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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百九十九話 夕暮れの二人

 私達が南門に到着した時には既に討伐隊は準備を終え、整列して出迎えてくれた。馬に乗るのは隊長格だけのようで、残りは歩兵だ。それでも隊長が5人。各隊長の下に歩兵が20人。計100人の大所帯だ。


 そんな大所帯の先頭をサラギと、女性衛兵……カナツキと教えてもらった。彼女と、私の3人で森の中を進んでいる。歩いていた時はまぁ、それなりの道だとは思っていたが、こうして馬に乗り、隊を引き連れて歩いていると酷く狭く感じた。


「一旦休憩するか……」


 振り向いたサラギが歩兵達の顔を見て休憩を提案した。私もサラギも急ぎたい気持ちが強いが、それでも最善の状態で目的地まで送り届けねばならないことは理解しているので、何も言わずに馬を降りた。


 精霊の情報通り、魔物の影はない。鳥の声もしない。聞こえてくるのは葉擦れの音と、ガチャガチャとした鎧の金属音だけ。本当に静かな森だ。


 こういう森は本当に拙い時だ。何か、危険なことが起こる時はいつもこうだ。


『ふいー……こわかったー……』


 と、水分を補給していると1人の精霊が額の汗を手の甲で拭いながら風に流されてきた。


「やぁ、ちょっと良いか?」

『んー? なぁに?』

「大きな黒い獣と戦ってる人が居るはずだ。どこに居るか分からないか?」


 蘇ったルーガルーも移動しているはずだ。同じ場所に戻っても意味がない。それに、先程の精霊の口ぶりからして、何かを見たはずだ。


『あっちのかわにね、いたよー。すごいたたかいだった……』

「だった? もう終わったのか?」

『ううん、こわかったからかえってきたよー』


 むぅ……気持ちばかり焦ってしまうな……。だが、場所は分かった。


「ありがとう。気を付けてな」

『うん、ばいばーい』


 小さな手を振って精霊は町の方へと飛んでいった。ユッカの町は精霊人気でもあるのだろうか……。


「ダニエラさん、誰とお話してたんです……?」


 カナツキがまるでヤバい奴を見るような目で私を見てくる。ふむ、事情を知らないから仕方ないとはいえ、カチンと来るな、これは。


「精霊にアサギの居場所を聞いていた」

「えっ、ダニエラさん、精霊さんとお話出来るんですか!」


 一転、すっごーい! とはしゃぐカナツキに、先程のむかつきも薄れていく。緊張感があるのか、ないのか……思わず苦笑が漏れてしまう。


「それで大まかな位置は割り出せた。この近くに川があるはずだ。分かるか?」

「えぇ、ありますよ。アイリス川ですね」

「アサギとルーガルーはそこだ」

「隊長に報告してきます!」


 座って水を飲んでいたカナツキは立ち上がり、木陰で休んでいたサラギの元へ走っていった。報告を受けたサラギは私を一瞥し、立ち上がって各隊へと進路の変更を告げに行った。


 それから間もなくして休憩は終わり、行軍は再開される。とは言っても、大幅な進路の変更は無かった。アイリス川へ行くには今朝も行った廃村を抜ける必要があるそうだ。

 つまり、私達がルーガルーに襲われた場所を通り過ぎ、レハティと別れた廃村も抜ける。進路の変更というよりは、進路の追加……明確な目的地が決められただけだ。


 そうと決まれば俄然進行速度は上がっていく。私は私の理由で気が急くが、討伐隊も討伐隊として自然、早足になっていく。


「お前ら! 気持ちは分かるがペースを乱すな!」


 そこへサラギの一喝が入り、速度は一旦落ちる。それでも少しすればまた足並みは乱れるのだが……言っても無駄とは分かりつつも声を上げるサラギ。


 そんなことを繰り返しながら廃村までやって来た。速くなったり遅くなったりしたが、基本速度から落ちることが無かったからか夕暮れより前には到着出来ていた。


 各隊は散り、天幕の設営を開始している。私達は村の中央に建てられた天幕の下で軽く会議をする。


「これからアイリス川に斥候を出す。まずは確認だ」

「此処から川まではどれくらいあるんだ?」

「徒歩で20分くらいだ」


 それにしてはおかしい。戦闘音が聞こえない。狼の声も、風の音も聞こえない。


「……私をそこへ加えろ。どうにも様子がおかしい。静か過ぎる」

「それは俺も思っていたことだ。……だが、ダニエラには俺と一緒に行動してもらう」

「此処まで来て私に待機していろと言うのか?」


 アサギがもうすぐそこに居るんだ。何故こんな場所で待ってなきゃいけない。


「何があるか分からないんだ。斥候の報告を聞いてから俺とカナツキ、ダニエラと戻ってきた斥候達で川へ確認に行く」

「チッ……了解だ。急げよ」


 討伐隊へ組み込まれた私はサラギの指揮下にある。こういった緊急事態には冒険者は衛兵の指揮下に組まれることがある。私は一人旅が多かったからこういう機会はあまり無かったが、一度もなかった訳ではない。


 昔、立ち寄った町でワイバーンが出たということで無理矢理ギルドのルールで討伐隊に組み込まれたことがある。その時は今よりも竜種に対する恐怖は強かったし、本当に嫌だったので戦闘の途中で逃げたが。あの時は本当に怖かった……。


「はぁ……」


 溜息も出る。基本的に私は誰かに指示されるのが嫌いだからな……アサギが一緒なら彼の顔を立てるつもりで従ってやっても良いが、今回はそのアサギが居ない。だからと言って命令違反して後で文句を言われるのも癪だ。

 大人しく、待つしか無いのが歯痒いな……その気になればアサギの真似事で風魔法でひとっ飛びと行けるのだが……仕方ない。


 そういえば腹が減った。考え事のし過ぎだな……。


「はぁ……」


 今度は空腹からの溜息だ。腹が減っては戦は出来ぬという勇者語もあることだし。と、虚ろの鞄を漁るとこの間居酒屋で食べた名前は分からんが旨かったやつが出てきた。アサギが30個くらい注文して鞄に詰めてたな……。


「うん、旨い」


 本当に旨い。これが出ると思えば騒がしい居酒屋も通ってやってもいいな。待てよ、これだけ買って帰るという手段もあり、か?

 いや、居酒屋でテイクアウトは不躾か……ん?


「……」


 視線を感じる。気配感知で確認すると天幕の入口から誰かが覗いている。スッと気取られないように見れば、カナツキがこっちを覗いてよだれを垂らしていた。


「じゅるり……」

「……」

「ぐぅぅ……」

「……」


 物欲しそうな目で見ている。はむ……


「あっ……」

「もぐもぐ」

「あぁ……」

「…………」


 あぁ、もう!


「こっちに来い。そこで見られてたら食べ辛いだろう?」

「ひぇ、バレてました!」

「あれでバレないという自信がどこから来るのか是非聞きたいものだな……」


 ササッと入ってきたカナツキが私の隣に座るので謎の旨い物を一つ手渡す。


「あちっ、あちち」

「落とすなよ」

「はい、ありがとうございます! いただきまーす!」


 はむりと咥えたカナツキを見て私も食事を再開する。こうしてアサギ以外と二人きりで何かを食べるのも久し振りな気がするな……何十年振りだろう。


 結局、2人で10本も食べてしまった。戦闘前にしては食べ過ぎたか。


「ふぅ、ご馳走様でした……」

「あぁ」


 そろそろ斥候が戻ってくる時間か……。


「斥候が帰ってくる頃合いだ。行くぞ」

「あ、はいっ」


 カナツキを連れて天幕から出るとちょうど斥候がサラギに報告しているところだった。良いタイミングだったな。

 私は剣を握りながら足早にサラギの元に向かう。途中で此方に気付いたサラギがカナツキも居ることを確認してから頷いた。


「すぐに出るぞ。どうも様子がおかしいらしい」

「なんだと?」

「聞いただけだが、デカい氷山が出来上がっていて、その上に誰か居るらしい。戦闘はしてないようだな」

「氷山……ですか?」


 首を傾げながらカナツキが質問するが、氷山と聞いて私はピンときた。そんなことをするのはアサギしか居ない。


「急ごう。アサギが待ってる」

「何だって? 彼奴の仕業なのか?」

「あぁ、絶対にそうだ。私は先に行かせてもらう」


 待ちきれない。私は踵を返すと停めていた馬の手綱を杭から外してその背に跨った。


「あ、おい! もう、待てって!」


 慌ててサラギが追ってきて馬を離し始める。待ってやるべき場面だが、生憎私はアサギ至上主義なんだ。跨るカナツキの尻を横目に私はアイリス川へと続く道へと馬を飛ばした。



  □   □   □   □



 だが残念なことに私の選んだ馬はのんびり屋らしく、足が遅かった。結局追いつかれ、サラギにゲラゲラ笑われながらアイリス川へと向かうことにした。ムカついたので脇腹を殴っておいたことを報告しておく。


「はぁぁ、痛ってぇ……ゲホッ、ゲホッ」

「隊長が悪いと思います。ダニエラさんは想い人の元に急ごうとしているのに、それを馬鹿にしてはいけないと思います」

「べ、別に馬鹿になんかしてねーよ……ただ、大急ぎで出ていった癖にとろとろ歩いてるから……ふっ、ぶははははは!」

「カナツキ、目を閉じてろ。大丈夫、馬がひとつ空くだけだ」

「ちょ、ダニエラさん剣は拙いですって!」


 止めてくれるなカナツキ。今此処で此奴を殺しておけば私は幸せな気持ちでアサギに会えるんだ。


「わ、悪かった! 俺が悪かった!」

「そうだ、お前が悪い。悪い奴には罰を与えないといけないな?」

「謝る、謝るからその手を剣から離せって……!」

「離せ?」

「離してください!!」


 器用にも馬の上で土下座をやってのけるサラギの姿を見て毒気が抜けた。無駄に器用だな……その器用さをアサギに分けてやってほしいくらいだ。


「皆さん、川が見えました!」


 カナツキの声に阿呆から視線を逸して先を見る。森が消えて河原が広がっていた。全員が森を出ると斥候が川上……西の方向へと歩き出したのでそれに追従する。


 そろそろ目的地ということで無駄話も無く、川のせせらぎだけを聞きながら砂利道を進む。


 暫く進んだ所で斥候が前方を指差した。


「……あれです」


 視線の先には見たこともない物が出来上がっていた。


 赤い氷だ。それもなかなかに大きい。赤い氷の中には何かが沢山入っている。よく見ようと馬を走らせ、途中で気付いて戦慄した。


「うっ……!」


 斥候の1人が口元を押さえる。


 氷の中にあったのは細切れになったルーガルーだった。


「どうなってんだ……」

「い、意味が分からない……」


 改めて確認した斥候達が恐れ慄きながらも氷山へと近付いていく。


 傍で見れば見る程に驚異的だった。私を風だけでボロ雑巾にしてくれたあの黒狼が細切れ肉になって冷凍保存だ。どういう戦闘をしたのか、見当もつかない。


「そ、そうだ。アサギの奴はどこだ!?」


 サラギの声にハッとして顔を上げた。報告によれば氷山の上に誰か居るとのことだったが、近すぎて此処からじゃ見えない。慌てながら全員離れて氷山の上を見上げた。


 氷山の上には剣が突き立てられていた。見たことがある。古代エルフの剣だ。あれを使ったか……。その向こう側に背を預けるようにしてアサギが腰を下ろしていた。此方からは顔が見えない。


「居やがったぜ……彼奴、マジで1人でやりやがった……」


 ぽつりとサラギが呟く。斥候もカナツキも恐ろしい物でも見るように黙って見上げていた。こうしていても埒が明かない。


 私は風魔法で自分を持ち上げる。アサギを真似て作った魔法だが、久し振りに使うから上手くバランスが取れない。少しふらつきながら天辺を目指した。


 慎重に風を操作しながら、出来る限りそっとアサギの傍に降り立つ。


「……酷いな」


 アサギの顔の左半分が血に染まっていた。見れば額から頬に掛けて深い傷が付いていた。


「アサギ、アサギ」


 そっと肩を揺すると、アサギが目を開けた。右目だけだが。


「ん……」

「起きたか?」

「あぁ……ダニエラ……無事だったんだな」

「私は無事だ。カナツキのお陰でな」

「誰か知らんが、礼を言わないとな……」

「それより、お前の傷を治さないとな」

「ん……あぁ、これな……」


 そっと指先で頬を撫でるアサギ。乾いた血がパリパリと頬から剥がれる。


「さ、帰ろう」

「うん……」


 肩を貸してやり、ゆっくりと立ち上がる。突き立った剣を抜いて鞘に仕舞ってやり、再び風を生むがアサギを抱えてだと上手くバランスが取れない。

 すると、ふわりと白銀翆の風が私を包んだ。アサギが補助してくれたようだ。これじゃあどっちが助けられてるか分からないな。


「ふふ……」

「ははっ……」


 思わず笑みが溢れる。


 あぁ、アサギが生きていた。決して無事とはいえないが、生きていてくれた。それだけで十分だ。伝わる温もりがそれを実感させてくれる。本当に良かった。


「遅くなってすまなかったな」

「良いさ……お陰でほら、絶好のタイミングだ」

「えっ?」


 降りるつもりのはずが、少しずつ上昇していく。アサギの仕業だ。風で運ぶアサギがほら、と指をさす。その方向を見ようとして、驚いて目を閉じてしまう。それから、ゆっくりと目を開くと一面がオレンジ色に染まっていた。太陽が沈む瞬間だった。雲を下から照らす夕日の赤が美しい。


「この時間が一番好きだ……」

「あぁ、私もだ」


 空に佇んだまま、私達は日が暮れるまでその光景を眺めていた。沈んでから、空が紺色から黒に変わるまで、2人で眺めた。とても静かで、とても素敵な時間だった。

まったく今関係ないことですが、修正のお知らせです。


古代エルフの居た時代とレイチェルが転生してきた時代が被ってしまっていたので変更しました。

レイチェルが転生してきた時代を1000年前から800年前に。

古代エルフが居た時代は変わらず1000年前です。ご迷惑をおかけしました。


今後もよろしくお願いします。

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