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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第百九十六話 終わらない噂

 生きて帰った。それだけでもう、この町の人間にとっては奇跡に近いのだとサラギさんは言う。確かにルーガルー。異常進化個体であるベオウルフに会って生き延びるのは、並の冒険者には無理な話だ。僕だって初めてベオウルフに遭遇した時は死を覚悟した。


 思えば、あの時とは違って生き延びることが出来た。奇跡的に無傷でだ。まぁ、それは僕が自分でスキルを使い、研究した結果だ。あとはダニエラが傍に居てくれたのも心強かった。もし1人だったらと思うとゾッとする。


「それで、ルーガルーの死体は何処にあるんだ?」

「この先の道です。廃村から帰ってくる時に襲われたので」

「そうか……本当に無事で良かった。お前はユッカの恩人だよ。お陰で、南門と東門を開通することが出来る」

「そんな、大袈裟ですよ。偶々遭遇したから戦っただけですし」


 まぁ、自分から会いに行ったんだけどな。


「それでもだ。彼奴には相当悩まされてたんだ。下手に知恵が回るから町の方までは来ない。だが、しっかり噂と姿だけは残すからちょっと力の強い冒険者の被害が後を絶たなかったんだ。でもまぁ、これでおしまいだ。ユッカは平和を取り戻した」


 そうサラギさんは語る。まぁ、負の連鎖を断ち切れたのは良かったなと思う。自業自得ではあるが、そうして噂が噂を読んでユッカで被害者が増えてしまえば、評判も落ちるし、商売も回らなくなって町が消えることになってしまう。




 今は衛兵隊を引き連れて森の小道を進んでいる。あの門は僕の為に開かれたのもあるが、衛兵隊が出る為に開かれたと言った方が良い感じだった。感動しながら視線を下ろせば、隊列を組んだ衛兵隊が居るんだから、ひょっとして捕まるんじゃないかと戦慄したくらいだ。サラギさんは悪かったと笑っていたが。


 彼らは南門警備を担当する隊だそうだ。サラギさんはその隊長らしく、あの夜は偶々風邪を引いた兵の代わりに夜勤をしていたらしい。


「いやぁ、賭けに負けちまってな……貧乏くじはいつも俺だ」


 そう言いながら膝を叩いてみせる。夜勤も負傷も、貧乏くじなのだそうだ。


「ま、お陰でぶっ飛んだ冒険者に会えた。悪いことの後には、良いこともあるもんだ」


 そういうものなのだろう。思えば、僕も強盗に腹を刺された後には、死ぬこと無く異世界へと来ることが出来た。黒兎なんて馬鹿にされていたが、ダニエラに会えた。ベオウルフなんてヤバい奴に会ってしまったが、不思議な縁で付与を授かることが出来た。こうして、悪いことの後には良いことがやってくるものなのだと知ると、存外悪いことがあっても良いもんだなと思えてしまうから人間というのは不思議な生き物だ。




 だが、悪いことの後に良いことがあるように、良いことの後には悪いことが必ずある。


 僕はそれを思い出し、思い知った。いつもそうだった。異世界に飛ばされた後はフォレストウルフに追われ、黒兎と呼んだ冒険者とはついに和解することはなかった。



 いつだって良いことの後には悪いことがある。悪いことの後に良いことがあるように。



「ダニエラ……ダニエラ!」


 ルーガルーを仕留めたと思っていた僕は、そこに居るはずの死体が無いことに戦慄し、そして血塗れで倒れるダニエラを見て絶望した。


「おい、おい……ダニエラ、しっかりしろ……!」


 慌てて抱き起こすが、血で染まった顔は蒼白だ。口元に耳を当てると、微かに息をしていることだけは分かった。


「誰か……誰か、ポーションを! 誰か!」

「おい、早くしろ! 衛生兵!」


 衛兵隊の中から白を基調とした装備の女性が走ってくる。背負った大きな鞄を降ろし、中から小瓶を取り出す。緑の液体。体力を回復させるポーションだ。


「これを!」

「ありがとう……ダニエラ、飲めるか……?」


 蓋を開けた物を渡してくれた女性に礼を言いながら小瓶を受け取り、ゆっくりとダニエラの口に流し込む。


「……う、ゴホッ! ガハッ!」

「ダニエラ……!」


 慌てて小瓶を放す。ダメだ、血が中から溢れて噎せこんでしまう。これじゃあ液体のポーションも通らない。


 何か、何か方法は……!?


「アサギ、まずは外側だ。傷を治さないと血が流れるぞ!」

「そ、そうだ……くそ、酷い傷だ……」


 改めて見れば衣服はボロボロ。あんなに綺麗だったワンピースも血と土で汚れ、無残に千切られて跡形もない。体中に切り傷が見える。その一番酷い所にポーションを掛ける。衛生兵さんが渡してくれるポーションを後から後から掛けて、血を洗い流し、傷にゆっくりと掛ける。それが効いたのか、パックリと開いていた傷はやがて閉じていった。


「でもこれは応急処置だ。今、兵に天幕を張らせてる。そっちに移動したら細かい傷の治療だ」

「ありがとう、サラギさん……」

「まだ礼を言うには早い。嬢ちゃんの命が助かるまで取っとけ」

「あぁ……」


 まさか、こんな事になるなんて……ルーガルーが死んでいた場所を見る。確かにそこには血溜まりが出来ていたが、そこを起点に周りには戦った後にまた争ったような跡が増えていた。見れば分かる。あれは鎌鼬の跡だ。

 でも、ルーガルーは確かに仕留めたはずだ。けれど、確実に止めを刺して首を落としてはいなかった。でもまさか、生きてるだなんて……その所為で、ダニエラが……。


 ダニエラが死んだらどうしよう……そう思うと不安で不安で仕方ない。だんだん思考が真っ白になっていき、自分でも悪い方向へと考えが落ちていっているのが分かる。


 衛生兵達が担架でダニエラを運んでいった。点々と血の跡がそれに続いていく。それを見送りながら、どうしてあの時、確実に首を落とさなかったのかという後悔に襲われた。


 殺してでも、守る。


 そう、ニコラで学習したんじゃなかったのか?

 今ギリギリで命を繋いでいるダニエラだって、いつ死ぬか分からない。こうなったのは全部僕の責任だった。


 どうして、どうして、どうして……。後悔が止まらない。




 その時、目の前でパン! と手を叩かれた。びっくりして視線をそれに合わせる。手を叩いたのはサラギさんだった。


「戻ってきたな。よし、なら大丈夫だ」

「え……?」

「今、後悔の底に沈んでただろ。ああなったら人間、悪いことしか考えない。でも、戻ってこられたなら大丈夫だ。希望はある」

「希望って……ダニエラは、あんな大怪我で……」

「大丈夫だって言っただろ。うちの兵は優秀だ。門が閉ざされてたからって怠けちゃいない」


 そうは言うけれど、あの酷い傷を見てしまえば……自然と顔は下を向いてしまう。


「良いかアサギ。俺は膝を怪我してしまったことで冒険者を辞めざるを得なかったが、そうした経験を強いることが嫌で、俺は隊を治療方面に伸ばしたんだ。お陰で、ユッカに医者は居ない。何故か分かるか?」


 しゃがんで僕に視線を合わせるサラギさんがニカッと笑う。


「うちの隊が優秀過ぎるからだ」

「サラギさん……」


 希望を持って良いのか、なんて、そんな風に思ってしまう。そんな僕達の耳に衛兵の声が聞こえてきた。さっきの女性の衛生兵だ。


「隊長ー! 隊長!」

「隊長隊長言うな。俺は冒険者だぞ、と。で、どうした?」

「重傷だった冒険者が目を覚ましました!」


 その声にガバッと立ち上がり、思わずその胸ぐらを掴んだ。


「ダニエラは生きてるんだな!?」

「は、はい!」

「ありがとう!!!」


 感極まり、ギュッと抱きしめてしまいながら礼を告げ、天幕へと走る。


 ダニエラ、ダニエラ。


 頭の中はダニエラの事でいっぱいだった。



  □   □   □   □



「ダニエラ!」

「う……アサギか……」

「あぁ、良かった……!」


 ダニエラが乗せられたベッドの傍で膝をつく。居るかも分からない神様にありがとうと何度もお礼を言った。


「アサギ……すまん、油断した……」

「油断したのは僕だ……! あの時、奴の首を落としていれば……」

「それをしなかった私も同罪だ……うっ……」

「ダニエラッ」


 まだ傷が痛むのか、苦しそうに呻くダニエラ。慌てて近寄ろうとしたら衛生兵に止められた。


「アサギ……奴はもう、ただのベオウルフじゃない……殺した後に、進化していた……激しい憎悪が、奴を進化させたんだ……」

「あぁ……」

「気を付けろ……奴の風は、ベオウルフの眷属だった時のお前より、激しかった……」


 それだけ言うとダニエラは気を失った。焦ったが、すぐに衛生兵がただの気絶と伝えてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。


 治療を続けるということで、僕は天幕を出た。外では既にサラギさんが隊を再編して整列させている。


「行くんだろう?」

「えぇ……でも、僕1人です」

「お前だけで倒せる相手なのか?」


 その問に、僕は首を振る。


「倒せないかではなく、倒します。いや、違うな……殺します。奴を。この手で。確実に」

「一応、助言しておく。月並みだが、憎しみに囚われるな。視野を広げて、全部見ろ。勝機と未来はいつでも視界の外にある」

「ありがとうございます、サラギさん」

「良いって良いって。ま、俺もお前も冒険者だ。気持ちは分かるさ」


 頭を下げる僕に気さくに笑いかけるサラギさん。彼が居てくれて本当に良かった。


「だが、これはユッカの問題でもある。これから上へ報告して討伐隊を編成させる」

「分かりました。死ぬかもしれませんが、致命傷だけは与えます」


 死ぬ気はないが、良いことの後には悪いことがある。何が起きるかは、分からない。


「死ぬな。んでもって殺せ。それが冒険者ってもんだ。そうだろう?」


 そんな僕に真面目な顔でサラギさんは言う。あぁ、そんな風に言われてしまったら、生きることを覚悟しなければいけないな……。


「そうでしたね……討伐隊の皆さんが着く頃には、奴の首の上で昼寝してますよ」

「ハハッ、楽しみにしてるぜ!」


 サラギさんは振り返って隊に指示を出す。すると衛兵隊は踵を返して南門へと戻っていく。いつの間にか天幕も片付けられ、ダニエラは荷車へと乗せ換えられていた。


「すぐに後を追う。死ぬなよ」

「サラギさんも、お気をつけて」


 グッと握った手を突き出すサラギさんに拳を突き返す。


 再会の約束はした。僕も踵を返して森の奥を睨む。ダニエラへ与えた傷のお礼は必ず返す。必ずだ。


「……その前に、防具を装備しないとな」


 自分の姿を見て苦笑が漏れた。何とも締まらないが、お陰で緊張は解けた気がした。

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