第二百二十話 山頂での野営
グルリと山を半周して行くうちに、大体の地形と雰囲気は掴めた。
此処は結構生態系が特殊なようだ。テーブルマウンテンの山頂付近は風雨に削られ、土や岩が露出している。しかし、そこから少し下ると森だ。鬱蒼としたジャングルが覆い茂っている。どういう仕組か分からないが川も流れているらしく、滝なんかが山肌を流れ落ちていた。
「ようはハゲだ」
「多方面に喧嘩を売る発言は控えろ、アサギ」
そんな子に育てた覚えはありませんとダニエラに釘を刺されるが、率直な感想は正しくそれだ。しかし最も奇妙だったのが、そのジャングルが西側だけ生えていないことだった。つまり僕達が来た帝都側は山頂と同じく禿山だ。お陰で盗賊達を発見出来たが……。
テーブルマウンテンはどう見ても落ち武者スタイルだった。
「何かが彼処で戦った……という可能性はあるかな?」
「森が消える程の戦闘か? あったとしたらそれは超大規模な戦闘だぞ」
ちょっと地形が変わるなんてものじゃない。地図が変わる程の戦闘だ。もしあれが、竜種のものだとしたら……?
あの時のウィンドドラゴンのブレスを思い出す。あれは、風を超々高密度に圧縮したものだった。あのブレスなら触れるもの全てを切り裂くし、吹き飛ばせるだろう。あの地表が、ウィンドドラゴンの気紛れブレスに消されたものだとしたら……ちょっと、ゾッとする。いや、ゾッとしてる場合じゃない。それを防ぐ手立てを考えないといけないんだから。
「……ダニエラ、あれがブレスによるものだとしたら、防げると思うか?」
「難しいな。私の発案した魔法でも無理かもしれない」
「そっかー……あー、やっぱり完全に攻撃を防ぐなんてのは無理なのか?」
「考え方次第だとは思うが……今は何も出てこないな」
何でもアイデアがすぐに出ていたら過去の人間がそれを成し遂げているはずだ。思いついても実現出来なければ意味がない。僕達は実現出来る魔法を考えないといけないのだ。
さて、そんな山頂付近ではあるが、竜種の姿は見当たらない。ウィンドドラゴンという噂はあったが、あの翡翠の体なら土の上でもよく見えると思うが……。
「一先ず降りるとしよう。姿は見当たらないし、もしかしたら森の中かもしれないからな」
「む、それは拙いな。此方から姿が見えなくても、向こうからは見えてしまう。あのブレスで狙撃なんてされたら死ぬぞ」
ダニエラの提案に一も二も無く賛成し、空を滑り降りた。森が見える位置は危険だと思ったので、山の真ん中辺りに着陸することにした。
「見事に何も無いな……」
「風除けの岩でもあればと思ったけど……まるで荒野だ」
一面土色の山頂は一瞬、荒野と見間違う程の殺風景だ。風や雨が長い年月を掛けて木や草、岩なんかを削り取ってしまったんだろう。この星の歴史というものを感じるが、今は過ごし難いことだけが脳裏をよぎった。
まずは調査の拠点をということで野営の準備を始める。何も無いなら作ればいいじゃないと、ダニエラが土魔法でそこらの土を固めて壁にしてくれたので過ごしやすさは格段に上がった。帰る際は崩していけば、自然にも優しい。
テントを建てた所で鞄からカップを取り出して景気付けに果実水も取り出して2人で飲んだ。殺風景だけど、外で飲む果実水は旨い。
「今は3時頃か……」
「これから探しに行くのか?」
「いや、すぐに暗くなる。探索は明日からにしよう。それと、今日は焚き火は無しだ。竜種に見つかって夜襲なんて笑えないからな」
「あぁ。夜襲の時はいつも焚き火目掛けてやって来てたからな……了解だ」
いつも上から焚き火をドーンだからな……あれは非常に心臓に悪い。敵が居ることが分かっているなら、わざわざ目印を作る必要もないだろう。
ということでダニエラが土魔法を更に使い、テントの上を土で覆った。これで上から見ても分からないだろうとドヤ顔をしていたが、もうテントの必要が無いことには気付いていないらしい。だがまぁ、可愛いので良しとしておいた。
□ □ □ □
夜。今日も見張りは僕だ。何と言ってもダニエラには《夜目》が無い。暗闇で姿を確認出来るのは僕だけなのだ。だが今夜は満月が3つだ。初めてこの世界にやってきた日の夜に見た月と同じだ。あれだけの光源があれば夜目スキルが無くても視界はばっちりだ。試しにスキルをオフにしてみたが、何の問題も無かった。だが僕が見張りを買って出たは、僕がウィンドドラゴンとやりあった経験があったからだ。すぐに殺してしまったが、いざとなれば動きが分かる。ダニエラを起こす暇が無くても機動力を武器に引きつけることも出来る。
もしものことがあっても僕ならギリギリ対処が出来ると思ったので提案した。ダニエラは渋々といった顔をしていたが、頷いてくれた。
ということで暇な夜を過ごしている。普段は《気配感知》を広げながらボーッと焚き火を見つめる夜だが、今夜は夜更かし相手が居ないので寝転がって星空を見上げていた。無論、《気配感知》は上下左右に展開済みだ。
「良い夜だな……」
野営地を作る際も気配感知はしていた。だが森も山頂も何も反応が無かったので、ダニエラと話して下した判断が、『餌を獲りに行ってる』というものだった。あれだけデカい存在が気配感知に引っかからないとは思えなかったし、噂がある以上此処には何かが居るはずだ。それが見当たらないということはお留守ということだ。
ならばこうして空を見上げていれば、餌を捕まえたウィンドドラゴンが巣に戻ってくるところを発見出来るという寸法だ。だけどこの広い夜空で姿が確認出来るだろうか……うーん、と考えてしまう。
「気配感知と夜目で探すしか無いか……ふぁぁ」
しかし夜に寝転がるとどうしても睡魔がやってくる。これは駄目な奴だ。ちょっと起きよう。
と、上半身を起こした時だった。
―――ォォォォオン
声が聞こえた。狼の遠吠えのような、そんな声が。空から。
「!?」
慌てて空を見上げると、赤い月に小さな影。一対の翼と長い尾が確認出来た。
忘れるものか。あの姿は……!
「ウィンドドラゴンだ……! だ、ダニエラッ!」
慌ててテントの中のダニエラを起こす。僕と違ってすぐに目を覚まして状況を確認出来たダニエラがテントの中から出て来て弓を構えた。
「何処だ!?」
「空!」
僕が指差した先をダニエラが矢と共に見上げる。遅れて僕も見上げると、先程より大きな影が見えた。降りてきている。
「どうする? どんな先手が効く!?」
焦りながらも僕はダニエラの判断を待つ。
「私が此処から渾身の一撃を奴にぶち込む。ぶち込んだら、その隙をアサギが《神狼の脚》でケリをつける。で、どうだ?」
「いつも通りの短期決戦か。悪くないね」
「慣れた戦法が一番良いと言うのが戦いのコツだ」
新しい魔法も完璧じゃない。出来る手で確実な手を使うのが一番。小学生でも分かるやり方だな。
「よし、じゃあそれで……」
方針が決まった僕は再び視線を夜空へと戻す。が、ウィンドドラゴンの姿を見て言葉が詰まった。
「……あれ……ダニエラ、彼奴、ちょっと変じゃない?」
どう見ても飛び方がおかしい。翼を広げ、鎌首は此方に向いているような気がする。勘違いで無いなら、風属性の魔力も感じる。
「…………拙いな。バレている」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい! 撃ってくるぞ!!」
「アサギ!!」
僕は大慌てで剣を鞘に突っ込んで鞄とダニエラを掴んで《神狼の脚》で走り出す。僕が助けられるのはその2つだけだ。さらばテント……生きてたらまた会おう……。
その直後、圧縮された風の束が僕達の野営地を吹き飛ばした。




