第二百二十三話 戦いの果てに思う
「うっわ、駄目だ!!」
分厚い金属を叩いたような音と共に鎧の魔剣が弾かれ、僕は慌てて空へと逃げる。
「クソ、忘れてた!!」
竜種の体は魔力を纏った武器でないと通らないという基本を忘れてしまっていた。作戦とか、そんなことばかり考えていた所為だと後悔した。
「アサギ!」
「大丈夫! まだやれる!」
しかし後悔しても仕方ない。考える前に攻撃するんだ!
「グラァァァァァア!!!」
「ハァッ!!」
手にした魔剣を手放し、《神狼の脚》の風速を一気に上げる。別の攻撃手段として大剣サイズの氷剣、言うなれば『氷大剣』を生成して振り下ろした。
だがタイミングがずれた所為で会心の一撃とはならなかった。中途半端に切っ先だけが翼膜を破る。この程度じゃすぐに治癒してしまう。
「ハッ!」
そこへダニエラが追撃の風弾を撃つ。それは見事に翼膜を撃ち抜く。広がった傷が僅かにウィンドドラゴンの動きを鈍らせた。その隙を見逃す僕ではない。
「そこだ!!」
今度は速度重視の攻撃。氷大剣を捨て、標準サイズの氷剣を生み出し、一瞬で距離を詰めて今度こそ翼を切り飛ばした。
「ガギャァァァァァアァァア!!!」
噴き出す血が地面を赤く染める。その血がブラッドエイプや盗賊の死体も赤く染めていった。
痛みにのた打ち回るウィンドドラゴンから距離を取ってダニエラと合流した。
「まだ使い慣れていないからかもしれんが、魔力を消費し過ぎたようだ」
「支障はあるか?」
「サポート程度なら問題ない」
「なら大丈夫。囮頼めるか?」
「任せろ」
作戦の修正をしている間に傷口が塞がったウィンドドラゴンが殺気の篭った目で此方を睨む。僕はもう片方の手に氷剣を生成する。
ジッと、2対1での睨み合いが続く。ゆっくりと僕はダニエラから離れつつ、薄く《神狼の脚》を纏わせる。ダニエラは手にした弓にそっと矢を番えた。
片方しかない翼を折り畳んだウィンドドラゴン。その目は細かく左右に揺れ、僕とダニエラの動きを見逃すまいと交互に動く。
その振れ幅が大きくなり、完全にダニエラを見たその瞬間、僕は《気配遮断》を発動させ、一気に風速を上げて走り出した。
同じタイミングで瞬時に弓を構えたダニエラが矢を放つ。鼻先目掛けて放たれた矢。それを避ける為に左へとジャンプするウィンドドラゴンは完全に僕の気配を見失った。
「……ッ!!」
フッと息を止め、両手の剣に力を込める。あの太く逞しい後ろ足を切断するには並大抵の力じゃ足りない。僕は今まで培ってきたステータスを信じて剣を十字に構える。その姿勢のままウィンドドラゴンの斜め後ろへと接近した僕は目の前の脚に向かい、渾身の力を振り絞って剣を外側へと振った。
刃は思った以上に抵抗無く脚を切断する。鱗も皮膚も筋肉も骨も、全部を体から切り離した。
期待以上の自分の力に思わず褒めたくなるが、痛みに叫び、暴れるウィンドドラゴンから距離を取った。先程以上に悲痛な叫び声を上げながら目的もなく這いずり回るウィンドドラゴン。僕は躊躇せずもう片方の後ろ脚も落とす。
「ゴ、グギャゥゥ……!」
止め処無く溢れるドラゴンの血。その血を踏まないように気を付けながら翼の無い右側を通って更に攻撃出来る箇所を探す。と言ってもあとは前脚だ。
だが、ウィンドドラゴンもただ痛みに鳴くだけではない。
「アサギ! ブレスだ!!」
ダニエラの声にハッと顔を上げると完全に僕を捉えたウィンドドラゴンと目が合った。その開かれた口腔には目には見えないが、魔力が高密度に圧縮されていくのを肌で感じた。あの時以上の威力が予想出来る。
「……ッ!!」
咄嗟に氷属性の魔力を地面に沿って流し、ウィンドドラゴンの顔の真下で魔法へと昇華させる。魔法としての名前はない。過程は『逆さ氷柱』と同じだが、あれは無数の氷柱を地面から生やして串刺しにする魔法だ。
僕が生成したのは1本の氷柱。太くて長くて逞しいそれを奴の顎下目掛けて突き上げてやった。
「ガフッ!?」
無様な声と共に強制的に口を塞がれ、上を向かされたウィンドドラゴンの閉じたその口の隙間から光が漏れる。
「ブグァァ!!」
何かが篭ったような、濁った声を上げながら圧縮して凝縮した風、ドラゴンのブレスが放射される。その放射の障害となった自身の口を吹き飛ばして。
「はぁ……はぁ……!」
実際、僕だって超焦っていた。それでも今までの戦いの経験からか、こうして冷静に思考出来る余裕というか部分が、頭の片隅に作られているお陰で状況判断能力は身に付けている。
それでも限界というものはある。次にどうしたら良いか考えが浮かばない。
「アサギ!」
バン! と背中を叩かれた。転がりそうになるのを慌てて踏ん張る。振り向くとダニエラが強気な笑みを浮かべながら僕を見ていた。
「痛いんだけど……」
「そんな場合じゃないぞ! あの状況でよくあんな魔法を……凄いぞ!」
そんな言葉が耳から入ってくる。凄いのだろうか。必死にギリギリの頭を働かせただけだ。
「もうウィンドドラゴンは虫の息だ! 止めを刺すぞ! とは言っても私の属性じゃ難しい。頼むぞ!」
もう一度、今度は押すように背中を叩かれ僕は前に出る。
もう一歩、もう一歩と足を出し、気絶したように動かないウィンドドラゴンと距離が縮まるにつれて段々と自分が結構凄い事をしたような気分になってくる。
あの一撃は咄嗟の割に最高のカウンターになったんじゃないか?
一度そう思うとそうとしか思えなくなってきた。寧ろ僕の隠された実力が、あの土壇場で垣間見えたような気がしてならない。
「……よし」
思考が落ち着いた。整理がついた。後はあの首を刎ねて終わらせるだけだ。
僕は『氷大剣』を生成する。藍色の大剣を使う癖からか、あの剣と同じ特徴の少し長い柄をギュッと握る。
ウィンドドラゴンの後ろ脚は無い。前脚で反るように上体を持ち上げている姿勢だ。だから白銀翆の風で自身を持ち上げなくても届く位置に首の根元がある。
僕はそっと剣を引き、腰を落とす。
そしてその首を狙い、剣を振るった。
□ □ □ □
こうしてご都合主義と思われたウィンドドラゴン退治は詰めの甘さから二転三転しつつも、無事に終わりを迎えた。
その際、犠牲になった盗賊達とブラッドエイプはダニエラの土魔法と僕の《神狼の脚》の暴風効果で掘り起こした土の中に埋めて弔った。ただしダニエラが大将らしき男の首を刎ねた。それは別に用意した鞄の中に丁寧に布を巻かれて収納されている。
ブラッドエイプもその討伐証明である赤く長い尾を切り取った。無駄にはしないのだぜ。
勿論、手放して地面に突き立っていた鎧の魔剣も回収した。
ウィンドドラゴンも大半の血は流れたところで虚ろの鞄に仕舞い込んだ。此奴の素材全部を使えば僕が今身に付けているポンチョ、腰マント、そして半ズボンが上位互換される。あの時半分以上売ってしまったのは早計だったと今更に思う。これからは貴重素材は溜め込むことにしようと心に決めた。
今回の戦闘で僕も色々と心の変化があった。何かを犠牲にする心と、どんな状況でも生きることを諦めない心。今までもこんな事は沢山あったけど、今回程強く印象に残った戦いは無かったと思う。自分の為に何かを見捨てるということがこれ程までに心に伸し掛かってくるとは……しかし、その覚悟をしたお陰で耐えられる。
しかしちょっと情緒不安定かもしれないな……帝都に帰ったら暫くは自分の時間を大切にしようと思う。
「帰るぞ、アサギ」
「うん、行こうか」
どっこいしょと立ち上がり、振り返って戦場となった山肌を見る。此処が最初から荒れ地で良かったなと今更に思った。
先を歩くダニエラの後を追って走ろうとしてやめた。偶にはゆっくり歩くことにしようと、今はそんな気分だった。
詰めの甘さからの激戦を描きたかったのですが難しかったです。東の山の調査編終わります。




