっさと助けてあげた方が良かったかもなと心の中で反省した。


「じゃあとりあえず人の多いところまで行こう」

「えっと……」


 どこかまだ僕を疑う幼女。まぁその判断は正しいと思う。


「まぁ怖いよな。分かる分かる。じゃあ道案内だ。あっちの方向にずっと進めば大通りに出るよ。通りに出たら左に歩けば貴族街に出る。君、貴族だろう?」

「はい、そうです」

「うん、じゃあ行くと良い。僕は陰から見守ってるから」


 手を引いてという訳にはいかないなら別行動をすれば良いだけの話だ。


「じゃあこれで」

「あの!」

「ん?」


 身を隠そうとすると呼び止められた。


「えと、お名前を聞いても……?」

「何で?」

「何で……あの、後日改めてお礼を……」

「あー、そういうのは良い。気にしないでくれ」

「でもっ」

「ほらほら、前向いて、まっすぐ歩いて」


 僕はまだ抵抗する幼女の肩を掴んで180度反転させ、背中を押してやる。それと同時に《神狼の脚》と《気配遮断》を発動。風景に稀釈されたように気配の消えたと同時に視界からも消えた僕を振り返って探す幼女。しかし、見つけることは出来なかった。



  □   □   □   □



 その後、屋根伝いに幼女の行く末を確認していると、大通りに出た辺りで幼女が駆け出した。視線を行き先に滑らせると数人の兵に囲まれた女性が居た。その女性も幼女を見つけた途端に兵を置き去りにして幼女の元へと駆け寄った。間違いなく母親で、間違いなく貴族だった。高そうな服を着ていたからね。


 それを見届けた僕は宿に帰ることにした。目的は達成した。あー、貴族街まで行かなくて済んだし時間もあるから屋台飯でも食って帰ろうかな……。


 久し振りに人助けをして気分が乗ったのでそのまま屋根伝いに走り、商業区の一角、屋台街の入り口に降り立つ。うん、色んな香ばしい匂いが胃を掴んで離さない。今日は何にしようかな……。ここ最近は肉ばかりだったし、魚とかあると良いんだが……。


「お?」

「ん?」


 ダニエラが買い食いしていた。両手に串焼きを握って振り返る姿は僕のよく知るダニエラ先輩だ。

 

「アサギか。食うか?」

「良いの? ありがとう」


 珍しくダニエラが自分の分を僕に分けてくれた。しかも囓ってない方を。優しい。


 受け取った時にはもう魚気分なんて消えていた僕はがぶりと齧り付く。パンチの効いたスパイスが口の中を暴れまわる。そして溢れる肉汁。慌てて前かがみになって服に付かないようにしたが、間抜けな格好になってしまった。しかし旨い。やっぱ世の中肉だよ。


「今日は何してたんだ?」

「んー? 人助け」

「ほう。聞かせてくれないか?」

「あぁ、勿論」


 並んで歩いていると人気のない公園に出た。その中央のモニュメントの傍の花壇に座るダニエラの隣に並んで座り、先程あった出来事を話す。


 暇だったから散歩していたら迷子になった事。迷子にはなったが楽しんでいたら迷子を見つけた事。その迷子を狙う人攫いから迷子を助け事。その迷子が無事にお母さんの元へ帰れた事。


 そしてお腹が空いたのでご飯を食べに来た事。そこでダニエラに会った事。


「なるほどな……格好良いじゃないか」

「そんなことないって。普通普通」

「いやいや、私のアサギは格好良い。自慢の相棒だな」


 そんなことないんだが、こう、まっすぐに言われると照れ臭い。


「ふふ……最近、塞ぎ込んでいるみたいだったから心配していたんだ」

「別にそんなことはなかったよ。ちょっと落ち着きたかっただけ」

「アサギは声に出さなくても顔に出る。お前の寝顔はそれはそれはもう苦しそうだった」

「……」


 実は最近、悪い夢を見ていた。あの盗賊を犠牲にした時の光景が延々と繰り返される夢。あれがストレスになっていないと言えば嘘になる。何度も起こされた。

 でもそれについては自分の中で決着というか、覚悟は終わっていたからそれ程苦にはなっていなかった。だって、あれは僕が自分で考えて選んだことだったから。僕が、そうすると決めたことだ。なら誰に助けを求めることもなく乗り越えられるはずだ。乗り越えないといけないから。


 だから、ダニエラに助けを求めるようなことはしなかった。多少の時間がそれを解決してくれると思っていたから、


 もう少ししたら帝剣武闘会の予選が始まる。大会が始まってしまえば思考はそちらに切り替えることが出来る。そうすれば更に時間がそれを……そう思っていたんだけどな。ダニエラにはお見通しだったようだ。


「アサギ、私は頼りないか?」

「何言ってんだよ。お前以上に信頼出来る人間なんて居ない」

「なら、ちょっとは私にも頼ってはくれないか?」

「ダニエラにはいつも助けられてるよ。これ以上、お前に甘えたくないんだ」


 ギュッと肉のない串を握る。頼りすぎればそれは甘えになる。人の命を犠牲にした僕が誰かに甘えていい訳がない。


「……なら、パーティーは解散だ」

「はぁ!?」


 ダニエラの突飛な発言に思わず立ち上がった。


「私達は二人三脚でやっていけるはずだ。どこまでもな。だが、片方がそれを否定するならこれ以上は走れない。解散するしかないだろう」

「そんな……ダニエラ、お前、本気で言ってるのか?」

「当たり前だ。私がこんなことを冗談で言う女だと思っているのか?」


 ジッと僕を見るダニエラの目には怒気が宿っていた。何故私を頼らないのか。何故自分だけで抱え込むのか。そんなことが視線を通して僕に突き刺さる。


「ダニエラ、でもこれは……」

「それ以上言うなら解散だ」

「うぐ……」


 此処でダニエラと別れるなんてありえない。僕はどうしたら良いのか分からず、でも解散だけはしたくなかったのでダニエラの隣に腰を下ろした。


「お前の考えていることなんてお見通しだ。自分が彼等の命を奪ったから、誰かにこの気持ちを肩代わりしてもらうのはお門違い……そんなところだろう」


 全くもってその通りだった。


「私に言わせればそれは悲劇のヒロインを演じているだけの馬鹿野郎だ。1人で抱えて見る町の景色はどうだ? 目に入ってないだろう。その脳には見ている自分が映っているはずだ。舞台の上の主役のようか?」


 ぐうの音も出ない。


「馬鹿野郎。お前のその気持ちはどこまで言っても行き止まりだ。誰かを殺した事。犠牲にした事。人1人の命を抱えるだけでも精一杯に人間が、そんなに沢山の命を抱えられる訳がない。なら、誰かを頼る以外に道はないだろうが!」

「ダニエラ……」


 怒るように、しかし泣くように立ち上がったダニエラが僕の胸元に飛び込んできた。


「そのままじゃお前が壊れてしまう……私はそんなお前の姿なんて見たくないんだ」

「ダニエラ……僕は大丈夫だよ」

「大丈夫なもんか! 今回だけじゃない。いつも、お前は寝ながら泣いていた……許してくれと何度も言いながら! お前は数々の戦いと困難を乗り越えて強くなったつもりかもしれないが、体と経験は鍛えられても心は弱いままなんだ……。何かを犠牲にする考え方を実行出来る強さと、それを受け止める強さは別のものだ。お前はこれからももっともっと人の死を乗り越えて生きていかないといけないんだ」


 鼻声になるダニエラの頭をゆっくりと撫でる。これじゃあどちらが慰めているのか分からないな……。いや、慰められているのは僕だ。


 この世界に来るまで僕は人を殺したことがなかった。この世界では人の死が当たり前だった。だからいつかはそうなるだろうとは思っていた。

 あの時、森を出た僕達の目の前で馬車を襲っていた盗賊を殺した。それを皮切りに何度か人と戦った。


「だから、私を頼ってくれ……お前1人に背負わせるなんて、したくない」


 顔を上げたダニエラと視線が交わった。これだけ、僕を思っていてくれた事に驚き、それと同時に気付かなかった自分が情けなかった。


「ありがとう、ダニエラ……ありがとう」

「私とアサギは一心同体なんだ。お前の心の痛みは私と分かち合おう……楽しいことも、辛いことも半分ずつだ」

「うん」


 ふふ、と微笑んでくれたダニエラの目から涙が落ちる。涙を流しながら笑うダニエラがあまりにも綺麗だった僕はもっとよく見ようと顔を寄せた。

 するとダニエラが微笑み、気を利かせてくれて顔を近付けた。

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