第二百十五話 無事にエントリーしました
扉の向こうは丁度平屋の裏手になっており、そこでは天幕が幾つか建てられていた。天幕の横には『GランクFランク』と書いてある。隣の天幕からはE、D、C、B、Aと続いている。
「石と黒曜石は一緒のランクとして扱うのか」
「黒曜石はレベル6から20までと幅広いからな。Eに近い者が有利ではあるが、原石にはそれを覆す能力があったりする。これはこれで面白い枠だな」
人間、強くなれば磨いてきた技や力が物を言う。培った経験もそれを補ってくれる。しかし低レベル組は力も技も経験も少ない。自力の知恵と、土壇場の発想の転換が勝利へと繋がるのだ。僕も蔓ロープとかカッターで削った槍とか頑張ったもんな……。
「私達はあっちだな」
ダニエラが顎で指した天幕は『Aランク』の看板が下げられていた。うん、Aランクだからな。紅玉だから。
ということでエントリー用紙片手に僕達はAランク天幕へ入った。
中は普通の天幕だ。長テーブル一つ。椅子が2つ。テーブルの向こうにはおじさんだ。
「Aランクかね?」
「はい」
「そうだ」
「よろしい。だが残念ながら1人ずつだ。私の独断でお兄さんは後だ。今は美人とお話したい気分なんでね」
「だそうだ。出ろ、アサギ」
「……」
酷い扱いだ。遺憾の意を示す準備が僕にはあるんだぞ。
結局為す術もなく追い出された僕は天幕の前で5分程立たされる。ダニエラが出てきたので、入れ替わりで入る。ちょっとホクホク顔なのが腹立つな……。
「さて、ダニエラさんは申し分ない。……何、ランクと実力の確認と、正式な手続きだけだよ。だからその手の剣を消したまえ」
「おっと失礼いつの間に」
握り締めていた小さめの『氷剣』を霧散させて椅子に座る。
「じゃあステータスカードとエントリー用紙を此処に」
「どうぞ」
すぐに出せるようにポケットに入れていたその2つをテーブルの上に置く。おじさんはステカを読取機に掛け、印刷しながらエントリー用紙を確認する。
「うん……うん、記入漏れはないね。ステータスもちゃんとAランクだ。ほう、凄いね……ユニークスキルが3つも。君は天に愛されているのかな?」
「偶々ですよ」
「そういうことにしておこう。さて、ランクの確認と用紙の確認は終わった。此処からは帝剣武闘会に関するルール説明だ。心して聞くように」
おじさんが紙を取り出して指で指しながら説明してくれる。
「まず、武闘会には予選がある。本戦に出るまでの振り分けだね。ランクと人数に応じてグループ分けをして戦ってもらう。だが君とダニエラさんはその必要はない。持っているんだろう?」
「これですね」
僕は推薦状をテーブルの上に置く。
「そう、ギルドマスターからの推薦状だ。それがあれば予選は免除され、ストレートに本戦へと出場出来る。君は本当に運が良いね。推薦は滅多にないんだ。今回は君とダニエラさんを含めて3人だな」
「3人ですか」
「あぁ、そうだね。中々ないにせよ、ギルマスとお友達になれる強い冒険者なら本戦出場はしたも同然と言える」
「それはそれでちょっと狡い気もしますけどね」
「何を言う。使える物は使う、使えない物も使う。それが強者というものだろう?」
確かにその通りかもしれないな。
「ま、その辺は置いといて、だ。本戦もまた、人数によってグループ分けされる。が、此方は予選のバトルロイヤル方式とは違い、1対1のトーナメント方式だ。最終的に各グループでのトップが争うことになる。今回の武闘会なら……そうだな。恐らく4グループに分けられるだろう」
「それって多いんですか?」
「このままだと総人数は大体200人くらいってところだね。だからそれを各50人くらいに分ける予定だよ。例外はあるとは思うが、大体ランク毎に分けられる。そして本戦出場者は各グループから2名。合わせて8名」
「結構な人数なんですね……」
「今年は豊作と言えるだろう。ちなみに過去最大人数は800人だそうだよ」
「へぇ……」
それが各50人に振り分けられて争うとしたら……16グループか。結構な数だな……。
「2週間後、このラディリア・シュヴェイン闘技場で予選が始まる。1日1グループなので4日間、予選が続く。そして1日休んで、本戦が始まるよ」
「つまり僕が戦うことになるのは約20日後と」
「そうなるね」
なるほど、急いで来たけど予選が省かれるということで予定にない余裕が出来てしまった。まぁこれも急いだおかげでもあるのだが。
「それまではクエストしてても良いし、休んでても良い。僕は観戦してライバルのチェックをするのをオススメするけどね」
「僕はそのつもりですよ」
「余念がないね。素晴らしい」
器用貧乏な僕はそうやって事前調査をしないと本番に弱いのだ。《器用貧乏》先生は予習復習の頼れるパートナーなのだ。
「伝えるのはそれくらいかな。質問は?」
「んー……特に無いです」
「じゃあ疑問が出来たらまた来ると良い。じゃあお疲れ様。武闘会、頑張ってね」
立ち上がったおじさんが手を差し出してくる。僕もそれに応じて握手をしようと手を伸ばす。が、その手を握ろうとした寸前で手を引っ込められた。
「すまないすまない。此方の手はダニエラさんと握手したからまだ上書きしたくないんだ」
「本戦、頑張りますのでよろしくお願いしますね」
「あぁ……っ!」
AGIの高さを活かした早業で握手の上書きをしてやった。抜け目ないおじさんにはこれくらいで丁度いいんだ。クソッタレめ。
ま、何だかんだあったがこうして無事にエントリーは済ませた。キラリカの推薦状のお陰で面倒な予選もすっ飛ばせるので良いこと尽くしだな。
□ □ □ □
ダニエラを連れて闘技場を後にした僕はその足で近くの食堂へとやってきた。遅めの朝食だ。ていうか昼食だ。ダニエラが寝ていたので朝が食べられなかった僕はもうお腹ペコペコだ。選り好みする余裕もないね。ということで目に付いた食堂に飛び込んだのだ。
「すみません、ガッツリ食べられるメニューってありますか?」
「愛と憎しみの肉ランチがオススメです」
「……それで」
「私もだ」
とんでもない店に来た感ある。良く見れば店内はファンシーとゴシックが入り混じったカオス空間だ。メイド喫茶でももうちょっとコンセプトに合った内装をしているぞ。店員もゴスロリ……甘ロリ? 詳しくはないがダニエラが好きそうだ。あぁ、目で追っているな……。
「ダニエラが好きそうな店だな」
「べべべべ別にそんなことはない!!」
「え? 肉好きだろ?」
「え? あ、あぁ。肉は私の人生だ」
顔を真っ赤にして激しく動揺するダニエラだが、視線は先程の店員さんに固定されている。帝都でもあんなお店があったらまた買ってやりたいな。
「そういえばダニエラはもうあの服は着てくれないのか?」
「あ、あれは、その……」
「ん?」
ゴニョゴニョと話すダニエラ。ちょっと良く聞こえない。
「あれは……だな。えっと……アサギとお出掛けする時に着る服だから……また今度、な?」
耳まで赤く染まったダニエラが僕をチラリと上目遣いに見上げてくる。何この可愛い生き物……!
「よし、じゃあ僕の装備が整ったらお出掛けするか。帝都も観光したいしな」
「ん……」
もじもじしながらも頷いたダニエラを見て僕は蕩けそうになる。
「お待ちどう様です。そしてご馳走様です」
そんな僕達の間にドン、と愛と憎しみの肉ランチが2セット置かれたのであった。うわ、すげぇ量……食べられるんだろうか。まぁお腹空いてるし行けるだろ。
「いただきます」
「いただきモグモグ」
いつも通り食い気味に食い始めたダニエラを見て苦笑を浮かべながら、僕は大きなステーキに齧りついたのであった。
※推薦に関する会話内容で辻褄が合わない部分があったので変更しました。




