第二十二話 詫びと詫び
朝だ。木の上から見る朝日は綺麗だ。眼下には昨日建てたテントとタープがある。
ん? 何故テントがあるのに木の上で寝てるかって?
そりゃあ、テントの同居人に怒られたからさ。
朝から悲しい気持ちになりながら久しぶりに作った蔓ロープを解き、木の幹に括り付けてそれを頼りにゆっくり降りる。朝日に照らされるテントを見て動きがないことを確認して溜息を漏らす。家主はまだおやすみのようだ。勿論、起こそうなんて無粋な真似はしない。昨日学習したことだ。ダニエラを起こしちゃいけない。
昨日のスープの残りを温めるべく焚き火に火を灯す。ゆったりとした時間が流れる中、焚き火を見つめる。ボーっと火を見つめるのは好きだ。頭の中が空っぽになるから。気付けばグツグツと煮立つ音がして慌てて鍋を避ける。器にスープを入れて、一人朝食だ。ダニエラならちゃんと起きてくるだろう。しかし待ってても暇なので、ちょっとしたサプライズを仕掛けてやることにした。鹿でも狩ってやろう。断じて僕が食べたいからじゃない。違うからな!
しなりの良い木と蔓ロープの応用で作った蔓紐で弓を作ることは難しくなかった。矢もだ。尖らせた真っ直ぐの枝に落ちてた羽根を挟んで出来上がりだ。時間を掛ければもっと良い物が出来るかもしれないが、大した知識もないし、《器用貧乏》のお陰で此奴でも鹿くらい楽勝だ。
昨日教わった気配感知の方法を試しながら森を探る。どうだろう。魔物か鹿か。魔物ならフォレストウルフだ。複数で歩いていることが多い。なら鹿はどうだ? 鹿も群れだ。でもフォレストウルフと違って魔力がない。なら気配の中に魔力の有無も探れば……。
「まぁそんな簡単に魔力感知なんて出来ないよな」
チートじゃないんだから。主人公補正なんてありはしない。
「とりあえず、気配を探って遠くから確認だ」
結局はそれしかない。ダニエラが起きる前にパパッと狩って驚かせてやろう。
驚く顔を思い浮かべながら歩くこと数分。どうやらツイてたらしい。鹿の群れが前方を歩いている。なかなか良い調子だ。これで狩りが成功したら文句なしだ。
風の流れを見る。どうやら風上ではないらしい。が、風下でもない。そっと風が僕の左頬を撫でる。精霊さんかな?
ゆっくり風下へと歩く。鹿の様子は大人しく、朝の木漏れ日の中で地面に生える若木の葉を食んでいる。僕には気付いてないようだ。結局気付かれないまま、風下に到着したので、そっと弓を構える。頭の中でゆっくりイメージすると《器用貧乏》による弓を射る為に必要な動きが4分割画面で再生される。そのイメージに従い、弦を引き絞り、構える。
そっと風が僕の髪を揺らす。少し左目に掛かる前髪が揺れて視界がはっきりしたその瞬間、弦を離す。
ダニエラの弓と違い、ビィンと弦が矢を放つ音がする。此方を鹿が見る。が、その中の1頭の胸元に矢が吸い込まれるように突き刺さる。小さな鳴き声が聞こえた。悲鳴だ。周りの鹿が走り、散らばる中その1頭だけがその場に倒れる。僕は素早く駆け出し、止めを刺すために剣を振りかぶる。黒く濡れた目が僕を見たが、それに反応せず僕は剣をそのまま振り下ろした。
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アサギがいない。
起きてテントを出て木の上を見て抱いた感想だ。しかし居た痕跡はあった。昨日のスープが温かい状態で火の側にあり、汲んだ水で洗った私の器と匙が逆さまに置いてある。塵が入らないようにという配慮なのだろう。それだけで少し頬が緩むのを感じる。
昨日の朝、私はいつものように寝坊した。していたらしい。朝が弱いのが私の永遠の悩みだ。一昨日の夜は早く寝るためにと食堂で貰った酒を飲んだ。それが仇となったらしく、火照った睡眠中の私は器用に布団の中で寝ながら衣服を全て脱ぎ散らかしたらしい。そこへアサギが起こしに来てしまった。全て私が招いた事故なのだからアサギは何も悪くないのだが私の羞恥心が私を素直にすることを拒んだ。
ぎこちないまま西の門を抜け、森へ入った。アサギは何とか空気を和まそうとしてくれていた。が、全裸を見られた私の羞恥心は私をどこまでもぎこちなくさせた。言葉数が少なくなり、小さな配慮が出来なくなる。白エルフとして長く生きたつもりではあるがまだまだ子供だ。その自覚がまた私を雁字搦めのように動けなくさせる。アサギは困ったような笑みを浮かべながら私の後ろを歩き、教えた気配感知の練習を続けていた。
戦闘となれば体は動く。繰り返し行なってきたことだ。だがそこにアサギへの配慮が欠けてしまう。これじゃあ駄目だと思うほどに欠けていく。そしてその自己嫌悪が私の心に棘となって突き刺さる。
夕飯後の事だ。アサギが火を見つめながらくすりと笑った。何を思って笑ったのか分からなかったが、すぐに私を見て頭を下げた。
「ダニエラ、今日はありがとう。昨日までとは全然違う。見る目が変わったって感じだ」
一瞬、何のことか分からなかった。しかしすぐに思い当たる節が今朝の事しかなかった。此奴は何を言ってるんだ。何を思って笑ったんだと思った。思ってしまった。
「あぁ、私の裸を見たからな。変態」
今思えばなんて辛辣なことを言ってしまったんだろうと思う。もし昨日に戻れるならば自身を殴りつけたい。アサギは頭を下げたまま少し固まり、顔を上げた時には昼間見た困ったような笑みを浮かべていた。
「今日は別々に寝よう。その方が安心だよな」
そう言って立ち上がって森に消えていく。その時は何を始めるんだろうと思った。そして考える時間が出来た。
見る目が変わったのは何のことだろう? 今日したこと。裸を見られたこと。森へ来たこと。フォレストウルフを狩ったこと。気配感知を教えたこと。
そこまで考えてアサギの言葉を思い出す。そして気付く。気配感知のことだ。森を見る目が変わったのであって、私を見る目は何も変わってなかったんだと。
私はなんてことを言ってしまったんだと漸く気付いた。辺りを見回そうと立ち上がろうとした時、アサギが帰ってきた。蔓と石を持っている。見事な手際で蔓がたちまちロープへと変わってしまった。感心しているうちに謝罪のタイミングを逃してしまった。もうアサギは木の上だ。登るの早すぎやしないか?
声を出そうとした時にはアサギは蔓のロープに結んだ石を投げて木を一周させて自身に括り付けた。なるほど、木の上で寝ていたという話は聞いたがああやって寝ていたのか。
もう時間切れだ。まったく自分が情けない。自身の未熟さの所為でアサギを樹上に追いやってしまった。私は自身に言い様のない嫌悪感を抱きながら為す術もなくテントに入り、そして今に至った。
スープを器によそって啜る。温かい。まるでアサギの心のようだ。一息ついていると何かの気配を感じた。此方に近付いてくる。近付いてきて分かった。アサギだ。アサギが帰ってきたのだ。
今度こそ謝ろう。そしてスープの感謝を。私は一息に飲み干し立ち上がり、アサギが来る方向を見る。謝る為に。また一緒にやっていく為に。
現れたアサギは立派な牝鹿を背負っていた。




