第二百七話 月と星の下で
何だかんだで昼過ぎまで馬を休ませたので、結果的に進行速度は上がった。急がば回れとはこの事だ。好調な走り出しを見せた各馬は結局ゴールまでその速度を落とすことはなかった。
即ち、帝都到着である。
□ □ □ □
ゴールとは言ったが門を抜けたとは一言も言っていない。やはり帝都ということもあって、審査は厳重。途中から脇道を通ってやって来た馬車で渋滞。長い行列をちびちびと歩いている僕達であった。
「これ、今日中に入れますかね?」
「いやー、難しいですね……」
ミスターと並んで御者席に座りながらボケーッと列を眺める。皆の後頭部を照らす夕日が、長い長い影を作っている。
どっこいしょと幌の上に登って後ろを見る。真後ろには御者さん(ミスターがムッシュと呼んでいた)がつまらなさそうに僕を見ている。その後ろはまぁそれなりの列が続いていた。徒歩の冒険者だったり、馬車だったり。彼らも夜通し行軍するのだろう。夜勤仲間である。
「通れなかったら野宿ですね」
「通れても宿は空いてないでしょう……なんせ、帝剣武闘会がありますから」
「それもそうか……あれ、ヤバいな……」
僕達の宿、あるのかな……。
「ダニエラ、どうしよう。宿無いかも」
「其奴は拙いな……」
幌の上から逆さまの荷台を見てダニエラに声を掛けると、むくりと起き上がって思案する顔で幌を睨む。どうしよう。武闘会があるなんて知らなかったからそこまで考えてなかった。いつもは何だかんだですんなり宿に泊まれていたが、今回は町中で野宿かもしれない。やだよ僕、帝都まで来て野宿なんて。
「一応、宿場街がありますから、何とかなりますよ」
「むむむ……でもこの列の全員が泊まるとなると……」
もう一度前後を眺める。うーん、結構な数だ。約3週間後に行われる帝剣武闘会。参加するならどう考えても僕達は遅刻組だ。
ここは最悪、グレードの低い宿も考えておかなければならない。酒場と兼業している所ならまだ許せるか。
そんな考えをダニエラに伝えた所、ダニエラも同じ考えだったようだ。こちらで防犯意識をしないといけないのが面倒だが、町中で野宿は流石に論外だった。起きたらすっからかんで留置所なんて嫌過ぎる。
「でもまぁ、日が暮れれば門は閉まってしまうので野宿ですかねぇ」
「あ、門って閉まっちゃうんですか?」
帝都ぐらい大きい都市なら24時間体制だと思っていた。
「普段なら開いてるんですけどね。今はほら、武闘会がありますから」
各地から物騒な人達が集まってきますからね。と小声で付け足すミスター。それに僕は苦笑で応える。物騒な連中に混じっての野宿か……つまらない事が起きなければいいけどな。
□ □ □ □
真っ赤な夕日が沈んだ所で、西門は木が軋む音を立てて閉じられた。残りは明日の日の出から受け入れると、門が閉じる前に馬に乗った衛兵さんが叫びながら走っていった。
こうなっては前にも後ろにも進まないので、諦めて行列に参加している人間は野営の準備を始める。皆、列から離れないようにテントを建てるのでオートキャンプっぽい。
例に漏れない僕達も馬車の前でテントを立てた。とは言っても、ミスターの持っていたテントだ。僕達が用意していたのでお披露目する機会が無かったが、僕達のテントは暇を与えたのでデビューを果たした。
僕達のテントは吊り下げ式というのだろうか。三角と三角の間に棒を置いて、その上から長方形の布を掛けるタイプだ。三角柱を横に倒した形だな。
それに対してミスターのテントはポールを1本立てて、その上から布を広げるタイプだ。立体の三角形……子供が描く山みたいな形だ。結構長いポールと大きな布のお陰で、中は意外と広かった。
「良いな、これ……」
「次に買うのはこのタイプにしよう」
ダニエラと一緒に中に入って具合を確認していたら、うっかり二代目候補に決定してしまった。まぁ、実際に見てから決めたいね。
2人交代で見張りをすることを決めて、まずは僕とダニエラが休むことになった。魔物退治で頑張ってくれたから休んで欲しいとミスターが言ってくれたので、お言葉に甘えた。
「はぁ……今日は疲れたなー……」
「私は朝までぐっすり眠る自信がある」
「起きてくれよ」
実際、僕も起きれる自信は無かった。精神的にも身体的にも疲れた一日だった。
『おやすみ』とダニエラに声を掛けて鞄から出した布を頭まですっぽり被った所であっという間に意識は深い睡魔に押し流された。
それからすぐにムッシュさんに起こされた。結構寝てたらしいが、体感で言えば寝て、すぐに起こされた感じだ。
幸いにも目が覚めたダニエラと共に眠い目を擦りながらテントから出ると、良い感じに月達が地上を照らしていた。満天の星も舞台照明として参加している。
「ふわぁぁ……」
「眠い……」
のそのそと御者席に登ってダニエラと2人で座る。
「……いや、2人して同じ所に居てどうするんだ。ダニエラは向こうな」
「1人だと寝る自信がある……」
「それは僕もだが……あぁもう、しょうがないな」
結局僕達はミスターの馬車の幌の上に並んで座ることにした。此処からならムッシュさんの馬車も見えるし、問題ないだろう。
僕は持ってきた虚ろの鞄から屋台飯を取り出す。睡眠欲優先で食欲は後回しにしていたので、此処で夜食を食べるのだ。月明かりに照らされた串焼きの肉と野菜が食欲をそそる。ちなみに寝る前にミスター達にも屋台飯は提供していた。彼らは食欲を満たしてから睡眠欲を満たす。僕達は逆だ。
「宿に泊まったら性欲も満たさないとな」
「ダニエラ、まだ夢の中か?」
「いただきます」
阿呆な事を言うダニエラをジト目で睨んでみるが柳に風だったので、僕も屋台飯に集中することにした。うん、旨い。帝都料理も期待したいな。
2人して屋台飯を頬張る。そういえば今日は何も口にしてなかったっけ……通りで腹に染み渡ると思った。
「アサギ、おかわり」
「ん。好きなの食え」
「どれにしようかな……」
鞄を差し出すと、手を突っ込みながら選ぶダニエラ。僕はさっきのバーベキュー風の串焼き料理と、居酒屋で仕入れたピリ辛肉の野菜巻きを3つずつ食べてお腹いっぱいだ。
「私もアサギが食べていたやつにしよう」
「大人気だな。旨いもんな」
居酒屋料理、大人気。爆売れである。仕入れることが出来ないんだから、此処ぞという時に食べたいんだが、人間、食欲には勝てないのだ。
ダニエラが月を見上げながら食べている隣で、僕は暇だったので《夜目》で周りを観察することにした。良い感じによく見えるので、ちょっと楽しい。皆は見えてないんだろうなーなんて、キョロキョロと眺めていると、どこも同じように幌や荷台の上に座ってボケーッと空を見上げていた。
夜空とは不思議な魅力がある。特に用もなく見上げてしまうものである。
僕も、かつて夜勤に明け暮れていた頃は外に出て空を見上げていた。勿論、お客さんが居ない時。とは言え、町中だったので満点の星空とはいかない。台風が過ぎた日の夜とかは狙い目だった。
このまま、夜勤を続けていて良いのだろうか……なんて、ギリギリ見える一等星を見つめながらよく考えたものだ。今見ている星はあの時の星とは違う。見上げている時の気持ちも違う。あの頃はどん詰まりの人生を悲観していたが、今は傍にダニエラが居て、それなりに充実した生活をしていた。先のことは不安だけど、楽しみでもある。あの頃は不安しか無かったからなぁ……。
「ダニエラ、ちょっと散歩してきて良い?」
「仕方ないな……あまり遠くへ行くなよ」
「お前は僕の親か」
「どちらかと言えば先祖だな」
自虐する癖に弄ると怒るんだから女心というのは難しい。僕はどっこいしょと幌から降りて、散策に出掛けることにした。




