第二百話 終わる噂
祝200話です。三日坊主な僕が此処までやって来られたのも、読んでくださる皆様のお陰です。本当に有難うございます。至らない点は多々あるとは思いますが、どうかこれからもよろしくお願いします。
では、本編をどうぞ。
「おーい……もう夜なんだがー?」
そんな情けない声が下から聞こえてきたので僕は夜空から地上へと視線を合わせた。するとサラギさんが衛生兵さんと他数人の衛兵を連れて棒立ちしていた。待たせても悪いか……。
「お疲れ様ですサラギさん。随分少数精鋭で来たんですね」
「ばーか。本隊が廃村で待機中だ。ったく、結局1人でやっちまいやがって」
支えてくれるダニエラの反対側からサラギさんが肩に腕を回してくる。そんでもって空いた手で僕の脇腹を小突いてくる。
「ちょ、痛いですって」
「はっはっは、ルーガルーの攻撃に比べりゃこんなん擽ってぇだろ?」
「いや、微妙に痛いです」
体内に直接響くように骨を狙って小突いてくるのでビリビリと痺れて痛い。
「おいサラギ、死ぬか?」
「冗談だってば……ほら、向こうの廃村に休憩出来る場所があるから帰ろうぜ」
僕を挟んで妙な空気が出来る。サラギさんはダニエラに何か弱みでも握られてるんだろうか……。
ダニエラに肩を借りながら河原の傍に居た馬に跨る。僕の前にダニエラが座ったので腰に腕を回す。そのままギュッと抱き着くと振り返ったダニエラが僕の額に軽く口付けをした。
「元気そうで良かった」
「あぁ、ポーションを浴びまくって、失った血と体力を屋台飯で補った」
「お前はどうにも僕よりワイルドな部分があるなぁ」
「アサギが軟弱なんだ」
しっかり食って、強くなれ。とダニエラは言う。まぁ、強さは必要なものだ。自分が生きていく上で必要なものだからな。でも、僕は隣にダニエラが居てくれればそれで良いんだ。
と、今までは思っていたが今回は本当に大事なものを失うところだった。僕の油断が招いたことだ。異常進化したルーガルー相手でも戦えた。善戦とは言い難いけれど、それでも倒すことが出来た。ならば、これからは油断せずに確実に仕留める力を磨いていこう。
上社朝霧の冒険は、まだまだ続いていくのだから。
□ □ □ □
廃村では篝火が焚かれ、程良い温かさが満ちていた。夜は冷えるが、これだけ温かいなら過ごしやすいだろう。
僕達は馬を降りて中央の天幕の中へと入っていく。……なんだろう、妙に良い匂いがする。何も無いが。
「まずはその傷を治さないとな」
用意された椅子に腰を下ろした僕を見下ろしながらダニエラが言う。
「カナツキ」
「はい、ダニエラさん」
ダニエラが呼ぶと衛生兵さんが鞄を持って傍に来る。彼女がカナツキか。
「君がカナツキさんか。出会った時から本当に世話になった。ありがとう」
「いえ、お仕事ですから」
謙虚に微笑むカナツキさん。可愛いな……。
「ん?」
「あ、いえ何でもないです」
ダニエラさんの目が怖い。
「そ、それでカナツキさんはこれから何を?」
怖いので、強引に話題を逸らす僕。
「これから朝霧さんの治療を開始します。まずはその左目の傷を……」
カナツキさんは鞄の中から縫合キットを取り出す。
「縫います」
「ちょ、ちょちょっと待ってくれ」
其奴を僕に『刺す』んだろう?
「悪い、一身上の都合で体に何かを刺すっていうのが駄目なんだ……」
「でも、傷が……」
「そうだ、ポーション、ポーションは無いか?」
「ダニエラさんが全部使っちゃいました」
「ダニエラ……」
確か浴びたとか言ってたよな……全部使うってお前はポーション風呂でも入ったのか?
チラリと見上げるが顔を逸らされた。
「何本か無いかな……」
「……少し探してきます」
カナツキが礼をして天幕から出ていった。僕はダニエラと二人きりになったので問い詰めることにした。
「ダニエラ、ポーション浴びるって、何したの?」
「言葉の通りだ。お前を助けに行きたいが細かい傷が多かったので浴びて塗り込んで治した。でないと討伐隊に参加出来なかったからな。だから、こう、運ばれていた荷台の上で破れた服を全部剥ぎ取って……」
「何やってんだよお前は! 荷台ってことはまだ外じゃないか!」
衛兵達にダニエラの裸を見られたのか! 僕しか見てはいけないのに!
「そうだが、仕方ないだろう。緊急事態だったんだ」
「今も緊急事態だ。不幸な事故で衛兵が皆帰られなくなるんだからな」
「おい待て馬鹿野郎。その剣を置け!」
古代エルフの剣改め、琳翠星鉄の森剣を握り締めながら天幕を出ようとしたところでダニエラに抑え込まれた。よろけた僕はそのまま地面へと転がされ、馬乗りになったダニエラに押さえ付けられる。
「止めるなダニエラ。僕は必要のない殺しはしない。これは必要なことなんだ」
「お前を助けようと此処までやってきた人間を刃に掛けるのか? そんな馬鹿に育てた覚えはないぞ」
「くっ……でもダニエラの全裸が」
「減るもんじゃないだろう。これからも見られる」
お前だけにな、と耳元で囁かれる。脳が蕩けるような声だ。
ボーッと視線を彷徨わせる。今も耳元でダニエラが愛を囁いている。居た堪れない気持ちで彷徨わせると天幕の入口から覗いていたカナツキさんと目が合ってしまった。顔を真っ赤にしながら此方をガン見する彼女ではあるが、僕にはどうすることも出来ない。
結局ダニエラが満足するまで僕は押し倒されたままカナツキさんと見つめ合うという意味の分からない状況を耐えることになった。
「ふぅ、これで分かっただろう?」
「はい……物凄く、伝わりました……」
漸く、本当に漸くダニエラがどいてくれたところでカナツキさんが入ってきた。
「えっと、余っていたポーションを貰ってきましたー……」
「ん? 何だ、妙に見計らったようなタイミングだな」
「ひえぇ……」
ダニエラに見咎められ、顔を真っ赤にして震えるカナツキさん。
「あ、ポーションね、くださいください」
「は、はいっ」
またまた強引に話題を逸してポーションの詰まった鞄を受け取る。蓋を開けるとガチャガチャと小瓶が詰まっていた。これだけあれば、何とかなるか。
その中から一番色が明るい1本を取り出す。ポーションは色が明るい程、効果が高い。傷が残らないように中途半端な物は使わない方が良いだろうという判断だ。
「ダニエラ、虚ろの鞄取ってくれ」
「あぁ」
ダニエラが渡してくれた虚ろの鞄から紐を取り出して、それで前髪を縛る。余裕で縛れる程度には伸びたか……。
まぁいい。今は傷だ。僕は虚ろの鞄からいつも使う鍋を取り出してそこにポーションを流す。同じくらいの効力のポーションを何本か開けて、それなりに溜まったところでポーションを両手で掬ってそれで顔を洗う。ジンジンと顔の左半分に熱を持つ。治ってる証拠だ。僕はそれを何度も繰り返して傷を洗う。熱が冷めたポーションによって取り払われたところで顔を上げた。
「どう? 傷、なくなった?」
「……」
「えっと……」
ダニエラとカナツキさんに顔を見せるが、二人共言い淀む。駄目か……。駄目かぁ……。
「左目に上から頬に掛けて1本傷が残っている」
「そうか……顔だけは傷つけたくなかったんだがな……」
「……アサギ、こっちを見ろ」
ガックリと項垂れる僕に声を掛けるダニエラ。顔を上げるとダニエラは服の裾をガバッと捲り上げた。
そして僕は目を見開いた。
「ダニエラ……」
「……どうだ? 嫌いになったか?」
「……ちょっと大きくなった?」
顔を真っ赤にしたダニエラにチョップを食らった。ユーモア溢れる冗談じゃないか……。
「気遣いは伝わった」
「非情に痛い」
「……私もお前と一緒という訳だ。私はそれが言いたかった。大きさ自慢じゃない。確かに少し大きくなったが……」
そっと視線を逸らすダニエラ。そっと手を伸ばし、その傷を指先でなぞる。ピクリと反応するが、逃げない。強いな……。
「ありがとう、ダニエラ。気遣いは伝わった」
「ん……ならいい」
服を戻したダニエラが左隣りに座って僕の傷ついた頬をそっと撫でた。
「箔が付いたと思えばいいさ」
「だな……前向きに行くか!」
これでショボい冒険者から絡まれなくなると思えば儲けもんだ。これから帝都に行くから、きっと絡まれるんじゃないかなーって実は思ってたんだよな。未然に防げて良かったぜ。
「後は細かい傷の治療だな」
「あぁ。カナツキさん、ありがとう。残りは買い取るよ」
「い、いえ、そんな……」
と、カナツキさんを見ると顔を真っ赤にしている。ダニエラと2人して首を傾げたが、先程のやりとりを思い出して僕達も赤面した。
3人で顔を真っ赤にしているところへ、様子を見にサラギさんが入ってきて、首を傾げている様子を見て3人で笑った。
あぁ、平和だなぁ……と。全部、終わったんだな……と。笑う2人と困惑する1人を見て改めて実感した。
こうしてユッカを怯えさせていたルーガルーの噂は幕を閉じたのだった。




