第二百二十一話 逃げながら攻める
世の中、上手く行く時と行かない時というのは良くあるし、はっきりと分かりやすい。以前も教わったが、良いことの後には悪いことがある。
この『良いことの後』というのはどれくらい後のことなんだろう?
すぐ後? 次の日? 来週? 来月? 来年?
それとも、もう一度良いことがあった後のことか?
考えても考えても、答えは出ない。
そして、そんなことを考えている場合でもなかった。でも考えたくもなるよ……一撃で山頂がクレーターになってしまったんだから。
「うわぁ……」
「呆けてる場合じゃないぞ!」
僕から離れたダニエラが自身の脚の下に風のボードを作り出す。ダニエラ式《森狼の脚》と言ったところか。前に試行錯誤の末の形だと言っていた。その魔法をものにしたおかげでこうして空中でも自在に動けるようになった。ダニエラは僕のスキルを見たおかげだと言っていたが、その域に辿り着いたのはダニエラの力だ。本当に凄い。
閑話休題。今現在、僕達はウィンドドラゴンに奇襲を仕掛けようとほくそ笑んでいたら思い切りブレスをお見舞いされて超逃げている。世の中儘ならないね!
山頂の野営地は吹き飛んだ。新しく買ったダニエラのテントも吹き飛んで、僕達は命からがら逃げているところだ。振り向くとウィンドドラゴンが此方に進路を修正して追いかけようとしている姿があった。完全に標的として狙われている。
ダニエラは自分の魔法で飛ぶと言ったが、緊急事態なので僕はダニエラの手を引いて抱き寄せ、抱きかかえ、速度を上げた。《気配遮断》の効果範囲が、自分自身なのか自分中心の範囲かは分からないが、一応起動させておくことも忘れない。
兎にも角にも僕達は身を隠すためにジャングルへと突っ込んだのであった。
□ □ □ □
ジャングルの中に入ったので上空からは見つけられないはずだ。だが、あの西側の山肌のようにジャングルを削り取られてしまっては元も子もない。僕は速度を落とさずにジャングルを駆ける。
「『風壁結界』!」
ダニエラが手を翳すと僕達の前に薄い緑の壁が出現した。
「ブレスを防ぐことは出来ないが、攻防一体の便利魔法としては使えるだろう?」
それは無数の風の刃で構成された結界だ。触れるものを切り刻み、弾き飛ばす障壁。ダニエラ考案の風魔法製防御魔法だ。よくこんなの考えるぜ……。
お陰で僕は蔦や枝を気にせず走ることが出来る。流石に幹は避けるが、そうして避けた先の細かい障害は無視出来るのだから大助かりだった。
「しかしこうして逃げてばかりではどうしようもないぞ」
「んー……どうしたもんかな」
奴を倒すきっかけが欲しい。何か無いだろうか。一転攻勢に出る為の道標。
「ギィィ!!」
「ん?」
障壁が何かを弾いた。振り返ると赤い猿が飛んでいった。あれは血で染まった訳ではなさそうだ。……ん? 赤い猿?
「ブラッドエイプだな」
「だよな。いやほんとどこにでも居るな……偶々か?」
此方からぶつかっていったのは初めてだな。全然気付かなかったからびっくりしたわ。
「あれ……ブラッドエイプ……んー…………あっ、いけそう」
閃いたかもしれない。この山の状況を改めて考えた事で閃いたかもしれない。
「ウィンドドラゴン、ブラッドエイプ……そして盗賊。ダニエラ、ちょっと聞いてくれないか」
「聞こう」
僕は今閃いた作戦というか妙案をダニエラに伝えて精査してもらう。
「……という作戦はどうだろう?」
「お前はえげつないことを考えるな……」
「実際、これって結構良い作戦だと思うんだけど」
「まぁそうだが……こういうのを一石二鳥というのだろうか」
「言……わない気がする」
まぁこれで良い感じにウィンドドラゴンに攻撃を仕掛けることが出来そうだと、僕達はほくそ笑んだ。
□ □ □ □
手下が帰ってこないことなんてすっかり忘れて俺達は酒盛りをしていた。酒は良い。何だって忘れさせてくれる。
イヴの元で働いている時は楽だった。あの女の言うことを聞いていれば地位も金も手に入った。あの女の指示で攫ってきた村の女は自由に抱けた。商人を洗脳して禁輸品の薬も手に入れられた。毎日がパーティーだった。
そう。だったのだ。
あの日、あの黒髪の男と白金髪の女の所為で全部、全部、ぶち壊されたのだ。
「んぐっんぐっ……ぷはぁぁ……」
安酒でも俺を酔わせてくれるなら何だって良い。しかし体は酩酊しても頭だけははっきりとしてやがる……俺の中の何かが思考を止めるなと言っているんだろうか。でも、考えた所で答えは出ない。人の指示で動いていただけの俺じゃあ此奴等を率いて盗賊団を結成することなんて出来やしない。今は、のらりくらりと言葉で避けているだけだ。
いつの間にか俺の後ろに此奴等が付いてきただけだ。
「……」
そんな馬鹿野郎共の顔を見渡す。よくもまぁ、こんな俺の後ろを付いてきたもんだ。総勢30名。ちょっとした盗賊団レベルの人数だ。
あぁ、俺が気を引き締めて命を懸ければ、この止まってしまった人生を再び動かすことが出来るんだろうか……。
俺に出来るんだろうか?
「ボス、飲み過ぎですぜ」
「……あぁ」
「明日はどうしやす? どっかの村でも襲いますかい?」
「そうだな……これだけの人数が居ればどうにかなるかもな……」
「絶対に成功しやすって! 俺達、ボスに付いていきやすぜ!」
最初に付いてきた馬鹿野郎が声を上げると、周りの馬鹿野郎も賛同して酒の入ったカップを高々と持ち上げた。
こんな俺でも、慕ってくれてるんだろうか。そう思うと何だか腹の中がポカポカと暖かくなってきやがった。酒の所為ではないのは確かだ。
しゃーねーな……。
「じゃあ明日はこの山の裏側の村を襲うぞ!」
「よっしゃー!!」
「腕が鳴るぜ!!」
「女は生け捕りだぜ!」
「俺、絶対肉食う!」
「明日に向けてとっとと寝ろよ?」
決めた。俺は此奴等と一緒に盗賊人生を走りきるぜ。荒くれ者だけど、結構良い奴等だしな……ほんと、しゃーねーな。
俺はカップの中の酒を飲み干すと重い腰を上げてテントの中へ入ろうと歩き出した。
が、仲間の声に足が止まった。
「おい、何だあれ……」
「何かが、走ってくるぞ?」
何だ、軍か?
いや、仲間は山の麓は見ていない。山肌に沿って、南方を見ていた。今夜は満月だから、月明かりである程度は見渡せる。そんな俺の視界に映ったのは朦々と立ち上る土煙だった。
「わ、わかんねぇ……何だあれ!?」
「と、とりあえず剣だ剣!」
「槍も持って来い!」
瞬時に大慌てになる拠点内で武器を手に仲間たちが走り出す。此処は急遽見つけた広場だったからバリケードも何も無い。あるのはゴロゴロとした岩くらいだ。あとは粗末なテントだけ。
「ちょっとどけ」
「ボス!」
俺はそんな岩の陰から町から逃げる時に拾った望遠鏡を覗き込む。土煙をあげている正体を見てやろうとの魂胆だ。
そして俺が覗いたレンズの向こう。そこには……。
「あ、あれは……!」
俺の人生をめちゃくちゃにしてくれた黒髪の男と白金髪の女が、とんでもない数の魔物を率いて走ってきている姿が映ったのだった。
「え……は!?」
望遠鏡越しに目が合った。どんだけ目が良いんだ彼奴……! しかもご丁寧に手も振ってきやがる。馬鹿にしてるのか!?
「はっ、そんな場合じゃない!」
おれは頭を振って無駄な思考をふるい落とす。
「逃げるぞお前等! 魔物の大群が此処に向かって走ってきてるぞ!!」
「そ、そんな!」
「クソ、折角逃げてきたのに……!」
「ボス! 倒せないのか!?」
泣き言を言いながらもギュッと武器を握る仲間に俺は首を横に振った。
「とても倒せる数じゃない。急いで荷物を纏め……えっ?」
一番傍に居た仲間に指示を出そうと視線を合わせた所で俺は目を疑った。
黒髪の男が滑り込むように飛んできて仲間の両足を切り飛ばした。
「え、え? あれ……足、足が……ぁぁぁぁぁああああああ!!!」
それに遅ればせながら気付いた本人が地面に転がりながら絶叫した。周りの連中も何が起きたか分からないのか動揺した顔で転がる仲間を見つめている。
だが俺はこの行為の犯人を見ている。拠点の中心で血振るいをするその姿。あの時、ニコラの盗賊団を壊滅させた冒険者。
ビシャリと地に落ちた血の音に俺以外の全員が振り返る。冒険者は全員の視線が集まった所で口を開いた。
「悪いな。ちょっと皆で餌になってくれ」
黒髪の冒険者、アサギ=カミヤシロ。俺の死神が死の宣告をしにきた。




