第二百十一話 諜報部隊との邂逅
気配感知で隠れてる何者かを探そうとするが、流石に見つからない。なので、範囲を縮小し、密度を高めて近距離探知をやってみる。すると、不自然な反応があった。方角からして斜め後ろ。しかしそこには宿の壁なら……上かな。
「すみませーん」
諜報部隊に対する声掛け事案。気配感知ではまだ動かない。
「えっと、諜報の……」
「動くな」
「ッ!?」
いきなり背後に人が現れた。僕は大人しく動かない。何か尖った物が服に触れている感覚がある。
「お前を監視しろと言われた。だが接触して良いとは言われていない」
「では何故?」
「お前から接触があったからだ」
服に触れていた突起物の感覚が無くなったので、ゆっくりと振り返った。仮面で顔を隠した、僕と同じくらいの身長の黒い服を着た……女だろうか? 口元は解放されているので唇だけの判断だが。ぷりぷりとした可愛らしい唇をしている。超絶可愛い男の子の可能性もあるが、ここは女ということで精神の安定を保つことにした。
そして、僕が振り返った一瞬で背後に数名の反応が現れた。囲まれてしまったな……。
「……で、何用だ?」
「実はアスクで諜報の人間に帝都で困ったら俺を頼れと言われているんだが、名前が思い出せなくて……」
「お前を監視しろとの命令を下したのがその男だ。テムズ隊長だ」
「あぁ、思い出した! テムズさんだ!」
テムズさんだ、テムズさん。いやー、色々あってど忘れしてしまった。でも確か、『監視がつくかもしれない』なんて言ってたけれど、実際にその指示を出していたのはテムズさんだった。警戒させないように……ってことかね?
「隊長に用か?」
「はい。是非取り次いでもらえると。今日中に」
「今日中は難しい。急用なのか?」
もう大至急だよ!
「宿が見つからなくてめっちゃ困ってるんですよ。助けてください」
「お前……私達はこれでも帝国の暗部なんだが……」
思いっきり溜息を吐かれた。解せぬ。頼れと言ったのはアンタ等の隊長なんだが。
「しかし隊長が頼れと言ったんだ。私達で宿を確保するしかないだろうな」
「お願いします、お願いします!」
「頭を上げろ。ったく、何で私がこんなことを……」
諜報さんはブツクサと文句を垂れながら懐から紙を取り出す。それとペンも。何かを書くみたいだな……。じゃあテーブル出さないと。
「はい、使ってください」
「すまない……いつも見ていたが本当に便利な鞄だな」
「大事な相棒ですよ」
いつも見られていたことを今更思い出すが、まぁやましいことはしてないから問題ないか。やらしいことはしてたけど。
諜報さんはサラサラと文字を書き、判子のようなものを押した。何の紙かさっぱり分からないが……。
「よし、これを泊まりたい宿で見せろ」
「なんです? これ」
「帝国軍人優先券だ」
帝国軍人優先券?
「これがあれば軍人が使えるサービスを提供してもらえる」
「え、帝都でそれ使うってめちゃくちゃ便利過ぎません?」
「あぁ、めちゃくちゃ便利だ」
口元だけを晒した仮面を付けているので、ふふんとドヤ顔しているのが分かる。
「でもこれ、怒られません? 僕、ただの冒険者なんですけど」
「そこは隊長の言質と私の権限で問題なく行使出来る。安心して帝都を楽しめ」
「あ、ありがとうございます」
大事な大事な優先券を鞄に仕舞う。蓋をして、顔を上げた時にはもう誰も居なかった。背後の人も、気配も。
「舐めてはいないが……恐ろしい部隊だな」
帝国軍諜報部……次に接触する時はしっかり気を引き締めた方が良いだろうな。
「ま、良い人だってことは分かったから、とりあえずダニエラを捕まえないとな」
ありえるとは思わないが、既に宿を確保している可能性もあるっちゃある。急いで探す必要があるおで、僕は気配感知を広げながらダニエラを探すことにした。
□ □ □ □
ダニエラの反応は一件の宿の中からだった。その反応を頼りに走っていくと、まぁまぁ豪華な宿に到着した。攻めるねぇ……。
扉を開いて中へ入ると、カウンターでダニエラの後ろ姿を見つけた。だいぶゴネているみたいで、此処まで声が聞こえてきた。
「……だぁら、私達はどうしても泊まりたいんだ」
「そうは言いましても……」
「金を倍払う。だから泊めてくれ」
「ですが、お部屋自体が埋まっておりまして……」
おうおう、めちゃくちゃ言ってんな……発破をかけたのは僕だけど。
「ダニエラ」
「アサギか。もう少しで部屋が空くから待ってくれ」
「いや何を無茶なことを」
本格的に無茶苦茶なことを言いだしたダニエラの腕を引っ張ってカウンターから引き剥がす。
「すみません、出直します」
「何を言う、アサギ。もう少しなのに」
「ちょっと静かにしてろって」
グイグイと引っ張ってダニエラを宿から連れ出した。そのまま近くの路地に連れ込んで、虚ろの鞄から優先券を取り出して、今までの経緯を話した。
「……ってことがあったんだよ」
「そういうのは早く話して実行してくれ!」
私の寿命が何年縮んだと思っているんだ……とブツクサと文句を垂れるダニエラ。
「ま、これで大抵の宿に泊まれるっていうんだから良しとしようぜ」
「しかし軍人優先とは強権だな。どうやって捩じ込むんだ?」
「多分、予約の上書きとかそんなんだろ」
まだ泊まってない人の予約に割り込む……うわ、めっちゃ感じ悪いな。僕だったらキレるわ。
「まぁ試しに宿に行って使ってみよう」
「そうだな。泊まれると良いが……」
早速今出てきた宿に入って優先券を出してみることにした。
□ □ □ □
「すみません、お客様……当宿では此方は取り扱っておりません」
「んん?」
取り扱ってないってどういうことだろう? 軍人優先というのは場所によるのか?
「すみません、これの仕組みって教えてもらえます? ちょっと僕達、勘違いしてるみたいです」
「あぁ、そうなのですね。では説明させて頂きますと、此方の帝国軍人優先券は、帝国軍人と同じサービスが使えるという券でございます。つまり、帝国軍人専用の機関の利用、出入りが可能になるものでして、一般の施設での利用は出来ません。利用出来てしまうと、権力を笠に着た軍人が出て来てしまいますので……」
「あぁぁ……なるほど、実によく分かりました。そういう仕組みだったんですね」
あの諜報さんの説明不足だ。帝国軍人専用施設が利用出来るって話してくれないと分からないじゃないか。そもそも優先券という名前がややこしい気がする。
「ではその施設に行けば、使えるのだな?」
「そういうことになりますね。ちなみに軍事施設は北に集約されてますので、急いだ方がよろしいかと……」
うっわ反対方向だ!
「早く行かないとっ! すみません、ありがとうございました! 失礼します!」
「世話になった」
返事も待たずにダニエラの手を掴んで走り出す。もう、あっち行ったりこっち行ったりで忙しないな!
さてどうしたもんかと悩んだ結果、《神狼の脚》で走ることにした。勿論、市民の皆様のご迷惑にならないよう、遥か上空を通ってだ。一応貴族街と帝城の上は通らないように迂回した。
ダニエラを抱いてこっそりと移動したが、何故か周りの人間は僕達を気にすることは無かった。流石に視界には入っていたとは思うが、まるで見えていないような……気の所為だろうか?
北区……軍事施設が集められた区域は、なるほど、軍服を着た人間ばかりが歩いていた。しかし、その中にも市民や、観光客のような人間は多数存在している。本当に重要な拠点は帝都の中枢に集められているのだろう。見た限りでは北区に入る為の関所のような物も無い。民間との距離が近い印象を感じる。此処は軍とのふれあい広場なんだろう。
まぁとりあえず、殆ど時間ロスもなく北区へとやってくることが出来た。まだ日暮れまでは十分時間は残されている。まずは、宿泊施設を探すことにしよう。案内板はあるだろうか?
「アサギ、彼処に」
「お、あれは……」
詰所があった。彼処で話を聞くことにしよう。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
軍服お姉さんが書類から顔を上げる。おぉ、美人。ダニエラが僕の足をギュッと踏んだ。
「ちょっと道を尋ねてもいいですか?」
「はい良いですよ。何方へ行かれるのですか?」
「宿泊施設を探してるんです」
「宿泊施設ですか。此処は軍事施設なので利用出来るのは軍人だけなのですが……」
困ったように人差し指を顎に添えて首を傾げるお姉さん。綺麗な上に可愛いとは……。ダニエラがグリグリと僕の足を踏み躙る。
「これを持ってきました」
「あら……優先券ですね。これを何処で?」
「ツテです」
両手で顔を覆って、口元だけを見えるようにジェスチャーすると、お姉さんがハッと驚いた。伝わったようだ。
「畏まりました。では施設まで案内させてもらいます」
「いえ、教えてくだされば……」
「大事なお客様ですから。案内させてください」
パチンとウィンクして、別の仕事をしていた軍人に声を掛ける。後を頼むと聞こえたので、ばっちり案内してくれるみたいだ。
「では行きましょうか。私、帝国軍北区管理部のリコリス=ラディアーレと言います。今後共よろしくお願いしますね」
「僕はアサギ=カミヤシロです。こっちが……」
「ダニエラ=ヴィルシルフだ。よろしく」
「あなた達があの……えぇ、理解出来ました。リコリス=ラディアーレ、『銀翆』アサギ=カミヤシロ、『白風』ダニエラ=ヴィルシルフの道案内を開始します!」
ビシっと美しい敬礼をするリコリスさん。思った以上に軍人してるらしい。無事に案内してもらえるのだろうか……いや、無事は無事なのだろうけれど。たかが道案内だけに、何となく先行きが不安になる上社朝霧なのであった。




