第二百十八話 尽きない溜息
邪魔にならないように槍を背中側で持ちながら走る。コンビニ店員をやっていた頃に比べれば恐ろしく早いのが自分でも分かる。これもステータスの恩恵だろう。これなら万引き犯もすぐに捕まえられそうだ。
なんて場違いな事を考えていたらあっという間にダニエラの姿が確認出来る場所まで到着した。
ダニエラと僕の間には紫色のゴブリンの姿があった。
「あれがポイズンゴブリン……?」
一応、《気配遮断》を使いながら更に距離を詰める。ダニエラと目が合った。
「やれ!」
その一言で僕は動く。《神狼の脚》で空へと飛び出した僕は空中で槍を持ち替え、穂先を真下に向ける。そのまま自重で落下。白銀翆の風で動きをコントロールしながらポイズンゴブリンの頭に槍を突き立てた。すぐに槍から手を離し、距離を取る。あの吹き出た濃い紫色の血は見るからに有害っぽい。触れたら体に悪そうだ。
霧氷石の槍は氷槍化している。あの氷点下の槍は水分を触れた傍から凍らせる。気持ち悪い色の氷が地面へと転がっていくのが見えた。
「ちょっと戦って分かった。思っていた以上に此奴は危険だった。吐く息も毒。爪も毒。垂れた唾液が草を溶かした時点で拙いと思ったんだ」
「怪我はないか?」
「あぁ。お陰様でな」
ダニエラと拳を打ち合わせて勝利とした。
□ □ □ □
ポイズンゴブリンの死体を目の前にして僕達は頭を悩ませていた。
どうやって処理をしたら良いのか……その問題に直面していた。
「燃やしたら毒の煙が出てくると思う」
「解体したら刃が溶けて使い物にならなくなるだろうな」
「埋めたら土壌汚染だ」
「凍らせても溶け出した水が染み込んで意味が無いだろうな」
「うーん」
「ん……」
燃やしても駄目。切っても駄目。埋めても凍らせても駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目。こんな面倒臭い魔物は初めてだ。ダニエラが警戒したのも分かる。
「でも毒って薬にもなるってこともあるし、放置は勿体無い気がするんだよな」
「じゃあ鞄に入れてギルドへ持って帰るか?」
「うえぇ……そうか此奴を鞄に入れなきゃいけないのか……」
折角のヴィンテージバッグを自ら汚す……嫌過ぎる。しかし放置も駄目となれば、持って帰らざるを得ない。僕は泣く泣く鞄の口を広げる。ダニエラが傍にあった枝でポイズンゴブリンの腕を持ち上げ、鞄の口に添える。するとポイズンゴブリンが中へと吸い込まれていった。
「はぁぁぁ……」
「ま、金になると信じるしか無いな」
「だな……」
まったく、とんでもない魔物が居たもんだぜ……。
はぁ、溜息ばかり吐いても仕方ない。気を取り直した僕達は重い腰を上げて再び東の山を目指すことにした。
□ □ □ □
「風の力で攻撃を受け流すというのはどうだろう?」
「良いね。瞬時に身に纏って相手の力を往なす訳か」
「風というのは形が無い。ならば、盾を作って防ぐより、道を作って逃がすのが良いと思ったんだ。
無理に形作る方が消費も激しい」
「冴えてるな。明日、練習してみよう」
焚き火を囲んで僕達は新しい『防御の魔法』のアイデアを出し合っていた。鞄の中に残っていた野菜で作ったスープを飲みながら話し合う。1人で考えるより、2人で考えた方が良い意見が出て来るもんだ。話し合いは大事だと改めて認識した。
「土ならどうする?」
「んー……土、か。砂や石も土になるのか?」
「石も砕けば砂だ。土は砂も含んでいるから魔法的には同じだな」
「土は砂をベースに色んな物が混ざったものだからな」
確かそんな感じだった気がする。
「魔法の扱いを極めていけば土から不純物を取り除ける。そうして純粋な砂を作り、更にそれを固めて石にする。すると土魔法から石を作り出すことが出来る」
これが土魔法を極めた者が扱う『鉱石魔法』というものだ。とダニエラが教えてくれた。一体どれ程の研鑽を詰めばその域にまで辿り着くことが出来るのだろう。いやぁ、僕には無理だ。そもそも土属性無いから無理だけど。
「長生き出来るダニエラなら鉱石魔法も使えるようになるかもな」
「その頃にはアサギは生きてないかもしれないけどな」
「ははっ、見てみたいもんだ。頑張ってくれ」
長命の種族と一生を添い遂げるというのは酷だ。1人残して先に逝かねばならないのだから。だけど、それでも僕はダニエラと生きると決めた。だからその点に関しては受け入れているつもりだ。寧ろ、僕が爺になってもダニエラは美しいままなのだから最高だ。なので、酷ではあるが悲観は無い。
「さ、そろそろ休もう。僕が見張ってるから先に寝てて良いよ」
「じゃあそうさせてもらうか……おやすみ、アサギ」
「ん……おやすみ、ダニエラ」
頬に口付けをしてテントの中へ入っていくダニエラ。ダニエラと一緒で良かったよ、僕は。
□ □ □ □
「昔のアニメで時間を凍らせてた奴が居たな……あれが出来れば最強なんだが……時間や空間に干渉する次元属性との複数同時展開が出来れば……って、僕には次元属性は無い……ん?」
1人、見張りをしながら自分の防御魔法を考えていたら僕の気配感知エリアに侵入者が現れた。4つの反応。東の方から何かがやってくる。魔物……じゃない。これ人間だ。
「一応……な」
扱い慣れた片手剣、鎧の魔剣を手にし、《気配遮断》を起動して反応の確認に向かう。勿論、近くに他の反応が無いことを確認した上で、だ。危険があれば野営地を離れないからね。
今日の野営地はちょっと開けた岩場だ。小さな川が流れていてロケーションも良かったので早めに展開していた。
そんな深夜の岩場に近付く人間4人。何も起きないはずがない……。
「最悪、殺しかもな……」
溜息混じりに呟く。これが盗賊で、僕達を狙った犯行であれば殺すしか無い。日を跨いでも減らない溜息を吐いて僕はフードを深く被った。
「はぁ、ったくよぅ……ボスも人使いが荒いぜ」
「焚き火が見えたから人が居る。人が居るなら食い物がある。だから行って来い、だもんなぁ」
「しかしまぁ、行って俺達が食い荒らしてから持っていってもバレねぇんだから儲けもんだと思おうぜ」
「ま、そうだな。約得約得、ってな……」
「女が居れば犯せるしな」
「それは流石にバレるんじゃね?
「外に出しゃバレねえって」
そんな会話を僕は陰で聞く。……やっぱり盗賊か。
「ま、最近はボスも結構荒れてるし、下手なことは出来ねぇよな」
「ニコラから逃げ延びたんだっけ?」
「あぁ。あそこはどっかの大盗賊の首領が支配してた盗賊都市だったって聞いたぜ」
「そんな楽園から追い出されたんじゃ、荒れもするわな」
「はは、違いねぇ」
なんと。此奴等のボスはニコラの盗賊らしい。なら、1人残して居場所を吐かせて殲滅か……? いや、僕の仕事じゃないな。身に降りかかる火の粉は払うが、火元を鎮火するのは軍か衛兵の仕事だ。……ま、場所だけは聞いとくか。
「そろそろ焚き火がある場所だ。気合入れて行くぞ」
「了解」
「おう」
「……あん? 声が一つ足りねぇ、ぞ……? うわっ!?」
「何だ、どう……ぐへぁ!」
最後尾の男から順に消そうと思ったら二人目でバレてしまった。スニーキングはまだまだ得意じゃないようだ。
「クソ、この野郎!!!」
「よくも!!」
「……」
意思が弱い僕は会話すると気持ちが揺れるから無視して剣を振るう。流石、鎧の魔剣。相手の剣を砕いて切り裂いた。硬い剣は良いね。
「はっ、はっ……! そんな……!」
「……」
あっさりと3人を殺して残りは1人。剣を振り上げる。……あ。
「危うく殺すところだった。お前らのボスが居る場所は何処だ?」
「は……え?」
「本拠地はどこだって聞いてんだ」
「あ……あの、東の、山の中腹……です」
「そうか」
「ま、まっ……あっ」
うん、これで良い。用は済んだので剣を振り下ろした。これで終わりだ。場所は帰ったら中央詰所の人間に伝えようか……でも東の山は僕達の目的地だ。かち合わなければいいけど。
「はぁ……良い気分じゃないな」
必要のない殺しは悪。これは必要な事だった。そう心に言い聞かせても、溜息は後から後から出てきた。深夜割増で幸せが逃げていき、それに対しての溜息を我慢する僕は重い足取りで野営地へと戻ることにした。




