第二百三話 異形の巨人、最強の魔法
見た目すっごく冷たそうな霧氷石製の槍をギュッと握るがまったく冷たくない。だが、刺された相手はすっごく冷える。《器用貧乏》でもすっごく寒そうだ。つまり、この槍の攻撃は奴に効くということだ。上手くシミュレーション通りに事が運ぶように気合を入れる。
突っ込んだダニエラの近距離からの射撃が奴の鼻っ面にヒットし、怯んだ所を側面から僕の槍が突き刺さる。脇腹を白く凍らせるが、範囲が狭い。グレンデルの耐久値が高いのか、それとも僕の魔力が少ないのか。槍術の低さも影響してそうだ。
しかし、効いていない訳ではないと、奴の悲痛な咆哮が教えてくれる。
「ヒギャォァァァ!!」
「それにしてもデカいな!」
「腐っても巨人だからな。見た目通りの攻撃力だ。油断するなよ」
「任せろぃ!」
痛そうな声だ。だがやめてやるつもりはない。僕はその場で抜いた槍をまた突き刺してやる。同時に、体内で練り上げた氷属性の魔力も槍を通して流し込んでやると、思ってもみない展開になった。
てっきり僕は凍結範囲が広がるものだと思っていたが、実際は広がらず、吸収されてる感があった。
そこでダニエラの言葉を思い出した。無茶な交配……つまり、氷属性を有した生き物の細胞も受け継いでいるのかもしれない、と。
「此奴は拙いな」
直接魔力を通すのは非常に拙い。此奴の数多ある遺伝子の中に沈んだ氷属性を呼び覚ましてしまうかもしれない。
攻撃に魔力を乗せるのは問題ない。だが直接は駄目。そう学習した僕は一旦離れる。
「ハァッ!」
そして氷魔法で『氷矢』を生成して放ってみる。奴の二の腕辺りに刺さった矢は、しっかりと突き刺さり、表面を凍らせた。どうやら魔法は効くらしい。
「なるほどな!」
「何がなるほどなんだ?」
僕の攻撃に怯んだ隙に離脱して僕の傍に来るダニエラ。
「さっき、槍を通して魔力を流したんだが、吸収された。でも、魔法は効くみたいだ」
「あぁ、そういうことか……あ、ならば、アサギがルーガルーを倒した魔法が見たい。オリジナルだろう?」
「あぁ、アレか」
『氷凍零剣』。ノリで名付けた自身の最強魔法。ダニエラのリクエストなら、断れない。ということでアイスドラゴンの防具の力も借りて、ただの氷剣を氷凍零剣へと昇華させる。
「一回り大きな氷剣に見えるが……豪華絢爛といった感じだな」
今も僕達を狙うグレンデルを挑発し、僕へ攻撃させないように上手く往なしながら此方を見たダニエラが呟く。
「ただの装飾過多な氷剣じゃないぞ。これは僕の今出せる最強魔法。『氷凍零剣』だ」
「そうか……いいセンスだな……」
言葉とは裏腹にドン引きの眼差しである。良いさ。僕にネーミングセンスはない。今も心の底ではあの青春時代が今も小さな寝息を立てているのだ。
僕は槍を地面に突き立て、代わりに通常の剣より少し長めな柄を握る。手を離したことで冷気を放つ槍は通常の状態に戻る。が、代わりに氷凍零剣が圧倒的な冷気を放つ。
「ダニエラ、行くぞ!」
「あぁ!」
僕の合図にダニエラが離脱しながら風魔法をグレンデルの足元に放つ。追い掛けようとしたグレンデルは二の足を踏むことになり、弾けた地面を下から受けて更に怯む。完璧だ。
僕は両足に《神狼の脚》を纏い、風速を制御しながら空を踏んでグレンデルの側面から攻撃する。しかしこの剣は斬る為の剣ではない。ルーガルー相手にもそうだったが、直接攻撃したのは両手の剣だ。
この剣……いや、魔法の真価は有無を言わさぬ瞬間冷凍だ。
腰だめに剣を構え、落下するようにグレンデルの肩へと突き立てた。視界に僕が映ったのか、此方を振り向くグレンデルだが、結局反撃も断末魔を上げる暇もなく、氷漬けになった。手を離した氷凍零剣はパキィンと砕け、魔素へと還元された。
そして残ったのはグレンデルの氷像。うん、見様によっては良い作品なんじゃないかな。
「……恐ろしい魔法だな」
「僕もそう思うよ」
ただ、防具を着ていないと発動出来ないという制限があるが、まぁそれもいずれは撤廃される。そうなった時、僕は一体どんな世界を見ているのだろう。
「これは死んでるのか?」
「うん。心臓も全部凍らせたから死んでるはずだ」
まさかグレンデルも解凍されたら生き返りましたとはいかないだろう。でもそうなったら怖いから今のうちに切り分けて虚ろの鞄に仕舞っちゃおう。
結局、大きな被害も無く、時間も掛けずにグレンデルという異形の巨人を仕留めた僕達だった。これを『呆気ない』と捉えるか、『成長した』と捉えるか、悩むところではある。だが確実に言えることは、あの霧ヶ丘に来たばかりの僕では為す術もなく殺されていたということだ。
ならば、これは成長と呼べるのではないか、と自問に自答してみる。
異世界に来て、狼に追い掛けられていた自分が此処まで来られた。
そう思うとなんだか自分が誇らしく思えてきた。あぁ、頑張ったなぁと。
「アサギ、早く解体してしまおう」
「あぁ、分かった」
ダニエラの声に思考の海から浮上した僕は槍を鞄に仕舞い、代わりに藍色の大剣を取り出す。藍色の魔力を流して水刃化したこの剣でなければあの氷像は解体出来ないだろう。
ダニエラに見張りを頼んだ僕は大剣と《神狼の脚》を駆使してグレンデルの腕の付け根、頭を落とし、続いて壊さないように寝かせて足を丁寧に切り外した。落とした腕と足は肘と膝で分割し、体はとりあえずそのまま鞄に入るか試すと収納されたので良しとした。
切り分けた腕と足も収納し、最後に残った頭を見る。頭だけで僕の身長の3分の1くらいはある。がぶりと喰われたら上半身は無くなっちゃうな。
「此奴は今までの歴史の中で、どんな生物と交配して子孫を残してきたんだろうな」
「そうだな……伝えられている中でもゴブリン、オークは基本として蜥蜴や、変わり種として一角獣なんかも過去には交配されていたそうだ」
「節操無しだな……」
ダニエラ一筋の僕を見習って欲しいものだぜ……。
「果ては竜種と、本当に節操無しだ。寧ろ竜種を孕ませたことに驚きを隠せないな」
あんなに怖い奴等を……と、ダニエラはブルリと震える。慣れてきたとはいえ、根本的な恐怖はまだまだ拭えないようだ。
「ま、そんな先祖代々受け継いできた力は僕のズボンとなる訳だが」
「……いや、グレンデル素材のズボンは無理だろう」
「えっ、嘘!?」
驚愕の事実だ。僕は此奴を服の素材にしてやる気満々でいたんだが!?
「グレンデルの力は混ざり過ぎていて制御出来ない。そりゃあ素材としてはレアだが、それに魔力を通して、自身の力にするのは難しい。確かに竜種の力も遺伝子レベルで引き継いでいるかもしれないが、結局遺伝子レベルだからな」
「嘘だろ……」
「そもそもそんなじゃじゃ馬な素材を精密に加工出来る奴なんて一握りだ。都合良く帝都に居るとは思えないな……」
「マジかよ……」
じゃあ此奴は一体何の役に立つんだってばよ?
「基本的には食用だ。どういう訳か旨味成分だけは先祖から引き継がれていて、子孫を残す度に凝縮されて引き継がれるそうだ」
「そうなんだ……」
ゲテモノ程旨いって言うしな……地で行く奴が居るとは思わなかったが。
「そういう訳でグレンデルというのは割と乱獲される魔物だ。討伐難易度は非常に高いがな」
「どっかで読んだ漫画みたいだぜ……」
まさかそんな展開になるとは思いもしなかった。あぁ、このままじゃ僕はハーパン冒険者として帝剣武闘会にエントリーされてしまうことになる。帝都に着いたらまずは服探しだなぁと、グレンデルを詰め込んだ虚ろの鞄とダニエラを抱えて僕はミスターの後を追い掛けることにした。




