第二百九話 帝都ヴェルフロスト
翌朝、ゲンナリとした朝を迎えた僕は朝食を屋台飯で済ませて荷台で休ませてもらうことにした。狡いだって? これは仕方のないことなのだ。アサギさんは悪くないのだ。あんな、森で遊んでいるのが悪いに決まってる。僕はよくやった方だと思う。
まぁでも仮眠程度で起こされたのだが。もっとぐっすり休みたかったなぁ……。ダニエラが言うには日の出からどんどん列が進んで、待っていたのは2時間程とのこと。昨日の分も合わせればそれなりに待っていたのだが、まぁ、今夜も野宿とならずに済んで良かった。
「……はっ、いやいや、野宿回避出来るかは分からないんだよ」
もう宿が決まったような感覚でいたがまだ絶賛大ピンチ継続中なんだった。
「ところで何で起こされたんだっけ」
「もうすぐ審査が始まるから起こしたんだ」
「なるほどね」
すんなり入れるのが当たり前だと思っていたが、此処は帝都。厳重な警備が必要な都市だった。
虚ろの鞄からステータスカードを取り出して、ボーッと空を眺めて馬車に揺られていたら衛兵さんが此方に歩いてきた。
「先にステータスカードを預かってまーす」
「お持ちの方はこの籠にー」
ふんふん、先に読取機に掛けて検査をするんだな。効率が良いのは好きよ。
「すみませーん」
「あ、はいはい!」
駆け寄ってきた衛兵はまだ子供と言っても差し支えない童顔の男の子コンビだった。その男の子が持った籠に預かった4枚のステータスカードを入れる。ミスターとムッシュもステカ持ちだ。こういう行商をするのであれば、冒険者でなくとも必需品なのだろう。
「はい、ステータスカード」
「お預かりします!」
「代表者のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「あー……」
ちらりとミスターを見る。彼の護衛なのだから代表者はミスターだろう。
「私です。ミスターと申します」
「ミスターさんですね。畏まりました。審査が終わり次第また伺います」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた男の子達は一度詰所に戻るらしく、来た道を帰っていった。あんな子達も衛兵の仕事をするんだなぁ。僕が初めてバイトをしたのは何歳頃だっけ……。
「じゃあまた暫くは待機ですね」
「もう馬車は飽きましたよ……」
ぼやくとミスターがははは、と楽しそうに笑う。馬車慣れしてる3人と違って僕のお尻は限界ですよ……。異世界に来た奴が馬車の改造をしたくなる気持ちが分かるね。僕は面倒だからしないけど。走った方が早い。というのもおかしな話だな……。
□ □ □ □
再び男の子コンビが此方に向かってやってきた。前の馬車で話していた声を聞く限り、通行許可が降りた感じだ。
「ミスター様御一行様ー!」
様が多いな。
「通行の認可が下りましたので前へどうぞ!」
「ありがとうございます」
何故か僕をキラキラした目で見ているが、まぁ気の所為だろう。気の所為気の所為。
「あ、あの!」
「はい?」
とか思ってたら話し掛けられた。
「えっと、銀翆様、ですよね?」
「あー、その、様を付けるのはやめてくれ……逃げ出したくなる」
「あわわ! す、すみませんっ! 銀翆さん、大ファンです!」
「あはは、ありがとう」
やっぱりファンの人だった。何かローリエの事を思い出すなぁ……また服を綺麗にして欲しいぜ。
「帝剣武闘会、出られるんですよね?」
「まぁ、そのつもりだよ」
「応援してます!」
「僕も!」
2人してグッと両手を握って力強く応援してくれる。悪名の広まり具合には考え込んでしまうけれど、こうした声援には答えたくなってしまう、上社朝霧である。
「ありがとう。頑張って優勝するよ」
「試合、見に行きますね!」
「頑張ってください!」
元気良く手を振りながら衛兵キッズが職務に戻っていった。それに手を振り返して、次の馬車でステカ回収を始めた所で荷台に引っ込んだ。
「モテモテだったな」
「からかうなよ。恥ずかしかったー……」
パタパタと手で顔の熱を扇いで霧散させようと努力する。
「私もあんな可愛い子達に応援されたいもんだ」
「ははっ、ダニエラみたいな美人は可愛い女の子の応援が多いだろうな」
「そこなんだよなぁ……」
はぁぁ、と溜息をついて頭を振るダニエラ。仕方ないよ。ダニエラお姉様はどこに行ったってダニエラお姉様なんだから。百合とはどの世界に行っても根付いてる文化なのだ。僕も出来るのであれば転生する時は女の子になりたい。
「いや、それは百合と言えるのか……? いや言えないな。個人的にTSは別だ」
「何を言ってるんだ?」
「……何でもない」
これ以上は荒れる。世界が荒れる。
僕はダニエラ同様、深い溜息を吐いて幌の外へと視線を合わせる。ちょうど、門をくぐり抜ける場面だった。
□ □ □ □
帝都ヴェルフロストの歴史は長い。かつて、世界征服を果たしたフリュゲルニア帝国、その始皇帝が作った町だ。あらゆる国を飲み込んだ帝国だけに、並び立つ建造物の形も様々だ。最初に行った土地整理が良かったのか、幸いにも道はそう複雑ではない。だがそれも帝都の中心近い場所だけである。所謂貴族街だ。勿論、帝都の中心にはこの国の象徴でもある黒金の城、『レヴァンス・レーヴ帝城』が聳え立っている。その帝城から広がる8本の道は、それぞれこの国を支えた人間の名前が付けられているらしい。
その支えた人間というのは、世界征服から解放した際に国を支えた人物だそうだ。全世界を手中に収めた始皇帝ヴェルフロストは、その複雑なやりくりに過労死。息子である二世が死ぬ気で国を切り分けて過労死を回避したという。その切り分けの手助けをしたのが8人の貴族だそうだ。
そんな話を、僕は目の前の老人に聞かされていた。
「でな、その8人が……」
「アサギ、そろそろ……」
「うぅ……あ、あの、お爺さん、僕達そろそろ行かないと……」
「んぁ? おぉ、もうそんな時間か! いやぁ、引き止めて悪かったのう、若者よ。帝都を存分に楽しんでくれ!」
「ありがとうございました……」
勇気を出して割り込んで話を終わらせることに成功した僕は本日何度目かの溜息を吐いた。
「ったく、自分で言えよな……」
「私は知らない人間に話し掛けると寿命が縮む呪いを掛けられてるんだ」
「そのクソみたいな設定はやめろ」
「あの、アサギさん、そろそろギルドへ行かないと……」
「あぁ、そうでした。早く行きましょう!」
まったく、何でギルドの場所を聞いただけで町の歴史を聞かされなきゃならないんだ……お陰で大幅なタイムロスだ。勘弁してくれ……。
話の初めに聞いたギルドの場所は正確だった。混まない道を教えてくれていただけに、あの無駄な時間が惜しかった。
『グランドギルド』の看板が掛けられた冒険者ギルドヴェルフロスト本部。本部は初めてだ。恐る恐る中に入ると、かなり広い。勿論、外から見た建物がデカかったから当たり前なのだが。各カウンターも5つずつ設けられていて、しかしそれでも結構混んでいるのを見て流石は本部だなと感じた。
冒険者の質はどうだろう。今は各地から腕利きの冒険者達が集まっているから多少雑多かもしれない。人相の悪いおっさんや、性格に難がありそうなお兄さん。ベロベロとナイフを舐めて威嚇しているお姉さんに、おっとり系の癖にやたらデカい斧を持ったお姉さんなんかもいる。ナイフ舐めとか怪我するぞ。
ミスター様御一行様は『報酬引渡』のカウンターへと並ぶ。クエストの報告を兼ねているので、このカウンターで問題ない。
「また列か……もう列はうんざりだ」
「まぁまぁ。これが最後ですから」
「最後と言えばミスター達との旅も最後ですね……道中、騒がしくしてすみませんでした」
「いえいえそんな! とても楽しかったですよ。荒くれ者の冒険者だったらどうしようと思っていたのでとても気楽で穏やかな旅が出来ました」
「そう言って貰えると嬉しいです」
お別れのムードだ。グレンデルとかブラッドエイプとか、割とヤバい旅だったが、楽しいと言ってもらえたのは嬉しいな。
「次の方、どうぞー」
「あ、呼ばれましたね」
「行きますか」
そしてミスター様御一行様はカウンターでクエスト完了の報告をした。報酬の銀貨80枚は何故か金貨2枚になっていたが、ミスターの優しさだな。身に沁みる……。初めて知らない人と旅をしたが、こういうのも楽しいなと思えた。また、機会があれば即席パーティーでの旅も良いかもしれない。
ま、とりあえず次はダニエラとの二人旅がしたいな。でもその前に帝剣武闘会。そしてその前の前に、宿だ。
78話で帝国に入り、209話で漸く帝都までやってきました。




