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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百十九話 東の山

「おかえり」

「ん……あぁ、起きてたのか。ただいま」

「ふと目が覚めたらお前の姿が見えなくてな」


 焚き火に枝を放り投げるダニエラ。


「気配感知で探してみたら少し離れた場所で反応が5つ。1つはお前だ」

「うん」

「残りの反応は人間。しかしそれも消えた。……盗賊か?」

「うん」

「そうか」

「東の山の中腹に拠点を構えてるらしい。鉢合わせにならないようにだけ気をつけて……」


 報告しているとダニエラが僕の服の裾を引っ張った。なんだろう。とりあえず隣に座る。


「疲れたろう。今日はもう交代で良いから休め」

「まだ時間は……」

「いいから」


 僕の肩に回された腕が引っ張られ、倒された僕はダニエラの太腿に頭を乗せる形になる。有無も言わさないし移動も許さないと……。


「そんな泣きそうな顔の奴に見張りを頼める程、私は鬼じゃない。ゆっくり寝ろ」

「そんな顔してない」

「私にはそう見えたんだ」


 ゆっくりと僕の髪をダニエラが撫でる。このまま寝たらダニエラの足が痺れてしまう。でも、ここから離れたくない……そんな考えを撫でる手が溶かしていく。天秤は離れたくないに振れ、僕は観念してダニエラの傍で夢も見ない程深く、深く、意識を落としていった。


「アサギ。お前はお前が思っている以上に疲弊しているし、顔に出る。そんなお前が壊れないように、私が居るんだ。私が生きているうちは甘えてくれ。私にとってはそれが幸せなんだ」


 ダニエラの声が聞こえたような気がした。



  □   □   □   □



 朝。ダニエラの太腿の上で起きた僕はスッキリ爽快といった感じだ。思っていた以上に心が疲れていたのかもしれないな……ダニエラには感謝してもしきれない。


 起き上がった僕はダニエラにありがとうと礼を言って虚ろの鞄から朝食を取り出し、ダニエラに渡す。嬉しそうに食べるダニエラを見ていると心が安らぐ。さ、僕も食べよう。


「んぐんぐ……今日の昼前には山に着きそうだな」

「盗賊達も徒歩で来てたみたいだしな」


 望遠鏡か何かで僕達を見つけたんだろうか。嫌だなぁ……竜種と戦ってる時に邪魔されたらどうしよう。その時はやるしかないだろうか。


「ま、気にしてても仕方ないさ。山に着いたら上から探そう。頼りにしてるぞ?」

「分かったよ」




 道中、ダニエラとの防御魔法会議は続く。


「氷もそうだが水はどうだ? 何か良い使い途は考えたか?」

「あぁ。帝剣武闘会で使おうと思ってるのがあるんだ。でもこれは防御というよりは補助だな」


 予てより考えていた霧の魔法をダニエラに話してみた。


「そういう魔法ならあるな。『惑乱幻霧(レイニーミスト)』という霧で敵の視界を奪う魔法だ」

「もうあるのか……」


 自分が作った魔法じゃないという点に酷くがっかりする。前もこんなことあったよな……。


「それを起点に新しく考えてみたらどうだ?」

「起点……なるほど」


 ただ、霧を出すだけならもう出来るということだ。水魔法が使える人間ならな。じゃあ、僕ならどうするか。それを山に着くまでに考えてみよう。


 まず、ずっと出来ないかと考えていた複数属性魔法の同時展開。水と氷を同時に操ることが出来れば、変幻自在の魔法を編み出すことが出来るかもしれない。


 例えば、氷結する霧。逆巻く氷山。かき氷……アイスクリーム……拙い、思考が変な方向に走り始めた。んー、頭痛が痛い。難しい事は苦手だ。魔法なんて発想の勝利なんだから、もと気楽にいきたいね。


 とりあえず歩きながら複数展開の練習をしてみる。《器用貧乏》先生の御力を借りて、だ。脳内の再生画面の中で渦巻く魔力の流れを再現する。氷の紺碧と、水の藍をゆっくりと体内で生産する。初めてダニエラに確認してもらった時のことを思い出せば、何とか再現出来るだろう。

 流れる川。それが冷えて凍り、しかし氷の下を流れる水の温度にやがて溶け出す。そうして止まること無く流れ、巡っていく僕の魔力。その出口を、右手と左手に設定してやる。


「ほう……」

「出来た……」


 右手に氷塊。左手に水球が生成された。それを維持しながら、ゆっくりと動かしてみる。掌の上から離れた2つの魔法は僕の体を衛星のように周りながら、上へ下へと飛んでいく。速度の調整も出来る。逆の回転も可能だ。まだ物に出来た訳ではないけれど、扱うことが出来るのは分かったから良しとした。

 安心して魔法を解除すると、ドッと疲れが押し寄せてきた。結構魔力を消費するらしい……。


「ポーション、買っておけば良かったな」

「急いでたしな……ふぅ……」

「でも凄いぞ。私にも出来ないことをやってのけたんだ。アサギは凄い」

「ふふ、ありがとう」


 上手く出来たという心地良い疲労感に浸りながら歩いていると、ダニエラの足が止まった。


「どした?」

「此処か。アサギが戦ったのは」

「ん……あぁ、そうか。此処だな」


 昨日、僕達を襲おうとした盗賊を始末した場所だった。あの時は頭の中がいっぱいいっぱいだったから忘れてたけど、殺した盗賊を放置したまんまだった。確かに4人が倒れている。


「埋葬してあげたい」

「手伝おう」

「助かる」


 ダニエラの土魔法で地面に4つの穴が出来上がる。掘り返した土を傍に置き、僕は自分で斬った盗賊を穴の中へと移した。両手を合わせ、冥福を祈ってからゆっくりと土を掛けて埋めていく。それを4人分。彼らが装備していた剣を埋めた土の上へ置いてやり、これで終了と心の中で気持ちにケリを付けた。

 ダニエラも僕と同じように手を合わせてくれる。優しいな……。


「……よし、行こうか」

「あぁ。少し急ごう」

「了解だ」


 僕の我儘に付き合わせてしまった所為で少し遅れた。山に着くのは昼過ぎになりそうだ。でも、心は安らかだ。しっかりと前を向いて歩いていける。自分でも難儀な性格だとは思うが、こればっかりはなぁ……。ま、それも含めて僕という人間だ。上手くやっていくしかないんだから、上手にやらないとな……。


 そんな反省を胸に、僕はダニエラの後ろを付いていった。



  □   □   □   □



 結局新魔法は思い付かないまま、山の麓までやってきた。ダニエラはアイデアが浮かばなくなったのか、自分の魔法作りに専念し始めてしまった。短い期間ではあるが、発動まで漕ぎ着けているのだから恐れ入るね。


「やっぱり時間を凍結させて……」

「無理だろう。次元属性があれば出来るかもしれないが」

「ぐぬぬ……」


 あぁ、イメージが肝心と言ってもこうも難しいとだめだ。ただでさえファンタジーなのに、そのファンタジーに具体的なイメージを付け加えないといけないのだから難しい。ファンタジーに理論なんて通用するのかと声を大にして言いたい気分だ。もっとこう、フワッとしたイメージで魔法って作れないのかね?


「それが出来たら皆、大魔導師だ」

「仰る通りだよ……」


 まったく世の中というのはどこの世界も上手く行かないように出来ているもんだ。世知辛いね。


「今日は一先ず竜種の捜索だ。見つけてもすぐ逃げよう」

「僕の足なら逃げられるしな」

「そういうことだ」

「盗賊はどうする?」

「管轄外だ。調査報告としてギルドに報告すれば問題ないだろう」

「だな。無理に相手する必要はないか」

「そういうことだ」


 時間は正午過ぎ。僕達は手早く昼食を済ませたら一応の戦闘準備をする。とは言っても、僕はダニエラを抱えるので両手が塞がるし、ダニエラもまた僕に抱えられるので大したことは出来ない。魔法を使う心の準備というやつだな。


 ちょっと休憩して魔力の回復が済んだらダニエラを抱えて《神狼の脚》を発動させる。白銀翆の風を上手く調整しながら(くう)を踏んで空へと駆け上がった。



  □   □   □   □



 テーブルマウンテンとは言ったが、何も全方位が断崖絶壁という訳でもない。ある程度の傾斜はある。その傾斜の中腹に何かの集団を見つけた。まぁ煙が上がっているので見つけたというか、視界に入ったという感じだが。


「あれが盗賊の拠点か」

「だろうな。呑気に酒を飲んでやがる」


 此処から見た限りでは、帰ってこなかった4人のことなど、とうの昔に忘れたような感じに見える。仲間じゃないのかよ……。


 ま、そんな憤りを僕が抱くのはお門違いだ。殺したのは僕なんだから。僕が抱くのはダニエラだけで良いってことだな、うん。


「一応、迂回して拠点の反対側から山頂を目指そう」

「見つかっても面倒だしな」


 頷き、僕は進路を南東へと変更した。此処から南を迂回して山の東側から山頂を目指すルートを取る。此処からでも見えなくもないが、ジッと観察したり調査の為に降りる姿を見られると厄介だからな……。まったく、盗賊というのはどこの世界でも迷惑極まりない。僕は溜息を吐きながら空を滑るように走った。

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