第二百十二話 宿泊施設へ
リコリスさんの案内に従いながら北区を進む。
「……そして、右手に見えますのが帝国軍人が使用出来る筋トレ施設ですね」
「なるほど……」
「左手は入浴施設です。汗を流して爽やかになったら、この先の食堂街で胃を満たします」
「……なるほど」
案内というより完全に観光だ。ぶっちゃけ施設紹介とかどうでもいいので早く宿に行きたい……。
「……おい」
「なに……」
ひそひそとダニエラが耳元で話し掛けてきた。嫌な予感。
「早く宿に行くように言えって……」
「だからお前が言えよ……もう僕は疲れたんだ……」
「嫌だって言ってるだろう……呪いがあるんだから……」
「だからそのクソ設定はやめろ……」
お前が行け。いやお前が。なんて肘と膝で小突き合いながら歩いているとダニエラの足に僕の足が引っかかって転んでしまった。しかも顔からだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「えぇ、問題ないです……」
「ちょ、鼻血出てますよ! すぐに先程の医療施設に……!」
駄目だ! そんなことしてたら日が暮れる!
「すみません、リコリスさん。できれば宿で横になりたいです……」
「そ、そうですか……そういえば宿へ案内するのが目的でしたね……」
やっと本来の目的を思い出してくれたようだ……体を張った甲斐があったよ……。
僕は虚ろの鞄から清潔な布を取り出して鼻を押さえながら、リコリスさんの案内で宿……宿泊施設へ案内された。
□ □ □ □
「ここが帝国軍人用宿泊施設となります。さ、どうぞ中へ」
目の前には大きな施設が建っていた。だいぶデカい。道中、どうしても説明したかったリコリスさんの話によれば、この宿泊施設は仮の寮のようなものらしい。夜勤をするための仮眠に使ったり、遠征前の時間合わせに使ったり。休憩所みたいに使うことも出来るらしい。風呂もあるし洗濯する場所もある。生活するには便利な場所だ。
中は広々としたエントランス、団欒スペース。受付、食堂への通路。2階へ繋がる階段が見える。うん、良い感じ。
僕達はまず受付に行く。入ってすぐ右手に設置されたカウンターの向こうでは眼鏡を掛けたお兄さんがお仕事をしている。
「こんにちは、ハイペリカム」
「ん……あぁ、リコリス、君か」
顔を上げたお兄さんは気怠げな雰囲気で応対してくれる。
「此方のアサギ様とダニエラ様の施設利用を許可して欲しいの」
「……てことは券持ちかい?」
「えぇ。アサギ様、券を」
「はい、これです」
僕は言われた通りに鞄から出した『帝国軍人優先券』を取り出す。
「ん……君、その鼻はどうしたんだい?」
「転びました」
「ふぅん……あぁ、券は本物だね。ではこのリストにサインを」
カウンターの上に置かれたリストに自分の名前を書く。ペンをダニエラに渡してダニエラの名前も記入した。
「はい、これで施設が利用可能だよ。出ていく時はまたリストにサインしてもらえればそれで良いから」
「ありがとうございます。結構簡単なんですね」
もっといややこしいやり取りがあるもんだと思っていたが……。
「優先券を持った人間はおもてなしが必要だからね。帝国軍は一般市民や観光客をもてなすというのも仕事の内だけど、優先券持ちは優先してもてなすんだ」
優先ってそういう意味だったのか……とは言ってもあまりストンと腑に落ちた訳ではないが。
「ま、そういう訳で此方での面倒なやり取りはお客様を不愉快にさせる可能性があるということで、帝国軍式の案内をさせてもらっているという訳さ」
帝国軍人であれば名前を書くだけである程度の施設の利用が可能になるそうだ。なるほど、スムーズに利用出来るのならストレスも溜まらない。優先券、素晴らしい物だ。
「あぁ、後で中央詰所に行ってね。明日でも良いけど」
「中央詰所?」
「うん。そこで優先券と引き換えに腕輪を貰えるから。その腕輪が優先券の代わりになるよ」
なるほど、一々優先券を見せびらかしてサインする必要がない訳か。面倒なものは出来るだけ省略するスタンスなんだな。
「分かりました。後ほど伺わせてもらいます」
「ん。じゃあこれが部屋の鍵。3階の16号室だね」
「ありがとうございます。暫くお世話になります」
「気軽に過ごしてよ。じゃあね」
鍵を手渡したハイペリカムさんは机に視線を落として作業に戻った。相手はしてくれるけれど、マイペース。そんな印象のお兄さんだな。
リコリスさんと団欒スペースに移動した。団欒スペースの傍には水を生む魔道具が設置されていて、自由に水を飲めるようになっていた。備え付けのコップに注いでテーブルへ行く。
「はい、どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
「ありがとう、アサギ」
気にしないでくださいと微笑みながら僕も椅子に座る。鼻血はいつの間にか止まっていた。
「これで私の案内任務も終了ですね」
ゴクリと喉を潤したリコリスさんがペコリと礼をした。
「予定が狂ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、気にしてないですよ。こうして宿泊施設に連れてきてくれたんですから」
「あぁ。道中の案内も勉強になった。此処にいる間は利用させてもらう」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」
それから少し、案内出来なかった施設の説明を受けて解散となった。最後にビシっと敬礼をしてリコリスさんと別れ、僕達は階段を上がって与えられた部屋、『316号室』に向かった。
基本的にこの施設は白い。階段も壁も天井も白一色だ。気を抜くと遠近感が狂ってしまうが、汚れ一つないのは見事だった。
キョロキョロと見物しながら部屋に向かう途中も軍人らしき人とすれ違うが、特に絡まれることもなく。しかしその居住まいには隙がなかった。軍としてのレベルの高さに驚いた瞬間だった。
「此処だな」
鍵と部屋を見比べる。うん、316号室だ。部屋は320号室まであるみたいなので、両隣も部屋だ。あんまり騒いだら怒られるな……。
ガチャリとロックを解除して部屋に入る。やはり中も白かった。部屋は普通のワンルームだ。これと言って目につくものもなく、でも気になるのは洗練されすぎていてなんとなく現代日本を思い出させたところだろうか。
「ふむ……無駄を省いた結果、こうなりました。と言った感じの部屋だな」
「そんな感じだな」
防犯の魔道具もない。此処なら泥棒なんてありえませんっていう自信の表れかな。とりあえず奥へ入った僕達は荷物を降ろして備え付けられたソファへ倒れ込んだ。
「あー……なんとか住む場所が見つかったな」
「テムズという男には感謝しないとな……」
「会う機会があったらお礼を言わないといけないね」
イヴ戦では気配遮断の魔道具を貰って助かったしな……ホント、お礼言わないと罰が当たるわ。
「……あれ、そう言えば」
此処に来る時、何だか誰にも見られていないような感覚があったけど、指輪は鞄の中だ。魔道具の所為じゃない……。
「ステカ、ステカ……あった」
僕は虚ろの鞄から自分のステータスカードを取り出して、ステータスを表示させた。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:上社 朝霧
種族:人間
職業:冒険者(ランク:C)
二つ名:銀翆
LV:86
HP:847/847
MP:807/807
STR:444 VIT:438
AGI:903 DEX:462
INT:436 LUK:39
所持スキル:器用貧乏(-),神狼の脚(-),神狼の眼(-),片手剣術(9/10),短剣術(6/10),槍術(3/10),弓術(2/10),大剣術(6/10),気配感知(8/10),気配遮断(2/10),夜目(5/10)
所持魔法:氷魔法(9/10),水魔法(7/10),火魔法(2/10)
受注クエスト:なし
パーティー契約:ダニエラ=ヴィルシルフ
装備一覧:防具
頭-なし
体-氷竜の軽鎧
腕-氷竜の小手
脚-氷竜の脛当て
足-黒瞬豹の革靴
武器-鎧の魔剣
-なし
-なし
衣服-風竜のポンチョ
-風竜の腰布
-幻惑綿花の薄緑染めスボン
装飾-なし
◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁ……」
け、気配遮断が生えとるやんけ……。
「どうした? 何か変なスキルでも増えたか?」
「うん……気配遮断……」
「はぁ? ちょっとよく見せろ」
ダニエラが覗き込んだのでステータスが見えなくなる。代わりにダニエラの旋毛を眺めることにした。
「だいぶレベルが上がってるな……ルーガルーとグレンデルの影響だな」
「何だかんだで片手剣ばっかり使ってたから槍術が1しか上がってないわ」
槍術上げたいんだけどなー。
「それよりアサギ、早くギルドでランク更新手続きをした方が良い。ランクだけならもうAランクだぞ」
「ちなみに鉱石名は?」
「紅玉だ」
ルビーね。僕ルビー好きよ。昔やったゲームの、石を食べる種族の宝石がルビーだったっけ。
「明日は腕輪の交換に、ランクアップ手続き、それに武闘会のエントリー……いやぁ、忙しい忙しい」
「でも、充実してると思わないか?」
「あ、それ今、僕が言おうと思った」
ソファの上で行われる何でもないやり取りが、幾つもの経験と体験の上に成り立っていると思うと感慨深いものがあった。異世界に来て結構経ったけど、もう、此処は僕の日常となっていた。
ステータス表記を訂正しました。
森狼の脚→神狼の脚
神狼の眼←追加
ついでの補足として、ダニエラは新緑の眼のスキルの所為で眼系スキルの獲得が出来ません。それは新緑の眼がパッシブスキル、常時発動型だからです。
それに対してアサギの神狼の眼はアクティブスキル、しかも後天性な上に付与スキルという事で夜目スキルと切り替えての使用が可能です。




