第二百八話 夢を語る男と森の幽霊
あれこれ考えていたらなんか歩きたくなった。ダニエラに断りを入れて宛もなく歩き出す。道標は月と星と焚き火の明かりだけだ。しかし前方の帝都ヴェルフロストでは煌々と明かりが漏れていて、ふわりと空を照らしていた。都会だなぁ、なんて眺めながらぷらぷらと歩く。
「あっはっはっはっは!」
「マジかよー!!」
おや、こんな夜中だっていうのに騒がしい奴が居るぞ。先生、感心しませんな。
ひょいと顔を出すと、焚き火を囲んだ3人の冒険者風情の男達が飲み会をしていた。
「ん? なんだお前」
「眠れなくて歩いていたら楽しそうな声がしてね」
「なんだよ暇人か!」
ゲラゲラと笑う2人。暇人だけどさ。あれ、もう1人はつまらなさそうに酒を飲んでいるな。
「そっちの彼はどうしたんだ?」
さり気なく焚き火の近くに座りながらぶすくれた男をチラリと見る。
「おぉ、聞いてくれよ兄弟!」
「其奴、ぷくく……ダーメだ! 笑っちまう! あはははははは!!」
釣られてまた笑いだした2人を見て男はこれでもかというくらいに嫌な顔をして酒を呷る。
「……どうしたんだ?」
仕方ないので僕はつまらなそうな男……ツマ男に話し掛ける。ツマ男は僕をジロリと見てお前も笑うんだろう? と視線で語る。だが此方も、まぁ話せよと視線で促すとしぶしぶといった感じに語りだした。
「俺ァ、帝剣武闘会に出る為に田舎から出てきたんだ。んで、途中で泊まったアスクの、その……娼婦に惚れちまったんだ」
「うん、それで?」
「……で、つい告白しちまった。『俺ァ帝剣武闘会で優勝する男だ! 優勝したら、お前を迎えに来る!』ってな」
酒の勢いだったんだ……と付け足すツマ男。すると2人の男……ゲラ男とヘラ男がまた笑い出す。
「……それで? 返事はどうだったんだ?」
「…………笑われた」
「へ?」
「笑われたんだ。出来るわけが無いって。予選落ちするに決まってるって」
手酌で注いだ酒を飲んで深い溜息を吐くツマ男。
「むーりだって! マジで!」
「恥かくだけだってのに! ハハハハハハ!」
2人の笑い声にますます小さくなるツマ男。それを見て僕は立ち上がる。
「そんなことはない!」
「へ?」
「え?」
「優勝したら良いじゃないか! 見事に優勝して、其奴の前で自慢してやればいいさ!」
ゲラ男の酒を奪って飲み干す。良い感じにあったかくなってきた。
「自分を卑下することなんてない。人間、頑張れば何だって出来るんだ!」
「いやでも、優勝は流石に俺も言い過ぎたかなって……」
「言い過ぎ結構! 男は黙って大言壮語だ!」
僕は瓶を取り、ツマ男のコップになみなみと注いでやる。そして背中をバシバシと叩いて気合を入れてやった。
「まぁでも優勝するのは残念ながらこの僕だけどな! あっはっはっは!」
「おいおい兄ちゃん、もう酔ってんのか?」
「酔ってねーよ馬鹿野郎。見てろ、俺が、彼と、優勝争いをするんだ。そんでギリギリの接戦で優勝したら僕はダニエラに褒めてもらうのさ」
ゴクゴクと他人の酒を飲んでいるとだんだん酔いが回ってきた気がする。気の所為かもしれない。勘違いかな?
「ダニエラって、あの、白風の?」
「おうよ。僕の恋人だ!」
「ゲッ、てことはあんた銀翆のアサギか!?」
「うぇ、マジかよ!」
「本物か……?」
今更バレたって恥ずかしくとも何ともないのは慣れか酔いか。慣れかな? だって酔ってないし。
「はっはっは、そう、僕がアサギ。銀翆だ!」
「嘘だろー……銀翆が出るなら優勝は難しいぞ」
「こりゃ諦めた方が身の為かもな」
「そうだな……二つ名持ちとは戦って勝てる気がしない」
「なんだよー、挑戦は人生を楽しむ為の大事なコツだぞ?」
「無謀過ぎるわ!」
何だか戦わずしてライバルを3人蹴落とした形に落ち着いてしまった。こんなはずじゃなかったのに……。
「まぁ、あれだ。人の夢は笑うな。僕だって夢を抱いて生きてるんだ。皆、それぞれが大事な夢を持つことで、人生を楽しむことが出来るんだから」
「そうだな……俺の夢かぁ……」
「悪かったな、笑っちまって」
「良いさ。俺ァ、夢見がちな所があるけど、良いことだと思ってるんだ」
うんうん、仲直りだな。いい頃合いだったので僕は酒を飲み干してコップを返して立ち上がった。
「んじゃあ僕はもう行く。仲良くするんだぜ」
「おう、またな銀翆」
「帝都で会ったら飯でも食おうぜ」
「夢を笑わないでくれてありがとう」
3人と拳を打ち合って別れの挨拶をして僕は再び歩き出した。夜はまだまだ明けない。酒も入って良い感じなのでもう少し散歩することにした。
そういえば、名前聞き忘れたなぁ……。
□ □ □ □
歩いていると酔いが覚めてきた。僕って昔からアルコールが抜けるの早いんだよな……そしていつも雰囲気に酔うタイプだ。酒か船かで言えば船の方が断然酔う。
先程は列に沿って歩いていたが、何だか森の方が静かだったので今度は静かな方へと歩いていた。風が吹いて葉擦れの音が降り注ぐ。ひんやりとした空気が若干火照った体に心地良い。
木々の隙間から見える月と星も風情があって良い。此処から見える夜空と同じ夜空を、今まで出会って来た人達も見上げてるんだろうか。
「そうだといいなぁ……ん?」
声がする。何の声だろう。誰かが啜り泣くような……怖い。背筋が冷えた。
「こ、こういう時は……」
持ってて良かった《気配感知》。幽霊とかそんな非科学的な存在は気配感知で暴いちゃうぜ……。声の聞こえる範囲。しかも啜り泣きということで範囲を自分の周りに限定する。範囲を狭めることで密度が大きくなり、幽霊の正体もバッチリと捉えた。反応は2つ。
「2つって何……声は1人分だったぞ……」
感知エリアをさらに絞って精査すると、向かって右奥の木の裏から聞こえる。……うん、やっぱり2人だ。何だろう、ひょっとして何かに襲われてるのか……?
僕は出来るだけ気配を消しながらそっと歩み寄る。何が起きてるのか分からない以上、無闇に飛び出せない。もしかしたら本当に幽霊かもしれないし……別に怖くないけどね。
《夜目》も使って足元の小枝を避けながらそーっとそーっと近寄る。目標の木に対して、側面の茂みから覗き込める形で進む。少しずつではあるが、距離が縮まることで、声もだんだんよく聞こえてきた。
「うぅ……うっ、はぁ……あぁぁ……」
これは……泣いて、る……のか……?
状況が読めない。だけど、もう少しで茂みだ。逃げたい気持ちと見たい気持ちをどうにか押さえ込みながらゆっくり、ゆっくりと進み、ついに目的地の茂みに到着した。
「はぁ……はぁ……ごくり」
口内に溜まった唾を飲み込んで、そっと茂みから向こう側の景色を覗き込む。
「はぁ、はぁ……うっ……」
啜り泣き……じゃない。荒い息を吐いて何かがビクンビクンしてる。シャットダウンするのを忘れていた《夜目》が、その何かをはっきりと捉えた。
普通の若い男女だった。
「(此奴は拙いぞ……)」
バレたら殺されても文句が言えない。幽霊の正体見たりハッスルハッスル……いや馬鹿なことを考えている場合じゃない。今はそっと此処から逃げることだけを考えろ。気配を消して、来た道を戻る。簡単なミッションだ。ただ、あちらさんも見た感じそろそろ終わりそうだから、バレる確率が高くなる。今は夢中だから奇跡的にバレてないだけだ。
「(いやそんな分析をしてる場合じゃないんだって!)」
僕はそっと邪念的な思考を茂みに隠してその場を離れた。来る時以上に、真剣に、額に汗を浮かべながら、一時の幸せを壊さないように。
誰にも見つからないようにダニエラの元まで帰った僕は緊張から解き放たれ、反動でうっかり寝てしまい、結局ダニエラに怒られた。
暫くして、僕は自分のステータスカードに《気配遮断》が生えているのを知るが、それはまだ少し先の話である。




