第二十一話 事故
「合宿?」
「そう、合宿だ」
ダニエラが突然おかしなことを言い始めたぞ。
「何も今思いついた訳じゃないぞ? 昨日のアサギの戦い方と私との連携を見てて、長期的な戦闘も問題無いと思った。3日間、森に篭って森での感覚を研ぎ澄ませるのも良い、とな」
「なるほど…」
ダニエラがそう評価してくれたのは素直に嬉しいが、いきなり森篭りか。キャンプみたいで楽しそうではあるが、ここは日本じゃない。魔物が出るのだ。
「夜が不安だな。ちゃんと休めるかな」
「安心しろ。少し高いが結界の魔道具も持っている」
「そんなのがあるのか」
平原で夜を迎える際に欲しい魔道具だな。
「ぶっ続けの戦闘じゃないなら負ける気はしないな」
「ふふ、頼もしいな。じゃあ合宿ということでいいか?」
「あぁ、明日から篭ろう。買い出し、行こうか」
こうして僕の強化合宿が決定した。アサギ&ダニエラのフォレストウルフ祭の開催だ。
その後は商店街へ向かい、3日分の保存食と二人用のテントを購入した。此奴を拠点として狩りに出掛けるのだ。他にも細々とした物を買い終わった頃には夕方だ。二人で並んで春風亭へと帰った。ちなみに購入代金はダニエラ持ちだった。終始紐気分でゲンナリしたので合宿ではしっかり稼ぎたい。
□ □ □ □
清々しい朝だ。カーテンの隙間から差す朝日が目に染みる。もぞもぞと着替えて顔を洗い、換気をしようと開けた窓の向こうに広がる空は雲ひとつ無く、今日から始まる合宿が良いものになる予感がした。
さて、合宿といえばダニエラの提案で、勿論合宿にはダニエラも同行するのだが……今日もダニエラは寝坊かな。そんなわけ無いか。あんなに張り切っていたしな。さ、食堂に行こう。
「ダニエラー。起きてるー?」
案の定ダニエラは食堂には現れなかった。今日は早めに出るからさっさと寝ようと話したのに……。
「ダニエラー?」
返事がない。ただの寝坊助のよう、だ……っと。何となしに回したドアノブがガチャリと開いてしまった。不用心だな……鍵掛けてないのか?
「ダニエラ……?」
そっと覗いて呼び掛けてみる。部屋はカーテンが締め切ってて、薄暗い。ベッドの方を見ると布団が山なりに盛り上がっている。遅刻現行犯はそこか。
「ダニエラー……朝だぞー……」
起こさなきゃいけないのだから大きな声で呼び掛ければいいのに何故か声が小さくなってしまう事に抗えない現象に名前を付けたい。この現象に嵌った僕に出来ることはカーテンと布団を剥ぐことぐらいだ。今日みたいな天気の良い日の朝の光は効く。流石のダニエラも起きざるを得ないだろう。
ならば善は急げ、僕はカーテンを左右に開いた。眩しい陽光が僕を照らすが、照らしてほしいのは僕じゃない。ダニエラだ。ということで続いて布団を剥ぐ。
「ダニエラ、おはよう」
両手で掴んだ掛け布団をバサリと剥ぎ取る。これ学生時代によくお母さんにされたっけとか、冬の日はつらかったよなぁとかいった思い出は瞬時に脳内から吹き飛んだ。
「うぁ……まぶしい……ふとんは……ふとん……」
そこには生まれたままの姿で小さく丸まったダニエラがもぞもぞと布団を探していた。そして陽光が照らしたのはダニエラだけじゃない。そこらに散らばる薄めの衣類もだった。
「だ、ダニエラさん……」
「んぁ……アサギか……おはよ……」
「お……おはよう……」
寝返りを打つダニエラ。打ってしまったダニエラ。アルバイト時によく見た肉まんが2つ、揺れる。
「…………アサギ……?」
眠そうなダニエラの目がゆっくりと開いていく。今の状況を確認するように。自身の状態を思い出すように。開いた目が己の服装を見る。服など無かった。開いた目が僕を見る。引きつった僕の顔が映った。
「アサギ」
「……はい」
「着替えるから」
「はい……」
僕は震える足をどうにか動かしてダニエラの部屋から脱出した。それから西の門を出るまでの記憶はない。
□ □ □ □
森の手前までやってきた。これから3日間お世話になる森だ。無事に帰れるように祈りたい。
「よし、行こうダニエラ」
「ん」
……さっきからダニエラが無口系キャラみたいになってる。入った僕も悪いがダニエラも無防備過ぎるというか……ていうか合宿中もあの寝方をするつもりだったのだろうか。怖くて聞けない。
いつもより奥に進み、ある程度平らな場所を見つけて邪魔な枝や石を払い、そこにテントを張る。異世界のくせにタープまで売っていたのでダニエラに頼んで購入してもらった。此奴があるとテント生活が格段に向上する。テントが寝室ならタープはリビングだ。これでテントの外でも伸び伸びと過ごせる。
最後に四方にダニエラから預かった結界の魔道具を設置する。見た感じただの箱だが、表面には複雑な模様が刻まれている。中には魔石が入っていて、それが結界を発生、維持させているらしい。とまぁ、そんな仕組みらしくて僕もはっきりとは分かっていないが便利道具ということだけは分かった。よし、準備は済ませた。ダニエラを誘って狩りに行こう。
「ダニエラ、気配を探る方法を教えてくれないか」
「ん」
ダニエラに戦闘以外のことも教わりながら森を歩く。近いか遠いかは分からないが、何か居る気配はする。初日に分かったのはそんな程度のことだ。だが今までとは全然違う。森を見る目がガラリと変わった。これから日々の生活でも鍛えることは出来るだろう。
改めてダニエラに会えて良かったと思う。僕はここで生きるには知らないことが多すぎる。ただ生きるだけなら出来るだろう。だけど、冒険者として生きるなら誰かに教わるしか無い。今までは黒兎騒動で誰にも教われなかったが、そこにダニエラがやって来た。僕にとってはまさに運命の出会いだ。
今後も一緒に戦ってたり教わったりするだろう。上手くやっていく為にもちゃんと感謝の気持ちを伝えていかないとな。感謝の心を持つのがコツだ。
日も暮れてこれから夕飯だ。買ってきた保存食と野草を一緒に煮込む鍋を挟んで向こう側にダニエラが座る。明日からはスープだけじゃなくて生肉を焼いて食べたいな……時間を見つけて狩っておこう。
温かい具沢山スープを食べ終えてホッとする時間。パチパチと薪が爆ぜる。揺れる焚き火を見つめながら僕は今日のことを思い出す。成長した自分を感じて笑みを浮かべながら、ダニエラに頭を下げた。
「ダニエラ、今日はありがとう。昨日までとは全然違う。見る目が変わったって感じだ」
「あぁ、私の裸を見たからな。変態」
違う、そうじゃない。
僕は久しぶりに木の上で眠った。




